第6話
私――アイリア・カレリアは、姉が消えてせいせいしていたわ。
姉が田舎平民(元、平民だっけ)に嫁いだ代わりに借金がずいぶん減ったから、お父様とお母様の機嫌は絶好調!
私自身も、姉に不釣り合いだった美男子♡な婚約者から毎日びっくりするほど溺愛されて最高の日々をすごしているの。
あーあ。うるさいお姉様が消えて最高!
お姉様を慕っていた面倒な使用人は全員入れ替えて居心地がよくなった屋敷は、のびのびとして実に快適になったわ。
「アイリア。午後のお茶会の準備はできているかしら」
「お母様、もちろんです。姉さまが取り仕切っていた頃よりも良い茶会にしますわ」
昼食前にドレスを着替えてきたお母様に、私は胸を張って自信たっぷりに答えたわ。
カレリア家のサロンで行う茶会は毎月多くの貴婦人が集まる自慢のお茶会。
毎月お姉様が準備していたから、なんだかんだお母様も私も手伝っていなかったの。
そもそもお母様も私もカレリア家の伝統とか格式とか知らないし興味ないし、まあお姉様がするのが当然よね。
手伝ってなくても大丈夫。だって毎回サロンに顔を出しているのはお姉様ではなくお母様と私、アイリアだったから。
だから私は、お姉様よりお茶会を盛り上げられる自信があったのよ。
「お姉様は格式だの決まりごとだの、頭でっかちに考えすぎてつまらないお茶会を開いていたけれど……私の開くサロンのほうが絶対人気が出るに決まってるわ」
浮かれた気分で過ごしていると、メイドから来客の知らせが入ったわ。
先代カレリア侯の時代から交友のある詩家が到着したみたい。
彼は出迎えたお母様と私に帽子を上げて挨拶をしてきたわ。
うーん。ダンディな方。
「先生、お待ちしておりましたわ!」
「こんにちは。イリス嬢が嫁入りして淋しくなりましたが、お元気そうで何よりです」
姉の名前を出され、私は内心むっとしたの。
自分が笑顔で出迎えているのに、お姉様の話なんかしないでほしいんだけど。
黙り込んだ私の前に、お母様がスッと割り込んできたわ。
「ささ、先生。さっそく昼食にいたしましょう。今日は珍しいガーサット産の牛肉をご用意できましたの」
お母様がにこにこと詩家の先生を案内していくから、私も後ろからついていったの。
まあいっか。お姉様は借金と一緒にどっかに行っちゃったんだし。
天窓から差し込む木漏れ日がさんさんと輝く、良いお茶会日和にお姉様のことなんて考えたくないもの。
カレリア家では昼すぎに客が来る前に、ゲストとして招いた芸術家と一緒に昼食を共にするのが伝統なの。
私は一人、にやにやするのが抑えられなくなっちゃう。
「……姉さまがいなくなってこそ輝く、カレリアの素晴らしさを知ってもらわなくっちゃ。まずは昼食ね」
そしてダイニングホールで、さっそく昼食会が始まったわ。
「……ん?」
「先生、いかがなさいましたか?」
詩家の先生は前菜を口にした瞬間、目をぱちぱちと瞬かせたわ。
お母様が声をかけると、詩家の先生は「ああ、失礼」と詫びたの。
「カレリア侯爵夫人。コックを変えられましたか?」
「さすが一口でわかるのですね。そうですよ」
お母様は上機嫌ににっこにこに微笑んで、自慢げにぺらぺらと話し始めたわ。
「長く勤めていたコックが退職を申し出たんです。せっかくなので、新人の腕の良いコックを雇ったんです。若いのですが、王都の有名料理店で修行したこともある腕の良い人なのですよ」
「そうなんですか……」
詩家は料理を口にしながら相槌を打っているわ。
クビにしたコックは元カレリア家侯爵夫人――あの忌々しいお姉様の実の母親で、私の母が結婚する前の前妻ね――が存命だった時代から長く勤めていたおじいさんだったの。
彼は職人気質で、雇用主であるカレリア家を馬鹿にしているところがあって、何かにつけてはカレリア家の為すことに文句をつけてきて、それはもう面倒な
『イリスお嬢様がせっかく存続してくださった伝統のメニューを壊すなんて、とんでもありません』
『庭園の薬草畑はイリスお嬢様が食材に使う許可をくださっていたもの。あの畑の食材なしに、この予算でメニューは作れません!』
なにかにつけて、イリスお嬢様、イリスお嬢様。あー! うるさい!!
現カレリア侯爵夫人であるお母様と私を蔑ろにしたその態度にお父様は怒り、ついにコックを追い出してくれたの。
そして高すぎたコックの賃金も安く抑えて、求人広告を見てやってきた若いコックを雇ったわ。
「ははは! 裏方の使用人は、安く文句を言わずに働く忠実な者が一番だ!」
お父様の言葉に私も賛成よ。
新しいコックはいつも少しお酒臭かったけれど、顔が良くて私にも優しい人だから、私はとっても気に入っているの。
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結局詩家は半分以上食事を残しちゃったわ。
勿体ないわね。まあ、少食な人なら仕方ないわ。
食事会が終わった後、私とお母様は詩家を庭に面したカレリア家自慢のサロンへと案内したの。
サロンは昼のあたたかな光に包まれていて、大きな窓からは木々の木漏れ日がきらきらと室内を照らしていたわ。
「……眩しいですね」
最高に綺麗な部屋なのに、詩家は顔をしかめてつぶやいたの。失礼よね。
「綺麗でしょう? せっかく美しい庭が見えるサロンですので、思い切って古いカーテンを取り払ってみました」
「それはそれは……」
お姉様がいる間は取り払えなかったカーテンを捨てて、今は軽やかなレースカーテンだけ。
家具や調度が傷むとか、寒暖差が大きくなるから止めたほうがいいとか、姉がうるさいことを言っていたけれど、やっぱりカーテンがないほうがサロンは明るくて気持ちがいいわ。
そのときメイドがやってきて、詩家に向けて茶缶を開いてみせたの。
「こちらが、本日お出しする茶葉となります。シトライル産の高級茶葉を取り寄せましたのよ。珍しいでしょう?」
お母様がにこにこと説明するが、詩家は変な顔をして、茶葉とお母様を交互に見つめたわ。
何、何が言いたいの?
「……今日の歌に合わせたものではないのですか? 今日はシレンダース国の詩人の作品をご紹介する手筈となっておりましたが……」
私とお母様は顔を見合わせたの。
「茶葉の銘柄をわざわざ揃える必要はありますでしょうか? ほら、こちらのほうが高級ですし。なにより皆様飲み慣れないお茶だから、きっと珍しく楽しんでいただけますわ」
「……はあ……」
なーにそれ! なによ、その態度!
高級だって言ってるのに、どうしてそんな顔をするの?
そもそも飲む前から怪訝な顔をするなんて失礼しちゃうんだけど。
「お母様。私、厨房の様子を見てきます。お茶菓子を焼いている途中だと思いますから」
私はイライラしちゃった気持ちを落ち着かせるために、詩家をおいてとりあえず奥に下がったわ。
厨房に向かうと、コックが休憩用の丸イスに座ってぐったりとしているのが見えたの。
「ちょっと、何してるのよ……お酒!?」
「へへ。焼き菓子に使うブランデーの味見してんだよ。ちゃんと働いてらあ」
彼は頬を赤くして私に酒を差し出したわ。
うわっ、息も酒臭いんだけど。どれだけ飲んでるのよ……まあ、顔がいいから許しちゃうけど。
「お嬢様も呑むか?」
「わ、私はいいから。早く焼き菓子作って頂戴。もう詩家の先生の食事は終わっちゃったんだから」
「へーへー」
彼は笑って立ち上がると、緩慢な動作でキッチンへと向かったわ。
「まったくもう……顔も腕もいいのに、だらしないんだから」
唇を尖らせながらも、私はなんだかんだこの状況を楽しんでいるの。
いつもありきたりでつまらないサロンに、退屈な焼き菓子に、四角四面のマナーや規則で縛られたいろんなこと。こんなコックがいるだけで、日常がぱっと面白くなるもの。
「あーあ。あのつまらない姉はどんな風に過ごしているのかしら。今頃平民にいじめられて、ひどい目にあってるかもね」
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