第3話

 海辺に面した商業都市ソラリティカ。

 王都で脅されていたほど田舎でもなく、むしろ働き口を求めて人が集まるにぎやかで明るい街でした。貴族の屋敷または貧民街、といった極端な王都とは違い、中産階級から労働者まで幅広い人々が明るく昼間から元気に往来し、労働者の雰囲気も明るく清潔で、生活の潤いを感じさせられました。


 案内されたストック男爵の屋敷は海を見下ろす高台にありました。

 そこは想像以上に大きな屋敷で、私の出迎えに集まった使用人の方々の数は、ちょっとした伯爵家にも匹敵する人数です。


「す、すごいですね……」


 それだけお金持ちなのかしら、それとも散財癖があるのかしら。

 困窮して身売りされた身として少々気になっていたところ、私の世話をしてくれるメイドのキキがにこにこと自慢話を聞かせてくれました。


「ルーカス様は手に職も学もない私たちを雇ってくれているんです。ここで使用人として働いた実績があれば、他所でも職に困らないだろうって」

「お若い方が多いと思ったら、なるほど……そういうことなのね」

「もちろんベテランも多いですよ! まあそういう人ってたいてい、海辺の商会のほうで働いてますね」


 キキとは道中ですっかりと打ち解け、彼女は小柄な体で、太陽の笑顔でにこにこと働いてくれます。

 かつて患った病気の影響で、初夏でも黒いタイツを履いているようです。

 少し肌寒い王都では目立ちませんでしたが、温暖なソラリティカではちょっと暑そうです。


「けれど、みんなルーカス様が大好きだから、なかなかこの街を離れられないんですよねー」


 そんなルーカス様はといえば、仕事が忙しいということで夜まで屋敷に戻ってきませんでした。

 執事を務めている細身の若い男性が、私に申し訳無さそうに告げます。


「あいにく旦那様は突発的な商談に向かっております。申し訳ありませんが、夜までお帰りにならないかと」

「とんでもないです。こちらも荷解きをして旅の埃を落とさなければルーカス様にお会いするのも躊躇われますし、助かりました」


 私の言葉に執事の方は軽く驚いた顔をして、すぐに礼をして去っていかれました。


「何かおかしなこと、言ってしまったかしら……」


 私の独り言を拾って、荷解きをしてくれていたキキが笑いながら答えてくれます。


「だって皆、王都の気位が高い侯爵令嬢が嫁いでくるって身構えてましたからね」

「あら」

「……正直私も最初は怖かったです。でも勝手に怯えていて、イリス様ごめんなさい」

「いいのよ。てっきり私があまりに地味で暗いから驚いているのかと思っていたわ」

「そんな事ないですよ! 想像よりずっと優しそうな方だったからびっくりしたのと……その、……王都は嫌な思い出しかありませんでしたし……」


 キキは腕を抱き、ぶるりと身を震わせて力なく笑います。

 彼女は元々王都で働いていたのですが、貴族の屋敷で辛い思いをしてソラリティカに逃げたところを、ルーカス様に拾ってもらったのだそうです。


「イリス様はお優しい方で安心しました! 道すがら私達の事を気遣ってくださったり、王都のいろんなお話をしてくださったり!」

「それならよかったわ。こちらこそ、何かと苦労をかけることもあると思うけれど、よろしくね」


 キキと私が話している間にも、屋敷で待っていたメイドがどんどん荷解きを進めていきます。


「しかし……ルーカス様も私のことを、気位の高い面倒な女だと思っていらっしゃるのかしら?」

「さあ、どうでしょうか。王都の旧家の女性を妻に迎えるから背筋伸ばしてお出迎えしろ、とは言われていましたが」


 キキはいかめしい顔をして、まだ見ぬルーカス様の真似をしました。


「まあ、心配はいりませんよ! イリス様がどんな方だろうとも、ルーカス様って基本的に誰にも物怖じしませんから」


 言葉に親愛がにじみ出ています。きっと家族のような関係を作っているのでしょう。


 ――ルーカス様と顔を合わせたのはその日の夜、夕食を済ませたすぐ後でした。

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