ヤバい自主練習②
どうにも東雲さんの謎は解けそうにない。なぜ彼女はあそこまで下手になってしまったのか。その理由が。僕1人で答えは出せないというのなら…
「あのさ、沙良。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
『頼れる』沙良に聞けばいいというわけだ。彼女は僕よりも知識があるし、きっと答えも出るはず。
「ん?どうしたの?」
「…めちゃくちゃ上手いスポーツ選手がさ、あるタイミングで急に下手くそになることってある?」
「え?…それってスランプとかじゃなく?」
「スランプじゃ説明つかないくらいに下手くそになってるんだよ」
むむむ、と紗良が顎に手を添え思案顔。やはり沙良でも分からないことが…とも思ったけど、彼女は閃いたようにポンと手を叩いた。
「イップスってやつじゃない?」
「チップス?」
「ううん、イップス」
「あぁ、チュッパチャップス」
「プスしかあってないよ、それ」
…いかんいかん、頭がぼーっとしてきてる。
「で、イップスって?」
「意識的無意識的問わず、心の葛藤によって普段通りのプレイができなくなっちゃう症状だね。過去に起こしたミスを必要以上に意識しすぎちゃって、今まで当たり前のようにできてたことが出来なくなっちゃう。どうすべき、ってのは分かってるのに筋肉が固まっちゃって満足に動けないの」
「へぇ…すごいな沙良。歩くWikipedia?」
「ううん、大志のお嫁さんだよ」
「そういうことを言いたいんじゃなくてさ」
なるほど、イップス…聞いたことはあるぞ。野球アニメでも取り上げられた覚えがある。過去のトラウマのせいで普段と同じようなプレーが出来なくなってしまう。
東雲さんもその説がある…のか?でも、思い返してみれば…投球のモーションは美しかったし、スイングの方も直前までは経験者だなぁという動きをしていた。つまり、投げる瞬間、打つ瞬間にイップスを発症し、ヘロヘロになってしまったってことだろうか。詳しくは本人に聞いてみなくちゃ分からないけど…少なくとも映像加工説、双子説よりかは可能性がありそうだ。
なんで東雲さんははイップスであることを言いたがらなかったんだろう?……まぁ、気の強そうな性格ではあるし、じぶんのくちでいうのははずかしいとかおもったりしたのか…あぁ、やばい。ほんかくてきにあたまがまわらなくなってきた。
「じゃ、大志の質問に答えてあげたし。私の質問にも答えてもらおうかな」
「な、なんでぇ?せかいがはんてんしてみえるよぉ?」
「いつ、私と結婚してくれるの?」
その一言で、僕は正気に戻る。……僕は沙良に逆さ吊りにつられていた。
自主練後、家に帰り自室へと入った僕を待ち受けていたのは笑顔の沙良だった。沙良は困惑する僕を「まあまあまあ」と縄で縛りつけ、いつ付けたのかも定かではない天井の金具で吊るされてしまった、というわけだ。
「…下ろしてくれたら答えるかもしれないよ」
「ううん、答えるだけなら今でも出来るでしょ?」
……人って何時間なら吊られても大丈夫なんだろう。重力に耐えられなくなって臓器が口から出たりしないのかな。
*
部活後、例のグラウンド。今日もユニフォーム姿でやってきた東雲さんに、開口一番に僕の答えをぶつけた。
「東雲さんさ。イップスだったりしない?」
「……どうかしら」
目を丸くした東雲さんだけど、歯切れが悪そうに僕から目を逸らす。これは合ってる…って事でいいのかな。
「ちなみに、その原因って…」
「言いたくない」
…即答か。イップスを発症したということは、その原因が必ずあるはず。昨日色々と調べてみたんだけど、明確な治療法はないみたいだ。ただ、克服する方法として…
「よし。なら自主練を始めよっか」
とにかくひたすら練習をして自信を取り戻してもらう。東雲さんも一般のイップスと同じ原因ならば、過去に何らかの失敗がある。おそらくそれはプレーに関することだろうから、ミスを少しでも減らせるように練習を積み重ねれば、改善には繋がるはずだ。
「…聞かなくていいの?」
「ん?何を」
「イップスの原因」
「…まぁ、聞いたところで僕が出来ることは変わらないし。言いたくないのなら無理には聞かないよ」
「……そ」
東雲さんは背を向け、キャッチボールの準備をする。ふふん、僕はキャッチボールのやり方も予習してきたんだ。
今まで僕はボールを鷲掴みをして投げていた。だからボールが何度もすっぽぬける。でも…ボールには縫い目という部分がある。ここに指をかけることでボールをコントロールすることが可能なのだ!!
よし。ボールを縫い目にかけて…せーのっ!あなんかボールが指から離れな…
僕が投じたボールは足先に叩きつけられ、ポーンポーンと2、3回バウンドすると、2メートルほど前で静止する。訪れる静寂。僕は何度もボールと東雲さんを交互に見る。
「っはは、何してんの東雲さん!ほら取りに来てよ!」
全く、何をぼーっとしてるんだ彼女は。僕が投げたんだから捕るのは東雲さんのはずだろう?
「ええ、そうね!ごめん!」
僕の声を聞き、しばらく固まっていた東雲さんがようやく動き出す。えっほえっほと走ってやってきた彼女は、ボールを捕る…ことなくスルーして、スピードを上げて僕に迫る。そして…
「…ふざけんじゃないわよ!」
「ごめんなさいっ!」
僕に盛大なドロップキックをかましてきた。う〜ん…これは100対0で僕が悪いな。僕の方がボールから近かったし。
ともあれ。ただひたすらに自主練をする日々が始まった。
*
次の日。
「今日はティーバッティングをしよう!」
「…構わないけど、ティーはどこにあんのよ」
「…高すぎて買えなかった。から!僕がこうしてボールを持っておくから、いい感じにボールだけを捉えてくれ!」
「はぁ!?危なすぎよ!やるわけないでしょ!」
「ほぉ〜ん?東雲さんは自信がないわけだ。止まってるボールすら打てないんだね」
「…やってやるわよ!」
「よし!じゃあこの辺で構えておくから…思い切りひっ叩いてくれ!」
「どうなっても知らないから…ね!」
ゴシャッ!
「……手が変な方向向いちゃったんだけど」
「そりゃそうなるわよ!あーもう救急車!」
*
また次の日。
「今日はノックだ!守備について東雲さん!」
「…大丈夫なの?アンタこの前散々だったじゃない」
「任せろ!あれからちょっと練習したんだ!行くぞ」
カスッ…コロコロ…
「……」
「ほら何してんの東雲さん。捕りにこないと」
「……あはは、ごめんごめん」
「うんそうそう、僕の足元にあるボールを捕球して、ノッカーである僕に振りかぶってボールを送球ぶぼらっ!?」
「……次は無いわよ」
「あっはいごめんなさい」
*
またまた次の日。
「……ねえ。これは何の練習なのよ」
「しっ、静かに東雲さん。…ボールの声を聞くんだ」
「は?」
「ボールにだって感情はあるんだ。そのボールを全て理解することで、意のままに操ることができるっちゅーわけだ!」
「…だからボールに耳を傾けてるわけね?」
「そう!ほら、東雲さんも声が聞こえてこない?」
「あー聞こえてきた聞こえてきた」
「え、ほんと!?何て言ってる?」
「…しょうもないトレーニングしようとしてるアンタに天罰を落とせって」
「へ〜ぇ。変なボールもいるもんだねべぶらっ!?」
ヒロインが全員ヤバいラブコメ 素質が無い @moti6969
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