おまけ

第41話 2巻発売記念&お礼おまけSS

『相手の好きなところを10個以上言わないと開かない部屋』


「な、なんだこの……テーマが雑すぎる部屋は!?」


 叫ぶルーカス。

 その隣で頬に手を添え、扉に掲示された額縁を眺めるイリス。二人は親交のあるウォーホル男爵の領地屋敷に招待されていた。案内された部屋は綺麗に整えられた客間であったが、のこのこと入ったところでガチャリ、と鍵がかかる。

 そして扉を振り返った二人の目に飛び込んできたのが、表題の文字だった。


「テーブルに手紙がありますね……」


 イリスはテーブルに置いてある手紙を手に取り読み上げる。


「ええと……『いや〜まさかあのストック卿が幼妻を娶るだなんておじさん驚いたよ! 白い結婚って本当? 嘘? どっち? 気になる二人の関係を知りたいから、ちょっとした遊びに興じてみました。なお扉は筋骨隆々な使用人が数人がかりで押さえつけてるから、びくともしないよ!』……だそうです、ルーカス」

「だああ、なんつー部屋作ってんですか! ウォーホル男爵!!!」


 イリスが手紙から視線をあげれば、ルーカスがドアに足をかけ、ガチャガチャと捻っていた。開かないらしい。


「ルーカス、ルーカス。あまり無理をしてはドアノブが壊れてしまいます。無茶を言われているわけでもございませんし、ウォーホル男爵に従いましょう」

「……ああ、そうだな」


 ふうふうと肩で息をして、イリスを見下ろすルーカス。イリスが背伸びして乱れた髪を整えると、ようやく冷静になってドアノブから手を離した。

 ルーカスは声を張り上げる。


「男爵! ここで申し上げればよろしいのですか!?」


 外からは拍手。

 ルーカスの眉間に皺が寄る。小声で、吐き捨てるようにうめいた。


「うっっっぜえ……」

「まあまあ」


 イリスは扉を改めて見つめる。相手の好きなところを10個以上言わないと開かない部屋。ルーカスはきっと思いつくまで、しばらく時間がかかるだろう。私の方が先に言って、その後、夫にお茶を入れて落ち着いてもらおう。そう考えた、その時。


「言葉も声も、綺麗で好きだ」

「っ……!?」


 突然降ってきた言葉に、イリスは目を見開く。ルーカスは睨むような怒っているような顔をしていたが、イリスをしっかり両の瞳で見つめていた。

 早口で、けれど迷いのない口調で、ルーカスは堰を切ったように言葉を紡いでいく。


「真面目なところも、一生懸命なところも、意外と手先は不器用なところも好きだ。誰に対しても目を見て話を聞くところが好きだ。……黒髪も綺麗だ。自分で嫌だと言ってた泣き黒子だってイイし、その……顔が好きだ。後ろ姿の細い背中も、歩幅が小さくて、気ぃつけてないとすぐ置いていっちまうのが悪いが、その歩く速さも好きだ。頭の良さが好きだってのは、もう言ったか? 言ってねえか? ……くそ、わかんねえ」

「ル、…………ルーカス、」

「ああ、そうだ。もう一つ」


 ルーカスは目を眇めて笑う。どうやら羞恥が振り切れて開き直ってきたらしい。


「あんたに名を呼び捨てにされんの、くすぐったくて大好きだ」

「あ……」


 対するイリスは口元を押さえ、目を見開き、肩を小刻みに震わせていた。言葉が出ない。


「……これで10だ。十分でしょう」


 ルーカスは扉に告げて言葉を切り、目の前の妻をを改めて見やった。


「おい。……どうした?」

「……あ、あの…………申し訳ございません。その…………受け止めきれなくて……その……」


 耳まで赤くなって、イリスは顔を背けてルーカスから離れようとする。

 その手を、ルーカスは、ぱし、と掴んだ。


「っ」

「……俺だってやりきったんだぜ? あんたも聞かせてくれよ」

「あ、あの……私は……」


 唇を震わせるイリス。両手を絡め取られるように取られ、顔も覆わせない、と言わんばかりにルーカスは額を近づける。


「ひゃっ」


 こつん、とぶつかった額に、イリスは泣きそうな顔になった。


「……わ、私の方が先にお伝えして……その……やり過ごそうと思ってたんですよ……でもそんな……こんなに……あの…………もう私……あの……好きです、ルーカス……」

「ほら、俺の何が好きなんだよ。言ってみろよ。あのおっさんに聞かせてやってくれよ」

「……あ……声が……」

「声?」

「声が、好きです。瞳の色も、あなたに呼ばれるイリスの名も、あんた、という呼ばれ方も、……いつも話す時に背をかがめて下さるのも」

「ああ。それで?」


 うっそりと目を細めて続きを促すルーカスに、イリスはますます赤くなる。

 だんだん声が、消えそうなほどに小さくなっていく。


「それに、こういう時少し意地悪なことするのも、あの、……大きな手の熱さも、好きで、……お勤めなさっている時の後ろ姿も、皆さんに慕われていらっしゃるお姿も、頼もしくて、」

「ん、ここまでだ」


 ルーカスはイリスの口を塞ぐと、ドアに向かって笑顔で声をかけた。


「さて。妻の愛しい睦言を、これ以上は聞かせられませんね。開けてくださいませんか、ウォーホル男爵?」


 その声に促されるように、扉からかちゃ、と解錠の音がする。

 ドアの外から人の気配が消えたところで、ルーカスはイリスを解放する。

 髪をかきあげ、はあ、と嘆息した。


「ったく、たまったもんじゃねえな。若造からかいたいオッサンってやつぁ」

「……でも」

「ん?」

「恥ずかしいですが……素直に言葉にするのも、良いですね」

「…………」


 見る間に、ルーカスの頬が赤く染まる。堪えていた羞恥が湧き上がってきたらしい。その様子に、イリスもまた釣られて赤くなる。


「……」

「……」

「あのー、扉、開いているのですけど……」


 向かい合って見つめ合い硬直する二人は、ウォーホル邸の使用人に気づかない。

 ぽっちゃりとした中年のウォーホル男爵は一人顎髭を撫でさすり「尊いなあ」とえびす顔だった。


終わり。

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