ヤバいバスジャック①

「…そのまま走らせろ」


「お前らは人質だ。抵抗しなければこの場で命までは奪わねぇ」


1人は運転手にナイフを突きつけ、銃を持ったもう1人が自由に動き回り僕らを監視する。たった2人だけで、バスが占領されてしまった。


ふむ。これは俗にいうバスジャックというやつではなかろうか。バスにて凶器を持った人間が運転手及び乗客を支配する。そしてこれは、バスジャック犯が目的を達成するためのテロリズム。


「はは〜ん、な〜るほど?」


チラリ、と横目で成宮先輩を見てみると、わざとらしく目を丸くさせながら両手を上げホールドアップをしている。前に座る黛先輩の表情は窺えないが、落ち着いてはいる様子。バスジャック犯と相対しているというのに。 


つまりここから導かれる解答は…


「これも『死の活動』ってわけですか」


パチン、と指を鳴らすと、成宮先輩がブンブンと首を横に振る。またまたぁ、この国でバスジャックなんて物騒な事件が起こるわけがないじゃないですか。


あのバスジャック犯も前方で悲鳴をあげている老夫婦も、バス運転手さんも全員エキストラで、大方『バスジャック犯に抵抗したところ銃で撃たれて死に絶える』な〜んて体験をしようと思っているのだろう。僕にはその事実を伝えずにテンパらせようとしているのかもしれないが、初めて死の体験を見た時の僕とは違うんだ。


課外活動の目的は部室では実行できない死を体験すること。バス内で死の体験なんてのも、課外活動の一環なのだろう。にしては大がかりな気もするけど。


「全く…活動をするならするって言ってくださいよ。こっちも心の準備をしておかなきゃならないんで」


「大志くん…ガチ。ガチだから」


「え?あ、もう死の体験は始まってるって事です?」


「おいそこ!何を騒いでる」


すでに役に入り込んでいる成宮先輩と会話をしていると、バスジャック犯役の1人…銃を持った彼がこちらに歩み寄ってきた。


「あ、ごめんなさい。もっかい登場するところからやってもらえます?今度はちゃんとやるんで。うひぃぃぃぃ!?!?って頭抱えるんで」


ここは僕が泣き喚いて「うるせぇ黙れ!」と銃でズドン。打って変わって静かになった僕を見てバスジャック犯の人が「こうなりたくなかったらいうことを聞け」って展開に持っていくのが望ましいかな。へらへらと笑いながらそう答えると、目の前にやって来たバスジャック犯役は、僕のこめかみに銃をチャキリと突き立ててくる。


…本気でビビりかけたけど、この人も『死の体験』の協力者であり、演技をしているだけ。…この人たちにもギャラは出てるんだろうか。臨時収入があった、と成宮先輩が言っていたし、そのお金で雇ったのかな?


ともあれ。一度モードに入らなければ体験を遂行するのは難しい。例えるなら今の僕は肩も作らずにマウンドに立とうとしているピッチャー。バスジャック役は僕がビビる様子がないのを知ると懐からナイフを取り出し僕の目の先でちらつかせる。なので僕は突きつけられたおもちゃナイフの刃に触れ今一度仕切り直しを…


「いだっ」


ナイフに触れた指からぷくりと血が噴き出してきた。思わず手を離し、もう一方の手で指先を残すように握りしめる。確かな痛みと共に出たそれは、一滴ずつぽたぽたと僕の膝の上に落下する。


これが血糊であるなら、とめどなく流れてくる事は無いはずだ。にも関わらず血は止まらず、僕の指先はヒリヒリと痛い。舐めてみると、血生臭い鉄の味がした。


ギギギとロボットのような動きで首を動かす。


「…成宮先輩。これは死の体験ですよね?」


「いいや。バス内でやるわけないじゃん」


「…ってなると?あのナイフは殺傷能力のあるホンモノで」


「痛そうだね、それ」


「…この方々もホンモノのバスジャック犯で、このバスは本当にテロリストに占領されてしまったと?」


「そうなるね。これはあたしも予想外。ただ、確かな死を身近に感じて心の昂りが抑えられない自分もいる。とはいえ、死に方は選ばせて欲しいけどね」


ふ〜むふむ、なるほど、なるほどねぇ〜?


いっけな〜い☆(頭コツンッ)どうやら僕、とんでもない勘違いをしてたみた〜い☆眼前に広がるこの光景はしたい部の活動関係なく、彼らはシンプルバスジャック犯で、このナイフもちゃ〜んと切れるタイプのモノ☆その証拠に僕のお手手痛い痛いなの〜(って、そんな楽観的な感想を漏らしてる場合か〜☆頭ポコッ)もぉ〜、死の体験だと勘違いしちゃうなんて、僕もしたい部に染まっちゃったよぉ〜☆それもこれもぜ〜んぶ、先輩方のせいなんだからねっ☆っふふ、責任…取ってよね?


さぁてと。現実逃避はこれくらいにして。


「大変誠に申し訳ございませんでした!!」


座席の上で器用に土下座。彼らが本物であるなら、これまでの僕の言動は全て挑発行為に他ならない。そして彼らは言ってしまえば凶悪犯罪者であり、凶器も持っている。僕の命は彼らの掌の上にあり、機嫌を損ねてしまえばどうなるのか…なんて、考えなくても分かってしまう。


「非力な私めが生意気な口を聞いた事を深くお詫び申し上げます! 以降細心の注意を払ってまいりますのでこのたびの件は、どうかご容赦くださいますようお願い申し上げます!大変お手数とは存じますがどうか命だけはお助けください!」


「…あ?」


「靴を舐めます!厚底を投げてくだされば犬畜生の如く駆け出し口に咥え貴方様の元へ持ち帰ります故お手隙の際は気兼ねなくお申し付けください!なんなら靴下も舐めます!」


前方から「うわ…」という見損なった感満載のため息が聞こえたがそんな事どうだっていい。命あっての人生。バスジャック犯に抵抗され死亡、なんて言葉だけ見れば可哀想な被害者だが、実際のところただ僕がこの方々は偽物だと勘違いしていただけ。そんなしょうもない死を迎えたくはない。


「…あの、ご覧の通り彼はすごく頭がおかしい子なんです。本当に反省してるみたいなので今回は許してあげてもらえませんか?」


「そうなんです!僕は頭がおかしいんです!」


「…ッチ。二度はねぇぞ」


成宮先輩の助太刀もあり、なんとかバスジャック犯からの許しを得た。本当に感謝しかない。成宮先輩とバスジャック犯さんには『僕がなんでも言うことを聞く券』を贈呈しようと思う。


「あぁくそ、β!ジジババがうるせぇ。黙らせろ」


「分かってる、α」


運転手に銃を突きつけるαと呼ばれた彼の苛々とした声が鳴り響き、βと呼ばれたナイフを持った彼がご老人の元へと向かう。僕のせいでさらに恐怖心が煽られてしまったのか、ご老人は血管が切れてしまうのではと思うほど泣き叫んでいる。


「…大変なことになっちゃったな」


「の、ようだね」


「沙良!?起きてたの!?」


寝ていたはずの沙良がぐっと伸びをしている。やけに緊張感の無いその姿に僕は少しだけ落ち着くことができた。


前方ではβが声を荒げている。「抵抗しなければ命を奪わない」といった旨の発言を連呼しているが、パニックになっているご老人には届いていないのかもしれない。


「…血、大丈夫?絆創膏貼ってあげるね」


「あ、ありがとう。…って、沙良の手も出血してるけど」


「あぁこれ?大志が傷つけられてるのに何も出来ない自分が不甲斐なくて。手を握りしめてたら爪が食い込んじゃった」


「バトル漫画で良くある主人公が打ちのめされる展開かな?この後悔しさから特訓をつんで成長するやつ」


僕よりも出血の酷い沙良だが、構わず僕の傷の処理をしてくれる。


「β。大志を傷つけてただで済むとは思わないでね。絶対にぐちゃぐちゃのごちゅごちゅ、びちゅぼちゅにしてやるから」


「擬音が怖すぎるよ…僕のためにって死に急ぐ真似はしないでね」


「ん、心配してくれてる?」


「もちろん。…沙良ならなんとかできる気もするけど」


怒りゲージが溜まっているようだが、人間離れした身体能力を持つ沙良も丸腰で刃物を持った人間に飛びかかるほど馬鹿じゃない。


こういったケースはただ指示に従うのが定石であると思う。鵜呑みにするのは良くないが、彼らは抵抗しなければ命は保証すると言っていた。下手にリスクを取るのは得策ではない。何より、足がすくんで動けない。


「1人だけ+ナイフ程度なら私がどうとでも出来たんだけど。流石に銃は厳しいところがあるよね」


あの、沙良さん。それはナイフ持ってる相手なら赤子を捻るように対処できるということでしょうか。むしろ良かったまであるよ、バスジャック犯が銃を持っていてくれて。人がぐちゃぐちゃのごちゅごちゅ、びちゅぼちゅになっている光景は見たくない。


…ふぅ。沙良のおかげでなんとか平静を取り戻せた。現在したい部一行の乗るバスはテロリストにジャックされており、僕たちは身動きが取れない状況。よし、現状を確認することができるくらいには落ち着いている。


危機的状況な時であるほど冷静に。沙良の手によって頻繁に危機的状況に陥る僕が学んだことだ。


「銃…ナイフ…バスジャック…う〜ん、捗る!捗るねぇ!」


隣にいる成宮先輩も初めは慌てていたが、今は普段通りの様子。おそらく彼女の場合、努めて冷静でいるのではなく、頭の中にあるのが『死』それだけというだけだろう。


「2人いるってのに銃は一丁しか用意できなかったのかしら?こんな事するだけあって余裕もお金もないのね」


そして黛先輩はこの状況を楽しんでいるようだ。バスジャック犯に聞こえるかどうかぎりぎりの声量で馬鹿にしたような発言をしやがる。どうなってんだウチの先輩方は。肝が据わりすぎてる。


ようやく老夫婦を黙らせた銃を持つバスジャック犯が、頭陀袋を片手にスマホを出すよう命令している。逆らって目をつけられるわけにはいかないと、僕らは抵抗なくスマホを差し出した。


「全員通信機器は預けたな?…よし」


男は頭陀袋を担ぎあげると、窓を開け小川に向かって放り投げる。ああ…僕のスマホ…買い換えたばかりなのに!


「全員バス後方に座れ。怪しい動きをしなければ命は保証する。お前らは大切な人質様だからな」


βがナイフをちらつかせる。αは基本運転手に付きっきりのようだ。スマホが無い今警察を呼べるのは運転手だけだろうから、αが運転手担当、そしてβが人質担当なのだろう。


僕らは最後方の5人並びの席に座る。成宮先輩は大きなバッグを持ってきたが、βからのお咎めはなかった。


「…あの、βさん…でいいんですよね」


銃を肩にかけ直し、どかりとこちらを見て座るβに呼びかける。βは気だるげに対応してきた。


「なんだ」


「差し支えなければお二方の目的を聞かせていただいてもよろしいでしょうか」


そもそもバスジャックの目的は何なのか。2人は年齢30近い男性であるが、見た目だけならどこにでもいそうな普通の成人男性。本来バスジャックは政治的な目的のためのテロリズムだと思うけど…


「金だよ」


と、一言で返されてしまった。


「…あの、そりゃお金は皆欲しいものですけど、わざわざこんな事しなくても…コツコツ貯めて、自分で稼いだお金こそ真の価値が生まれあすみません余計な口を挟んでしまってだから銃口をコチラに向けるのはやめてください許してくださいお金サイコー!」


「バカね薬師丸は。やっすい説得したところで心が動かされるわけないでしょ。それだけの覚悟を持って彼らは行動してるんだから」


「その通りですけど黛先輩はどっちの味方なんですか」


「β。私たちの身柄はどうなるの?」


「…バスは高速に乗り港へと向かう。その先でバス内に立て篭もり人質返還交渉だ。一人当たり1億円だな」


1億円ってことは…バス運転手含め乗客は7人だから7億円。かなりの総額だ。


「1億とお前らを交換する。引き渡しが済んだら人質1人を盾に待機させてある仲間の元へ向かい、ボートで海から海外におさらばだ。国をでちまえばこっちのもん。海外にも仲間がいるから向こうでも入国は容易」


かなり計画的な犯行だ。そりゃ、僕の説得に応じてくれるわけがない。


「1億…大きく出たわね。国が応じてくれるかしら」


身代金目的の誘拐では身内なんかが交渉人になるが、彼らの交渉相手は国。だからこそ、1人1億円という大きな額を提示するつもりなのだ。


すなわち、僕ら1人1人に1億円の価値があるということ。…そんなに簡単に事が運ぶだろうか。


「応じるだろうさ。応じるしかない、というのが正しいな。1億用意できないならお前らを始末する。一銭たりとも引くつもりはない。大事な大事な国民の命か、1億か。簡単な話だ」


現状僕らには国を信じて待つ以外の術がない。あの…本当お国様お願いします。消費税高すぎとか愚痴ってすみませんでした。これからはあなた様のために粉骨砕身して働くのでどうか我々はお助けください。


バスは本来の目的地を大きく逸れて高速道路へと突入する。運転手さんが高速の係員さんと一言二言話をすると、ゲートが開放された。おそらく、あの係員さんから警察にバスジャックの連絡が行くと思うが、高速に乗ってしまえばバスが止まることはない。警察に追尾されても突入される心配はなく、国相手への交渉も可能となる。


…本当に、僕らはどうなっちゃうんだ?乗客皆が抱えてる…成宮先輩と黛先輩以外の乗客皆が抱えてる疑問に答えてくれるはずもなく、無情にもバスは高速道路に乗ってしまった。

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