ヤバい課外活動

迎えた課外活動当日。入部以降毎日のように活動していたので、それなりに死の体験にも先輩方にも慣れてきた。僕と沙良は一足先に集合場所であるバス停前に到着していた。時刻は8時50分。集合時間ではあと10分ほど。


「…なんだかんだ、大志も今日を楽しみにしてたり?」


バス停に設置された椅子に座り荷物の最終確認をしていると、隣に座る沙良がいたずらっ子のような笑顔を見せそう聞いてきた。当然学園外での活動のため私服であり、控えめな緑色のパーカー、黒のチノパン、そして小ぶりのリュックサックと、なんとなく登山ガール感の出る服装をしている。


「まぁ、こうして学外で学園の人たちと一緒に活動するってのは初めてだからね。サッカー部の対外試合の時も僕だけ連れて行ってもらえなかったし」


「靴でもなんでも舐めます!って言ったら中山先生も許してくれたと思うけど」


「言ったし実際に舐めようとしたよ。本気で蹴られたけど」


「大志に尊厳とか無いんだ」


「『俺たちが不在の間学園グラウンドの平和は任せたぞ』って言われてさ。あ、僕信頼されてる!って思って当日ウキウキでグラウンドの警備してたけど…上手く言いくるめられたって三日後くらいに気づいたよ」


「普通はもっと早く気づくと思うけど」


別にサッカーに本気ってわけじゃなかったけど、部員一丸となって!みたいな空気感を味わいたかったんだ。ただ僕は部員としてカウントされていなかっただけ。


ちなみに僕の服装はというと白のロンTに黒ジャージ。成宮先輩が言うには、バス停から歩いて数分のキャンプスペースで活動をすると言っていた。登山を目的としてるわけじゃないから普段着のような格好で来たけど、開口一番沙良に似合ってるよと言われたので気分がいい。『なんの面白味もない格好が似合う男』という皮肉の可能性も頭によぎったが、まさか沙良がそんなこと言うまい。


「…なんか、沙良?」


「うん?どうしたの?」


「いや…さっきからずっとスマホ鳴ってるから大丈夫かなって」


「あぁごめん。うるさかったよね」


というと、通知ボタンをオフにする沙良。僕が言いたかったのはそういうことじゃないんだけど…


ここに来る道中もひっきりなしに沙良のスマホは鳴っており、初めは通知を確認していた沙良も、何度もため息をつくとポケットにスマホを滑り込ませ、以降全無視していた。


「LIMEの通知音だよね?誰から?流石にしつこいと思うんだけど」


「……ううん。誰でもないよ」


「誰でもないわけないでしょ」


「いいの。大志には関係のないこと」


「関係ないって…」


僕は沙良にとって関係のないような連絡も全部君に管理されてるのに?という言葉を必死に呑み込む。ここまで頑固になった沙良に食い下がるのは得策ではないし、わざわざ言って雰囲気を悪くする必要はない。


「…なんか困ったことあったら言ってよ?」


「ありがと。でも大丈夫だから」


…ただ。基本的に僕の問いかけには遠回しな言い草でも答えてくれる沙良が黙秘を貫こうとしているのが気にかかる。どうでもいいような内容なら気兼ねなく答えてくれそうな気もするが…まさか別の男からのメッセージ?あの沙良が?


「…案の定、杏はいないわね」


モヤモヤとしていると、大きなサングラスをかけた黛先輩がやってくるので、一旦この気持ちは置いておく。先輩は白のアンダーウェアにシャカシャカとしたピンクのジャケットを重ね着しており、下は黒のミニスカートで素足がこんにちはしている。僕にはおしゃれが分からないが、これは多分異質すぎるコーデ。この人の場合何を着ても似合いそうだが…登山をするわけではないとはいえ山を舐めてるとしか思えない格好だ。なぜ際どいミニスカートを履いているのかという理由が「…中を見せたいからでは?」となんとなく読めてしまう自分が嫌だ。


「案の定、ってどういう意味です?」


「あの子、すこぶる朝が弱いのよ。学園生活でも朝のHRにすら遅れ気味だし。その上寝起きはこの上なく不機嫌になるから大変。集合時間ぴったりに来たら褒めてあげて」


「遅れたら切腹では?」


「あの子の場合嬉々として腹を切りそうだけど」


「介錯は任せてください」


時刻は8時55分。お寝坊さんらしい成宮先輩が間に合うかどうかは怪しいところだ。


…にしても。普段は髪を後ろで一つに縛っている黛先輩が髪を下ろしているのは新鮮だ。髪色派手めとはいえ元々オトナなイメージがあったけど…さらにその色気みたいなものが増している。


…おっと、僕の後ろで沙良が指をチョキの形にして目潰しをしてくる気配がしたのでこれ以上先輩を眺めるのはやめておこう。


「…良かった。大志の目をくり抜く必要がなくなって」


人の目って当然のようにくり抜いちゃダメなんだよ?


「相変わらず2人は一緒なのね。何時ごろここに到着したの?」


「私たちも着いたばかりですよ」


沙良への疑惑も有耶無耶になってしまい、再度その話を掘り返すのもなぁ…と、2人の雑談に混じる。そこからさらに数十分、本来乗車予定であったバスを無事乗りそびれたところで、ようやく成宮先輩がやってくる。


「お待たせえぶりばでぃ!いやほんとお待たせ!……ごめんなさい」

  

向こうから大きく手を振っていた成宮先輩が目の前で流れるような土下座を見せる。


「…成宮先輩。先輩が独断で決めた集合時間を守らないのはどうかと–––」


「謝ったなら許すわ」


「ドンマイですよ、成宮先輩」


「あれー僕1人が心狭い奴みたいになってる??」


成宮先輩は360度つばのある大きな帽子(ハットってやつかな)を被り、胸元に犬のワッペンのついたベージュのウィンドブレーカー、テンプレカラーのジーンズを着ており、その背中には大きな登山用バッグを背負っている。何度も言うように今回はガチ登山ではないが、雰囲気から入るタイプの人だし。遅刻に関しては開幕早々謝罪はしたから悪気は無さそう…


「…で!遅刻しちゃったから切腹だよね!?いや〜仕方ないこれは仕方ない!あたしとしても切腹だけは避けたかったんだけどね〜ルールはルールだから!」


ニマニマと後頭部を掻き、背丈の倍ほどはあるバックから短刀(レプリカ)を取り出しその場に正座する成宮先輩。前言撤回。この人は全く反省してないし悪気100%。なんなら切腹という『死の体験』をするためわざと遅れてきたまである。


「え〜それでは。自生の句をば。『死にたいな あぁ死にたいな はよ死にたいてか死ぬ(字余り)』本当に!良い人生だった!」


字余りすぎの俳人を舐め腐った句を詠むと、ウィンドブレーカーをたくしあげ真っ白なお腹を晒す成宮先輩。そのまま短刀を勢いよく右脇腹に突き刺した。ぶへぁ、と血(血糊)を吐くと、ガチガチと歯を鳴らし、身体を不規則に震わせ白目になりながら刀をゆっくりと左にずらしていく。ふんすふぬるるるる…といううめき声を上げると、じわじわとお腹が真っ赤に染まっていった。


相変わらずこの人は出血の仕方、つまり血糊の使い方がうまい。市販で売っている血糊をビニール袋に小分けにして入れ、口に含んでビニールを噛み切り噴出、お腹に装着して破って滴るように放出など、用途で使い方を分けてるからリアル感が凄まじい。周りに人がいなくてよかった。マジで。


「ほら薬師丸。介錯してあげなさい。あなたが自らやるって言ってたでしょ?」


「…いや目の前でこれを見ちゃうとなんというか気がひけるというか…」


「切腹を舐めないで大志!腹を切っただけじゃ即死できず、成宮先輩は苦しんでる!本人の苦痛のため、これ以上醜態を晒さず潔く逝かせるため…そのために介錯人がいるんだ!」


「えぇ今日一の声量の沙良さん…。分かった分かった、分かりましたよ」


涙ながらに訴えてくる沙良に背中を押され、成宮先輩のバッグから日本刀(レプリカ)を取り出し、彼女に一礼。刀を高々と掲げ、えいや!と成宮先輩の首元におろすと、彼女の首はかくりと垂れ、身体ごと地面に突っ伏した。


「…どう、杏。切腹の体験は」


血溜まりに沈む成宮先輩に黛先輩が呼びかける。数秒してパッと顔を上げた成宮先輩が血まみれの表情で困ったような笑顔を見せてきた。


「う〜ん、死に痛みが伴うのはある種当たり前のことなんだけど…痛すぎるのも考えものかな。もちろん気持ち良くはあったけど。というわけで、とぅでぃずあんずちゃんぽいんとぉ…どぅるるるるる、だん!75てんんん…」


「「イェー!!」」


「とりあえず顔だけ拭いてもらえません?血糊まみれでガチモンホラーなんで」


持参したタオルを手渡すと、ありがとう!と声を上げ、んむんむんむ…と顔を拭く成宮先輩。返されたタオルを見てみると血糊で真っ赤に染まっていた。二度とこのタオルは使えそうにない。


「…まだ課外活動始まってもないのにフルスロットルでどうするんですか。服も血糊に染まってますし。まさかそのままバスに乗るとか言い出しませんよね?」


「あぁ!それについては安心して!着替えは数十着持ってきてくるから!このおっきなバッグの半分くらいは衣服だしね!」


「泊まりでもないのに数十着ですか。桁が1桁違いますね」


「え?数百着は流石にやりすぎだよ」


「そっちじゃねーよ」


天然なのか狙ってボケてるのか分からないから勢いよくツッコめない。


バッグの奥の方に手を突っ込んだ成宮先輩が、今着ているものと全く同じ上下セットを引っ張り出す。すると何を思ったのかその場で着替えを始めようとした。ここは人がいないとはいえバス停前である。というか、男である僕の目の前である。


「…杏っ!」


慌てて黛先輩が駆け寄り両手を広げる。無論僕は紳士なので、素早い動きで成宮先輩から目を背けた。


「あなたもついに露出に目覚めたのね…」


声を震わせ黛先輩が涙ぐむが、間違いなく違うと思う。


「成宮先輩。あんまり大志の前でお着替えとかはしない方がいいと思いますよ」


代わりに沙良が注意をするが、成宮先輩は飄々としている。『僕の前で』というより『人前で』着替えない方がいいと思うけど。


「え〜?別に良くない、大志くんだし。もう実質身内みたいなもんだしさ」


「そうですね身内なら僕も見ていいですよねそれじゃ振り向きますね」


無論僕は紳士なので、女性にそこまで言われてしまうと期待に応えるしかない。


「…大志。成宮先輩のあられもない姿が見えないよう手で目を覆ってあげるね」


「あぁなにしやがる沙良あだだだだだ!目ぇ陥没する!目ぇ陥没するって!」


鼻息荒く振り返ろうとしたところ、目を沙良の手で覆われてしまい何も見えない。それどころか、勢いよく手を押し付けてくるので僕の眼球が悲鳴をあげている。


「眼球って潰れるときどんな音が出るんだろうね。ぶちゅ!って言うのかな。気になるな」


「好奇心旺盛なのはいいと思うけど僕の眼球で試そうとはしないで!!」


沙良の手を掴んで必死に引き剥がそうとするも離れない。ようやく離してくれたと思ったら成宮先輩はしゃきーん!とポーズを取りながら着替えを終了していたし、数分ほど僕の視界は回復せずぼやけたままだった。ただ男の本能に従って下心100%で成宮先輩のカラダを見ようとしただけなのに酷いや。僕の行動を字面にするとキモすぎるのも酷いや。


「それはそうと、何よその杏の荷物の量。日帰りなのよ?」


「あ、それは僕も気になってました」


僕の荷物もまあまあ多いけど、成宮先輩はその倍近い量だ。半分ほどは着替えと言ってたけど…


「ぬっふっふ〜。もちろん『死の体験』のためのグッズだよ。臨時収入が入ったから奮発したんだ」


「臨時収入ですか?」


「そ。パパ活で手に入れたお金」


「今時の若者なら割とありそうな嘘をつくのやめてもらっていいですか?」


がはは、と大きく笑った成宮先輩はバッグの中からぽーいぽぽいぽーいと『死の体験』グッズを取り出しこちらに投げてくる。


「…これは、音楽プレイヤーですか?」


「うん。色んな音源をダウンロードしてあるんだ。なんか再生してみて」


プレイヤーを操作し適当な音源を再生すると、パァン!という乾いた銃声が鳴り響いた。


「…銃声ですよね?」


「いぇす!山中を散策中、マタギに獣と間違われて銃殺されてしまうって体験をする時に使えるかなって。そんな感じの音源がいっぱい入ってるよ」


「杏、これは?黄色い液体と透明な…水かしら、これは」


「あ、その透明な方はキャップ開けない方がいいよ。黄色のはただお水に色つけただけ。透明な方はアンモニア水……の匂いを模して精製した無害なアンモニア臭水溶液。開けるとくっさいよ〜?」


「…なるほど。山といえば自殺の名所、自殺といえば首吊り。首吊り時は糞尿が垂れながされるから、黄色の水で尿を、透明な水でその尿の匂いを出して首吊り自殺の体験をするってことね」


「ご名答」


造作もないわ、と黛先輩がドヤ顔で鼻を鳴らす。なんであれだけのヒントでこんなにもスラスラと答えられるんだこの人は。


アンモニア水は危険だからそれを模した水溶液を作ったんだろうけど、ガチ感がすごい。初めての課外活動だから先輩たちも気合が入っているんだろう。


「成宮先輩。これは?」


「ん?あぁ大志くんの園児服写真part189。わんちゃん活動で使えるかな?って思ったけど…微塵も使えそうにないし見るに耐えないトラウマ製造写真だから燃やしといて」


「ただ僕が損して僕にダメージを与えるだけのグッズ持ってんのすごいな」


というかこの人今part189って言った?少なくとも189枚は僕の恥ずかし写真があるってこと?それと沙良。その写真は燃やせって言われたんだ。僕の目を盗んでポッケに忍ばせようとするな。


そんなこんなでグッズの紹介を受けていると、僕らの乗るバスがやってくる。すでにかなりお腹いっぱいだが、本番はこれから。僕は1%の期待と200%の不安を胸に、覚悟を決めてバスに乗車した。

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