ヤバい体験③

「…さて、気を取り直して!」


ようやく僕が少しだけ落ち着いた頃。妙にスッキリした表情の成宮先輩が、部活動の再開を宣言する。


「今日の活動はおしまい。これからは業務連絡をしていきます!へいかもーん大志くん!テンション上げていこーぜ!」


「成宮先輩がテンションを落としてください。そんなんじゃ誰もついていけませんよ」


「何言ってるのよ薬師丸。ヘイチェケラッチェックワンツーワンツー」


「そうだよ大志。シャルウィーダンス?レッツシェアポッキー」


「あぁ2人がそのテンションで行けるなら僕が悪いっすわ。ヨーDJ頼むぜチェキチェキチェキチェキプィープゥ!」


無理矢理テンションを上げる僕。テンションを上げる=クラブっぽい事を言うの方程式が存在してるのかは怪しいが、僕らは「いぇーい!」と仲良く手を高々と上げハイタッチ。まだ部活動初日だから仕方ないけど、ここの雰囲気が掴めない。


「おーけーおーでぃえんす!バイブスも上がったところで!ついにあたしたちしたい部は『アレ』をしたいと思います!」


「アレ…?あぁ、アレね」


黛先輩は心当たりがあるのか頷いていたが、なんのこっちゃ分からない僕は沙良と顔を見合わせ、仲良く首を傾げる。


「えー、こほん!今週末!我々したい部部員一同は!『課外活動』を行いたいと思います!」


「課外活動って外に出るって事ですよね?まさか外で…」


部活における課外活動とは、対外試合や合同トレーニングなどがあると思うが、まさか他の学校にもしたい部があるとは思えないから、僕たちには対戦する相手も高め合う相手もいない。となると、選択肢は限られる。


「そのまさか!外で死の体験をしたいと思います!あぁ安心して!ちゃんと人目がつかない場所でやるから!」


案の定、野外での死の体験だ。


「そういう問題じゃ…いや、そういう問題ではあるか」


スクランブル交差点の真ん中で転んでしまい、道行く人に踏み殺されてしまう、なんて体験はごめんだし、あくまでこの部の活動は公言するものではない。公共の場で混乱を招かないという常識は成宮先輩にも備わっているようだ。


「じゃあどこでやるんです?」


「いい質問だよ沙良ちゃん!うおおおおお!ホワイトボード!召っ喚!」


ちからこぶをつくりパワーを漲らせるポーズを取り、てこてことタイヤ付きのホワイトボードを持ってくる成宮先輩。バン!と手を叩きつけボードを回転させるのだけど…予想以上に痛かったのか「おおう…」と叩きつけた手を抱え悶えている。何してんだこの人。


「ま…まず候補1は…山!」


キュキュキューッとペンを走らせ、山のイラストを描き上げる成宮先輩。相変わらず可愛らしいイラストだ。


「はい大志くん山の死といえば!?」


「えぇっと…遭難してしまい餓死、足を滑らせ崖におっこちて転落死、とかですかね」


「そうなんです!遭難だけにね!」


「うはぁ面白いなぁ成宮先輩!そのドヤ顔に拳をぶち込みたいくらい面白いです!」


「候補2は海!」


山のイラストの隣に海のイラストを描く成宮先輩。


「今度は沙良ちゃん!海の死といえば?」


「ぱっと思いついたのは溺死ですね。あとは…人喰いザメに食べられちゃったり?」


「うんうん、サメに食べられるのはしゃーく然としないよね。…サメだけにシャーク!釈然ってね!」


「本当に面白いぜ成宮先輩は!今日を薬師丸大志抱腹絶倒記念日にしてもいいくらい面白い!ぶん殴っていいですか!?」


「一段とテンションが高いわね、杏」


ぐるぐると腕を回す僕を黛先輩が宥める。良かった、成宮先輩はテンションが高いためつまらない駄洒落を連呼してたんだ。平常時これだと収拾がつかない。


…というか、一言話すだけで心が浄化される癒しの女神の異名はどうなってるんだ。これだと親戚のジョーク大好きおじさんとやってることが変わらないや。


「その2択から好きな方を選んでもらおうかな!自然に囲まれ、豊かな地球を感じ、日常とは違う環境に身を置き、学び、高めあい、そして死ぬ!これが今回の課外活動の目的だね!」


「あー惜しい。最後の一言が無ければウキウキ遠足って気分で行けたのに。…というか、今の時期に海or山ですか?ちょっとシーズンズレてないです?」


現在は5月。海だ山だは少し早いが…


「は?『死』にシーズンもクソもないよ大志くん。現に毎日のように人は死んでいるんだから。言うなれば年がら年中死のシーズン。オールシーズンデスだよ」


「すみません僕が悪かったんで目ん玉かっぴらいてこっち見ないでください怖いです」


僕らは遊びにいくのではなく『死の体験』をするんだった。山は広いし、海は海水浴客もいないだろうし、確かに人の目にはつかないだろう。むぅ、海へ行って砂浜を走りながらキャッキャウフフする展開があるのではと思っていたが、残念ながらギャーッ!ギャーッ!うぶぶぶぶ(泡をふく音)な展開しか待っていなさそう。


「ともあれ!山か海、みんなはどっちがいいかな?」


「…まぁ山でいいんじゃないですか」


特に理由はないけど。


「大志がそう言うなら私も山で」


「私も山派ね。海なんてみんな水着を着てて露出を受け入れているようなものだから。山の方が開放感がある」


若干一名おかしな事を言っている人がいるが、多数決で今回は山に行くことになった。今週末…予定は無かったよな?


「山ってなるとどこ行くんですかね?」


「1番近い八橋山でいいでしょ」


「1番近いって言ってもこっからだと大分離れてますよね?そこまでどう行くんです?」


「何よ薬師丸。質問ばかりね」


「…忘れてるかもしれないですけど、僕らまだ入部して1日しか経ってないですからね。知らないことだらけです」


どちらかというとむしろ僕は適応力がある方だと思うんだけど。これだけ馴染めているのだから。初めての部活動が終われば今度は外での活動はスピード感がありすぎる。


「「…っ!?」」


「2人して『そうだった!!』って反応しないでくださいよ」


「これはフレンドリーすぎて旧友の仲だと思い込ませる大志くんと沙良ちゃんが悪い」


「貶されてるのか褒められてるのか分かんないな。お二人の方がフレンドリーだと思いますけど。何せ今日初めましてだった僕に園児服を着せて写真撮るんですから」


「やめなさい、照れるわ」


「皮肉ってるんです」


「大志。園児服を着せたのは私だよ。そこは間違えないで」


「何だよその謎の意地は。僕にとっては誰だって良いよ全員共犯扱いするから」


四方八方からボケが飛んでくる。その全てを丁寧に返す僕はおそらく漫才師の才能がある。


「で、移動手段だよね?うーん…あ、柚木ちゃんバイク乗ってたよね?」


「えぇ。乗る?」


「バイクって最大二人乗りですよね?4人でどうやって向かうんですか」


「簡単な話よ。私が運転して」


「あたしが後ろに乗って」


「私がカンガルーの赤ちゃんみたいに前から黛先輩にくっついて」


「僕がナンバープレートあたりにしがみつく」


「ほら、完璧じゃない」


「僕だけ乗車と表現していいか分からない状態になること以外は完璧ですね」


「大丈夫よ。ヘルメットは人数分あるわ」


「ヘルメットへの信頼すごいな。被っときゃなんとかなるほど交通事故は甘くないですよ」


ガチャガチャと椅子を動かしてそれをバイクに見立て、それぞれの配置につく3人。うん、どう考えても僕だけ常時地面に足がついてそう。


「ま、普通にバスじゃない?自転車で行ける距離じゃないし、電車だと最寄りで降りても結構歩くことになりそうだし」


「だね。んじゃーバスで!今週の日曜午前9時に学園前バス停集合で!体験に使う道具はあたしが準備しとくから、各々持ち物は自由!おやつは1人300円まで!遅れたら切腹だからね!」


「責任の取り方が武士ですやん」


「杏。バナナはおやつに入るかしら?」


「あー言われた!僕もボケてやろうと思ったのに定番の言われちゃった!悔しい!」


「…バナナがおやつだって?柚木ちゃん。二度とその口が開けないよう縫い付けようか?」


「とんでもないバナナアンチだこの人」


「成宮先輩。大志はおやつに入りますか?」


「入ってたまるか!」


「ギリセーフでしょう!」


「僕の価値300円以下ってこと!?」


「いいじゃない。薬師丸3人は持参できるわね」


「あ僕の価値100円だこれ!」


ともあれ。したい部の課外活動が始まるらしい。言わずもがな嫌な予感しかしないけど。


後から聞いた話だけど、したい部にとって課外活動をすること自体初めてらしく、先輩方も初の試みらしい。部室内での体験もマンネリ化しており、何度かそういう話は出ていたらしいが、いかんせん部員数が2人では難しいところである。僕らが入部し、それなりの規模になった今、晴れて課外活動ができる、ということ。とはいえ、僕らが入部したその週に行うのは早すぎる気もするけど…まぁ、先輩方が楽しみにしてるからいっか。



「…てなわけでさ。山へ課外活動をすることになったんだ」


『へぇ〜。山で何するんだ?』


「それは……ゴミ拾いとかじゃない?なんたって僕らはボランティア活動をする部活だからね!」


帰宅後、凛とオンラインゲームをする事になったので、通話越しに事の顛末を話す。もちろん、したい部の真の活動については伏せつつ。珍しく凛の方からゲームを誘ってきたから不思議に思ったけど、ゲームに集中させポロッとしたい部について話させようとしてるんだろう。第一声が『どうだ、部活の方は』だったから違和感を覚えて身構えておいてよかった。


『相変わらず何か隠してやがるな?…あ、1人そっちいったぞ』


「おっけー。…やったやった。僕が凛に隠し事なんてすると思う?」


プレイしているのは所謂バトロワゲームで、4人1チームで銃を片手に戦場を駆け回り、生き残りの座をかけて戦う。僕はこれにかなりのめり込んでしまい、暇があればゲームをプレイしてる。


「…ってか、教室でもいったけど。自分の目で確認すればいいじゃないか」


『…あうっ…』


「あぁちゃんと無理そう。妄想してるだけなのにあうっ…が声に出てるもん。…あ、2人目やった。…3人目も」


『うぉっ、うめぇな』


「そりゃもちろん。僕はこのゲームと散歩中に他の犬に吠えたところ飼い主に怒られてしょぼくれる犬のモノマネだけは得意なんだ」


『やってみてくれよ、モノマネ』


「ぐるるるるるぅ…バゥッ!バウバウバウッ!…くぅぅん…ぺろぺろ…」


『4人目やった。1パ終わったな』


「平然とスルーされてもへこたれないからね僕は。もっともっとモノマネの練度を高めてやる」


『そのストイックさを別に向けろ。…ん?なんか今女の声聞こえなかった?』


「はは、怖いこと言わないでよ」


女性恐怖症を拗らせすぎて幻聴でも聞こえたのだろうか?おそらく、味方のボイスチャットが入っただけだろう。


っとと、そうだ。ゲームしてて思い出した。ゲーム内の安全を確認し、スマホを操作。


今日はゲーム内で僕がよく使う愛銃の新作1/1モデルガンの抽選発表の日だ。コレクションの趣味はないんだけど、お世話になっているし、倍率は高いができれば当選してて欲しいんだけど…あぁ、やっぱり外れてるや。ついてないなぁ…銃片手にカッコよく佇む僕をやってみたかったんだけど。


「…大志?よそ見してちゃ危ないよ」


「あぁそうだね。これは僕の命をかけた試合なんだから」


『…なぁ。やっぱり女の声聞こえたし、今お前会話してなかったか?』


「いいや気のせいだよ。ほら、ラスト2部隊だ。集中していくよ。ゲーム内の僕が死んだら現実世界の僕も死ぬつもりでいこう」


『ははっ、そうなるくらいの心意気でな』


「いや、そうなるんだ。…ガチで」


『何言ってんだ?あ、接敵。2人そっちに行ったぞ』


「え?やばやばやばめちゃ被弾した!あーいだいいだいいだいいだい!ガチで死ぬ!助けていだいいだい!」


『こわお前。プレイキャラと感覚共有してんの?』


僕のすぐ隣に潜む沙良に思い切り腕を抑えきれず声が出てしまう。


やっぱり僕の部屋に来た沙良による例のイベントが行われた際、僕は一つ条件をつけた。今からゲームをやるから、チャンピオンを取ったら今日は見逃してくれ、と。沙良も「大志のお願いだったら断れないね」と受け入れてくれたのだが、キャラが被弾したら僕も被弾するという条件が追加された。そのくらいの覚悟はしてるはずでしょ、と。つねる、といっても皮膚が赤くなるほどの強さなので割と洒落にならない。


その後、なんとかチャンピオンを取ったものの、最後の攻防によって僕の腕は真っ赤っかに染まっていた。沙良はというと、この結果に納得がいかないのか少し唇を尖らせていたが、とはいえ約束は約束だからと腹いせに窓をぶち破って自宅へと帰っていった。なぜ怪盗みたいにド派手な脱出をしたのかは分からないけど、僕はまだ肌寒い風をモロに受けながら毛布にくるまって眠る羽目になった。相変わらず不憫だ、僕。


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