第29話
社員昼食会は見事な晴天に恵まれました。
海辺の広場には大きなパラソルがいくつも開かれ、その下には長テーブルと椅子が並び、美しい花であちこち飾られています。
テーブルごとにお酒が入った樽が用意され、開始時刻より前からすでに『海の男』の方々でにぎわっています。
ちょっとした軽食や雑貨を売る露店も道に面した通路に立ち並び、『社員』昼食会というには規模が大きく感じます。
メイドのキキも普段と少し髪型を変え、リボンを揺らして浮かれた様子です。
「ソラリティカの方々、皆さん参加していいのね」
「ええ。この街に住む人間なら、多かれ少なかれストック商会にかかわる人ですから。社員昼食会なんて名前ですけど、実際はソラリティカの月一のお祭りみたいなものです!」
「そんな時に、私の料理なんて振る舞ってしまってよいのかしら…」
「なにをおっしゃるんですかー! 私、すっごい楽しみにしてますよ!」
「……ありがとう」
私は背筋を伸ばし、準備が整った机を見ます。
私が用意した長テーブルには、上から覆いをかけてもらっています。
どうか、私が皆さんに伝えたいことが、料理を通して伝わりますように――
---
「どう? これが私たちの料理よ」
コルドラさんによって私の目の前に出された料理は、職員一同で作った見事な海鮮料理でした。
海藻のサラダに透き通った塩味のスープ。
大胆に丸ごと焼いたとれたての白身魚にタルタルソース。
女性社員だけでなく男性社員も料理に参加したらしく、彼らのすりおろしたじゃがいもが焼かれたマッシュポテトによく似た芋餅が、チーズソースを添えられておいしそうに並べられています。
「一番すりおろした奴に皆で酒おごるって勝負したんすよ~」
明るいジムさんがけらけらと笑いながら、私に話してくださいました。
男性社員の皆さんは比較的、私に対して好意的な態度をとってくださいます。
ルーカス様が言うには、「お前絶対あいつらには気をつけろよ」とのことだそうですが……。
「ルーカス社長の嫉妬、超怖いっすよ」
「そうなんですか?」
「ええ。こないだ僕が笑顔がどうのって言ったでしょ?」
「あのアドバイスですね」
「社長にあの後めっちゃ怖い顔して呼び出されましたよ。イリスに色目使ったら許さねえって」
「色目なんて、そんな……私みたいな地味で「空気」な女に、皆さん気遣ってくださってるだけですのに」
「……そうかなあ~」
そのとき、大股でルーカス様がこちらにやってきました。
脱兎のようにジムさんが逃げていきます。
「……ッ 社長……」
コルドラさんがルーカス様を見て身構えます。
ルーカス様はコルドラさんを一瞥しただけで何も言わず、私の肩にがっちりと腕を回し、にやり、と笑いかけてきました。
「イリスも用意したんだろ? 皆に見せてみろ」
「……はい。キキ、覆いを外して」
「かしこまりました!」
私は覚悟を決めてキキにお願いして、長テーブルにかけられた布を開いてもらいます。
そこには私が昨晩から準備し、今朝できたばかりのものがありました。
皿に並べられた、みじん切りした炒め野菜と肉をまぜたタネ。
刻んだ各種、香味野菜(ハーブ)。
そして捏ねて濡れ布巾をかけた状態の、まるまるとした小麦粉の塊――
「これはダンプリングの……タネと、生地……?」
コルドラさんに頷きます。
「はい。私一人の力でなんとか形にできたのは、生地を作るところまででした。皮を作って、茹でるのはどうしてもまだ失敗してしまいました」
私は皿に盛り付けたダンプリングを見せます。
皮も破れぎみで、形も悪く、控えめに言っても不格好です。
「……そこまでできるくらい、努力したのね」
コルドラさんが静かに呟きます。周りの社員の皆さんも集まってきました。
「包丁も持ったことがなかったことを考えると上出来では?」
「でも、まだ未完成のものがたくさんあるし、あれってどうするの?」
不思議そうにひそひそと言う声が聞こえてきます。
私は話を続けました。
「屋敷の方、館の方、お手伝いくださった社員の方々……周りの方々に手伝っていただいて、私はここまで準備することができました。けれど、茹でたり焼いたりは難しくて……私だけの力ではこれが精いっぱいです。まだまだ、コルドラさんがおっしゃるような『あったかい料理を作れる妻』にはなれませんでした」
私はここで言葉を切ります。そして集まった皆さんの顔を見て言いました。
「ここでご提案があります。もしよろしければ、皆さんで一緒にダンプリングを作りませんか?」
「どういうこと?」
「はい。ダンプリングは家庭や地方、作る人によって中に詰める食材も、火の通し方も名前も様々です。ここにはソラリティカだけでなく、国中、そして海外からもお集まりいただいたストック商会の社員の皆さんがたくさんいらっしゃいます。油も鍋も茹でる鍋も、蒸し器も用意いたしました。揃えられるだけの薬味やタネの材料も揃えております」
皆さんの視線がテーブルへと向けられます。
その隣ではキキがにっこりと、鍋や油を見せています。
「皆さんの好きな、ダンプリングを作って、そして一緒に食べあいませんか。どうしても足りない食材もあるかと存じますが、そこはご要望をいただけましたら今後の参考にいたします」
気が付けば、料理ができる人たちが机を取り囲んで、興味深そうにタネを確認しています。
「なるほど、皮をまだ作っていないのは厚さを変えられるようにするためか」
「じゃあ私、ちょっと薄手の皮を作ってみようかしら」
「タネも味付け、自分でしちゃっていいのかい?」
「はい! ボウルも、手袋も、調理器具はたくさん揃えております」
具材を見ているとどんどんアイデアが湧くようで、私に次々と要望や質問が飛んできます。
「奥様! 皮だけ揚げるのもありですか!?」
「俺、めんどくさいからそのまま肉団子にして茹でたのにしてもいいっすか?」
私は笑顔で答えます。
「全部ありです!」
そのまま一気に、場はダンプリングパーティの様相を呈していきました。
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