第19話 本編完結
私はストレリツィ侯爵家にお茶をしにいった段階で、すでに警察とルーカスの私的護衛に守られていました。
お茶をした後は、ミハイル様が所属する過激派組織のアジトと目されていた辺りを呑気に馬車で走らせました。ちなみに馭者は警察で、一緒にいたメイドは戦闘能力のあるプロの護衛。
――キキを連れていなかったのは、そういうことです。
そしてミハイル様は当然のように馬車を襲撃し、私を地下に連れていきました。
本来ならこの瞬間に警察が飛び出す予定だったそうなのですが――警察隊は実際のところ貴族隊。王都貴族の犯行を捕らえるにはちょっと行使権が弱いのです。
もたもたしていると包囲されているのがバレてしまいます。
私はミハイル様の言いなりに地下に入り、そして間一髪、助けられました。
「お前に何かあったらと思ったら、生きた心地しなかったぞ」
馬車の中でルーカスが呻くように言いました。猛獣の唸り声のような低い声に、私は反省します。
「申し訳ありませんでした」
「あいつ前もお前を襲ったし、キキのことだって……だから本当に、心配した」
ルーカスは抱きしめてきます。そして私の体を確かめるように、あちこちを服の上から撫でます。
「ルーカス?」
「なあ、本当に、どこも触られなかったか?」
「……大丈夫ですよ、ルーカス」
大きな体を丸めて私の体を弄るルーカス。まるですがる子供のようで、私はつい笑みをこぼしてしまいました。
「頭撫でんな」
「すみません、可愛くてつい」
「くそ……ああ、そうだ」
彼は思い出したように、ぱっと頭を上げました。
「……ようやく売り飛ばされたカレリア家の家財道具の行方が掴めたぞ。とりあえず一つだけ取り戻しておいた」
「――!!」
実家が没落した時に、売り飛ばされてしまったカレリアの家財道具。
ルーカスはわざわざ、仕事の合間に行方を探してくれていたのです。
「俺が競合している商会の古物商部門に保管されていた。ったく、俺が欲しがると分かっているからか、なかなか取り返せねえんだが……」
「探していただけているだけでも嬉しいので、ご無理は申し上げません」
「何いってんだ。ご無理を通すのがストック商会さ」
彼はにやり、と琥珀の目を細めます。
「ただ今回の過激派の一部がそこの商会に関わりがある連中みたいでな。コトを荒立てない代わりに一枚、一番重要なやつだけ取り返すことができた」
「重要な……ものですか……?」
「帰ってからのお楽しみだ。……早くあいつの手垢がついたドレスを脱いで、湯を浴びて、それからにしてくれ。俺が怒りでどうにかなりそうだ」
---
ストック邸――タウンハウスに帰宅した私を出迎えたのは、懐かしい母の結婚式のドレスでした。
大広間に中央に置かれたトルソーに、見事に飾り付けられて飾られていました。
経年劣化は否めませんが、大切にされていたのでしょう。母が亡くなってすぐに売り飛ばされたものなのに、とても美しい姿で取り戻されていました。
「ルーカス……」
涙をこぼして言葉をなくす私を、彼は強く抱きしめ、そして唇を奪いました。
「泣くなよ。……イリスを笑顔にしたくて取り戻したんだ」
「……ありがとうございます……これがあれば、私は今後どんな人生になっても生きていけます」
「まだ離婚させられると思ってんのか?」
「思ってなんていません。私みたいな地味な空気を、こんなに幸せにしてくださる貴方の為に、私は、」
私の言葉はキスで遮られます。
「なあにが、地味な空気だ。俺は空中にキスしてるってか」
「えっと……」
ルーカスは怒ったような顔をして唇を離し、ぷいとあちらを向きます。頬も鼻先も、耳まで真っ赤です。
「ルーカス……」
つっけんどんになって顔をそむける彼ももう見慣れました。照れているのです。
その仕草が少年のように可愛らしくて、いじらしくて、私は見惚れてしまいます。
私の愛しい愛しい、大切な人生の伴侶。
「俺の傍にいろ。これからもずっと。……頼むよ」
---
かくして翌年の春、ストック男爵の第一子として私が生んだ子は、黒髪にあざやかな琥珀色の瞳をした男の子でした。
誰がどう見ても私と彼の血を継いだ息子はすくすくと成長しました。私はようやく、あたたかな家庭を得ることができたのです。
――そして、将来。
私の孫に、老人になった公爵閣下からカレリア家の復興相続が提案されることになるのですが…。
それは遠い遠い、未来のお話です。
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