ヤバい登校

晴れてサッカー部を退部した、翌日。


う〜ん…健康的な朝だ。起きた時瞬間のこの何もしたくない感情はいったいなんなのだろう。心地よい日差しを受けながらずっとずっと布団に入っていたい。でも、学校があるしなぁ…毎朝毎朝憂鬱なのに、なんだかんだ登校しちゃえば学校って楽しい!ってなるんだけどね。


「あ、起きた。おはよ大志」


「うん、おはよう沙良」


身体を起こしぐっと伸びをする。沙良はというと、ピンクの可愛らしいエプロンを身につけ髪をかきあげ僕を覗き込んでいた。手にはおたまを持っている。朝食を作りつつ、合間に僕を起こしにきてくれたんだろう。朝起きて1番に見るのが沙良の笑顔とは、今日もいい1日を迎えられそうだ。


「…あれ、兄さんは?」


「先に起きて仕事行ったよ。お寝坊さんだなって大志のおでこにキスしてた」


「おかしいな。僕たち兄弟なんだけど、距離がそれ以上のものな気がしてならない」


「そうかな。仲が良くていいと思うけど。…私はまだ、大志にそういう事する勇気がないけど」


「はは、いつでも待ってるよ」


「……うん」


布団から出るついでに僕の体調を確認。…うん、昨夜土の中に埋められたにしては問題ないかな。埋められた、といっても、砂浜で首から上は地面から出た状態で動けないよ〜ってキャッキャッウフフと写真を撮るレベルではなく。文字通り頭の上まで土をかぶる生き埋めだ。ニコニコと笑いながらスコップで掘った穴に土を放り込んでくる彼女を見て、悪魔って意外と可愛らしい見た目をしてるんだな、というか僕の幼馴染にそっくりだな、と遠い目をしつつ思った。


とはいえ、これはただの罰であり、沙良も僕の命を奪おうとしているわけではない。穴の上から細〜〜いストローを差し込んでくれて簡易的な空気穴は確保してくれた。全く、なんだかんだいって優しいんだから。


「身体、大丈夫?問題ない?」


「どの口が言ってんだこら」


「その様子なら大丈夫っぽいね。はい、蒸らしたタオル」


沙良から少し熱めのタオルを受け取り顔を拭く。寝ぼけ眼から完全に覚醒。感謝を述べつつタオルを返すと、彼女はそのタオルを大切にジップロックに入れて密封しポケットに忍ばせていた。こらこら、何に使う気だ、なにに。


「おいおい沙良、うちのタオルを勝手に持ち帰ろうとしたらダメだろ?」


「ううん、これ私の家から持ってきたやつだから」


「はは、なら止める術が無くなっちゃったよ。もどかしい…!」


「ちなみにこのタオルは朝私が使ったやつね。こうやって使用するタオルを一つにまとめることで節約につながるんだ。花嫁修行で身につけた技だよ」


「へぇ、沙良もこのタオルで顔を拭いたんだ。ちょっと嬉しいと思っちゃった自分が悔しいよ」


実質的な間接キス…いや、間接顔面か。この程度であわあわするほど僕は子供じゃななななななななな…失礼、取り乱した。


「それじゃ、朝ごはんを食べようかな。早く下に行こう…」


「大志」


「おっとそうだね。先に着替えをしなくちゃ…」


「大志」


「はは、沙良。寝癖を整える前に色々とやることがあるだろ?」


「大志」


「はい…」


「…今日もさっそく、どう?」


「一杯やっとく?みたいな軽いテンションで言うことじゃないと思う」


何をやるつもりなのか?おはようのキス、なんて可愛いものではない。兄の寝室ではあるものの、兄は仕事に行っており、部屋には僕と沙良のみ。例のイベントの発生条件を満たしてしまっているわけで。


「それじゃあ大志。when you marry me?」


お、今日は英語バージョンか。朝から勉強できて求婚もされちゃって一石二鳥だ。と言っても、この場合僕は石を投げつけられる鳥側だけど。


「おぅけい、あいむふぁいんせんきゅーぐっじょぶ…あいだ!沙良!おたまは人を殴るためのものじゃいだい!ちょ待っいだい!僕の話いだい!じゃすとあみにっいだい!」


かぃんかぃんと木魚のようにリズミカルに叩かれる僕の頭。いつものような瞬間的なエグさはないけどこれはこれで辛い…!蓄積された痛みが限界を突破しそうだっ!


なんとか頭をガードしながら逃げるようにリビングに向かう。


ちなみに、朝起きたら僕の家に沙良がいるという違和感はとうの昔に払拭されている。一々騒ぎ立ててもしょうがないし、受け入れる事も重要だ。諸行無常(?)



「それじゃ、いってきまーす」


とんとんとつま先を地面に打ち、薬師丸家を後にする。ちなみに、僕の頭には無数のたんこぶができている。数秒して、トトトトと沙良が追いかけてきた。しっかりと母に挨拶をしてきたんだろう。


余談だが、僕の母は沙良の事を大変気に入っている。今朝も食卓で「大志を見るも無惨な、『生きるグロ画像』と名高い、ネットでブサイクって検索すると1番上にアンタの顔が出てくるほど酷い容姿に産んじゃってどうしようかと思ってたけど…こーんな可愛いお嫁さんが見つかってよかったねぇ」と、無理やり僕と沙良をくっつけようとしてきた。100歩譲ってそれはいいとして、実の息子の容姿を貶すのはどうかと思う。それも憎たらしいほどの語彙力で。言葉のDVだろ。


「…ふぅ、お待たせ大志」


「全然待ってないよ。それじゃ、行こっか」


僕が八橋学園を選んだ理由は、学力的にちょうど良かったのと、家から近いから。学園までは徒歩15分ほどだ。最短のルートを通れば10分程度でつくのだろうけど、僕にその道を使えるわけがない。


「あ、大志。こっちの道の方が近道だよ」


「はは、知ってるよ。でも僕は沙良とのこの時間を大事にしたいんだ」


「…ふふ、そうだね」


沙良が嬉しそうにとん、と腰で軽く僕に触れてくる。


確かに沙良の勧める方角は近道ではあるんだけど、そっち行くと路地裏だし。誰も人おらんし。例のイベントの条件満たすし。僕の通学路は人通りの多さを優先しているのでね。


他愛のない雑談をしながら、僕はなるべく人が多い道に目を光らせ、沙良は隙あれば僕を人気のない場所へ導こうとしている、これまたいつも通りの朝。


彼女は決まって僕の半歩後ろを歩いている。並んで歩けばいいのに、といつも思うし、実際に言った事もあるのだが、彼女は笑顔でこの位置がいいと返してきた。ずっと大志を見ていられるから、と。


最初聞いた時は流石の僕も恥ずかしくなっちゃったけど、僕が逃げ出そうとしてもすぐ気づけるように、というのが真の理由である事に気づいた時、また一つ本当の彼女を理解できてしまったと涙した。


「あ、ちょっと待ってね」


数分歩いたところで突然そう言われるもんだから身構えたけど、右手には沙良の家。小走りで家の中へと入っていった。何か忘れ物でもしたのだろうか。珍しいな、優等生なのに。


一応言っておくが、ここで僕に沙良を置いて学園へ逃げるという選択はない。無事学園に着いたとてその後何されるか分かったもんじゃないから。


数分ほど待っていると、沙良が紐で縛ったたくさんの本を両手に持ちながらふらふらとこちらにやってきた。


「重そうだね。持とうか?」


「ふふ、ありがと」


「ほい。…っとと!?」


ズシリとくるそれを受け取る…のだが、重くて重くてバランスを崩してしまい、沙良に身体を支えられる。「おっと、大丈夫だった?」と爽やかな笑顔を見せる沙良に僕の中の乙女心がくすぐられつつ、このシチュエーションなら、男女逆じゃね?と思いつつ。女の子の沙良より力が無いんだ、僕…


恥ずかしさを紛らわすように何気なく本を見てみると、『サッカー入門』『サッカーにおけるサポートトレーナーとしてのいろは』『戦術100選』など、僕が昨日までやっていたサッカーに関する知識本が積み重ねられていた。


「…捨てちゃうの?」


「うん。もういらないから」


「僕がサッカー部をやめたから?」


「そうだよ。大志がやらないなら持ってても仕方ないし、私たちの将来のための書物用の本棚も置き場が無くなってきたしね」


「…僕がまたサッカー部に戻るっていったら?」


「同じ本をまた買うと思うな。内容は全部頭に入ってるけど」


なんともないように言っているが、かなりの冊数だ。これを全て、時間をかけて読んで、理解して、僕のために還元してくれようとしていたんだろう。僕がなぁなぁな心持ちでやっていたサッカーを、僕のためになるなら、と。そしてそれを、僕にとって不要だと感じたなら迷わず捨てる。


彼女の努力を捨てる事に抵抗を覚えつつ、それらをゴミ捨て場に置く。


「…ありがとう」


せめてもの、というべきか、ぱんぱんと手をたたきつつ沙良に向かってシンプルな感謝を伝える。僕だけのためにありがとう、と。


「え、なんてなんて?もう一回言って?」


「ありがとうって言ったんだよ」


「もう一回」


「ありがとう」


「もう一回」


「ありがとうありがとうありがとうありがとう。センキューダンケシェンシェイシェイ。もう充分?」


しつこいよと吐き捨てた僕の言葉を全身で噛み締め、ぎゅっと通学鞄を抱き抱える沙良。朝の日差しに照らされたその姿は思わず息を呑んでしまうほど輝いていて。ここだけみると、恋する乙女みたいで可愛いんだけどなぁ。ありがとうって言うだけでこんなに喜んでくれるなら、もっと言う頻度を増やしてもいいかな、なんて。


「それにしても、また同じ本を買う、か。お金持ちは言う事が違うね」


「ん?勘違いしてるみたいだけど、大志のための出費は私が稼いだお金から出してるよ。パパに貰ったりなんてしてないからね」


恥じらいから話題を逸らそうとしてみたのだが、今度は沙良がムッとしてそう言い返してくる。


「稼ぐ…バイトって事?でも八橋学園って…」


「バイト禁止だね。でも大志のためなら多少の危険も承知の上。そもそも私、そういう事してても怪しまれないし。これ、いい子ちゃんでいる事のメリットのうちの一つね」


平然と言ってのける彼女。いい子ちゃんでいる、なんて言っているが、彼女は素のままで人間として出来上がっている。彼女が当然だと思ってやっていることがいい子ちゃんと評価される事例ばかりなのだ。当たり前のことを当たり前にできない人間が、この世の中には溢れている。


そんな彼女がリスクをおかして、正真正銘、僕に全てを注いでくれている。


………それについて、流石の僕も何も感じないってわけでもない。どうして彼女はここまで僕に献身的に?それを問うてみても、きっと沙良は「貴方だから」と微笑むのだろう。


別に僕は沙良が嫌いだから彼女から逃れようとしているわけじゃない。むしろ異性の中だと良く話す方だし…どちらかというと好き…の部類に入っていると思う。ただ…


「…大志」


「え?」


沙良が少し顔を歪ませて目配せをしてくる。そこでようやく、僕の背後に誰かが迫っていることに気づいた。


「へぇ〜?沙良ちゃんってバイトしてたんだ」


僕らのふわふわした雰囲気を切り裂くように突然降ってきた声。サッカー部のキャプテンの辻くんだ。辻くんは僕の首にすらりと長い手をやり押しのけると、沙良との間に無理やり入り、沙良の肩に手を回す。


「いい子だと思ってたんだけどなぁ。そっかそっか、バイトねぇ」


「え?なんの話ですか辻先輩」


「そうですよ辻くん。沙良はハイドしてるって言ったんです。英語で隠れるという意味ですね、つまり沙良はかくれんぼが大好きで今日も今日とて……はい、すみません」


辻くんの口の軽さは校内随一だ。噂程度のモノでも彼の耳に入ると真実として広まったしまう。沙良が校則違反をしていると言い広められてしまうのは心外だ。しらばっくれる沙良に同調してペラペラと適当に舌を回していたら、えげつない眼力で睨まれたので萎縮してしまう。そういえばこの人、僕のこと嫌いだったよなぁ…僕も彼のこと苦手だし。


辻くんはtheサッカー部って感じの爽やかイケメンの、部活でもクラスでもリーダータイプ…というのは表向きで、結構黒い噂を聞く。彼女はとっかえひっかえ、その理由は彼による暴力に女性側が耐えられなくなったからだとか、気に入らないクラスメイトをシメたとか、気弱な先生を脅してテストの答案を奪い取り、それを生徒と高値で取引したとか、彼の見た目に騙されて言い寄ってきた女の子をタイプじゃないからと大学生の先輩に売り飛ばしたり、とか。学園のお偉いさんにはこの本性が気づかれてないあたり、相当狡猾なのだろう。


サッカー部内でも同ポジションのライバルを別ポジションにコンバートするよう脅す、取り巻きを集め適当に目に入った部員にサッカーボールを蹴り、頭に当たれば10点、腹に当たれば5点、男の急所に当たれば100点という遊びをするなど、中山先生に見えないところで中々悪さをしている。密告しても信じてもらえるはずもなく、反抗できればいいんだけど、腕っ節は強いし、彼は実力を重んじる中山先生がキャプテンに選ぶほど上手いから、僕らにはどうする事もできない。黙って端っこで自分が標的にならないよう息を潜めるしかない。


表向きは優等生…おや?どこかで見たことあるような?


「…なんか今嫌な重ね合わせをされた気がする」


沙良が訝しむように僕を覗き込むが、すかさずその視線を辻くんが遮る。あくまで2人だけの時間を過ごしたいようで、僕はお邪魔虫みたい。それじゃ、若い2人に任せて僕はこの辺で…なんて去ろうとするけど、流石に沙良が気になる…というか、心配になってしまう。


「ところで、さ」


この人に弱みを握らせるわけには…と思ったが、辻くんはいとも呆気なく話題を変える。彼らしくない。


「沙良ちゃん、マネージャー辞めちゃったんだって?」


「はい」


「困るなぁ突然。ここだけの話、俺沙良ちゃんの事狙ってたんだぜ?」


辻くんが沙良に顔を寄せる。なんだろう、この感情。すごくモヤモヤする。沙良が僕以外の相手を見つけるのは望ましいシチュエーションと言える。それは晴れて僕が普通の高校生活を送るという事に繋がるからだ。


…けれど、さすがに勝手すぎるかもしれないけど…その相手は僕も選ばせてほしい、というか。


「そうですか」


「一旦考え直さない?俺らのここが嫌ってなったらなおすからさ」


「そうだぞ沙良。君はサッカー部のマネージャーが似合ってる」


それはそうと、沙良をマネージャーに戻すという意見は賛成だ。部活中の平穏な時間が確保されるから。僕のたんこぶの痛みや身体中の傷が後押ししてくれるみたいだし、ここは加担させてもらおう。


「…お前さぁ。馴れ馴れしく沙良ちゃんの事を名前で呼ぶなよな。沙良ちゃんも嫌だよなぁ?」


う…僕の協力は余計なお世話みたいだ。そんな殺すみたいな目で見ないでほしい。


「いえ、どちらかというと辻先輩に名前で呼ばれる方が不愉快ですので大丈夫ですよ」


顔に笑顔を貼り付け、ついでというように肩に回された辻くんの手をはたき落とす沙良。好き嫌いがはっきりしすぎている。………沙良。頼むから辻くんの機嫌を損ねないでくれ。腹いせに僕を狙ってくるに決まってるし、現に今辻くんが勢いよく僕の足を踏もうと…


「…辻先輩?大志の足はボールじゃありませんよ?」


「……ん?なんのこと?」


目聡く気づいた沙良が早口でそれを指摘すると、即座に座標を修正し僕の足先数センチの地面を踏み抜く辻くん。とてつもない地響き。まともな人間だったらここで涙目になりながら逃げ出すんだろうけど、彼の誤算は僕が誰かさんのおかけである程恐怖や痛みには耐性があることだろう。


「…まぁなんか理由があるんだろ?深く聞くつもりはないよ。けどさ、これでお別れってのも悲しいし、LIMEしよーよ」


これがこの人の狙いだろうか。淡々と答える沙良に対し、自分の意見をただゴリ押していくだけの辻くんは、ひらひらと沙良の前で自身のスマホを見せる。LIMEとは、今や老若男女問わずインストールしているトークアプリ。散々沙良をデートに誘っているくせに連絡先すら教えてもらってないのか。


「なぁ、いいだろ?…バイトの事は内緒にしといてやるからさ」


「なっ…そんな!」


「これは沙良ちゃんと俺のお話。お前は黙ってような」


ずるい言い方だ。裏を返せば、連絡先を教えないのならバイトのことを言いふらすということ。半分脅迫のようなものだ。実に辻くんらしい。


ちらり、と沙良が僕の表情を窺う。その視線に背中を押され、僕も異を唱えようとするんだけど、辻くんの圧に負けて何も言えなくなってしまう。それでも、それでも僕は…こういう時くらい男らしさを…


「大志」


覚悟を決めて口を開きかけた僕を沙良が制する。一瞬だけ僕に微笑むと、彼女は大きな、大きなため息をつき


「分かりました」


「お?ということは?」


「LIMEを教えればいいんですね?…はい。これが私のQRコードです」


「さんきゅー!」


僕の目の前で見たくもないLIME交換が行われる。辻くんはニヤニヤと歪な笑みを浮かべながら、対する沙良は瞳を閉じただその時が過ぎるのを待つように。まただ。またこのモヤモヤ。胸がキュッとしめつけられ、やるせない思いが僕を支配する。


「それじゃ、沙良ちゃん。後でメッセージ送るわ!じゃまた!」


用は済んだと言わんばかりに、やっぱり僕は視界に入っていないように反吐が出るほど爽やかな笑顔で辻くんが去っていく。はーい、と見送った沙良は流れるように辻くんをブロックリストにぶち込んでいた。いや、うん、それは正解だと思う。


「…沙良、僕は」


「わかってるよ。大志が先輩に何か言おうとしてたこと。凄く嬉しかった。私の大志への愛が大気圏を突破して海王星に届くくらい。でも多分、それを言っちゃうと先輩は大志に目をつける。貴方が嫌な思いをするのは私にとっても望ましい事とは言えないからね」


沙良もサッカー部のマネージャーをしていたのもあり、辻くんの本性には気づいているようだ。そんな彼に興味を惹かれているんだからあんな反応をするのも無理はない。


「沙良…実は僕、沙良に痛めつけられるの結構嫌だな〜なんて思ったりしてるんだけど」


「さて、それはそれとして」


「それはそれとしてって言えばなんでも流せると思うなよ」


「私がいる限り、大志を酷い目になんて合わせやしない。大志は私が守るから」


「そのセリフ、鏡の前でもう一度言わせたいね」


意を決するように沙良が声を漏らす。沙良の機転、きっとこう言えば僕がこう返すというのが分かっていて、なんとかいつもの空気感に戻ったが、結果として、沙良は辻くんと連絡先を交換してしまった。あの辻くんが女の子を真っ当な扱いをするとは到底思えない。




不思議に思っていたんだ。サッカー部内で僕が辻くんの標的にならなかった理由が。辻くんがこれだけ迫っている沙良と仲のいい僕が、目の敵にされず、大した被害も受けてない、その理由。


さっきみたいに、沙良が庇ってくれていたんじゃないか。僕の見えないところで、辻くんの気を引くなりして上手く立ち回ってくれたのではないだろうか。


『大志が嫌な思いをしないように』


そこに、沙良自身の身の安全は含まれているのだろうか。二の次になっていないだろうか。


『大志は私が守る』


なら、僕は?ただ守られるだけでいいのだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る