ヤバいバスジャック④
ゆっくりと、身体が後ろに倒れていく。なんだか気持ちが良くなって、肩に刺さったナイフを思い切り引っこ抜くと、どろりと血が溢れてきた。っはは、おもしろ。
「大志!」
風のようにやってきた沙良がαの後頭部を押さえながら跳び膝蹴り。おまけと言わんばかりに脳天に拳を叩き込むとαは完全にノックアウト。身を翻して駆け寄ってきた沙良は、僕を支えるように倒れ込んだ。第三者目線で沙良の動きを見たけど、やっぱり人間じゃないな、僕の幼馴染は。
「とにかく止血を!…はぇ?」
パーカーの裾を腕力で引きちぎった沙良が出血する肩に手際よく包帯代わりのそれを巻こうとするけど、何かに気付いたのか手を止める。
「やだっ!大志くん!」
腰を抜かしながらも匍匐前進の形で僕に近づいてきた成宮先輩が、僕の背中に手を滑り込ませ耳元で叫んでくる。先輩は僕の胸元に何度も頭を打ち付ける。女性の柔らかい身体を押し付けられ、あぁ、こうやって死ねるのなら悪くないかもな、なんて少し場違いな感想を抱いていた。
「死んじゃやだよ大志くん!あたしのためになんて…ありがとうを言わせて!いっぱいいっぱい、この先もずっとずっとずっと言わせて!」
そりゃもちろんです、と言葉を返せているのだろうか。ぱくぱくと口は動いている気がするけど、声に出ているかは分からない。だから僕は、力を振り絞って左手で成宮先輩を抱き返す。彼女の腕にさらに力がこもる。それに反比例するように、僕の手から力が抜けていく。
「あぁ…だめだめだめ!やだやだやだ!大志くん!こんな死認めない!認めてあげない!したい部部長として、認めるわけにはいかない!だから大志くん!…生きて!『生』を捨てないで!『生』にしがみついて!」
胸元がじわりと温かい。泣いてくれているんだ、成宮先輩が。
『生』を捨てないで。死ぬために生きてるなんて豪語していた成宮先輩からそんなセリフが聞けるとは。やっぱり先輩は異常な女の子なんかじゃない。少しだけおかしな趣味を持っているけど、目の前で部員が生き絶える、ってなったら本気で泣いてくれる、心優しい女の子。
ぺとり、と地面に落ちた僕の左手を、成宮先輩が拾い上げ自身の背に回す。先輩の言葉は支離滅裂になっており、何を言っているか分からない。けれどその感情の大きさが身に染みて分かって。呼応するように瞼が重くなってくる。
悪くない、人生だったと思う。人を…成宮先輩をかばって死ぬ事ができるのなら本望のようなもの。僕が求める『最も美しい死』はこういう、誰かのための死なのかもしれない。
したい部部員としての役割は果たした。徐々に意識は遠ざかり、やがてぷっつりと…
ぷっつりと…
ぷっつり…と………
あの〜すみませーん!僕の意識を物理的に切断するので誰かハサミ持ってきてください!
「いつまでやるつもりよこの馬鹿」
「あでっ」
ごちん、と黛先輩からの鉄拳をくらう。予想外の一撃により気の抜けた声を出す僕を、成宮先輩が見上げてきた。でろ〜んと伸びた鼻水は僕の胸元あたりまで架け橋をつくっている。
「…ん?んん〜?どういうこと?」
「…こういう事です、成宮先輩」
腕を伸ばして投げ捨てたナイフを掴み、それを先輩の頭にぶすりと突き刺す。ひぇ!と可愛らしい声を出す成宮先輩だが、刃が彼女の頭皮を突き破ることはない。ただただ、血糊が彼女の涙に混ざって、赤透明な液体が僕の胸の上に落ちた。
「ドッキリグッズですよ。先輩が持ってきた、血糊が出るよう改良されたやつ。先輩のバッグから飛び散ったこのナイフをαが使った、ってわけですね」
「本物のナイフは私が回収してたので。…のはずなのに、私も信じられないくらいテンパっちゃったけど」
「まぁ1番びっくりしたのは僕ですけど。激痛を覚悟してたのに『あ痛ぁ!?』程度で済みましたし」
「そもそも急所じゃないんだから死ぬ事は無いわよ。かなり壮大なストーリーが生まれてたけど」
僕もあの瞬間まで本物のナイフだと思っていた。だからこそ身を呈して成宮先輩の盾になったものの…蓋を開けてみれば僕らが死の体験で何度も使っていた刃が柄の部分に収束されるナイフ。
止血をしようとした沙良が次に気付き、その次に黛先輩が気づいた。最後まで気づかなかったのは成宮先輩だけ。いやはや、僕の演技力がここまで上達していたとは。狙うか、ノーベル賞。
「演技の大きな賞はアカデミー賞だと思うよ」
「的確に僕の心を読むんじゃない沙良くん」
「…なんでもっと早く教えてくれなかったの」
ぐいぃと首を伸ばした成宮先輩が、僕の顔に接近し、頬を膨らませて僕の両頬をつねってくる。確かに今回は成宮先輩を出し抜くというか、騙す形になっちゃったけど…
「何言ってるんですか成宮先輩。僕はただ、先輩を庇って死ぬ、っていう『死の体験』をしただけですよ?なんてったって僕はしたい部部員ですからね」
ニヤリ、と笑って先輩の頬をつねり返してやった。そう、僕らはしたい部。日常に転がる死の中から美しい死を追求する活動をしている。今回のこれも活動の一環。加えて課外授業なのだから、僕は何も間違ったことはしていない。部活動見学の時は散々やってくれたから、そのお返しだ。
…と、それっぽいことを言ってみたけど。本音を言うとこれは後付けの理由で、あまりにも成宮先輩が本気で来てたから引くに引けなくなっただけである。てってれー!僕は無事でーす!このナイフもおもちゃでーす!とドッキリ大成功のプラカードを片手に起き上がれる状態じゃなかったからね。
「…はぁぁぁ。良かったぁぁぁ」
しばらく眉間に皺を寄せながら僕と頬の引っ張りあいっこをしていた成宮先輩だけど、ようやく緊張が解けたのかへたりと全身を脱力させる。当然僕の上で。なので身動きが取れない。
実はちょっと意外だった。死に敏感な成宮先輩は1番に僕のこれが死の体験だと察し、ノッてくれるものだと思っていたし、僕の背中に手を回したあたりまで体験にノッてくれていると思っていた。
けれど…たとえ演技でもあの成宮先輩が『生』を捨てないで、あろうことか『生』しがみついて、なんて言うとは思えないし、その辺りで「あれ〜?」とか感じていたんだけど…僕が生きているという事実を噛み締めるように頬擦りをしてくる成宮先輩を見ているとガチだったのだろう。
「とりあえず、あたしも死についてまた少し理解できたね。あたしの目の前で仲良しな誰かが死んじゃうのはイヤ。だから大志くんはひっそりと1人で死ね」
「フッフゥー!辛辣辛辣ぅ!」
「…はい。そろそろ大志から離れましょうか、成宮先輩」
「えぇ〜あと数日だけ!」
「どれだけ抱きついてるつもりですか。大志も困ってますよ。ね、大志?」
「いや、心地良いので暫くこのままあぁウソウソウソですよ沙良さぁ〜ん。ジョークですから身動き取れない僕の眼前ギリギリで拳を止めるその動きをやめてくださいよ〜」
拳の風圧で死ねそう。
「ふ〜ん?もしかして沙良ちゃんヤキモチ妬いてる?」
「はい、妬いてます。なのでどいてください」
あまりにもハッキリした沙良の物言いに少したじろぐ成宮先輩だけど、すぐさま表情を切り替え満足したのか僕の上から離れる。交錯した沙良と成宮先輩の目線の先でバチバチッと火花が散った気がしたのは気のせいだろうか。
バスはようやくSAに停まり、警察が突入してくる。かなり重装備の彼らだけど、件のバスジャック犯は床で伸びている。拍子抜けしたのかバス内で数秒ほど時が止まっていた。
その後、僕らの身柄の安全は確保され、長い長い事情聴取の果てに解放。無論バスジャック犯は逮捕され、さらに後日彼らの仲間も無事逮捕された。
こうして第一回したい部課外活動は終わりを迎えた。課外活動らしいことは何もしていないけど…確かな死に触れかけた成宮先輩的には大満足の結果だろう。だからネタ切れのYouTuberみたいに即第二回を企画しないでほしい。流石にしばらくはお腹いっぱいなので。
僕からの願いはそれだけだ。
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