第6話 バルベルデ侵攻作戦

 勅使のフランソワが無残にも殺害されたのは、這う這うの体で逃げ帰った従者の証言で判明した。

 フィリップは、玉座の手摺てすりを拳で叩いた。

「「「……」」」

 大広間は、静まり返る。

 こちら側の侵攻を阻み、更に、戦争には介入しない癖に、勅使を殺害する。

 他種族を軽視する帝国には、バルベルデが蛮族の国家にしか見えなくなった。

「……フランソワは、食い殺されたのか?」

「はい。私刑リンチに遭い、金品は強奪された上で……」

「「「!」」」

 大広間に居た貴族達は、どよめく。

 言わずもがな、私刑や強盗のくだりは、従者の作り話だ。

 こうしたのは、万が一、「フランソワを見殺しにしたお前も同罪だ」と言われない為に「酷い事に遭い、助ける時間も無かったのです」と予防線を張っているのである。

 元々、他種族に差別的な人々には、それが真実に感じられた。

「交流を図る為の勅使が殺されるとはな……ジュゼッペ将軍、これは戦争しかないな?」

「はい」

 呼ばれた大男が進み出る。

 2m50cm、300㎏もの巨漢は、低い声で提案した。

「人間だと警戒されます故、親帝国派のゴブリンを海から送り込み、攻め込みましょう」

「そういえば農業国で海軍は無かったな?」

「はい」

「フランソワの復讐だ。将軍、10万人を率いて、蛮族を叩き潰せ」

「は!」


 帝国の不審な動きに、私は、永久子からの報告で知った。

「メイド服も板についてきたね?」

「もうね。慣れるしかないよ」

 転移に当初、精神的なショックを受けていた永久子であったが、城内で美少女や美女のメイドを見て大興奮し、今ではもう秘書官としてテキパキと働いている。

 深くは聞いていないが、もう交際相手も居るらしい。

 愛する人が出来た以上、ここに根を生やすつもりなのかもしれない。

 一方、私は、気になる幼馴染が、依然、行方不明な事が気掛かりであった。

「……それで帝国は何で怒ってるの?」

「商人に偽装した工作員によれば、帝国が送った勅使を、バルベルデの王様が殺害したみたいよ」

「あー……それは怒るね」

 日本でも鎌倉時代、来日した元の使者を幕府が殺害し、元寇開戦の契機になった。

 尤も、元の服属の要請を嫌った幕府の対応は間違っていないし、使者を殺害するのは、当時と現代とでは、人権意識の感覚の違いもある為、一概に現代感覚での批評は難しい。

 勅使を殺害するほどなのだから、バルベルデも鎌倉幕府同様、言い分が分からない以上、現時点では、正しいのか、間違っているのかは分からないのが、私の考えだ。

「バルベルデって他種族の国家だよね?」

「そう聞いてるけど?」

「王様も他種族なのかな?」

「さぁ? ただ、噂だけど、人間らしいよ」

「人間?」

「うん。なんか、フェンリルを従わせて、最近、国王になったらしい」

「凄いね。即位は、同じくらいのタイミングかな?」

「そうなるね」

 世間話をしていると、メイドが大量の報告書をリアカーの荷台に載せて、持って来た。

 元居た世界では、電子化で保管がしやすくなっていたが、この世界にはそんなものは無い為、確認したものは一々、押印し、書庫に保管する必要がある。

 書庫の広さは未確認だが、こじんまりとした城の為、そんなに大きくは無いだろう。

 過去の分もあるらろうし、いずれは満杯になるかもしれない。

「……目が疲れた」

「御疲れ様」

 永久子が紅茶を置く。

 少し休んでまた、仕事だ。

 想像以上に地味かつ単調な作業に、私は、今更であるが、王女になる事に後悔したのであった。


 シャーロットを救った事で、俺の下には、エルフからの献上品が相次いでいた。

 獣肉や木の実、中には乾燥された川魚等だ。

 嬉しいのだが、1回につき1tくらい送って来るのは、正直、有難迷惑だ。

 かと言って、御厚意を邪険にする事も出来ず、受け取り続けている。

 幸い、集落には、大食漢の竜が居る為、食品ロスになる事はほぼ無い。

「おにく♡ おにく♡」

 竜の子供が獣肉を生で咥えていた。

「陛下、いつも済みませんね。御裾分おすそわけして頂いて」

 その母親が頭を下げた。

 見た目は竜だが、言動は人間のそれそのものだ。

 種族は違っても、母親には大差無いのかもしれない。

「全然。全部、持って行っても構いませんよ」

「それでしたら」

 母親は、エコバッグにがっさりパッケージされた肉を入れていく。

 遠慮が無い。

 子供が育ち盛り(具体的な年齢は、外見上、判別し辛いが)なのか、母親が大食漢なのか。

 兎にも角にも、食品ロス対策の為には、消費者が居てくれるのは有難い。

「では、陛下。有難う御座いました」

「じゃあね~。へ~か♡」

 子供と手を繋いで空に飛んでいく。

 人魚等の他種族も魚肉や川魚、野菜を争う事無く、分け合っている。

 詩人・相田みつをの詩の一節に『うばい合えば足らぬ わけ合えばあまる』というものがある。

 バルベルデの国民の生き方は、まさにそんな感じだろう。

 俺も自分用とフェンリル用の分だけ取り、後は国民に譲る。

「陛下、もう少し、食べたいです」

 じゅるり。

 こいつ、食いしん坊だな。

 呆れつつも、もう一度、輪の中に入り、謝りつつ、フェンリルの為にもう少し取る。

 国王のその低姿勢が新鮮なのか、国民も好意的に受け取った。

「新王は、愛妻家ねぇ。新妻の為に、他人にあんだけ謝れるなんて」

「本当本当。うちの旦那とは大違い」

「人間族って傲慢なイメージあったんだけど、あんな人も居るんだな」

 フェンリルが新妻認定されているのが、謎だが、敵を極力、作らないのが、俺の主義だ。

「陛下♡」

 帰って来た俺の腕にフェンリルは絡みつき、頬にキスする。

 なんだか恋人のようだな。

 フェンリルの腰に添えて、俺達は王宮に戻るのであった。


 ジュゼッペは、1万人の兵を率い、船に乗り込む。

 帝国の海軍は、戦乱に耐え得るほどの耐久力と軍事力があった。

 荒れ狂う大海を物ともせず、バルベルデを目指す。

 陸の方からは、ゴブリンが侵入している筈だ。

 ゴブリンの方は、捨て駒であって、バルベルデの視線がそちらに集まっている間、海から攻める、というのが、今回の計画である。

(レムリア大陸を一つに)

 ジュゼッペは、甲板で海風を感じつつ、野心を隠す事は無かった。

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