ヤバい部活前の一幕

意図せず見てしまったスカートの中。下賤な輩は『パンツは何色だったんだ!?』と聞いてきそうだけど、僕はその回答に困ってしまうだろう。黒でも白でも水色でも、水玉でも縞々でもない。


だってそこには、何も無かったから。あるはずの下着が無かったから。


その際感じた強烈な違和感を、ドスレートに黛先輩にぶつけたわけだ。


「見たわね?」


「それは本当にすみません。見なかったことにしようと思ったんですけど…なんというか…思ってたのと違うのが見えちゃったというか、見えるべきものが見えなかったというか、ガチの意味で見てはいけないものを見てしまったというか」


「…そう」


「あれですよね?下着が乾いてなくて仕方なく履かずにきたとか?もしくはうっかりして履くのを忘れちゃったんですよね?ははっ、おっちょこちょいですね黛先輩は!!」


早口に言い切る僕。おっちょこちょいであってほしい、そう願うように。でなければ…彼女が日常的に履かずに過ごしているとしたら…


「解放感」


立ち上がると片足を机の上に乗せ、ぽつりと呟いた黛先輩。また見えてしまいそうで思わず顔を逸らした。


「…といいますと?」


「私が日々求めているのは解放感よ。『開放感』とダブルミーニングで。下着はつけていないわ。あなたはそんな私を異常だと認識するでしょう。けれど、そもそも歴史を辿れば人類皆全裸だった。衣服を着る動物はいない。すなわち、何も着ないという状態が人類の…生物のあるべき姿なの。衣服なんてモノが発明されてしまったから私たちの身体は退化していき、外部の温度に敏感になり、肌も弱くなっていった。このままだと人類は衰退していく一方よ。だから私は全人類の衣服を取っ払う活動をしたい。広めていきたい。強い人類を取り戻したい。その一環として下着を履かないでいるの。スカートの中…一寸先は私の秘部。ふと風が吹いてスカートが舞い上がりそれが露出される。それを見た人は遠い先祖の記憶が思い起こされ、1人残らずこう思うはずよ。『あぁ、あれが我々の向かうべき姿。人類の最高到達点』。そしていそいそと衣服を脱ぎ捨て私の同胞となるのでしょうね。あなたもそう感じたでしょう?」


挑戦的な目で僕を覗き込む黛先輩。なるほど、彼女の考えは理解できた。その上で、僕は大きく息を吸い込み…


「…へ」


「へ?」


「変態だーーーーー!!!」


おそらく、僕が出せる最大の声量で、これしかないという言葉を叫ぶ。だー…だー…だー…と部室内に僕の声が反響した。


「ちょっと、誤解しないでちょうだい。なんから私はスカートも履かなくていいと思ってるのだから」


「それも重度の変態だーーーーー!!!」


「ま、ここだけの話。人類のために〜なんて言ったけど、結局のところ私が履かないのは意図せず人に見られて感じるエクスタシーのためね。見られたかもしれないというドキドキ感がこの上なく快感なの」


「変態要素のバーゲンセールだーーーーー!!!」


なんだよもぉ〜!黛先輩だけはまともだと思ってたのに!女性のソレを生で見るという僕の初めてを奪いやがって!


…え?美人のソレを見れたならいいじゃないかって?役得だって?寝言は寝てsay!こっちはもっとシチュエーションを大事にしたいんだよ!堂々と見せつけられたいわけじゃないんだよ!『見る』と『見せられる』では大きな違いがあるんだよ!君たちみたいな人間は女性が無理やり襲われていても「女側も満更でもなかったんだろ」とか言い出すんでしょうね!


「というか!昨日はきちんと履いてたじゃないですか!」


「あら、見てたの?このムッツリ」


昨日の毒死という死の体験中、床で悶える先輩の下着を見てしまった。もちろん覗こうとしたわけではないし、それ以外の衝撃が凄まじすぎて正直あまり覚えてないけど…そこに布があったことはしっかりと記憶に残っている。でなければあの状況でもそっちの方が気になってしょうがなくなってただろうから。


「私だっていついかなる時も履いてないわけじゃないわよ。生理中は垂れ流すことになるから断腸の思いで下着を履いてるわ」


「…待ってください。昨日はそういうわけで履いていたけど、今日は履いてないってことは…」


「えぇ。アノ日が終わったの。久々の解放感だわ。我慢して耐えた甲斐あって気分がいい」


「ストイック変態だーーーー!!!」


「好きなだけ言いなさい。変態は私にとって褒め言葉よ。いつか服を着ているあなたが奇異の目で見られ、変態と呼ばれる日が来るのだから」


「プロ意識があるタイプの変態だーーーー!!!」


もうやだこの部活!全員ヤバい趣味をお持ちだ!それも全員が全員ヤバい界隈の中でランキングをつけるとしたら上位に入るレベルのヤバさ!


この人に至っては考えはどうあれやってる事はただの露出狂だし!すぐさま警察に連絡を…いや、冷静に考えるとあの状況、黛先輩が大っぴらに見せつけてきたわけではない!あくまで事故という形で見えてしまった!黛先輩がそうなるよう仕向けた可能性が大だけど…状況だけなら見てしまった僕に非がある。くそぅ!これでは実質的な完全犯罪だ!そして黛先輩は完全変態!!


「じゃ、早くその書類にサインしちゃって」


「いや無理無理無理ですって!切り替えられませんって!人生一…人生二…人生三番目くらいの衝撃ですもん!余韻が冷めません!」


人生一は沙良の愛に対する独特の価値観。人生二は成宮先輩の死に対する独特の価値観である。まさか昨日今日でこれだけの衝撃を与えられるとは思わなかった。


「…ならどうするのよ。もっとこの事について深掘りしていく?私としてはその話をすると日が暮れて夜が開けて、また日が暮れちゃうけど」


「…くそぅ!なんだこの僕1人が泣き寝入りするしかない状況!」


なんとも歯痒いのが、成宮先輩も黛先輩も異常な考えを持ってるけど、それが法に触れるわけではないということ。成宮先輩はあくまで『死の体験』をしているだけで、人を殺めることも自ら死ぬこともしていない。黛先輩も履いてないというだけ。露出狂のように自ら見せびらかすという形は取っておらず、しっかり衣服を着ていれば下着を履くことに法的な義務はない。言ってしまえば、悪い事は何一つしていないのだ。


いやまぁ沙良の話をされちゃうとそれは暴行罪に当たるんだろうけど…これは答えを先延ばしにしている僕にも数ミリ単位で悪いところはあるし、暴行といっても後遺症というか、目立って痕に残るやり方はされていない。ともかく、僕は彼女たちを咎められる状況にない。


これもしかして、実は僕が異常だったりするのか?突拍子のない発想を持っているのが普通で、何の特徴のない僕が少数派?日本はそこまで多様性が進んでいたのか?


「…わかりました。今起きた事は忘れます。…とりあえず今後僕に向けてはやらないでくださいね」


「え…薬師丸以外の人にやればいいってこと?」


「違うなぁ!?そもそも見せてくんなって話です!」


「冗談よ。『つい見えてしまった』って瞬間が1番気持ちいいんだから狙ってやる事は無いわ」


「なんですかその謎のこだわりは!というか僕に対しては狙ってましたよね!」


「えぇ。あなたを同志と見込んで」


「んなアブノーマルな趣味はありません!」


どうしてこの部の先輩方は僕をそっち側に導こうとするのか。そして晴れてこの部の常識人ポジションが僕だけになってしまった。ツッコミで過労死しそう。…まさかこれも過労死という『死の体験』の一環なのか…!?むしろそうであってほしいのだが!!


えぇっと、本来何の時間だっけ…?あぁ、書類に目を通すんだった。もうなんでもいいや、ろくに目を通してないけどサインしちゃえ。


「はい、書きましたよ」


「ん、ご苦労。あとは常盤にも書いてもらうだけね。…まだ来ないのかしらあの子たち。何か話でもする?そうね、例えば…」


「あー今日はいい天気ですね先輩はお昼に何食べたんですかていうかLIMEやってますか先輩の得意教科ってなんです僕は英語が得意ですねこう見えていやこう見えてってどう見たらそう見えんのって話なんですけど全然日本人顔だし海外に住んだ事は一度もないんですけど実は僕バイリンガルに憧れてるのでって憧れてるだけかーいバイリンガルちゃうんかーい言うてますけど」


先輩の言葉に被せるようにゴリ押しで適当に舌をくるくると回す僕。先輩に会話の主導権を握られてはまたニッチすぎる趣味に話が戻ってしまう。それだけは避けなくてはと捲し立てると、苦笑いをしながらため息をつく黛先輩。


「分かった分かった、分かったわ。あなたの望む『普通の高校生の会話』ってやつをしてあげる」


「そうしてもらえると助かります」


先輩が上から言ってきているのが癪に触るが、とにかく良かった。これで読書が〜入部理由は〜と話していた先ほどの雰囲気に戻るだろう。


「そうね…じゃ恋バナしましょうか。薬師丸は常盤のことどう思ってるの?」


「先輩って上も下着つけてないんですか?」


「えぇ。で、どう思ってるの?あれだけ好意を向けられたら少しくらい思うところもあるでしょ」


「それって大丈夫なんです?擦れて痛そうですけど」


「ニップレスしてるから大丈夫。私だったら、あんな良い子から迫られたら性格に難あれど受け入れそうだけど、そこんところどうなのよ」


「へぇ〜ニップレス。言っちゃえばそれも下着の一部だと思うんですけど、そこんところどうなんです?」


「待ちなさい。立場が逆転してるわ」


『恋バナ』という学生トークを続ける黛先輩と『露出』という犯罪臭トークをする僕。言葉のキャッチボールをしているようで、お互いが捕球そっちのけで相手に向かってがむしゃらにボールを投げている状態だ。


と、いうのも。僕と沙良に関する事を聞かれるくらいなら露出に関する話をした方がマシ。


黛先輩の言う通り、沙良は完成された女の子だ。それこそ、他の女子なんて目に入らないくらい。だから彼女の歪な愛は受け入れてしまえば共に生活していく上で大きな問題にならないと考えてしまう。


そのため、こういった話になると決まって『いかにして僕と沙良をくっつけるか』という流れになる。その流れに背中を押されてしまうのは、僕が胸に秘める『ちっぽけな自尊心』をかなぐり捨ててしまうのは、何よりも避けなければならない。


僕が惨めになるから、その話は誰にだってできない。僕のことは何でも知っていると豪語する沙良でも、僕の『これ』は知らないだろう。彼女が『これ』を感じることは、未来永劫無いだろうから。


彼女は僕しか見ていない。それはすごく喜ばしいことなんだろうけど、同時に大きな問題でもあると思うんだ。僕のために…ではなく、沙良自身の幸せのためにも。


「あなたがこういった話を求めたのよ?良いじゃない、今は私とあなたしかいないんだから。…誰にも言わないわよ」


「そういう問題じゃないんですよ」


「じゃあどういう問題なのよ」


席を移し、僕の隣に座る黛先輩。僕はそれから逃げるように先ほどまで黛先輩が座っていた椅子に座る。またもや僕の隣に座る黛先輩。…やっぱ意外と恋バナとか好きだなこの人。


「色々あるんです、僕にも」


「何よ色々って」


「それは…うわっ!」


再度対面にあった椅子に座ろうとしたのだけど、直前にぴったり後ろについてきた黛先輩に椅子を引かれ転倒してしまう。何するんですか、と文句を垂れようとするも、間髪入れずに僕の頭をすぐ横にダァン!と手を置かれ言葉は喉の奥に引っ込んでしまう。壁ドンならぬ床ドン状態だ。


彼女の一つに縛られた真っ赤なポニーテールが垂れ下がり、僕の鼻あたりでさわさわとくすぐってくる。が、それはべったりと僕の顔面中に散らばり、僕の視界には黛先輩の切れ長な瞳しか映らなかった。


「さぁ、もう逃げられないわよ」


尚も顔を近づけてくる黛先輩。沙良以外でここまで接近したのは初めてだ。馬乗り状態となっており僕の身体は身動きが取れない。だから僕はせめてもの抵抗に顔を横に逸らし目を瞑るのだが、黛先輩にがっちりと顔面をロックされ、指でむりやり目を開けられてしまう。ひやりと冷たい彼女の手でも、僕の火照っていく顔面を冷やすことはできないようだ。


とうの昔に恥ずかしさはカンストしており、黒目をぐるぐると回転させ必死に視線を逸らす。これでもかというくらい高鳴り、きっと黛先輩にも勘づかれているであろう僕の心臓の鼓動。その鼓動が破裂しそうになった、その瞬間。


「すみません、遅れまし…大志?」


部室内に強烈な風が吹き荒れた。いや、風ではない。部室内の状況…僕らを発見した彼女が放った圧だ。何かを感じ取った黛先輩は僕から飛び退き、臨戦態勢を取りつつ周りを見渡し、そして彼女…沙良を視界に捉えてしまった。


「黛先輩。何をしていたのか教えてください」


不気味なほどいつもの声色で、いつもの表情で…いつもよりゆっくりと僕たちの元へと迫る沙良。そこにいるのはいつも通りの沙良であるはずなのに、黛先輩の足はガクガクと震えており、僕は頭で考える間もなく南無阿弥陀仏を唱えながら胸の前で十字を切っていた。宗教上タブーであろうその動きだが、お二方の神様に祈りを捧げても救いがあるかどうかは怪しいところだ。救いよりも、沙良の怒りの方が勝るだろうから。


「私の気のせいだと思うんですけど…黛先輩、大志の上に乗っていました?」


「いっ、いや…気のせいじゃないかしら?」


「いいえ、私が見間違えるはずもありません。これ以上私を怒らせないでください」


『じゃあなんで気のせいかもとか言ったんだ』というツッコミは入れられなかった。怒りの矛先が僕に向かうと思ったから。


最早逃げ場は無い。万が一、億が一逃げられたとしても、沙良は地の果てまで、天の先まで追いかけてくるだろう。


黛先輩…今までありがとうございました。せめて安らかに眠ってください。


「…聞いてちょうだい、常盤…さん」


生にしがみつこうとする黛先輩。…抵抗すると余計に酷い目に遭うだけですよ。


「…あれは私が薬師丸を押し倒したんじゃなくて、薬師丸が無理矢理私の手を引いてきたの。私は必死に抵抗したんだけど…もみくちゃになってる間にあの状況に」


無理ですって。どうやっても…おい待てこの人。しれっと僕に罪をなすりつけようとしてない?僕1人を悪役にして沙良から逃げようとしてない?


「違うぞさ–––」


「大志。今は黛先輩からお話を聞いてるの」


途端に殺気を僕に向けてくる沙良。…黛先輩はずっとこれを向けられていたのか!?ちょっとちびっちゃったよ僕!


「私はっ…私は必死に正気に戻るよう呼びかけたのだけどっ…彼がっ…」


あーずるいこの人!涙ながらに平然とでっちあげてる!『死の体験』で培った演技力をここで活かしてきやがった!めちゃくちゃ感情移入しちゃったもん僕!『許せねぇ…誰が黛先輩をここまで…』って思っちゃったもん!んで『僕じゃん!』って自首しかけたもん!


…いや、沙良ならきっと気づくはず…僕は100%被害者であり、黛先輩が勝手にやったことだと見抜くはずだ!


「そう…だったんですね」


頼むぞ沙良!!まじで!!


「ごめんなさい、私何も考えずに疑ってしまって」


あれー沙良さーん!?なぜ涙ぐみながら謝罪してんのかなぁ!?黛先輩の背中に手を回してぽんぽん撫でてるのかなぁ!?


黛先輩はというと、鼻を啜りながら沙良を抱き返す。そして完全に抱き合った状態で沙良の死角に入った事を確認し、僕に向かって『てへぺろ☆』と舌を出してきた。


「…き、貴様ぁぁぁぁぁぁ!!!」


「さて、大志」


ようやく立ち上がり、黛先輩に向かって拳を振り上げ走り始めたところで、沙良の『気』を食らい壁まで吹っ飛ぶ僕。ずっと気になってたけど(『気』だけに『気になって』ってね!!)どういう原理なんこれ。


一歩、また一歩と僕に歩み寄る沙良。完全に怒りの矛先は僕へと向いてしまっている。怒りが凄まじすぎて沙良の周りだけ空気がおかしくなっているのか、陽炎のように揺らいで見えていた。僕は無様に床を引っ掻いて後ずさりをするのだけど、壁にぶち当たりどうすることもできない。


…いや、まだ活路はある!


「待って沙良。僕にも話をさせてくれ」


「もちろん。黛先輩からだけお話してもらうのは不公平だから」


視界端で黛先輩がぎりりと歯を軋ませた。そう、僕にだって話す権利はある。真実を話す権利がね!!加えて、沙良は僕が嘘をついているかどうか分かるはず!つまり淡々と事実だけを話せば僕は無罪放免!


相手の命の差し出し合い…短いながら苦しい戦いだった。しかし黛先輩…この勝負、僕の勝ちだ!


「あのね沙良。まず…」


「言い訳しないで」


腹、胸元、脳天に同時に衝撃。沙良のモーションから使ったと思われるのは右腕だけだから、片腕一本で3箇所を同時に攻撃してきたというわけだ。人間じゃない。


顎にいいものを貰い、身体が浮いたかと思うと天井に叩きつけられる僕。身体がめり込んだのか少しの間そこで磔状態になった僕はようやく重力に従い落下。と思えば、落下点で待ち構える沙良にお手玉のように天井に打ちつけられてしまう。きっと天井にはいくつも僕の形の凹みがついていることだろう。


「1COMBO、2COMBO…3COMBO…PERFECT!」


そして僕の鼓膜には、格ゲーでコンボを決めている時のような効果音を口にする黛先輩の声が絶えず聞こえていた。

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