ヤバい自主練習

部活後。僕と東雲さんは近くのグラウンドに来ていた。帰る時沙良に怪しまれたから、お仕置き覚悟で全部曝け出したんだけど、「そっか。じゃあ頑張ってね」と笑顔で応援してくれた。……最近優しいな、沙良。反動がありそうで怖いんだけど。


「…よし!やるわよ!」


ソフトボール部のユニフォームを着用した東雲さんが自主練開始の音頭を取る。彼女のユニフォームは泥にまみれていて、青春って感じがする。


「まずはキャッチボールから!」


5mくらい離れてキャッチボールをする。やっぱり僕は下手くそみたいで、僕の投げたボールはこの距離でも大きく逸れてしまう。けれど東雲さんは怒る様子もなく「大丈夫だから!」とダッシュでボールを取りに行く。…めちゃくちゃ良い子だ。


「ソフトボール、どれくらいやってるんです?」


「小学校からね。てか敬語やめて。むずむずする」


「いや、一応先輩なんで」


「何よ一応って。散々タメ口きかれた後だからどうでもいいわ」


「んじゃそんな感じで。ポジションはどこ?」


「ピッチャーよ」


「ああ、だからか」


「何がよ」


「ほら、東雲さん投げ方ぎこちないから。ソフトボールの投手って下から投げるんだよね?上から投げるのは慣れてないのかなって」


僕の投げるボールは100発100中で胸元に届かないんだけど、東雲さんも100発60中くらいで逸れている。素人目に見ても窮屈そうに投げてるように見える。


「…別に送球は上から投げてるし、慣れてないってことはないわよ」


東雲さんから少し強めの返球。それは僕がジャンプしても届かなくて、「ごめん!」と不満げな声が届いた。


「レギュラーがああだこうだ言ってたけど…どう?エース番号は取れそう?」


「どうかしら。去年の夏はエースだったけど」


「え、すごっ。…じゃあ別に僕とやらなくてもなんとかなったんじゃ?」


「…なんでもいいでしょ。ちょっと座ってよ。軽く投げてみるわ」


「あ、キャッチャーってこと?捕れるかな…」


東雲さんがマウンドに向かうので、僕はホームベースあたりで座ってみる。えっと…キャッチャーってことはうんこ座りってことだよな。めちゃくちゃ足プルプルするんだけど…この体勢でミットを構えるのか。


東雲さんはふぅと空を仰ぎ、帽子を取って汗を裾で拭う。手の上で軽くボールをスナップさせると「いくわよ」と呟いた。ウィンドミルモーションで振りかぶると、ボールが放たれる。すごい、いつぞやソフトボールの世界大会で見たフォームと同じモーションだ。


うわはやっ!?と、捕れるかこれ!女子の投げるボールだと甘く見てた、当たると普通に痛そうだ!……あれ。


ボールはガシャァンと僕の後方にあるフェンスにぶち当たる。高さ数mはあるフェンスの最上部に当たったボールは、バウンドしながら僕の元にやってきた。


さも当然のように東雲さんがボールを要求するので困惑しつつ投げ返す。…あれかな、肩があたたまりきってないのかな。結構キャッチボールに時間をかけたんだけど…


2投目は右に大きく逸れ、フェンスに当たって帰ってきたボールをそのまま東雲さんが捕球。すぐさま3投目に入る。今度は右に逸れる。まるで僕を避けているかのようだ。


「す、ストップストップ東雲さん!」


間髪入れずに4投目を投げそうだったから慌てて止める。東雲さんはむすっと帽子のツバをいじっていた。


「…本当にすごいや東雲さん。凄すぎて一球も捕れなかったよ」


「それ以上言うと顔面にボールぶつけるわよ」


「ははっ。当てられるかな…ぶぼらっ!?」


…なんで僕が構えてない時だけ顔面にストライクボールを投げるんだ。


「あーもうピッチングはやめ!ノックよノック!」


「…え。僕が打つの?」


「当たり前でしょ!」


ぷりぷりと怒った東雲さんにバットを押し付けられる。できないよ!と言える雰囲気じゃないし…


まぁ、時たま凛とバッティングセンターに行ったりしてるんだ。僕は球技が苦手だけど嫌いというわけじゃない。えっと…手でポイッとなげてカキーンだよな。せーのっ


スカッ。


「あはは、ごめんごめん。最初はね」


スカッ。


「あーふんふんそんな感じか。これならいけそう」


スカッ。


「お、そうきたか。なら次はこうして…」


カスッ。


「お、当たった当たった。成長著し…」


「見てられないわ!!」


「し、仕方ないだろ!1人で投げて1人で打つなんてできるわけない!ソフトボールは9人でやるスポーツだ!」


「屁理屈いってんじゃないわよ!見本見せるわ!守備つきなさい!」


というわけで攻守交代。東雲さんはくるくるとバットを回しているが、すごく小慣れているというか様になっている。もしかすると打つ方が得意なのかもしれない。


「っし!行くわよ!」


「ばっちこい!」


スカッ。


「アンタは何も見てない!いいわね!」


「よっしゃ!ばっちこい!」


スカッ。


「太陽とボールが重なって見辛いわね!」


「あー分かる!僕もそれ!そのせいで打てなかった!うんうん!」


スカッ。


「……なんなのよ、もう!」


「めちゃくちゃこっちのセリフだ!」


……恐ろしいほど下手くそだ、この人。えげつないノーコン、かすりもしないスイング。ややもすると僕と同等…いやそれ以下かもしれない。


「作戦会議だ、東雲さん」


ひとまず彼女を招集する。僕が思い描いていた自主練は、彼女をサポートする形で動くものだったけど、これではサポートどころの話ではない。


「正直に話してくれ。君は…下手くそだろ?」


「…うっ、上手いわよ!言ったでしょ去年エースだったって!」


「もうこれ以上嘘で塗り固めるのはやめにしよう。…な、正直になれって」


「カツ丼出してくるんじゃないわよ!なんか自白しそうになるでしょ!…証拠だってあんのよ、ほら!」


怒り心頭の東雲さんにスマホを渡される。どうやらソフトボールの試合映像のようだ。おそらく、ベンチあたりから撮影されており、マウンドに東雲さんが立っている。守備陣に声かけをする際に見えた背番号は1。エースナンバーだ。


先ほど僕が見たのと同じフォームでボールを投げる東雲さん。先ほどとは違い、ボールはキャッチャーが構えたところに寸分違わず収まっている。球威が凄まじいようで、打者はへっぴり腰になりながらスイングをし、審判からバッターアウトが告げられる。三振に切ってとった東雲さんは悠々とベンチに戻ってくる。


「…次は、これ」


動画を選択した東雲さんが再度スマホを差し出してくる。お次はバッティングのようだ。バットをくるくると回しバッターボックスに立つ東雲さん。…身長は小さいし、ガタイだって華奢な女の子、という感じだ。なのに…この子が打つ未来しか見えない。


相手投手から投じられた1球目を、東雲さんが捉える。カキィンと小気味良い音がしたかと思うと、画面からボールが消えた。カメラがボールの行方を追い、ようやくその姿を捉えた時には、外野フェンス代わりに設置されたネットを大きく超えてぽとりと落ちていた。ホームランだ。


さも当然、と言った様子でゆっくりとダイアモンドを走る東雲さん。ホームベースを踏み、ベンチへとかえりつつヘルメットを脱いだ彼女は、ふるふると頭を振って髪を整えた。スコアボードにカメラが向けられると、スコアに1が記載される。1対0。東雲さんの一打によって優位に立った。


「…かっこいい」


「あ、当たり前でしょ!」


思わず口に出た率直な感想を東雲さんが拾う。当たり前、という割には声のトーンが1段階上がっているし、嬉しいのかスマホを持つ手が震えてるんだけど。


…確かにカッコよかった。けれどそれと同時に、この動画には拭いきれない違和感がある。……なんというか、淡々としすぎているというか。東雲さんが悠々としているのはまだ分かる。けれど…もう少し、歓声のようなものが上がってもおかしくはない気が……


『美月!美月…!』


と思っていると、東雲さんを呼ぶ声が映像から発せられる。歓声…というよりも、悲鳴に近い。喜びよりも焦りを感じる。切羽詰まったその声が次の言葉を吐く、その前に…


「はい終わり」


強制的にスマホを取り上げられた。東雲さんは素早くスマホをタップすると、そのままポケットの中に押し込む。まるで僕がその先を見ることを拒んでいるように。いや、僕が…というよりも。


「…で、どうよ。これでアタシが上手いって事が伝わったかしら」


何かを振り払うように早口で東雲さんが言い切る。どうしても最後のアレが気になっちゃうけど…うん、あくまで僕は自主練の相手というだけなんだから。


「いや、本当に上手いよ。…ってなってくるとなんで今は下手くそなのかが分からないんだけど」


「あー!まだ下手くそって言う!?…察しなさいよ!」


んな事言われても…僕は真実を話してるだけだ。映像の中の東雲さんは確かにエースだった。けれど、今の東雲さんはそんな面影もなく。


「この映像って、いつの?」


「去年の夏よ。準決勝戦」


なるほど。ってことは、ソフトボール部はこの試合で負けたのか。情報通かつ新聞部の凛が「あれはもうジンクスでしか説明がつかないな」と苦笑するほど、女子ソフトボール部は長い間決勝戦に駒を進められていない。決勝に進んだのなら学園が少しばかり盛り上がると思うけど、昨年そんな話は聞いた事がない。


…東雲さんが打たれたのか。見た感じ、相手打者は捉えることもできなそうだったけど。スポーツは何が起こるか分からないな。


っとと、そんなことは些細な問題だ。今重要なのは、なぜ映像の中であれだけ活躍をし、エースと言わざるを得なかった東雲さんが、現在小学生もびっくりも下手くそになっているのか。僕は今この目で下手くそな東雲さんを見ている。ってなってくると、怪しいのは映像の方。なら答えは一つしかない。


「この映像はニセモノで、東雲さんが加工して自らが活躍しているように作ったもの」


「んなわけないでしょ!」


「ごぶらっ!?」


顔面にボールをぶつけられた。だ、だってそれ以外に考えられない!映像の東雲さんと今の東雲さんが同一人物とは到底思えな…はは〜ん、なるほど?


「この映像の東雲さんは双子の妹!顔が似ていたから騙されるところだったよ!双子ってこんなに運動能力に差が出るんだね!」


「アタシは一人っ子!」


「あびゅらっ!?」


…陥没していないだろうか、僕の顔面。


「ちょっと考えれば分かるでしょ!」


「分かんないって!てか、東雲さんが心当たりあるなら教えてあげて…」


「なんでアタシの口から言わなくちゃいけないのよ!」


「どびゅらっ…あっ…」


3度も顔面にボールをぶつけられた僕はよろよろと地面に仰向けに倒れる。…う〜ん、陥没してるな僕の顔。鼻あたりにあってはならない凹みがあるもん。あのね、ソフトボールって普通に大きいし普通に痛いんだよ…?


「もう知らないっ!」


激怒した様子の東雲さんの足音が遠ざかっていく。僕はお役御免ということだろうか。そりゃ、僕よりも練習相手になる人はたくさんいるだろうけど…じゃあここで終わりに、とするには謎や違和感が多すぎる。乗りかかった船だし、最後までお供したいけど…船の上から蹴落とされたわけだし。


呆然と空を眺めていると、遠ざかっていた足音が近づいてくる。


「…明日も同じ時間にここ集合!それと…ボールぶつけてごめん!」


ポイっと僕の胸元にポケットティッシュが投げられる。少しだけ首を動かして声がした方を向いてみるけど、東雲さんは背を向け逃げるように去っていった。


…一応僕を心配してくれたんだろう。良い人だなぁ…





誰のせいでこんな目にあってるのかという点から目を背ければ、東雲さんは本当に良い人だ。

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