ヤバい両者の帰り道

黛先輩と成宮先輩と別れた、帰り道。


「沙良〜」


「……」


「お〜い、沙良さ〜ん」


珍しく沙良が僕の前を歩いている。歩き方は普段と変わらないけど、足は忙しなく動いているし、一度たりとも僕を振り返ることはない。まぁ、なんとな〜く理由は分かっていて。


「…成宮先輩のアレはあの人なりの愛情表現だよ。別に深い意味はないでしょ」


そう、成宮先輩の僕への行動。以前の沙良であれば完全にアウトの行動で、僕へのお仕置きはもちろん成宮先輩への手も打っていたはずだ。


けれど、沙良は少しだけ改心した。恋敵が現れたら裏で根回しせずに正々堂々と叩きのめすスタイルに変わったのだ。まぁ、変わったといっても恋敵に対する行動が、というだけで、僕に対しての毎日の求婚については控えるつもりはないだろうけど。


これでも長い間沙良と一緒にいるから彼女の考えは分かっている。沙良は明らかに成宮先輩にヤキモチを妬いている。沙良本人も言ってたし。


けれど、僕に対しての成宮先輩の態度は、彼女の元の性格故というか。割と誰に対してもああした行きすぎたボディータッチをしている気がする。


だからこそ、僕は沙良を諌めようとしている。まぁ成宮先輩だからさ…と。しかし沙良は振り返りツカツカと僕の元へやってくると…


「鈍感大志」


と一言残し再度僕の前を行く。どうしたもんか、これは…


「…うわっと!?」


考え事をしながら歩いていたせいか、沙良が目の前で立ち止まっていることに気づかなかった。ぶつかりそうになり身体をそらせて持ち直す。


「っくりしたぁ。急に止まらないでよ、沙良」


「分かった」


閃いた、というように僕に向き直る沙良。すると彼女は両手を広げて僕に迫ってくる。


「いやいやなんのつもり?こんな道路の真ん中で」


「…私も成宮先輩みたいになればいいんだ。だからハグしよっか。大丈夫、心配しないでも抱きついて背骨を折ったりしないよ」


「そっか良かった安心した。じゃなくてさ」


バックステップでハグを回避していたけど、らちがあかないから彼女の肩を掴んで止める。僕の手のリーチの方が長いから、沙良の弱々しい抱きつきは空をきる。


沙良も結構危機感を感じているのかもしれないけど…これはちょっと違うと思う。


「…沙良さ。意外と…ってわけでもないか。結構僕との身体的接触を恥ずかしがっちゃうタイプでしょ」


なお、ここで指す身体的接触とは男女っぽいふわふわ〜な柔らか〜い接触の事で、拳と蹴りによる殺伐としたそれではない。


「…そんな事ないもん」


「そんな事あーるーのー。この前の頬へのキッ…ききっ…キスもめちゃくちゃ震えてたし」


僕への病的な愛を除けば、実は沙良は恋に奥手な女の子だったりする。振り返ってみれば、物心ついた時から手を繋いだ事すらなかったし。色々な過程をすっ飛ばして『結婚』しか見ていないせいか、その過程で取るべき行動を取ることができていない。


頬へのきっ…きききっ…ききっ…キスも、彼女としてはかなり踏み込んだ行動だ。僕への成宮先輩の行動に感化されなければあんなことしなかっただろうし、耳まで真っ赤にした沙良は見たことがなかった。


つまり、今ハグをしようとしている沙良もかなり無理をしている。力で敵うわけがない僕が両腕だけで彼女を止めることができてるのが何よりの証拠だ。頭ではハグをしようと思っていても、身体が恥ずかしがってついてきていない。だから弱々しい。


まぁ、なんというか。そうして対抗心を露わにしてくれるのは僕としても…悪い気はしないでもないけど。


「…別に、誰かに合わせようとしなくてもいいんじゃないかな」


「でもっ…」


「沙良は沙良らしく、僕と接してくれたらさ。いきなりハグしてくる沙良なんて沙良らしくないし。僕はそういう、積極的に振り切れない沙良が…その…可愛いと思ったりするし」


これは本心だ。成宮先輩は人懐っこく異性相手だとしてもグイグイいけるという魅力があるし、沙良は暴力的で僕のことが大好きで、けれど『年相応』の行動はできないっていう魅力がある。仮に沙良が成宮先輩みたいにぐいぐい来たとして…その沙良を僕が認められるかと言われたら怪しいところだ。なんか違う、みたいな。ご飯には納豆をかけたいのにジャムをかけて食べているみたいな違和感がある。


「だからさ。沙良は今のままで充分魅力的だよって。冒険せずに今まで通りでいいよって。…僕が言うのも変な話だけどさ」


僕は沙良の好意を知っている。その好意に応えられる日が…万が一仮に来たとして。その時、どんな沙良が良いか、なんて考えなくても分かる。そのまんまの沙良だ。


「そっか。そうだよね。今まで通り、今までらしく」


沙良にも僕の訴えが伝わったようで、すかっすかっと手で空を掴んでいた動きを止め、代わりに懐からバタフライナイフを取り出した。う〜ん、良かった良かった。


…で終わらせてくれませんかね。


「それじゃ、今まで通りに。大志。いつ結婚してくれるの?」


「ハグしよっか沙良!ぜーんぜん大歓迎だよ僕としては!」


「ううん、そんなの私らしくないもん。私は私として…このやり方を貫いていく」


「…くそぅ!時よ戻れ!沙良のハグを受け入れるんだ僕!…んなぁ〜それもなんか違う気がする!沙良が沙良じゃなくなっちゃう気がする!」


「もう一回聞くね。いつ私と結婚してくれるの?」


「…いつか!」


「5日?何月の?」


…まぁ、いっか。これで。これが無いと沙良じゃないし。



「ふぃ〜。壮絶な1日だったねぇ、柚木ちゃん」


「そうね」


「ん〜なんかノリ悪くな〜い?」


「当たり前でしょ。こっちも疲れてんのよ」


「ふ〜ん、ま、いいけど!にしても、大志くんは本当に凄い子だねぇ!」


「出た、杏の薬師丸褒め殺し。…まぁ今日は少しだけ聞いてあげてもいいけど」


「策を練って、勇敢に強大な敵に立ち向かって!…そして、あたしを助けてくれた」


「おもちゃナイフだったけどね」


「む〜いいの!助けてくれようとしたって事実に変わりはないでしょ!」


「ま、認めてあげなくもないわ」


「な〜んか柚木ちゃん大志くんに対して辛口だよね」


「そりゃあなたが…いえ、なんでもないわ。私が口に挟むことでもない」


「へぇ〜?…はぁ、良いなぁ〜あの2人」


「あの2人って…薬師丸と常盤のこと?」


「まぁあの2人っていうか1人か。すごくいい関係じゃない?仲良しだし」


「変な言い方。ま、確かに薬師丸は常盤っていう完璧幼馴染から好かれてるし、将来安泰って意味では憧れる部分はあるわね」


「あぁいや憧れてるのは大志くんじゃなく。沙良ちゃんの方」


「は?」


「だってそうじゃない?あんなにかっこよくて…」


「かっこいい?」


「性格も良くて気が利いて…」


「性格が良い?」


「頭が回って…」


「頭が回る?」


「ピンチになったら駆けつけてくれる男の子がすぐ隣にいるんだよ?良いなぁ〜沙良ちゃん!あたしも大志くんみたいな幼馴染が欲しかったよ!」


「あんたそれ本気で…言ってるわよね、杏だもの」


「柚木ちゃんに嘘つく必要ないでしょ。はぁ〜、嫉妬しちゃうよ、沙良ちゃん」


「まさか…いや、まさかね。だって杏よ?恋愛相談されても『多分いい感じ!』なんてフワッとしたアドバイスしかできない杏よ?それで恋愛相談をした気になってる子よ?その杏が…薬師丸…」


「??変な柚木ちゃん」


「アンタの方よ、変なのは。…その感情が何なのか分かったりする?」


「う〜〜〜〜〜〜ん。…分かんないや。けれど依然として大志くんには興味があるかな!」

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