ヤバい部活動探し③

「さてと、気を取り直して…さらに犬は賢いんだよ!飼い主の言うことは絶対に従う!」


背後では成宮先輩と黛先輩のディスカッションとやらが行われている。そういえば扉を開けた時も犬が云々言ってたな。


やってる事は部活動というよりは放課後の暇つぶしみたいな印象だけど…学園お助け部なのだから依頼がない時はこんな感じなのかな。


「犬は人間のベストパートナー!ペットショップで一番目にするのは何?そう!犬!つまり犬が最も人気なんだよ!どう?これでもそっちの動物の方が可愛くて人気もあると言える?」


ふんすふんす、と鼻を鳴らし、ぴこぴこと交互に犬耳ヘアーを揺らしながら(…え?どういう仕組み?それ)熱弁する成宮先輩。話から察するに犬派だか猫派だかで言い争ってるのだろう。成宮先輩が犬派なのは容姿性格から想像通りだが…全く、人間というのはご飯派かパン派かやら、マヨネーズ派かケチャップ派かやら、男女の友情は成立するか否かやら、わざわざ2つのグループに分けたがる。なぜ多様性を認め、どちらも良しとしないのか。今回だって、犬も猫もどっちも可愛いでいいじゃないか。


あ、けれどお菓子のきのこの谷とたけのこの村の論争は例外。あれはたけのこの村一択だ異論は認めない。きのこ派は極度の馬鹿舌だと言える。


さて、極々少数のひ弱なきのこの谷派を敵に回したところで、今度は猫派であろう黛先輩の番だ。すらりと長い足を組み替え、腕を組み、黛先輩が話し始める。


「えぇ、どう考えてもザリガニの方が上ね」


飲んでいたジュースをふいた。


「どうしたの薬師丸。きっもち悪いわね」


「初対面の方にマジのガチのトーンで気持ち悪いって言われると流石に傷つくんですけど…え?犬派か猫派で言い争ってたんじゃないんですか?」


ザリガニといえば幼少期に一度は取りに行ったことがある人も少なくはないだろう。両手にハサミをもったアレである。僕の問いかけに、2人は顔を合わせ首をかしげる。


「ペット界の二大巨頭といえば犬とザリガニでしょ?」


黛先輩の言葉に当然だと頷く成宮先輩。犬とザリガニがツートップ?その辺で取れるザリガニが、諸々合わせると1年で飼育費100万円は下らない天下の犬様と肩を並べている?猫は?


困って隣の沙良を見てみると、うんうんとこちらも大きく頷いている。え?これ僕がおかしいの?というか沙良の家では猫飼ってるだろ。


「ちなみに大志くんはどっち派?」


「あーそうですね。どっちもいいですけどやっぱり猫派ですかね」


「ププッ、猫って」


「自分1匹で生きていくことができないから人間様に頼りきってるで有名な猫が好きな人なんてこの世にいるんだね!今年一感動したよ」


「全国の猫好きさんに謝れ。そして人間に頼りきってるのはどのペットも同じでしょうが」


露骨に嫌そうな顔をする2人。この二人どんだけ猫アンチなんだ。…というか、先輩相手にいつものトーンでつっこんじゃった。僕にとって女性の先輩と接するのはレアケースだったりするんだけど、その時特有の話しかけ辛さみたいなものは2人にはない。成宮先輩は向こうからグイグイと来てくれるし、黛先輩も言葉に圧みたいなものはなく穏やかだからかな。どうにも子供っぽい2人だけど、目上の人な訳だし気をつけないと。


「それじゃ、沙良ちゃんはどっち派?」


「私は大志派ですかね」


「おいコラ初対面の方相手に素を出すな素を」


というか沙良の家では猫飼って以下略。


「へぇ。かなり少数派ね」


「猫好きより少なそうだよね」


「う〜んそりゃそうでしかないけどなんか傷つくな」


もうヤダこの人たち。成宮先輩はある程度こういう人だとは思ってたけど、まさかクールな風格の黛先輩までそっち側だとは。少し抜けているところは可愛らしいけど…ザリガニ派を自称しているあたりこの中で1番のジョーカーかもしれない。


「っとと、話が逸れちゃった。ディスカッションに戻ろっか」


「そうね。犬は購入費だけでなく維持費も高くつくわ。その点ザリガニは優れてる。まずザリガニはその辺の水辺で簡単に乱獲することができるから実質タダ。飼育方法も餌を与えて数週間に一度ゲージの中を掃除するだけでいい。さらに事情により飼育が困難になったら元にいた水辺に戻せばいい。こんなにコスパのいいペット他にいないわよ」


ペットにコスパを求めるって…動物博愛主義者が聞いたら発狂しそうだ。


「むむっ!でもザリガニは可愛くないじゃん!」


「人間がペットを飼うのは癒しを求めているからよ。可愛いかどうかは関係ないわ。一般的に可愛いとは言われていないヘビなんかも愛玩動物として人気だしね」


少し腰を据えて聞いてみたが、犬派が押されているようだ。ザリガニに。滑稽なことこの上ないなこれ。個人的には成宮先輩の肩を持ちたい…というが黛先輩側に立ちたくないが、彼女の言い分も的を得てはいる。援護をしてあげたいけれどその隙がない。


言い返せない成宮先輩に、黛先輩がここぞとばかりに畳み掛ける。


「本当に犬って憐れな生き物よね。産まれて数ヶ月で人間の手で強制的に親元を離され、見ず知らずの人間に今日から家族だと言われ、しょうもない芸を覚えさせられ、人間の気が済んだら狭いゲージの中にいれられる。私だったら耐えられないわ」


「そ、そんなこと言ったらザリガニだってゲージの中に入れられてるじゃん!犬と同じだよ!」


「確かにそうね。けどあなたはゲージに入ったザリガニを可哀想と思うの?思わないでしょ」


「…」


成宮先輩。沈黙は肯定の意ととってもよろしいでしょうか。


後半黛先輩の言い分は大分めちゃくちゃだった気もするが、成宮先輩が黙ってしまった以上今回のペット対決はなぜかザリガニが軍配を上げた。


…仕方ない。僕が重い腰を上げよう。口論は強い方だ、二回戦は猫対ザリガニと行こう。全国の猫好きさんのためにも絶対に勝ってやる。


「やっぱりザリガニは最強ね。犬っころとかいう永遠の2番手さんには負けるはずもないけど。これ、貰うわよ?」


「えぇ…?いや、良いですけど」


勝ち誇った黛先輩が僕の元へやってきてジュースを一気に飲み干す。異性が口をつけたものなんだからもう少し恥じらいがあってもいいのだが、どうやら黛先輩は僕を異性として認識していないようだ。というか意外とこの人も距離感バグってるな。今日初めましての人と飲み物を回し飲みするか?


途端に沙良からの殺気が強くなるが…これは不可抗力だ。僕が自発的に行ったわけではないし、責任は黛先輩にある…といっても、沙良は納得しないんだろうなぁ。かなり怒りゲージが貯まっていそうな沙良。僕は無事に明日を迎えることはできるのだろうか。


気分がいいのか鼻歌を歌う黛先輩に対し、成宮先輩は下を向きプルプルと身体を震わせてる。…悔しさのあまり泣いてしまったのだろうか。仕方ない、女性を慰めるのは男の役目か…


「成宮先輩。泣かないでくださいよ。言い負かされて泣くとか子供じゃないんですか––––うん?」


「…っくふふ」


そう思い成宮先輩に歩み寄るが、彼女は泣いていたわけじゃなかった。肩を震わせて不気味に笑っている。途端に黛先輩が僕と沙良にしか聞こえない声量で耳打ちをしてきた。


「あー…先に言っておくと…今から起こることは誰にも言わないように」


沙良と顔を見合わせる僕。沙良は全てを知っていると言わんばかりににっこりと笑顔を見せて来た。ますます意味がわからない。ただ一つ分かるのは、この場を回していた成宮先輩の様子がおかしくなり、部室内の空気が一変したことだ。


冷房がついたわけでもないのに空気が凍っているようだ。何か…嫌な寒気がする。沙良と一緒にいる時のそれとは違うベクトルの、形容し難い何か。この人は…この人たちは…怖い。


第六感に背を押され、沙良を連れてこの場を去ろうとするものの、成宮先輩がゆっくりと、不自然なほど自然な動きで黛先輩の持つコップを指差した。


「それ、飲んじゃったね。柚木ちゃん」


「それって…ジュースのこと?これがどうし…っぐぇ!?」


突然、黛先輩が喉元をおさえもがき始める。床に転がり、死にかけの虫のようにバタバタと足を揺らしている。スカートの下から彼女の下着が見え隠れするのだが、僕はそこに妖艶さを感じず、ただただ気味が悪く思えてしまう。


ジュースを飲んだ黛先輩がのたうち回っている。一体何が起きてるというのか。黛先輩の苦痛な表情を見て思わず僕はソファーから転げ落ち、尻餅をついてしまう。


「あははは!あはっあはははは!もしもの時にと思って仕組んでおいたけど、こうも思い通りにいくとはね!」


「あ、あんずぅ…あなたまさか、ジュースに毒を…。」


ソファーの肘立てを支柱になんとか立ち上がる黛先輩。嗚咽しながら何度も唾を飲み込み、その合間で言葉を発している。


ちょっと待て。毒って…?


「確かに今のディスカッションで、あたしは負けたかもしれない。でもね、あたしの辞書に、敗北の二文字はないんだよ。杏ちゃんが死ねば、あたしが負けたという事実もなくなる」


「ぐぁ…ぐぞぉぉぉぉ!!」


ごばっ、と血を吐き前のめりに倒れる黛先輩。その先には僕がいて、べしゃりという不快な音と共に彼女は僕に抱きついてきた。大量の血が今もなお黛先輩の口から出ており、目の焦点はあっていない。素人目に見ても確実に死んでしまっていることが分かる。  


ずる…ずる…と僕の身体を滑り落ちる黛先輩。ついさっきまで平然と話をしていた黛先輩が血溜まりの中で転がっている。そんな光景を目にして僕は全く動かず、いや、動けずにいた。隣にいる沙良の様子すらうかがえない。


「良かった。今日も私は勝てた。…でも一つ、誤算があるんだよなぁ…」


ぐりん!と首をこちらに向け、ふらりふらりと歩み寄ってくる成宮先輩。蛇に睨まれた蛙はこんな感じなんだろうな、と場違いな感想が頭にうかんだ。足がガクガクと震えてしまう。


「大志くんもさぁ…飲んじゃったよね。これ」


成宮先輩がペットボトルのジュースを取り出し、軽く横に振る。ちゃぷちゃぷと音を立てるそれは僕が先ほど口にしたもので。黛先輩はそれを飲んで…こうなってしまったわけで。


「ま、まさか…」


「お察しの通り、毒はこのジュースに仕込んであります。いやーごめんね、まさかこのタイミングで入部希望者が来ちゃうなんてさぁ。ま、運が悪かったって思ってよ」


「そんな!?ど、毒なんて学生が入手できるわけないじゃないですか!?」


「あは、かもね。でも…柚木ちゃんは私の言う毒を飲んで帰らぬ人となっちゃった。それが何よりの証拠じゃない?…それに。君もそろそろじゃないかな?」


尚も食い下がろうとするも、突然視界がぐるぐると回り平衡感覚を失う。脳みそをスプーンでくるくるにかき混ぜられている気分だ。頭の中は恐怖で埋め尽くされ『怖い』以外の感情が湧いてくる余地はない。僕は今立っているのか、床に寝転んでいるのか。


『なんつーか…ヤバいところなのかもしれん』


走馬灯なのだろうか、凛の声が頭に響いてくる。あぁなるほど、彼の言っていることは間違っていなかった。こんな部活、ヤバい以外の何モノでもない。八橋学園では部の創設のハードルが低い。それを悪用して適当言って部を創設し、活動を理由に危ない薬物を取り寄せる、なんてことが行われたのかもしれない。


『やりたい事はなんでもしたい』


モットーの捉え方も誤っていた。これが成宮先輩のやりたい事であり、その巻き添えを食らってしまったのかもしれない。


視界端に沙良と思わしき姿があった。必死に彼女に手を伸ばす。彼女も僕の手を握り返してくれた。その表情までは分からない、


彼女が飲んだのは麦茶だ。あの様子だと毒は入っていないのだろう。なら良かった、と自分のことなんて一切考えずに、漠然とそう思った。


視界が狭まっていく。握っているはずの沙良の手の感覚も失っていく。そして…そして…


ぷつり、とテレビの電源を切ったかのように、僕の意識は遮断された。

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