ヤバい体験①

沙良による今月一のお仕置きを食らってから数十分。走ってきたのか、呼吸を荒くしながら最後のしたい部部員である成宮先輩がやってきた。


「お待たせごめーん!いや〜、やっぱり恋する乙女っていいね!私も青春ってやつを謳歌したくなってきちゃったよ。それじゃ、早速活動に…」


「あ、ちょっと待ってください成宮先輩。今僕の視界ゲームオーバー画面かってくらい真っ赤なので」


無論、沙良のお仕置きで身体中から失血してるから。沙良は僕を天井に打ちつけるだけでは飽き足らず、床、壁にも打ちつけてきて部室中に僕型の凹みが施されている。きっと僕を壁にくっつくスライムみたいなおもちゃと勘違いしてしまったのだろう。


ちなみに黛先輩はというと、床で伸びている僕に「ごめーんてへぺろ☆」と無感情に言い放ち身体中に包帯を巻いてくれた。明らか謝罪をする人間の態度ではない。とはいえ、沙良のお仕置きに耐えられるのは僕だけだろうし、黛先輩の代わりに罰を受けてあげる優しい僕と無理矢理自分を鼓舞して立ち直った。


「わーおすごいねそれ。ねぇ今どんな気持ち?どこが1番痛い?頭は正常に働いているのかな?死が隣にあると感じた?天国は見えた?それとも地獄?」


「杏。質問に答えられる状況じゃないでしょ彼」

 

死に興味のある成宮先輩の質問攻めを、黛先輩が僕の前に立ち手を広げ阻止。なんていい先輩なんだ。僕を質問に答えられない状況にした4割の原因が黛先輩じゃなければ好きになっていたかもしれない。


「ありゃ、それはそうだよね。ごめんごめん。大志くんは今日の活動…出来なさそうだねぇ。見学にしとく?」


「いえ、大丈夫です。出来ますよ」


元々あまり活動はしたくなかったけど、このままでは沙良に理不尽にボコられただけで1日が終わってしまう。見学するくらいなら、どうせこの先もやっていくんだし共に活動した方がマシだ。


「というかもう包帯もいりません。取りますね」


ぐるぐるに巻かれた包帯を全て取っ払い手足をニギニギとさせ身体の調子を確認。…うん、動けるな。失血も止まってきた。


「…嘘でしょ?ものの数十分で完治?あなたの身体どうなってるの?」


僕をバケモノみたいな目で見てくる黛先輩だけど、本当にバケモノなのは沙良の方だと早く気づいて欲しい。


「本当に大丈夫なの、大志。無理してない?」


「うん。僕を無理させる状況にした沙良が言えるセリフじゃないけどね」


どうにも僕の周りには自分がやったことを他人事にする子が多い。もしくは自分がやったという自覚がないのか。


「大志くんが問題なしと言うのなら大丈夫だね!それでは早速今日の『死の体験』を!大志くんと沙良ちゃんは初めてなわけだし、オーソドックスな失血死から行こうか!」


「死因にオーソドックスとかあるんすね」


死因として1番多いのは自然死では?と思うものの、自信満々にぴしりと僕たちに指を指す成宮先輩を見て何も言えなくなってしまう。当たり前だが、彼女の方が死について理解している。となると、余計な口出しはしない方がいいだろう。


成宮先輩はごそごそと鞄を漁り、いくつかのフリップを取り出す。彼女お手製のようで、可愛らしく色付けがされてはいるが、内容は全くもって可愛くない。


「まず我々人間における失血死とはどういう状態をさすのかについてだね。外部からの衝撃により血液が体外に放出されちゃったとします。すると急激に多量の出血をしたことによって血圧が低下し、乏血性ショックが起こり、死に至る。興味深いことにこれは–––」


成宮先輩による失血死トークを話半分に聞く。まともに聞くと頭がおかしくなりそうだから。紙芝居のようにフリップをめくり、身振り手振りをつけ爛々と説明をする成宮先輩をぼけーっと眺めていると、突如として立ち上がる。ようやく話が終わったみたいだ。


「というわけで!今から大志くんと沙良ちゃんに失血死の体験をしてもらおう!昨日見てもらったから流れは分かるよね?あんな感じで、実際に自分がその状況に陥ったと仮定し体験をすること、何を感じ、何を想ったのかを大切にしてね。しからば君たちの求める理想の死がなんなのか漠然と見えてくるであろーう!」


お、ようやく活動が始まる。僕はこの上なく乗り気じゃないけど、隣にいる沙良がやる気に満ち溢れた目をしながら準備運動を始めていたので、仕方なく彼女に付き合う。


「…沙良はなんでそんなにやる気なのさ」


「…え?だって大志と一緒にこうして部活動できるんだよ?共同作業だよ、共同作業」


「あぁそっか。前のサッカー部は一応同じ集団にいたけど、部員とマネージャーは別モノだからね」


一緒に活動をする、という意味ではサッカー部では味わえなかった経験だ。にしても良かった。これで沙良が『私も死に興味がわいてきたの!』なんて言い出したら、異常な愛×死にたがりという完全完璧なヤンデレメンヘラになってしまうところだった。具体的には僕への愛を囁きながら自身の手首のあたりにカッターを押し付けるソレ。沙良も行くとこまで行ってしまったかと。


「それじゃ、どうしよっか…うん!じゃ、沙良ちゃん大志くんのイチャつく愛の巣で突如としてインターフォンが鳴る→沙良ちゃん対応扉開く→なんとそこにナイフを持った殺人鬼がー!→沙良ちゃんグサリ!バタリ!→愛する沙良ちゃんがやられ放心状態の大志くんに迫る殺人鬼!→大志くんグサリ!ってシチュエーションでいこうか」


「wait a minute 成宮先輩」


いけない、困惑しすぎて英語が出てしまった。流石バイリンガルに憧れる僕。


「おーけー!かもーん大志くん!」


「そのシチュエーションみたいなのを事細かに設定するのはなぜですか?」


やることは『死の体験』なのだから、単純にナイフブスッ!ぐわー死ぬー!そ、走馬灯が溢れ出てくるぜ!沙良に山に埋められたこと…沙良に便器で水責めされたこと…おーい僕の走馬灯沙良関係しかないんかーい!…じゃダメなんだろうか。


素朴な疑問を口にしたところ、ハンッと悪意100%の蔑んだ笑いをしてくる成宮先輩。その横では黛先輩がやれやれだぜと言わんばかりのポーズで僕を見てくる。さらに僕の隣の沙良は何も分かってないんだと言いたげにため息をつき、ぽんと僕の肩に手をおいた。なんとなく僕が聞くまでもない常識的(この部において)な質問をしてしまったと察するが、その対応はなんだコラ。そして沙良、君はまだこちら側の人間だと思っていたのだが。


「この前言ったでしょ?私たちの目的は最も美しい死因を探すこと。その美しさにはこうしたシチュエーションも重要となってくるんだ。いつどこで誰とどのように何を想いながらなどなどなど…一口に失血死と言ってもその内容は無限に溢れてる。それを踏まえた美しさを模索していくんだよ」


当たり前のように説明されてしまったが、とりあえずどういう状況で死に至るのか、というのもこの部において重要なようだ。そして今回は、僕と沙良の暮らす家に殺人鬼がやってきて刺されてしまう、と。果たして僕が死ぬ間際に思うのは沙良を失う悲しみか、殺人鬼への恐怖か…なんて考えだすと止まらなくなりそうだけど、それを踏まえた『死の体験』なのだろう。


概ねは理解できた。僕自身の理解度の優秀さにびっくりしてしまうような内容ではあるけどね。


「んじゃ、この部室を2人の部屋と見立てて…殺人鬼役は柚木ちゃんお願い。私は後方でふんぞりかえって2人の体験を眺めておくね」


てきぱきと準備を進める成宮先輩。殺人鬼役、ということで、黛先輩は大きな黒いフードを被り、マスクで顔の大部分を覆っていた。そしてその手に握られるのは鉄製のナイフ。


「…もしかして、それって本物だったりします?」


「それって…あぁ、ナイフのこと?安心していいわ、本当にさすわけじゃないし、ナイフっていっても…」


というと、黛先輩は自らの手の甲に勢いよくナイフを突き刺した。僕は「ひゃん!?」と愛おしすぎる可愛らしい悲鳴をあげ目を覆うのだが、指の隙間からかすかにみえる黛先輩の手から血は出ていない。


「…こんな感じで、先端を押すと刃の部分が柄の部分に収納されるおもちゃナイフだから。刃っていっても物を切ることができるほど鋭くないし。ドッキリグッズみたいなものね」


しゅこんしゅこんと刃を手に押し付ける黛先輩だが、彼女の言う通りナイフの先は手を貫通することなく柄に収納されているようだ。


「現在このナイフはあたしの手で改良が進んでおり、柄の部分に血糊を仕込んでおくことによって、刃が収納された際に押し出されて血糊が噴き出すよう調整しております。乞うご期待!」


「エジソン並の発想力ですね。ともかく、安全なら安心しましたよ」


ともあれ。僕と沙良はソファーに座り準備おーけー。玄関に見立てた部室の扉の外へ黛先輩が配置につく。そして成宮先輩がどかりとパイプ椅子に座り、大きなメガホンを口元に添えた。


「それじゃ、物は試しってことで!よーい…アクション!」


…ここだけ見れば完全に演劇部だな、これ。


アクション!と言われても、一体何をすれば…と思っていると、隣に座る沙良が横から僕の腰に抱きつき、身体をすり寄せてくる。


「ちょまっ…沙良!?」


「しーっ、大志。体験中だよ?シチュエーションに…役に入り込むの。今の私たちは仲良しカップルで、幸せの絶頂にいる。…ってなったら、私たちはどうするべきかな?」


慌てて引き剥がそうとするも、沙良にそう諭される。そうだ、体験にはシチュエーションが大事。やるからには、それなりに先輩の期待には応えたい。僕は沙良と一緒に生活していて、彼女が隣に居てくれるだけで幸せ。そういう僕を演じろ、そういう僕だと思え、役に入り込め。…ってなると、次に僕がすべき行動は…


恐る恐る彼女の背に手を回して、肩を掴み引き寄せる。沙良が僕を掴む力が一段と強くなり、完全に身体を預けてくる。多分だけど演技関係なしに素で喜んでる。へっ、悪い気はしねーぜ。っとと、僕も役に集中しなくちゃ。


「…楽しかったね、水族館」


「はは、そうだね。…あれだ、魚がいっぱい泳いでた」


水族館に行ったその後、というシチュエーションのようだ。残念ながら僕は水族館に行ったことがないのでロクな感想が出てこない。中学生の頃女子に誘われてはいたんだけどなぁ…沙良に武力を持って止められてしまった。


「…ふふ、大志ったら、泳いでる鮭を見て驚いてたね。『スーパーで売ってる切り身が泳いでるもんだと思い込んでた』なんて」


「えーすっごい馬鹿じゃん僕。…今振り返ってみると」


どうやら沙良と暮らす僕は相当阿呆なようだ。きっと沙良による洗脳で頭がおかしくなっちゃったんだろう。…この設定いるか?


そのままありもしない思い出話をしていると、突如としてピンポーンというインターフォンが鳴った。


「…ん?誰だろう」


「あ、私が出るよ。大志は待ってて」


ぱたぱたと部室の扉…こほん、玄関に向かう沙良。僕はソファーの背もたれに肩肘を乗せ、半身になってそちらを見やる。


「はーい、どちら様…?」


沙良が扉を開けると、全身黒ずくめの人間が立っていた。男か女かは判断ができないが、猫背になってゆらりと身体を揺らすその風貌から、やけに嫌な気持ち悪さを感じていた。


「えーっと…」


沙良の困惑した声が聞こえてくる。それはそうだ、僕らの家に不審者としか思えない人間がやってきたのだから。だが沙良は、努めて冷静に対処しようとする。


「…お家間違えたりされてませんか?それても、うちに何か御用が…あれ」


突然、不審者が沙良の懐に入り込む。ドムッ、という衝撃音と共に沙良の身体が小さく跳ね、彼女はそのまま仰向けに倒れた。


「…っ沙良!?」


ここでようやく異変に気づく僕。立ち上がり沙良の元へ駆け寄ろうとする。沙良は荒い呼吸をしながらなんとかうつ伏せになり、こちらに手を伸ばしてくる。


「…たいしっ」


その手を取ろうと僕が手を伸ばした矢先。奴が沙良の背中に血に塗れ赤黒く光るナイフを突き立てた。何度も何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。じわりと背中に滲む程度であった血は、大きな血溜まりとなりとめどなく溢れている。


沙良は身体をびくりと震わせながら僕に手を伸ばし続ける。我慢できる痛みではないはずなのに、僕から目を逸らすことはない。徐々に、目は光を失っていく。


そして、彼女が伸ばした手がパタリと地面に落ちる。その瞬間、目の前が真っ赤になり、僕の中で何かが弾ける音がした。


「ああぁぁぁぁ!!殺す!殺してやる!」


声を枯らす勢いで叫んだ僕は、武器なし策なしの状態でがむしゃらに殺人鬼に突っ込む。コイツを沙良と同じ目に合わせてやる、その一心で。


「よくも僕の沙良を!」


怒りに身を任せた拳は、ひょいと身体を動かした殺人鬼にかわされる。脚で踏ん張りを効かせ、続けて二発目をぶち込もうとしたところで


「…うぇ?」


僕の心臓に深々とナイフが突き刺さっていた。身体の力が抜け、その場に崩れ込む僕。混沌とする意識の中、最期の力を振り絞って沙良の元へ匍匐前進のような格好で向かう。せめて、彼女の手を握り返さなければ、と。


だが、握り返すことは叶わず。あと数センチというところで、僕は意識を失うのだった。

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