ヤバい退部届け②

「あぁ沙良、いたのか。きみもこっちに来てくれ。それでですね、沙良に…沙良ぁ!?」


沙良がいつのまにか僕の背後に立ち、驚く僕にVサインを送ってくる。沙良の話をしようと思ったこのタイミングで。偶然か?いや、沙良の場合あるいは…


「なんだ、常盤も俺に用なのか?」


「はい。でも先客がいたみたいなので大志の話が終わるまで待ちますね」


「そうだな。で、大志。常盤がどうかしたのか?」


く、くそぅ!沙良が後ろで待機してやがる!ここで僕が真実を言ってもすぐさま沙良が否定するだろう!一般生徒である僕の言葉と学園を代表するような生徒である沙良の言葉、どちらを信じるかなんて火を見るより明らかっ!そしてその後は沙良による僕への…予想するだに恐ろしい…


ここは一度逃げるしかない、か…


「…常盤さんにはすごくお世話になっているんです。はは、なぁに、ちょっとした世間話をしようかなと」


「はぁ?気色悪いなお前」


「気色悪い、ですか。教師が生徒に向かって言っちゃいけないワードランキングトップ10には入ってそうですね」


「大丈夫だ。こんな事お前にしか言わない。お前だから、言えるんだぞ?」


「もっと違う形で、もっと違う状況でその言葉を聞きたかったです」


お前のことだけは信頼してるから言ってる風にえげつないこと言うなよ。


こうなってしまった以上、真実を話す作戦は中止だ。となると、僕は部を辞める明確な理由をでっちあげる必要があるんだけど…いやまぁ現状を顧みれば、簡単っちゃ簡単か。


「…もう、皆についていけないなって思ったんです。周りがぐんぐんと伸びていく中、僕はボール磨き。そのおかげで腕は少しだけ筋肉がついた気がします」


「ふっ、サッカーは主に脚を使うスポーツなのにな」


「このままじゃ、ダメだって。僕がサッカー部にいる意味はなんだろうって考えた時に何も浮かばない。そんな環境に身を置く必要はあるのかなって」


「確かに。なんでお前は毎日欠かさず練習に来てるんだってずっと思ってたぞ」


「周りにも、迷惑というか、気を遣わせてしまっていることに気づいたんです。先輩が僕の横を通るときはポンと肩に手を置いて励ましてくれてるみたいですし、後輩も一応先輩の僕の前を通るときはしっかりと挨拶をしてくれます。こんな…何もできない僕に」


「いや気を遣ってるわけじゃないと思うぞ。この前キャプテンの辻がお前の事妖怪ボール磨きって馬鹿にしてて、向こう数週間はそのネタで部員の笑いを誘ってたからな」


「あの、的確に僕の心を抉るのやめてもらっていいですか」


「なるほど、俺は言葉でお前を傷つけるのを辞め、お前はサッカー部を辞めるというわけか」


「上手くないので黙ってください」


いい歳こいたごっついおっさんがバチンバチンとウィンクしながらドヤ顔してくるな。それとなんだよ妖怪ボール磨きって。妖怪らしく大会の1回戦で超強豪校と当たる呪いでもかけてやろうか。


…まぁ、ともかく、取ってつけた理由にしてはまともな事言えたんじゃないかな。8割くらいは真実だし。


「えっと、はい。そんなわけで…辞めさせていただきたいなと」


「……」


なぜか黙り込む中山先生。…もしかして、ようやくこの僕を失うことの重要さに気づいて…?


「あの、先生?何か言ってもらえると…」


「え、俺お前に黙っとけって言われたし」


「子供みたいな意地の張り方しないでください。分かりました、喋ってもいいですよ」


「そうか。ずっと思ってたが、歯磨いてるか?口臭いぞ。海鮮市場みたいな臭いがする」


「うん、これは喋ってもいいって言った僕が悪い。僕が退部する事に関して喋ってください。…あ、ちょっと待ってくださいね。あの、沙良。僕の口って臭い?」


沙良を振り返ると指で鼻をつまみながら臭くないよと言ってくれた。どちらにせよ傷つくよそれは。


「…ま、一応お前もまだサッカー部員だ。お前が未練を残さない選択ができるよう説得しても…いいよな?」


「…先生」


「俺は八橋学園サッカー部顧問だ。部員一人一人に想いみたいなものがある。今からお前にそれを伝える」


中山先生は試合中でしか見せないような真剣な表情で、ぎしりと椅子の背もたれにもたれた。彼が大事な話をするときの癖のようなものだ。もしかして…僕を引き留めようとしてくれてるのか?


「仮入部の時、お前ら新入生に軽くボールを触らせた事を覚えているか?」


「はい」


「あれな、入部テストみたいなのも兼ねてるんだ。といっても合格ラインは低いけどな。部員の定数を設けて、出来なさそうなやつから足切りしていく。部員が多くなりすぎるのも困りものだからな」


僕らの学園には仮入部というものがあり、本入部前に自分の望む部活動の雰囲気なんかを知ることができる。簡単に言ってしまえば部活動体験みたいなものだ。思えば、仮入部の時はいたのに本入部の時にはいなくなった子が結構いた気がする。ただ他の部にいっただけだと思っていたが、まさか入部テストが…いや、待てよ?そうなるとおかしい…


「…なぜ僕が合格できたんだ?」


僕はサッカーについてはぺーぺーの素人。誰がどう見ても初心者だと透けていたはずだ。先も述べたように、先生は実力主義者。できない奴はすぐに捨てるはず。当時はまだヘタクソだった僕を入部させないはずだ。それなのになぜ…


っまさか!中山先生は僕の秘めたる可能性に気づいて、将来性を見込んで合格を…?


それなのに僕は…僕には才能が無いからと決めつけて、先生の信頼を裏切る形で終わらせようとしている。僕の伸び代はまだまだこれからだというのに。


「本当におどろいたよ。真横に飛んでいくパス、ボールに振り回されているようにしか見えないドリブル、誰も騙せないフェイント、そして普通に相手の足を削っているディフェンス。そんなお前を見てこう思った。こいつ…おもしれぇ…ってな」


「え?」


「こんな面白い奴を他の部に奪われてはならない。そう思って俺はお前を部員として迎えた。実際、最初の1週間くらいはお前のサッカーをやっているとは思えない、タップダンスのような動きをみて笑わせてもらったよ。けどそれをずっと眺めてたらさ…飽きちゃったんだ」


「飽きた?」


僕はお笑い要員だったって事?それなのに思った以上につまらなかったってこと?何やら唐突に雲行きが怪しくなってきたぞ?


「真剣なのは伝わったよ。けど真剣だからこそ、ボケに走ってないからこそ動きがワンパターンなんだよ。加えて微塵も成長していない。動きの変化がないお前に俺はマンネリ化したんだ。面白くなくなったお前はグラウンドに立つべきではない。そう考えて、俺はお前に雑用を任せた」


「僕に…マンネリ化?」


「だから大志。お前は絶対にこの部を辞めるべきだ。俺は胸を張っていえる。お前にサッカーは向いていないと。俺を信じて、この部を辞めてくれ」


頭を下げてお願いをしてくる中山先生。あの、中山先生が生徒に深々と頭を下げるなんて。彼はそこまで僕のことを…


「先生…あぁ、僕は何を考えてたんだ。こんな部、辞めるべきだったんだ。やめて正解なんだ。ようやく思いが固まった」


「大志…」


「先生…」


「これから頑張ってくれ。できれば俺の目に見えないところで。頭の本当に片隅で応援している。といっても、2時間後にはお前のことなんて忘れてるだろうけどな」


「へへっ、先生…っありがとうございます」


先生から差し出された手をぎゅっと握る。ありったけの憎悪を込めて、ぎゅっと、ぎゅ〜〜っと。説得って、そっち(辞めさせる方)の説得なのね。確かに未練は無くなったわこれ。綺麗さっぱりとね。


やり遂げたぜって表情をする中山先生から退部届をひったくり腹いせにその場で記入をしてやる。ともかく、これで当初の目的はクリアした。部活中の沙良のイベントも回避することが可能となり、僕も必要以上に顧問や部員からいじめられることもない!ここから僕の華の学園生活が始まるんだっ!薬師丸大志の第二の人生が今!幕を開ける!!


「そういえばお前。次に入る部活は考えているのか?」


「へ?僕は無所属で…」


「忘れたのかカス。八橋学園の生徒は特別な理由がない限り部活動強制参加だぞアホ。退部した生徒にもこれは適用されるんだボケ。この底辺糞尿ダニブス野郎が」


「あれ?もしかして語尾に暴言添えないと死ぬ呪いにかかってます?」


「いや?ただ言いたかっただけだ」


「でしょうね」


これだけ言われてもへこたれない僕のメンタルの強さを褒めて欲しい。


それにしても、新しい部活ねぇ…


「じゃ、帰宅部に…」


「ないぞ」


「それじゃGHQ(go home quickly)部に…」


「ないぞ」


「てなってくると…」


「ないぞ」


「まだ何も言ってないです」


「とにかく、探しておけよ。行き先を見つけてやるまでが俺の仕事だが、お前なんぞに時間を割く余裕はない。勝手に一人でやってろ」


…まぁいいか、なんか適当な部に入っておこう。どの部に入っても沙良がいない限りは安心安全だし、どの部に入ってもサッカー部よりかは良い環境である事に違いはない。


「さて、ゴミをゴミ箱に片付けられたところで」


「まさかそのゴミって僕の事じゃないですよね」


「常盤。お前も俺に話があるんだろ?」


「あ、はい。それじゃいいですか?」


「先生。せめて反応してください。……あぁ僕本当にゴミだと思われてるなこれ」


ゴミが喋るわけないもんね。


と、そういえば沙良も中山先生の元にやってきてたんだ。何を言うつもりなんだろう?ペンを走らせる手は止めず、聞き耳だけ立てておこう。


「私もマネージャーを辞めさせてもらいます」


そっか。沙良もやめるんだな。ま、最早僕には関係な………あれ?関係大アリ、モハメド・アリーじゃないか?


僕が部活を辞めて、沙良もマネージャーを辞める。そうなると、僕も沙良も自由になるわけで…?


ここで沙良がこちらを見やり、ぺろりと舌を出してウィンクしてきた。美人は何をしても美人だなぁ…って、そうじゃない!


完全に嵌められた……!!なぜ忘れてたんだ僕、沙良は僕が何を考えてるかなんて全部全部分かってるんだ!僕が辞める事を先読みして、その上で確実に自分の目で見届けてから自分も辞める!そしてまた新たに僕と同じ部活に入るのだろう!状況は全く変わらない!これでは骨折り損のくたびれぼうけだ!


…というか、僕。なぜこの可能性を考えていなかったんだ。彼女が職員室に入ってきた時から警戒するべきだったんだ。警戒したとしても…みたいなところはあるけどさ。


「なんだと!?常盤も辞めるだと!?」


「はい。辞めさせてください」


「待て待て待ってくれ、お前がいなくなると部員のモチベーションがだな…」


「僕の時と540度違う反応にツッコミを入れたいところですが、なんとか説き伏せてください先生!」


こうなったら僕に残された道は一つ!中山先生と一旦共闘だ!なんとかして沙良をマネージャーとして残してもらわなければ!僕のためにも、部のみんなのためにも!これが僕のできる、部への最後の恩返しだ!


って何も恩もらってないけどね!


「理由だ!理由を聞かせてくれ!」


「そうだそうだ!正当な理由だぞ!」


僕は真っ当と言えば真っ当な理由をでっちあげたけど、沙良の場合はそうとは言えないはずだ!マネージャーとしては超一流だし、こういうケースにありがちな勉強に力を入れたいからというのもすでに賢い彼女は使いづらいはず!


「そうですね…今朝、髪が上手にとかせなかったんです。だから辞めようって」


「なーにを言っとるだ沙良!そんな脈絡のない理由が罷り通るわけなかろうて!そうですよね先生!」


ほらね、やっぱり無理がある言い訳しか出てこない。こういう時のオーバーリアクションは大事だ。暴論を正論に、正論を間違いない正論にするだけの力がパッションにはある。僕は身振り手振り全身を使ってぎゅるんと中山先生を見る。


「…そうか。苦しかった、よな。無理を言って、そして気づいてやれなくてすまなかった、これが退部届だ」


「せんせーい!?何これ僕がマイノリティ!?これが正当な理由ならなんでも通っちゃいますよ!」


なぜか涙ぐみ退部届けを持つ手がふるふると震える先生。なんの茶番だほんとに。


「うまく髪とかせないと死にたくなるよな。先生も気持ちは分かる。櫛へし折りたくなるしな」


「その見た目でメンタル弱すぎる!というか、あんたに整えるほどの毛量はないでしょうが!!」


「……お、おい毛量の話はするな。俺も歳だしそこそこ気にしてるんだ」


「やっぱりちゃんとメンタルは弱いみたいですね!」


中山先生がちらちらとこちらを気にしながら素早く帽子を装着する。毛量気にしてるならなぜ坊主にするんだ、大事にしろよ。


「大志。俺は是が非でも常盤の退部を止めたいと思っている」


「ならなぜ!?」


「お前がこっち側についてるのがなんか嫌なだけだ。あとテンションがウザい」


「本当に僕のことが嫌いみたいですねあなたは!」


沙良が歯を見せて笑い退部届けを受け取り、僕の横で記入を始める。これを書き終えてしまうと沙良も晴れて退部が成立してしまう。だが…すでに僕に止める術はない。黙って見ることしかできない。


全て書き上げた沙良の退部届けが中山先生の手に渡る。諦めた僕も退部届けを提出。2人仲良く無所属だ。これほどまでに沙良の思い通りに事が進むとは…手のひらの上で転がされてる気分だと彼女を見やると、顎に人差し指を添えきょとんと首を傾げてこちらを見返してきた。長年の付き合いで分かる、これは計画通り…って顔だ。


「それじゃ、大志。いこっか」


「う、うん」


…諦めるな諦めるな僕!結局のところ部活中1人きりにならなければ問題ないんだ!例えばペアでやるようなスポーツ…いや、僕のペアが沙良になる未来しか見えない!ならならっ、9人でプレイする野球部…硬式ボール、バッド、ベース(?)…ダメだ、危険な道具が多すぎる!これでは沙良のあのイベントがバリエーションに富んでしまうだけ!ならスポーツではない、茶道部とかなら皆が向き合って茶をしばくイメージがあるしどこにだって人の目がある…沙良が僕の茶に一服盛る未来しか見えない…!そして喉を引っ掻き苦しむ僕にこう言ってくるんだ!『解毒薬が欲しければ…分かるよね?』と!


考える事をやめちゃダメだ。人は思考を放棄した時に真の意味で敗北するのだ。考えを止めない限りは負けてない!諦めなければ道はきっと開ける!


「あ、そうだ大志。…大志?」


「…ごめん、考え事してた。なに?」


「さっき先生に私のこと言おうとしたよね?」 


「あひゅっ…」


…肝が冷えるとはこの事を言うんだろう。冷えすぎて絶対零度に達していそうだ。


「お仕置き、しなくちゃね。苦しい方か、そこまで苦しくない方。どっちがいい?」


「実質一択では?」


「そうかも。じゃあ苦しい方にしよっか」


「苦しくない方でお願いします」


「なるほど、山で生き埋めを選ぶんだね」


「苦しくない方でそれなら苦しい方はなんなのか気になってきたよ」


「それはね、ドラム缶にコンクリ…」


「あー言わないでいいよ。ドラム缶とコンクリってワードが出ちゃったもん。ヤクザの人にしかない発想って察しちゃったもん」


具体的にはドラム缶内にコンクリで身体を固められ海に蹴落とされるソレ。


う〜ん。諦めなければきっと道は…開けても僕がその道を通れるかどうかは怪しいところなのかもしれない。僕は抵抗する事なく沙良に制服を掴まれ引きずられながら漠然とそう考えていた。

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