第10話

 にやにやと笑いながら距離を詰めてくるミハイル様に、私は身構えて言いました。


「……近づかないでください。大声を出しますよ」

「はは。君はきれいになった。……男を知ってから、君は見違えた」


 私の牽制は、まるで効いていないようです。


「御冗談を。私の顔を最初からご覧になっていなかっただけでしょう」

「『空気』だった昔より、君は今ずっと綺麗だ」

「ふざけないで下さい。妹の、婚約者である貴方が、こんな、」

「君がいいと思うのなら、これからでも……君だって、元平民の男爵じゃ荒っぽすぎて嫌だろう?」

「や、やめてください――!!!」


 ソファに押し倒され、髪を掴まれ、そして強引に唇が近づきます。

 抵抗する内に服が破られます。ルーカスに貰った、大切なワンピース。


「ッ……!!!」


 私は頭が真っ白になりました。


「はは。これが平民の男を知った青い血の女の肌か……」


 そのとき。

 どすどすと足音が近づいてきて、部屋の扉が勢いよく開かれます。

 ヒステリックな形相の妹が、髪を振り乱して絶叫しました。


「お姉様!最低だわ!!!!」


 妹が泣き叫びながら乱入すると、ミハイル様は鼠のような素早さで私から飛び退きます。錯乱した妹はそのまま私の破れた胸ぐらを掴み、頬を叩き、大声で泣き叫びます。


「や、やあ、アイリア」


 ミハイル様は露骨にうろたえた声で妹に言い訳します。 


「いや、いやー、イリスが、急に僕を誘い出して……」

「ひどいわお姉様! ミハイル様は私のものよ!」


 髪を振り乱して私を乱暴する妹は、だらだらと集まってきた屋敷の使用人によって羽交い締めにされ、どこかへと連れていかれてしまいました。

 その様子の『慣れた雰囲気』に、私はぞくりとします。

 もしかして、この人は――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る