第34話

「射撃の腕前で勝負をして、勝てば土地をお売り頂ける、という事ですか」

「そういうことになったんだ。まあ、話は屋敷でしようじゃないか」


 俺を屋敷に案内しようとするホワイトワンド侯爵を遮るように、レイスバン卿がずい、と前にでる。


「叔父上。屋敷と庭をあまり移動なさいますとお体に障ります。東家でお話しするのはいかがでしょう」


 有無をいわせぬ態度に、俺とライカはそのまま、広大なホワイトワンド侯爵邸の東家まで案内された。

 正式な屋敷内でもてなす相手でもない、というレイスバン卿の意志の現れだった。


 煉瓦造りの東家はちょっとした別邸ほどの大きさで、瑞々しいアイビーの絡んだ美しい建物だった。キッチンや寝室の備えもある。おそらく、庭で狩猟に興じる時に使っている場所なのだろう。

 ホワイトワンド侯爵は案内しながら、俺に話して聞かせる。


「我が屋敷では秋に度々親族で集まり、狩猟(ハンティング)に興じる事が多くてね。害獣になるほどの獣は猟師が退治してくれているのだが、嗜みとしての話だ」


 説明しながら従者に扉を開かせる。そこには壁一面に、ずらりと手入れを施された猟銃が並べられていた。その一つ一つが、軽くこの東家ひとつは建てられる金額だろう。

 こんな場じゃなかったら口笛を吹いてしまいそうだ。


「どうだね、王侯貴族も商売相手にする君でさえ、見たことのないものがあるだろう?」

「ええ。特に向かって左側の銃なんてぞくぞくと震えが走ります」


 俺は頷き素直な感想を口にする。


「艶やかな随分古いもののようですが、後装填に回転式のトリガーガードが付いている時代のものは初めて目にしました。これはライオネル海戦時代の物ですか?」

「やはり分かるか。遜色劣らぬよう毎日磨かせているから、新式と勘違いしてくれたら面白いなと思ったが、ははは」


 ホワイトワンド侯爵は上機嫌に笑う。この好々爺の態度は一貫して好意的なものだ。

 対してレイスバン卿は鼻じろんだ顔を向けると、「では準備をして参ります、叔父上」と去っていった。


「……」


 去り際、俺の傍に控えたライカに何かを囁いていく。

 ライカは涼しい顔をして聞き流している様子だった。


 バタン、と部屋の扉の閉じる音と同時に、ホワイトワンド侯爵は肩をすくめてやれやれ、と笑顔を作った。


「昨日いきなり、彼奴が屋敷に訪れたのだよ」

「……王都では海外貴賓の拝謁が続く、お忙しい時期では?」

「儂もそう思うがね」


 この目の前の好々爺の話によると。

 どうやらどこからかの筋から「ストック・ルーカスがルクシアーノを買収する」と聞きつけて、それを阻止せんと馬を走らせてここまでやってきたらしい。

 大義なものだ。

 そして突然やってきた甥は老紳士へとこう進言したらしい。


「勿論、叔父上が決定し王宮に受理された正当な売買に物言いをするつもりはございません。しかしあのストック男爵たる男は元平民。それどころか、父親の出自さえ定かではない男と聞き及んでおります。

 ーーええ、もちろん彼に爵位を授与した国王陛下のご判断を疑うわけではございません。

 が、しかし。

 我が王国の国土であるルクシアーノの土地を得るに足る紳士であるか、王国を守る貴族の一人として、私にも見極める義務があるのではないでしょうか」


 あれこれ御託を並べちゃいるが、レイスバン卿が言いたいのはたった一つだ。


『端の呪われた土地でさえ、どこの馬の骨とも知れない、下賤の成金の若造に土地を売るなどと言語道断。決定が侯爵だろうが王宮だろうが、自分は納得できない。一発勝負させろ』


 しかし本音を口にしてしまえば、申請を受理した王宮への批判、そしてホワイトワンド侯爵である叔父に対する批判となる。


 というわけで貴族の嗜みである射撃勝負を提案。

 俺に恥をかかせ、そこで俺が自主的に契約を白紙に戻す方向に持っていきたいというわけだ。

 それならばホワイトワンド侯爵も、レイスバン卿も王宮に対する非礼は一切ないことになる。

 ーー新興貴族かつ成金かつ育ちの悪い若造が、恥をかくというだけで。


「まあまさか、あの土地ごときを売ることに文句を言われるとは思っていなかったので、儂にとっても寝耳に水なのだ。というわけで射撃勝負で納得した上で土地を譲るということにしようじゃないかという事なんだが、どうだね?」

「承知いたしました。レイスバン卿にもご納得いただけますよう努めましょう」

「はっはっは、そうでなければつまらないよ、ストック卿!」


 嬉しそうな顔をして肩をぱんぱんと叩いてくるホワイトワンド侯爵。俺は背をかがめて気味にして紳士的な笑みを作りながらも、内心舌を出して呆れていた。


(申し訳なさそうなふりして絶対このじーさん、楽しんでやがる)


 この年代の貴族(じーさん)は36年前の戦乱ーーライオネル海戦の退役将校ばかりだ。だからか、いわゆる銃や剣や賭け事に異常に血沸き肉躍るオトコノコが多い。

 平和な時代に銃をぶっ放す娯楽を楽しみたいのは仕方のない話だろう。事実そういう要望に応じて、どの都市部でも荒くれ者に金を掴ませてやるストリートファイトがある訳で……。


 ホワイトワンド侯爵と共に狩場となる庭に向かうと、そこには早速チェックの猟装を纏い、装填手に散弾銃を携えさせたレイスバン卿の姿があった。狩猟犬の代わりに、庭のあちこちに若い従者達が散っている。昔俺もあんな風に下男働きをしてたなあと、少し懐かしくなる。


「侯爵よりお話は伺いました。私でよろしければ是非勝負に乗りましょう」


 隣でわくわくと子供のような目をするホワイトワンド侯爵に俺は微笑みーーそしてレイスバン子爵子息の目を見据えて犬歯を見せるようにして嗤った。


「ただ私はこの通り、本日は狩猟に必要な装いをしておりません。非礼ながら上着を脱ぐことがあってもお許しいただきたい」

「もとより承知の上だ。銃も装填手も貸してやろう」

「装填手は必要ありません。彼がおりますので」

 

 俺の隣でライカが柔和な笑みで頭を下げる。使用人は貴族の調度品、特に男の使用人は高級家具とはよく言ったものだが、ライカはどんな場所でも場違いなほどに光を集めるように輝いて見える。艶やかで中性的な物腰とは裏腹に中身は蛇やら狼やら蜘蛛やらがトンチキに融合したような輩だというのに。


(そういやさっきレイスバン卿に何か言われてたな、こいつ) 


 レイスバン卿は従者に顎で指示し、早足でライカに散弾銃を渡させる。ライカは髪をかきあげ、手慣れた様子であちこち眺めすかしているようだった。


「水平二連の散弾銃ですか、私は使った事ないですけど、まあなんとかなるでしょう。うわあ、サイアンドクラー社製。本物ですね〜。あ、あー、ここは……ああなるほど、ふむふむ」


 ぶつぶつと独り言を言いつつ、呑気な声音と真逆の流麗な所作で銃を扱うライカ。

 それを見ている俺に、ホワイトワンド侯爵が話しかけてくる。


「儂は腰が痛いのでな、ここで二人の勝負を審査する側に回ることにするよ」

「お大事になさってください、侯爵」


 ところで、と俺は侯爵に耳を寄せる。


「今日のカフスは先日我が商会でお買い求めいただいたものですね?」

「そうなんだよ。君の細君が選んでくれたものでね。跳ね馬の意匠が軽快で気に入ってるんだ」


 彼はイリスの応対を思い出すような目をして、俺に「まあ頑張りたまえ」と肩をたたいてきた。

 これだけの信頼は俺への信頼というよりも、まだまだ妻の力添えあってのものだ。


(イリスが繋いでくれた商機を、どうするかは俺の腕にかかっている)


 新月の夜を掬い取ったような黒目がちな瞳が弧を描いて微笑んで、俺を見送った朝を思い出す。


 『いってらっしゃいませ、ルーカス様』


 結び直してくれたネクタイにそっと触れ、俺はライカを引き連れて庭へと踏み出していった。


「ライカ。ところでさっき何言われてたんだ」

「ああ、あれですか」


 ライカは目を細くして言う。


「別に何も言われてないですよ〜。散弾銃と猟犬は似合いだなって言われただけで。わんわん」

「……成程ねえ」


 猟犬。

 ということは銀髪金瞳の使用人(ライカ)がわかっているということだ。

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