ヤバいバスジャック②

「はいはーい!しつもんしつもーん!」


状況に似つかわしくない明るい声を上げる成宮先輩がぴしりと礼儀正しく手を挙げる。


「…おい。少しは黙ってられねーのか」


辟易したように銃を成宮先輩に向けるβ。そりゃそうだ、彼らは僕らの友人ではなくバスジャック犯であり犯罪者。質問すれば全部答えてくれるわけがない。


「いやいや、あたしたちは突然君たちの野望に巻き込まれたんだよ?そりゃ、気になることもたくさん出るわけでさ!だからあたしには君に疑問をぶつける権利があるし、君もあたしの疑問に答える義務があると思うんだけど?」


「…最近の若者は敬語も使えねーのか?」


「おーこわいこわい!でも…いいのかなあたしをその銃で撃っても!大事な人質が1人減っちゃうわけだけど?1億無駄にするわけだけど!?」


しかしながら、ニコニコと当然のように言い伏せる成宮先輩。銃を向けられ気分が高まってるんだろうか。控えめに言って変すぎる。


とはいえ、成宮先輩の言い分も一理ある。僕らはほとんど状況が掴めない状態にあり、彼らにとって僕らは1億円。βもそれが分かってるのか、ゆっくりと立ち上がって成宮先輩に近づき…


「…っかは」


片腕を成宮先輩の首に伸ばし勢いよく締め付ける。座席の背もたれに押しつけられる形になった成宮先輩は、宙に浮いた足をバタつかせ必死に抵抗するが…βはさらに腕に力を込めた。先輩の口の端からは涎がこぼれている。


「…大志。落ち着いて」


沙良が僕の方に手をかける。そこでようやく、僕が中腰になり今にもβに飛びかかろうとしていることに気づいた。目の前で成宮先輩が苦しんでいるというのに…


「…あまり俺たちを舐めるなよ、クソガキ。俺らが上で、お前が下だ。その関係はどうあっても揺るぎない」


「β!…その辺にしとけ」


僕同様、親友の危機に落ち着けない様子の黛先輩を僕と沙良で必死に止めていると、異変に気づいたαが大声を出して諌める。βは顔半分を歪に歪ませると、座席に成宮先輩を叩きつけた。


「げほっ!げほっ!あ〜びっくりした。天国見えた!地獄じゃないってことは…どうやらあたしは善人みたい!で、質問いいかな?」


しばらく咳き込んでいた成宮先輩だけど、死を仄めかす脅しは彼女にとってご褒美のようなもの。特に気にする様子もなく、むしろもう一度やってくれと目を輝かせている。無敵かこの人。


「…なんだ」


βも諦めたように質問を許可する。今回はβが折れてくれたが、もし彼が逆上していたら…。


「さっきさ。君、『人質1人を残して海を渡る』って言ってたでしょ?」


「あぁ。俺たちも丸腰で逃げるほど馬鹿じゃねぇ。人質を隣に置いておけば包囲も切り抜けられるだろ」


「うんうん、だろうね。で、その人質1人は一体誰になるのかな〜って」


「んだそれ。誰でもいい。てめーらで決めろ」


彼らは安全に逃げ切るため、盾にする人質を1人連れていくと言っていた。つまり、その1人は解放されず、最後まで彼らと一緒にいるということになる。恐ろしい…一体誰がその1人になるって–––––


複数からの強烈な視線を感じる。見ると、したい部部員が全員を僕を憐れんだ目で見ている。一つ前の座席に座る老夫婦もなぜか僕を見ていて。なぜこんなにも視線を集めているのか。いやもうなんとなく分かっちゃったしなんとなくそれがすこぶる嫌な予感がするってことは分かっちゃったけど…


「…まさか、その最後の1人になるのは僕しかいないって視線じゃないですよね」


その事実を認めたくなくて聞いてみると、全員が全員示し合わせたように同時に首を縦に振った。ほほう、君たちは僕に死ねというんだな。


「いやいやいやいや話し合いで決めましょうよ!おかしいですってこんなの!」


「するまでもないわ。満場一致だもの」


「だからなぜ僕なのかって話ですよ!」


「あたしたちはか弱い乙女だし、ご老人は身体を労らなくちゃならない。消去法で大志くんしかいないって話」


「そんな…沙良!君だけは僕の味方だよね!?僕連れ去られちゃうよ!?いいの!?」


「…大志。必ず助けてあげるから待ってて」


「あぁ僕が最後の1人になる前提で覚悟を決めた目をしてるー!?ちょっと遅くないかなその覚悟!?」


「うるせぇなぁ!男ならメソメソすんな腹ぁ決めろ!」


「βさぁぁん!?アンタらのせいで僕はこんなに騒いでるわけなんですけど!?」


酷いやこの人たち。…って、達観してる場合じゃない!今世紀何度目かの今世紀最大の危機だ!一言で矛盾しちゃった!9割方沙良のせいだけど!


「あの、βさん。仮にあなたたちが逃げ切る事ができたとします。言ってしまえば、国を出る事ができれば僕の利用価値は無くなるわけじゃないですか。その場合僕ってどうなるんですか?」


「海に捨てる」


「あはは、最近のバスジャック犯はユーモアも兼ね備えているんですね!笑いすぎて震えが止まりませんよ!」


最後の人質=死。彼が僕らを生かしているのは人質だからであって、人質としての価値がなくなれば捨てるだけ。……頑張って泳げばなんとかなったり…するわけないな。海舐めすぎだ。


「ともかく!僕は認めませんよ!今一度ちゃんと話し合いましょう!」


「なら薬師丸は誰が最後の人質になればいいと思うのよ」


「…う〜んその質問はずるくないかなぁ!?」


誰を選んでも僕は人を売ったことになる。いやいや、命がかかってるんだ。すまないが僕は代わりを見つけさせてもらうぞ!


まずご老人は除外しよう。ただでさえバスジャック犯に恐れ慄いているのだから、流石に彼らを売るのはあまりにも可哀想すぎて人道的に無理。


運転手さんも…おそらく彼が1番恐怖の内にいる。真横でずっとナイフを突きつけられているのだから。僕らを安全に運んでくれるだけで大いに役目は果たしている。


沙良は100%無しだ。彼女が犠牲になるくらいなら僕がなる。黛先輩は…わんちゃん彼女なら海に捨てられてもなんとかなりそうだけど、流石に世話になっている人は売れない。成宮先輩も同じ理由で無し。


ふむ。…あれー考えれば考えるほど健康体かつ比較的体力のある男子である僕以外の理由がない気がしてきたぞ!?


「…お。ようやくサツが気づいたみてーだな」


気づくと、サイレン音が近づいており外を見やると5台ほどのパトカーが並走している。バスジャックが現実味を帯び始めているのを感じた。と、同時に、助けが来た!と跳ねる僕の心臓。


βはバス中団の窓を開け、銃を持つ手を窓の外へとやりパトカーとやり取りをしていた。やはり、僕らという人質がいるからか、警察も強く出れず、前後左右に陣形を取り睨み合いの時間が訪れる。


あぁ…警察が来たといえど状況は変わらない。僕らはただ大人しく時が過ぎるのを待ち、目的地でお金と交換という形で解放される。そして僕は最後までバスジャック犯に利用され、海の藻屑となるんだ…


「薬師丸」


早くも走馬灯が僕の頭に流れていると、黛先輩が今までにない優しい声色で僕の名を呼ぶ。涙目になりながら彼女を見やると、穏やかな表情でこちらを見ていた。その目はどこか覚悟を決めたような雰囲気で…


っまさか黛先輩!?僕の代わりに最後の人質になろうと?そんな…どうして僕にそこまで…僕はまだ黛先輩に何もお返しできていないというのに!


「…これ」


思わず声を上げて泣きそうになる。すると黛先輩が手に持つ何かを差し出してきた。…これは…紙とペン?


黛先輩と紙とペンを交互に眺め、ようやく僕は彼女の意図を察した。黛先輩…それって…!


「…遺書を書けってことかよこんちくしょう!」


血も涙もないこの人!!なんでその表情で事実上の死刑宣告ができるんだ!?可哀想だしせめて遺書は書かせてあげましょう、じゃないんだよ!とんだありがた迷惑だよ!


「…ふむ。確かにこのままだとあたしたちは彼らの思い通りのシナリオを運ぶことになるね」


βは警察の方へ視線が向いている。この隙に乗じて、成宮先輩が大きなバッグからペットボトルを2本取り出した


「な、成宮先輩。何をするつもりですか?」


「せっかく大志くんと仲良くなれたのにこれでお別れじゃ悲しいでしょ?だからちょっとばかしこの状況に風穴を開けてやろうと思ってね」


パチリ、とこちらにウィンクをする成宮先輩。『何か』をしようとしている。両手を上げてバスジャック犯に突っ込むなんて真似をするはずはないと思いたいが…行動を起こすということはバスジャック犯から注目を集めるということで、それだけ危険が伴う。


「…なるみやせんぱいぃ…」


だというのに、成宮先輩は状況を変えるために動こうとしているのだ。彼女の立場では、何もしない事が最も安全で得策だというのに、僕のために。僕は本当の意味で涙を流している。


「…いい、よく聞いて。今からあたしが言うことにとにかく賛同して」


「む、無理だけはしないでくださいね」


「…あは、面白いこと言うね大志くん。無理無茶無謀をしなくちゃ『今』は変えられないよ。…うぅっ!べ、β!ちょっとお願いがあるんだけど!」


今から死ぬとしか思えないほどかっこいいセリフを吐いた成宮先輩は、突如としてお腹…というより、股の辺りを押さえてβを呼ぶ。βはこちらに銃を構え、警戒した様子で歩み寄ってきた。


「どうした」


「お、おトイレ!もよおしちゃったの!どこかで止めてトイレ休憩でも挟まない?」


いきなりβに飛びかかるわけでもなく、明確な策があるようだ。


トイレ休憩…要求が通れば、バスを止める事ができる。…なるほど、警察とバスジャック犯の拮抗状態に風穴を開けるということか。ある種真っ当な要求であるし、おかしな点はない。


「ダメだ。我慢できなきゃその辺でしろ」


しかしながら要求は虚しく切り捨てられる。バスを停止させること、そして人質が逃げ出すことの危険性はβが1番分かっているはずだから。


「その辺でなんて…できるわけないよ!」


足をもじもじとさせ顔を真っ赤にさせる成宮先輩。成宮先輩から僕らへのお願いは、彼女の意見に同調すること。つまりここで僕が取るべき行動は…


「そ、そうですよ!女の子にバス内で漏らすなんて恥辱を与えるつもりですか!」


これが正しいはずだ。ギロリ、と僕をみるβの表情に背筋が凍るけど、臆さずに説得を続ける。


「僕らが絶対に逃げる事はありません!トイレくらいさせてもいいじゃないですか!」


「うっ…こ、このままだと」


「βさん!もう彼女は限界です!このままだと本当に…」


「膀胱が爆発して死んじゃう!あたしは膀胱爆発症候群って難病を抱えているんだ!」


「そうです!成宮先輩は膀胱爆発症候群…ってなんですか」


思わず素に戻ってしまった。


「読んで字の如く!おしっこを我慢しすぎると膀胱が肥大していく病!そして限界を迎えると…膀胱が爆発して死に至るんだ」


「舐めてるんですか先輩」


「舐めてんのかお前」


珍しくβと意見が合致した。全世界探してもバスジャック犯と声を合わせてツッコミを入れたのは僕だけだろうな。βは呆れたようにやれやれと首を振る


「…はぁ。ガキのおままごとに付き合ってる暇はねーんだ。勝手に漏らせ」


「本当に爆発するんだって!あ…やばいやばいほらほらキタキタキタキタキターっ!!」


ヤバいクスリを飲んだとしか思えないテンションの成宮先輩。すると突如、パン、と風船が弾ける音がした。成宮先輩はその音に合わせてびくりと身体を震わせると、力が一気に抜け白目を剥いて座席にもたれかかる。股下からはチョロチョロと黄色い液体が流れでており、あのアンモニア臭がバス内に充満する。


「…嘘だろ?本当に膀胱が爆発したのか?」


訪れた静寂をβが切り裂く。目の前の光景を信じられないようだった。僕ですら、信じられない。ただ一つ分かるのは、彼女がいつものように死んだフリをしているということ。その証拠に、僕にしか見えない角度でペロリと舌を出している。


「…くっさ。尿臭いわね。β。この子臭すぎて隣にいると気が狂いそうになるわ。なんとかしてくれない?」


確かに異臭であることに違いないが、親友が死んでしまったというシチュエーションでなんでそんなに平然としてるんですか黛先輩。


「…いやっ、なんとかって言っても…」


「あぁもう。バスの前方にでも捨てておけばいいでしょ」


「そっか…そうなのか?」


明らかに動揺している様子のβ。気持ちは分かる。黛先輩の指示に従い、βは成宮先輩の足を持ちずるずるとバス前方へと引き摺る。成宮先輩はというと、しきりにこちらにウィンクをしていた。


あ、またウィンク。わかった……わかったから……またぁ!?しつこいなぁ!?βにバレますよ!


バス前方の座席に横になるよう身体を置かれる成宮先輩。バスの揺れに合わせて少しずつその身を動かして体勢を変えると、僕らに向かって何度もウィンクしてきた。多分、数秒に一度ウィンクしないと死んでしまう症候群なのだろう。


「…で、黛先輩。なんですか成宮先輩のアレは」


膀胱爆発症候群によって成宮先輩は死に至った。無論そんな病気は存在しないし、このアンモニア臭も黄色い液体もバスに乗る前先輩が見せてくれた小道具を使ったものだろう。けれど意図がわからない。成宮先輩はバス前方に運ばれ、βを挟みうちできるような状態ではある。露骨すぎるウィンクから察するに狙いはあるんだろうけど…


「さぁ?分からないわ」


「えぇ!?先輩が分からないなら誰にも分かりませんよ!…もしかしてあの混乱に乗じてβを倒せ、みたいな…」


「大志、多分それは違う。βが銃を持ってる以上派手な抵抗はできない。自分を囮にしたとはいえ、成宮先輩が私たちを彼らに突撃させるなんて策を立てるとは思えない」


「…とにかく。多分この対応で正解なのよ。なんとなくそんな気がしないでもないわ。…めちゃくちゃ自信無くなってきたわ。前言撤回してもいいかしら」


あまりにも頼りない黛先輩の発言にため息が出てしまう。結局成宮先輩は何がしたかったのか。


沙良の言う通り、銃がある限り僕らはどうすることもできない。逆に言えば、銃をなんとかできれば手段はあるのかもしれないけど…


あれ。あの銃どっかで見たことあるような…?


ふんふん…だとするなら、アレがあぁなって、これをこうして…それをちょちょいといじれば…


「…沙良」


「何かな、大志」


「あの銃を無力化して、軽〜く彼らを動揺させたらなんとかできたりしない?」


「どうかな…銃が無くても彼らにはナイフがあるから。2人片付けるのに15秒はかかっちゃうかもね」


「っはは、心強いや」


「もしかして私にナイフ持ってる男と戦えって言おうとしてる?」


「うん。でも沙良を危険な目に遭わせたいわけじゃなく。どういうわけか沙良の武力の高さに関しては、僕が誰よりも理解してるから。その僕からの、沙良ならやってくれるっていう信頼」


「…ふふっ。その言葉だけで灼熱の炎の中でも凍て付く吹雪の中でも轟く雷鳴の中でも突き進んでいけそう」


「無論君だけに頑張らせるわけには行かないからね。僕はちょっと…死んでくるよ。したい部らしく、ね」


「あとは飛び交う銃弾の中でも蔓延する毒ガスの中でも底の無い沼の中でも降り注ぐ酸性雨の中でも……」


「分かった分かった、分かったって。僕の決め台詞を台無しにしないで」

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