第8話
半年ぶりの妹からの手紙は、嫁いで以来、初めて届いた実家からの手紙でした。
「婚約披露パーティの案内かしら。それとも、気が早いけれど結婚式の相談かも……」
良い知らせだとばかり思い込んで開いた手紙に書かれていたのは実家、カレリア家が借金苦で社交界に出られず、爵位剥奪の危機という話だったのです。
「ど、どうしてそこまで取り返しのつかない状態になってしまったの!?」
私はルーカスに相談し、慣れた使用人を引き連れて王都へと発つことにしました。
王都にトラウマのあるキキは置いていこうとしたのですが、彼女は意を決した顔をして私に願い出ました。
「私はイリス奥様のメイドです。昔怖いことがあったからといって、メイドとしての仕事を放棄したくありません。どうか……私を連れて行って下さい!」
「キキ。……ありがとう」
王都に向かう気が重いのは私も同じです。
私はキキとお互い励まし合いながら、王都へと向かいました。
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里帰りした私が目にしたのはすっかりガラガラになってしまった屋敷と、荒れ果てた庭、そしてわずかに残された使用人が服も洗う暇もないほどぼろぼろに酷使されている惨状でした。
「これは……」
唖然とする私に妹アイリアが飛びつきます。
「お姉様! やっと来てくださったのね!」
綺麗だった金髪はばさばさ、肌もぼろぼろになった妹は、よれよれのドレスでお酒臭い息を吐きながら私を出迎えました。
「一体どうしたの、これは」
「どうもこうもないわよ。お姉様が居なくなってからツイてないことが多すぎて、どんどんカレリア家は落ちぶれていってしまっているわ。お父様は『イリスを追い出したから先祖代々の呪いが儂に降り注いだ』ってブツブツ言いながら変な宗教にハマっちゃうし」
「……家長たる方が……そして、義母様は?」
「義母様は社交界で何度か失敗しちゃって、それから毎晩どこかの男性を屋敷に連れ込むようになってきて……」
妹はちらりと、がらがらになった広間を見渡します。
「だんだん物がなくなっていくと思ったら、泥棒だったみたいで。お金に変えようと思ってた小さめの調度品、全部取られちゃった」
「なんということなの……」
私はどこから手を付ければいいのか、頭を抱えました。
落ち着いて、私。ルーカスの元に嫁いで半年、私はなんだって乗り越えてきたじゃない。
「……仕方有りません。ご親戚の皆様に手紙を出し、ご挨拶に伺いましょう。断られてしまってもしかたありませんが、頭を下げてご援助を乞うことしかできません」
「やっぱり姉様ね! なんだってできるから助かるわ」
「他人事ではありません。貴方も書くのですよアイリア」
「えー」
「貴方と義母様が本来行うべき仕事のはずでしょう。今回は私も書き方を見ていてあげますから、私がいる間に覚えなさい」
「めんどくさいなあ。代筆屋でも雇えばいいでしょ?」
「代筆業の方はお客様の把握や手紙を出す時期まで代行してくれませんよ。それに、貴方も女学校時代の御学友や、今もサロンのお付き合いがある方々の縁を持っているでしょう? そこに他人の私が手紙を書くわけにはいきません」
アイリアはすねた子供のように金髪の巻き毛をくるくるとさせます。
「そんなこと言われても、私、招待状が来なくなってしまったの」
「どうして!?」
「だって、ええと……その……」
ごまかしたりぼかしたり、自己弁護を交えながら語る妹の話をかいつまみます。
「つまり、私の母――正真正銘のカレリア家の血を継ぐ娘が大切に守ってきたサロンの伝統を、貴方と義母様はすっかり廃れさせてしまったのね?」
ああ、サロンには著名な文化人の方や学者、お忍びの王族の方まで、沢山の人達がお越しになり、愛してくださっていたというのに……。
妹は悪びれずに唇を尖らせます。
「だって仕方ないじゃない。ジキタリス公爵令嬢がわざわざ御学友だからって、元平民の令嬢を連れてきてもよろしいかしら? なんて相談してくるんだから! なんで格式高いカレリア家のサロンに平民を……」
「アイリア。今はどんどん新興財閥のご令嬢がデビューしている時代よ。公爵令嬢がわざわざ彼女をお招きするということは、お父上であるジキタリス公爵、直々に社交を願い出ているものと同じ意味よ。元平民だからと壁をつくっては、カレリア家の名誉に関わります」
私の言葉に、妹は露骨に顔を歪めます。
「はん。……さすがお姉様。平民の男がそんなによかったの?」
「アイリア聞きなさい。真面目な話をしているのですよ」
「背筋だって伸びちゃって。髪の毛だって綺麗にまとめて、へえ……ずいぶんハデになっちゃって」
私を見ながらにやにやと笑う妹に、私は押し黙りました。
アイリアのように金糸の織り込まれた柄物を着ているわけではありませんが、確かに私は王都にいた頃より、明るい色の服を纏っています。
以前はなるべく目立たない色を着ていましたが、今は白いワンピースドレス。ルーカスが選んでくれた、動きやすくてお気に入りのドレスです。
……けれど、やっぱり『空気』の私には不相応かしら。
思いかけた瞬間。
私の脳裏に、金糸雀色の金髪を海風になびかせる、ルーカスの笑顔がよぎりました。
――よく似合うぜ。
そうだわ。私はもう、あの人……ルーカスの妻なのよ。
私は彼の笑顔を思い出し、すっと背筋を伸ばします。
「私のドレスは季節に合わせた布地のドレスです。どこが華美か教えてもらえるかしら」
「それは……」
「アイリア。貴方は悪口はお上手だけど、それだけ人を見ているのならば、そのぶん褒め言葉をすらすらと言えるようになりなさい」
「ふん。『空気』の姉さま誉めたからって、何になるのよ」
「普段から練習なさい。あなたは私に代わり、婿入りする未来のカレリア侯爵を守り支える立場。それを忘れないように」
先程までの絡み方はなりを潜め、妹はぎゅっと唇をかみしめて押し黙りました。アイリアは感覚でものをしゃべる子。こういう風に真正面から反論しては、何も言えなくなるのです。
「私の事よりも、家の事でしょうアイリア。見たところ最低限の使用人もいませんね? まずはもう予定が決まっている婚約発表パーティだけはしっかりとやるのです。今回だけは、私が手伝います」
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