ヤバい再開

……なんの進展もないまま1週間が過ぎてしまった。


継続的に朝の勧誘活動を行い、部活動紹介に参加してくれる生徒はいるんだけど…『死の体験』を目の当たりにし、全員が逃げてしまう。やっぱり、死に耐性のある人なんてよっぽどいないんじゃないか…?


「…んお?どうした大志。頭抱え込んで」


お昼休み。何か状況を変える一手はないかとうんうん悩んでいると、親友である凛がやってきた。


「…凛はいいよな。新聞部はもう部員揃ってるんでしょ?」


「あぁ、その話か。したい部はまだ部員が集まってないのか」


凛の所属する新聞部は確か…部員数8。この学園にしては珍しくまともな部活動なので、まともな生徒が集まっている。


「まぁ、どこも難航してるよな。無理やり引き抜きをしようとしたところもあるし。部員の取り合いで殴り合いになったって話も聞いたし」


「…殺伐としてきてるなぁ」


…気持ちは分からんでもないけど。


「で、なんかいいアイデアは思いついたのか?」


「思いついてんならこんな悩んでないよ」


「っはは、だな。一生悩んでろカスが」


「なんでそんな爽やかな笑顔で最大級の暴言を吐けるのか分からないんだけど」


「俺は苦しむお前を見るのが好きなんだ」


「ありがとう…僕を好きでいてくれて…」


「その反応は想定外だぞ!?」


ちなみに、凛のこれは平常運転である。毎日のように言われているだけあって、何も知らない他者からのそれよりも言葉が軽いや。感覚が麻痺してきてる自覚はある。


「とはいえ、一応動いてはいるんだろ?」


「…とりあえず、部のみんなで友達に勧誘をしていこうって話にはなってんだけど」


「お前友達いないもんな」


「は?めちゃくちゃいるが?毎晩友達呼んでパーリナイしてるが?あとなんか…ナイトプール行ったりエアビーしたりしてるが?」


「…無理すんなよ」


「ガチで慰めてくるのやめてくれない?」


そう。ここだけの話、僕に友達と言える友達は凛しかいない。というか、会話できる男子がほとんどいない。これに関しては、学年1の人気者である沙良と仲良くしている冴えない男として親の仇のように憎まれているから。むしろ話せる異性の方が多いくらいだ、沙良、杏先輩、黛先輩。


そのため、今回もまた僕は役に立ちそうになくて。ごりっごりに僕の自己肯定感が下がっている。そんな中せめて案くらいは出そうと頑張ってみたんだけど…結果はお察しの通り。


「…ちなみに、凛がしたい部に入ろうとかは…」


「無理だ。成宮先輩がいる限りな」


「ああそこなんだ。今の部の居心地がいいとか忠誠心じゃなく」


凛は成宮杏応援ファンクラブの会員番号1、つまりファンクラブの開設者。それだけ杏先輩への愛は強いんだけど…凛は女性と話そうとすると「あうっ」と「ふひっ」しか言えなくなっちゃう残念な人。憧れの人を前にして気持ちの悪い自分を見せたくないみたいだ。だからこそ、陰でこっそりと応援するしかない。悲恋物語みたいだけど、ただ凛が女性が苦手すぎるだけ。


ってなると、もう僕に出来ることはないんだけど…


「ウジムシ!いる?」


再度頭を抱えていると、教室の扉が勢いよく開かれ、1人の女の子が教室内を見渡している。


「呼んでるぞ大志」


「誰がウジムシだこら表出ろ」


「っし。ボッコボコにしてやる」


「いい度胸だ。凛が表に行くなら僕は裏に行く」


「逃げんな」


全く…親友をウジムシ扱いとは。


女の子はキョロキョロと周りを見渡すと、お目当ての人を見つけたのかぐんぐんとこちらにやってくる。こちら、というか明らかに僕を見ているような…ってか、この子どっかで見たことあるような…


「いた!呼んでるんだから反応しなさいよ、ウジムシ」


彼女…いつぞやの勧誘活動で僕がパンフレットを渡した彼女は、眉毛をへの字にして僕の肩にポンと手を置いた。



「あんたウジムシって名前じゃなかったの!?そうならそうと言いなさいよ!」


「……いや、あの時はメンタルやられてたんで」


廊下に連れ出され、まずは誤解を解く。人の恐ろしさを知りネガティブ思考になっていた僕は確かに『ウジムシ大志です』と自己紹介をした。それに関しては僕が悪いんだけど…それを言葉通り受け取る彼女も単純すぎるというか…


「薄々変だなぁとか思ってたのよ。でも、あんたを教室から連れ出す時クラスの子たちが『…あぁ、まあウジムシみたいなもんか』みたいな視線を送ってきたから、やっぱり珍しい苗字なのかと思っちゃったじゃない」


……僕ってクラス全員からウジムシって思われてたんだ。まあもうそれはいいよ。これ以上自己肯定感が削られることはなくなったから。


…にしてもこの子、身長小さいし1年生かな?いや、普通にタメ口で話してるし同い年かな。


「…東雲美月よ。あんたは?」


「…薬師丸・ゾウリムシ・大志です」


「へぇ。ミドルネームもあったのね」


彼女…改め東雲さんは、感心したようにうんうんと頷く。人を疑うことを知らないんだろうか。


「で、東雲さん。僕に何の用?」


「あぁ、それよそれ。本題に入りましょ。パンフレット見たんだけど…あんたの部活、生徒の相談とかも受けてるんでしょ?」


「うん、一応」


そっちの活動はおまけみたいなものだけど。これまでのしたい部生活で、生徒の相談事なんかも承ったりしている。人間関係の悩みとか、落とし物の捜索とか、それなりに何でも屋として機能している。基本的に杏先輩か沙良が対応して、1人で解決しちゃうから僕や黛先輩は端っこで丸くなっている。


「だから、アタシの相談にも乗ってもらおうと思って」


「…えっと。それなら多分沙良に聞いた方が…」


自分でいうのもなんだが、僕に相談役は向いていない。社交性もあり頭の回る沙良の方がぴったりなはず。…のだけど、東雲さんはぶんぶんと頭を振った。


「アタシもそう思うけど…」


「うっ…」


「はぁ?なんで傷ついてんのよ。あんたが言ったんでしょ」


「ち、違う…自分で言うのと人から言われるのは違うというか…」


「あーもうごめんごめんって!…私の相談さ、結構長い時間拘束させちゃうのよ。でも常盤さんは学級委員長もやってるし、他の子のお手伝いもしてるみたいだし…忙しそうでしょ?」


確かに沙良は引っ張りだこだ。授業が終わると分からないところを聞くために沙良の前に列ができているし、お昼休みも一緒にお昼を食べるグループが複数あるから、ローテーションで回している。ご飯を食べ終えると見計らったようにクラスメイトがやってきてあっという間に沙良を中心とした輪ができるし、放課後も運動部の助っ人なんかをしている。帰宅後もビデオチャットで勉強を教えたり、ただ雑談をしたり、クラス会に向けた準備をしたり。…本当に、それだけ忙しそうにしているのになぜ毎日例のイベントが行われているのか不思議なくらいだ。…わざわざ僕に時間を割いてくれていると考えると結構嬉しかったりもするんだけど。


…ん?待てよ。忙しそうにしている沙良には申し訳ないから頼めない。僕に頼んできているということは…


「僕が暇そうに見えた、と」


「そうよ。どうせ暇でしょ?」


「いいや?僕はこの後株のチェックをしてFXをキラーチューンにメソッドしてマカロニペペロンチーノフランベをオートモジュール、授業終わりにはスタバァでmac開いてカタカタと世界情勢を確認する予定があるからね」


「あ、そうだったの。ごめんね、忙しいのに時間奪っちゃって」


「…あ、今の話は全部ウソだったりするんだけど」


「どうしてそうつらつらとウソがつけるのよ!」


ポコッ、と鳩尾を殴られる。身長の小さい東雲さんのちょうど殴りやすい位置に僕の鳩尾があったのだろう。ポコッ、なんて可愛い擬音で表現したけど、普通にクリーンヒットした。


…そして東雲さん、多分人を疑うことを知らないんだろうな。見栄を張るために嘘をついたけど、めちゃくちゃ罪悪感が…


と、いうか。


「…もしかして東雲さん…普通の人?」


「はぁ?何よそれ。イッパンジンって言いたいわけ?」


「いや違う違う!なんか新鮮で…」


何度も言うように、僕の周りは異常な人たちばかりだ。幼馴染、部活の先輩、友人、家族、元顧問の先生…今も顧問も異常っちゃ異常か。おじさんだと思ってたのにめちゃくちゃ力強かったし。そんな中で東雲さんは人を信じすぎてしまう普通の女の子って感じだ。いやもちろんこれから正体が暴かれる可能性があるけど…


「まぁそんなことよりだよ!相談って?」


無理やり話を変えたから怪訝そうな顔をする東雲さんだけど、まぁいいかと懐からソフトボール部用グローブとソフトボールを取り出した。東雲さんはボールをグローブに何度も投げつけ、感触を確認しながら口を開く。


「アタシの自主練に付き合ってほしいのよ」


「自主練?」


「そ。アタシソフトボール部なんだけど、来週に紅白戦があって。その結果でレギュラーが決まんの。だから手伝って」


八橋学園ソフトボール部はそこそこの中堅校だ。県大会ベスト4までは常連だけど、全国大会までは進めない立ち位置。


「…それを僕に頼むの?部員にお願いした方がいいんじゃない?」


「…い、色々あるのよこっちにも!」


露骨に話を逸らす東雲さん。まぁ、言いたくないなら無理して聞かないけどさ。見ず知らずの僕に頼むのなら部員に頼んだ方が良いような。


「大丈夫?僕、あんま球技得意じゃないけど」


「それなりでいいわよ。体育でソフトボールやったりしたでしょ?」


「うん」


「なら基礎くらいは身についてるでしょ。とりあえずそれなりに練習相手になってほしいってだけだから」


「…それなりってどれくらいのレベル?」


「まぁ、へろへろでもキャッチボールできれば」


「ごめん、他を当たって」


「割とレベル低めに設定したつもりなんだけど!?」


「僕はソフトボールの授業で6者連続四球を出したことがあるんだ」


「なんで自慢げに言うのよ!」


あっ…なんか普段ツッコミ役に回らざるを得ない状況だったから、人にボケるのって気持ちいいっ。僕の言葉を受け、東雲さんは少し迷ったようだけど…


「…まぁ。アタシも似たようなもんか」


ぼそり、と何かを呟き僕に向き直る。


「もうはっきりいきましょう。手伝ってくれるのか否か。アタシとしては他にアテがないからアンタに頼むしかないんだけど」


そう言われると悩んでしまうんだよなぁ。したい部の目下の目標は部員を集めること。けれど、そっちで僕が力になれることはなさそうだし。とはいえ、自主練に付き合うってなるとあんまり部に顔を出せなくなる。ただでさえ使えない僕がそんなことしていいのだろうか。


…っいかんいかん。ネガティブになりすぎている。杏先輩はそんなこと思うはずもないし、東雲さんの相談に乗る許可はくれそうだ。自主練に付き合い、部の評判を少しでもあげておこう。今僕ができる最大限の貢献だ。


「分かった。手伝うよ」


「あ、ほんと?ありがとっ!」


僕の両手を取りにっこりと笑う東雲さん。なんだ、めちゃくちゃ強気な子だと思ってたけど可愛らしい笑顔じゃないか。


「でも、すごいよね東雲さんは。2年生からレギュラー狙ってんだ」


「は?2年じゃないわよ」


「え、1年生?なおさら凄いじゃん。ストイックだね」


「………アタシは3年!アンタの先輩だから!」


鳩尾にポコッを喰らった。

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