第45話 微睡のたびに、別の世界に生まれ直しても。/完結お礼SS


ーー妻イリスは、ものすごくしっかりした、できた・・・妻だ。


 夫婦になって白い結婚も遠い話となったけれど。

 夜ふと目覚めた時、眠りに落ちたイリスを眺める時間の満たされた気持ちは、いつでも新鮮な感動を覚える。今夜も月明かりに照らされた、イリスの白い頬を見下ろしていた。

 気持ちよさそうに寝てんなあ、と思いつつ、頬をつつく。

 イリスは小さな口をきゅっと閉じつつ、熟睡から目覚める気配はない。よほど疲れたのだろう。


「……可愛い顔してんなあ、ほんと」


 ルーカスは寝ているイリスを眺めるのが好きだ。

 黒々とした意志の強い眼差しが瞼の奥に隠れ、無防備に寝息を立てるその姿は、年相応の十代の寝顔をしている。

 イリス本人は自覚しているのかしていないのか、時々こちらがたじろぐほど大人びた目をする彼女は、結婚して完全に夫婦として気を許してからというもの、妙に子供っぽい顔をする時が増えた。

 話を聞いて欲しそうにする時の上目遣い。早く帰ってきてほしいとねだる時の声色。

 自分から手を繋いでくる時の、控えめな甘える仕草。

 そしてこうして隣で眠る時、必ず冷たい小さな足を絡めてくること。


 どれも結婚して数年が経った、最近ようやく知ったイリスの一面だった。

 これから死が二人を分つまで、自分たちは一緒に暮らすだろう。

 数えきれない夜を、こうして互いの体温を感じながら明かすことになるだろう。


 それだけでは足りないと、ルーカスは思う。

 仮に人生が幕を下ろしたとしても、またどこかでイリスと共に生きていきたい。

 その世界ではイリスはイリスではないかもしれない。ルーカスもまた、別の男かもしれない。


 ーールーカスは常に死と隣り合わせに生きた、ラピスアステ王国の信仰を根底に持つ。

 輪廻転生、別の並行世界。

 そばにいると誓えば二人は、どの世界でも添い遂げられるという死生観。

 この話をイリスにしたことはない。

 イリスは完全な王国人で、生粋の貴族だから。

 彼女の世界を構成するものに、ルーカスのささやかな信仰は、余計な雑味となるものだから。


 けれど、ルーカスは信じている。

 彼女と年老いるまで共に生きたのちも、きっとどこかでまた一緒に生きられると。

 生きたいと思う。魂ごと、彼女を離したくない。


 こんな重たい感情を、王国人の彼女に伝えられるわけがない。

 ルーカスは引き寄せられるように、イリスの泣き黒子に口付ける。


「ん……」


 ぴく、と反応したイリスが寝返りを打つ。

 起こしてしまったか、と思うが、単純に顔に月明かりがかかるのが眩しいだけらしい。


 イリスはこちらに背を向けるように横向きになると、小さく丸くなるように寝相を変える。


 髪がさらさらと背を溢れる。

 晒されたうなじが、背中が、月明かりを浴びて薄い産毛に輝いている。

 それもまた何物にも変えがたい儚さを感じて、ルーカスは触れたくなる気持ちを抑え、ただ、毛先に指を絡ませるに留める。


 背中に触れてしまえば、また眠る彼女を起こしてしまうことになる。


「……おやすみ、イリス」


 明日も明後日も、またその先も永遠に。そばにいるのだから慌てることはない。

 ルーカスは再びシーツのはざまに身を横たえる。

 愛しい妻と、また夢の世界で会えることを期待しながら。

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婚約破棄された『空気』な私、成り上がりの旦那様に嫁ぎました。 まえばる蒔乃 @sankawan

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