ヤバい部活動探し②

さて、放課後。今日の目標は良さげな部を見つける事。とりあえず見学をするために部室棟に行くのが無難かな。


「よし。それじゃ部室棟にレッツゴー、だね」


「…まぁ、当然いますよね沙良さんは」


ジャージに着替え、胸の前で握り拳をつくりやる気満々といった様子の沙良。彼女のやる気は殺る気と書かないことを切に願う。こうなってしまった以上、沙良が同じ部に入るのは既定路線。となると、部活中僕と沙良が2人きりにならないようなところを探す必要がある。


「沙良は何かいい部を見つけたの?」


「それがね、いい案を思いついたんだ!私たち2人の部を作ればいいんじゃない?」


「却下」


「名前ももう決めたんだ。大志部って言うんだけど」


「却下」


「活動内容は大きな志を持って私たちの将来を考えていくこと」


「却下だって言ってるんだけど聞こえてないのかな?」


「聞こえてるよ。それでね…」


それはただの無視だろコラ。


「じゃあ言い方を変えよう。僕の意見を意見として聞いてあげて」


2人だけの部は僕が最も避けなければならないシチュエーションだ。予定変更。今日中に良さげな部に入部する。じゃないと本当に沙良が大志部を作ってしまう。凛曰く、部創設のハードルは限りなく低いらしいし、沙良の要望なら学園側も二つ返事で了承してしまうだろう。


毎日部室で寝泊まりをする、休み時間も極力部室に集まる、もちろん2人きりでなどという恐ろしい計画をらんらんと話す沙良の言葉をスルーしつつ、ちゃっちゃと部室棟へと向かう。相変わらずすごい大きさだ。下手すると校舎よりも規模が大きいんじゃないか?


扉につけられた部室札を見て回る。『昼寝部』…部活とはどういうものか考えさせられるような名前だが、悪くなさそう?…いや沙良も入部すると考えると部員の昼寝中僕に対してあんな事やこんな事を、という展開もありそう。一応言っておくが、ムフフな展開ではない。流血なしでは語れないむぅん!憤っ!憤っ!な展開。


次は…『カーテンを素早くシャー!ってやる部』…部活名で『!』が入ってるの初めて見た。『ってやる部』の頭悪そう感は否めない。


『洗濯部』、か。洗濯がしたいなら運動部のマネージャーか親孝行としてお母さんのお手伝いをやった方がいいと思う。


『タイピング部』、へぇー、海に潜るダイビング…あぁいやパソコンカタカタの方のタイピングか。この中ではまともだけど、非常に申し訳ないんだけどそっち方面に疎い僕は部活中、虚無の時間を過ごしそうだ。


「…どうしたもんかなぁ」


凛の言うとおり、選択肢は多いんだろうけどその選択から除外したい部が多すぎる。運動部はちょっとこりごりだから、文化部から選びたいんだけど、その文化部がこれだ。


「…はぁ」


「なに、ため息?ため息つくと色々と逃げてくよ」


「なんだよ色々って」


「んー生命力とか?」


「人間の発想じゃないよそれは」


あれだけの仕打ちを受けておいてまだ沙良を人間だと思えている自分の人の良さに惚れ惚れしそうだ。


一階、二階、三階と回って見たけど、ビビビッとくるような部はない。…いやまぁ、僕が選べる立場ではないんだけど、まだ新設された部室棟もあるし、全部見てから考えようと歩を進める。


このままだと1番まともだったタイピング部に入部することになっちゃうな…なんて思っていると、とある部室が目に入った。


「したい部、か…」


したい部と書かれた、落書き混じりの部室札。凛一押しの例の部活。聞いた話だと魅力的だけど…活動内容がボランティア活動なら、部員皆でかたまって動くだろうし1人きりになることは無さそうかな…?


「あぁ、凛太郎くんと話してたところ?」


「そうそう。…って、聞こえてたの?」


「私の耳っていついかなる時でも大志の声なら何千キロ離れてても聞き取れちゃうんだよね」


「凄いじゃん!それってプライバシーの侵害で訴える事ってできるかな!」


「いや無理じゃない?私はただ聞いてるだけだし」


それはそう。


…ふむ、何やらよろしくない噂があるしたい部だけど、あの成宮先輩がご在籍。僕が部活動に求めるのは1番に身の安全、その次に癒し、すなわち安らぎの時間を過ごせるか、という点。せめて部活動の時間くらいは沙良からの責めを忘れて楽しみたい。


癒しの女神と呼ばれる成宮先輩。彼女の御尊顔を毎日のように拝み、恐れ多くもお話しさせていただく機会があれば、僕のメンタルも回復していくだろう。僕は精神的余裕を持って沙良のイベントを迎えられるはずだ。さらにさらに、可愛らしい先輩との青春。僕の学園生活に彩りが与えられる。


そう思い、何気なくドアノブに伸ばした手を沙良が手刀で叩き落とす。ッパァン!だって、良い音。骨いってないかなこれ。


「なにするのさ沙良いだだだだ!ついでと言わんばかりに手首を捻らないで!これじゃ常時手のひらが上を向いちゃう!」


「良かったね。これでいつでも手のひらを太陽に透かして見ることができるよ」


「真っ赤に流れる僕の血潮の流れが悪くなっちゃうから!あだだだだだ!」


骨が軋みパキッと音が鳴る寸前でようやく離してくれる沙良。そのまま呼吸荒くお手手をふーふーする僕の背をそっとさすりながら落ち着くのを待ってくれた。なんだそのよく分からない優しさ。優しくすればプラマイゼロになると思っているのだろうか。


「今自分が何しようとしたのか説明してみて」


「何って…したい部を覗いてみようと」


「私の許可なく?」


「どうして沙良の許可が必要なのさ。これは僕の選択だ」


「ううん。大志の行動は私の許可を取ってからじゃなきゃ」


「なんだよそれ。日本国憲法には自由権というものがあってだな、僕のこれも選択の自由に…」


「でもそれ基本的人権じゃないでしょ」


「基本的人権じゃなければ何してもいいと思ってる?」


この場合僕は基本的人権しか保証されていないことに憤りを感じるべきなのかな。それとも基本的人権はなんとか保証されていることを喜ぶべきなのかな。


むぅ…なんとか沙良を説得できないものか。今まで見てきた部活動の中で1番魅力的なのがしたい部なわけだし、今日中に入る部活動を決めなければ本当に大志部が創設されてしまう。


なぜ沙良がこの部を見学することすら止めようとしてくるのか。僕と凛の会話を聞いていたのならなんとなく予想がつくわけで…


「もしかしてだけど…沙良は僕が成宮先輩がいるからこの部に入ろうとしてると思ってるわけ?」


何度も言うように沙良は僕のことが狂うほど好きだが、それだけ僕の女性関係に目を光らせており、嫉妬深さは他の追随を許さない。女の子と話しただけでもどんな話をしたのか一言一句まで聞いてくるし、女の子と少し身体が触れてしまっただけでお仕置きと称して壁に頭を押し付けられガリガリガリッ!!とやられてしまうのだ。サッカー部の時は部員がみんな男子だったけど、僕が部員として女子がいる部活動に入るのは沙良的にNGなのでは?と言っても、おおよその文化部がこれに値すると思うんだけど…


「…どうだろう。分からないや」


「ならなんで僕を止めようとするのさ」


「いや、この『分からない』はもし大志がその理由で部に入ろうとしてるなら私が何をしでかすか分からないって意味ね」


「……何をするつもりなのかなぁ」


「思いつく限り言ってもいいけど…規制音の準備はいい?」


「いや、ピー音のストックがないからやめておこう」


沙良の嫉妬深さは他の追随を許さない程度ではなかったらしい。もう沙良と書いて嫉妬深いと読んでもいいんじゃないか。そして僕と書いて可哀想と読んでいい。


「あのね…僕はただしたい部の活動内容に興味があるんだよ。『学園のためにやりたいことはしたい』…素晴らしいモットーじゃないか。僕も世のため人のため無償の奉仕をしたいんだっ!」


「私に平然と嘘をつくその度胸は大志の可愛いところとして処理してあげるとして」


「本当だもんね!」


「だったら尚更ここはやめといたほうがいいんじゃないかな〜って思うんだけど?」


思わず首を傾げてしまう。彼女は何を言っているんだろうか。


「…いや、そうだね。たまには夫のワガママにも付き合ってあげるのが妻の役目だよね。大志を信じてみようと思う」


「誰が夫で誰が妻なのかは聞かないとして…ってことは?」


「いいんじゃない?見学しても。私が言わんとすることも察するだろうし」


相変わらず訳の分からない言い回しをしているが、どうやら見学の許可は降りたようだ。…なぜ許可制になってるんだ。見学なんて誰がいつしようと自由だろうに。


ともあれ。もはや僕を止めるものは何もない。胸にあるワクワクを逃さぬように大きく息を吸い込み、僕はしたい部の門戸を開い–––


「…だーかーらー!犬が1番可愛いって言ってるでしょーがっ!」


「ぶびらっ!?」


扉を開いた瞬間、可愛らしい声と共に液体の入ったペットボトルが飛んできて僕の顔面に直撃。衝撃で大きく吹っ飛ぶ僕を、沙良が生卵を扱うが如く優しくキャッチしてくれた。くそう、イケメンすぎるぜ。


「…わわっわっ!だ、大丈夫!?ごめんごめん、まさかこんなタイミング良く人が入ってくるなんて…」


「杏。とりあえずタオル」


ペットボトルの中身が噴射して僕の頭はベタベタになってしまっている。あの可愛らしい声の主である成宮先輩が、部室内の赤髪の女の人からタオルを受け取り、ぱたぱたと僕の元へやってくる。


「ごめんね〜!ありゃ、おでこが赤くなっちゃってる…」


「い、いえ、大丈夫です」


女性特有の心地よい香りと共に成宮先輩が水滴滴る僕の前髪を上げの辺りを撫でてくる。初対面なのに友人のような距離感で接してくる成宮先輩。なるほど人懐っこいという評判は確かなようだ。


「ちょっとじっとしててね〜」


そのまま成宮先輩の手によってわしゃわしゃと頭をタオルで拭いてもらう僕。なんか…この人すごく僕の目を見てくるんだけど…?ガッツリ目を見て話すタイプなのか分からないけど、ぱっちりとしたまんまるのお目目に見つめられて僕は目のやり場に困ってしまう。常に沙良と一緒にいるから美人への耐性はある方だと思ってたんだけど…


というか、異性との明らかな身体的接触をしているのにも関わらず背後に立つ沙良のお咎めはない。先ほどから一言も発していないのが怖い。普段は女性の身体に触れただけでお仕置きをしてくるのだ、今日のイベントは覚悟をしておいた方が良さそう。


「っとと?そういえばなんで君…君たちか。君たちはここに?」


「あぇっと、ちょっとしたい部を見学したいたと思いまして」


「えっえっ!?入部希望者!?パンフレット見て来てくれた感じ!?」


「あー…はい」


「そっかありがとう!ほ〜ら柚木ゆずきちゃん!あのパンフレットを作った意味はあったでしょ!」


「…嘘でしょ?あんな小学生の落書きで?」


身を翻して今度は赤髪の女の人の元へと向かうと、机に手を乗せ垂れた犬耳のような髪を揺らしながらぴょんぴょんと小さくジャンプをする成宮先輩。柚木、と呼ばれた女性は心の底から驚いたように僕達を見てくる。


沙良が僕を立ち上がらせ、先んじて部室に入室する。入って入って〜と手招きする成宮先輩を見て遅れ入室。


「おっと、自己紹介が遅れちゃったね!あたしは成宮杏!ここしたい部の部長であり創設者!こっちの真っ赤な子は黛柚木ちゃん!」


「黛よ。したい部の副部長。好きな食べ物はカシューナッツ。よろしく」


黛先輩がハスキーな声を発しながら軽くこちらに手を上げてくる。髪色ばかりに目がいってしまったけど、成宮先輩に負けず劣らずの美人さんだ。トレードマークといえる赤髪は後ろで一つにまとめられており、目立ってはいるが清潔感がある。体型もモデルみたいだし、切れ長で涼しげな目元、目尻は少し吊り上がっているが、それが彼女の落ち着いた印象を際立てている。凛は『地味めの先輩』と、成宮先輩のついでみたいな感じで言っていたけど…これは僕がこの部に入りたい理由がもう一つ増えてしまったぞ。


「よろしくお願いします。私は常盤沙良です。好きな食べ物は桃です。入部希望者…ってことになるのかな?はい大志」


「はい、大トリを飾らせてもらいます。薬師丸大志と申すものです。好きな食べ物はラーメンですかね。同じく入部希望者です」


「えぇ〜なにその好きな食べ物いう流れ!仲間はずれじゃんあたし!好きな食べ物はカレーライス!」


「っふ、子供ね」


「あー柚木ちゃん!今あたしのこと馬鹿にしたでしょ!」


「いいえ、童心を忘れないのはいい心掛けよって言いたいのよ」


「…へへっ、そうだよね!」


全ての言葉に身振り手振りをつける成宮先輩に対し、動きは必要最低限の黛先輩。どうやら性格も正反対のようだ。


「それじゃ…大志くんと沙良ちゃんはそっちのソファーで座っててもらえるかな?今すぐにでも部の紹介をしたいんだけど…あたしたちは今世界で1番重要といっていいディスカッションしてるから!」


促されるままソファーに座る僕と沙良。部室棟とは言ったけど、部屋の大きさはかなりのもので、教室と同じくらいだろうか?先輩たちの目の前にある中華料理屋を思わせる大きな丸い机、そして僕たちのいるソファーがあってもスペースにはかなり余裕がある。意外にも内装は充実しており、洗濯機や冷蔵庫、漫画や小説の入った本棚やテレビ、さらにはなんと据え置きゲームまである。ここで何日も生活できてしまいそうだ。


したい部の活動にこれらの生活用品を使うのかどうかは眉唾モノだが、これらを全て好きなだけ使用できる…それだけでこの部活動に入る意味が見出せそうだ。


なんだ、凛の調査もアテにならないな。2人の可愛らしい先輩、そして自堕落に特化した設備…ここまで好物件の部活はないのに、何を訝しんでいたのだろう。


「…あ。大志くんたちはなんか飲む?一応麦茶とコーラがあるけど」


振り返るとコップを持った成宮先輩が冷蔵庫を開けていた。いたせりつくせりだな、本当に。


「あ、僕炭酸は苦手で…そのオレンジの液体はみかんジュースですか?」


「へっ?あ、うん。そうだけど…」


「それじゃ、みかんジュースでお願いします」


「あ〜、そっか。…うん、みかんジュースね」


「私は麦茶で」


なぜか僕の発言に戸惑いを見せた成宮先輩。…チラッと液体が見えてしまったとはいえ、麦茶とコーラの2択だったのにみかんジュースを選んだのは不躾だったかな。若干の申し訳なさを感じつつ、受け取ったみかんジュースを飲む。キンキンに冷えたジュース、歩き回って疲れた身体に糖分が染み渡る。…うん、程よい疲労感に身を任せながら2人のディスカッションとやらに耳を傾けるとしよう。

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