頼れる存在になるために②

完全に油断していたのか、僕の金的は気持ちいいくらいにクリーンヒットする。股間を押さえずるずると倒れ込む。えっとえっと、追撃を…


「ぐ…がはっ」


「…てめー。何のつもりだ?」


辻くんに馬乗りになろうとするのだが、もう1人の男に突き飛ばされ阻止されてしまう。扉まで吹っ飛んだ僕は背中に大きな衝撃をくらい、息が詰まる。


「…お前が大志か?ちょうどいい、餌が向こうからやってきてくれたじゃねぇ…かっ!」


顔面に拳をぶち込まれる。視界はぐわんぐわんと回り、口の中が切れたのか、血の味がする。考えれば当たり前の話だ。喧嘩慣れしてない僕が力自慢の彼らに勝てるわけがない。


…でも。負けられない!


「…んだ、こいつ!?」


僕を押し付け殴り続ける男を鋭く睨む。人である以上、絶対に疲れが来る。その時まで耐えろ、僕。耐えて耐えて、カウンターの一撃。どれだけ殴られても、意識を手放すな。


僕が2人を打ち倒せば…僕1人でこの問題を解決すれば…きっと沙良も僕を認めてくれるんだ!そして、僕らはようやくたいと–––


「…甘ちゃんだな、お前は」


突如として地面が揺れた。僕の二の腕あたりが、辻くんに踏み抜かれている。


「あっ…あああああ!!!」


痛い、痛い、痛い。脳が痛覚に支配され、それ以外何も考えられない。沙良のお仕置きが可愛くみえるほどに。敵意が力となって僕に襲い掛かる。腕を抱え込むように蹲る僕をひょいと持ち上げた辻くんは、ゴミでも捨てるように僕を投げた。机や椅子を巻き込み吹き飛ぶ。全身を強打し、首を動かすだけでも激痛が走る。


辻くんがゆっくりと僕に歩みよると、僕の髪を掴み引っ張り上げる。辻くんと僕の視線が交錯した。


「…っは。ぶっさいくに泣いてんじゃねーか、お前」


…まだだ。立ち上がるんだ僕、戦い続けろ。2人が疲れ果てるまで!


「んがぁっ!」


「っぶね。はっ、ここで噛みつきにくるか、普通」


僕の渾身の一撃は、ひょいと辻くんにかわされてしまった。辻くんはまたもやスマホを操作している。


「…ッチ。沙良ちゃんも出ねーのかよ。まぁいい、写真を撮っといて…っし、連れてくか」


っそれだけはダメだ。僕はまた、沙良に迷惑を…いや、迷惑なんて騒ぎではない。僕が原因で、沙良の人生を狂わせてしまう。


「…ま、一応さ。起きてるとめんどーだし。気ぃだけ失ってくれや」


髪を持ち上げる辻くん。このまま地面に叩きつけるんだろう。僕は歯を強く食いしばる。絶対に失神してたまるかと。衝撃に備え、ぎゅっと目を瞑ったその時。


「っ大志!!」


聞き馴染みのある、今この瞬間だけは聞きたくなかった僕の幼馴染の声がした。



「お、これが沙良ちゃん?めちゃくちゃかわいーじゃん」


男が沙良に近づく。沙良は接近する男に目もくれず、ただ僕をじっと見ていた。


「…っは。おいおい沙良ちゃん震えてんじゃん。辻く〜ん?もしかしてこの子に勝てないと思ってんの?」


確かに沙良は震えている。けれどその震えは、恐怖によるものではないだろう。尚も沙良に接近した男は、沙良の肩を勢いよく押した。


「きゃっ…」


「やっべ、なんか興奮してきた。ごめん辻くん!先に頂いちゃうわ!」


「おい待て!」


辻くんが制止するが、男は構わず沙良に覆いかぶさる。カチャカチャと自らのベルトに手をかけており…あれは…マズい!


「やめろ!」


「やめねーよばーか。お前はそこで這いつくばって見てろや」


「違う!お前に言ったんじゃない!」


「お前の幼馴染が犯されるしゅんか……あれ?」


沙良の予備動作の無い蹴りが、男に放たれる。


沙良の蹴りを受けた男は、ピンボールのように天井と床に交互に打ちつけられた。ようやく勢いが止まりべとりと床に落ちた男はぴくりとも動かない。


埃を払いつつ立ち上がった沙良は、ゆらり、とこちらに歩を進める。その時の沙良の表情は……僕ですら見たことのないもので…形容し難いものだった。


「そ、そこまでだ沙良ちゃん!ほら、お前の大事な幼馴染くんだ。こいつがどうなってもいいのか?」


「…待ってくれ、一旦落ち着いて」


「あぁ!?お前が入ってくるんじゃねーよ!俺は沙良ちゃんに言ってんだ!」


「違う!僕も沙良に言ってるんだ!」







沙良の姿が僕の視界から消えた。








ここで少し沙良に関する理解を深めておこう。沙良の中に、いくつかの力のリミッターがあるという話だ。


リミッター1を解放するのは、僕にお仕置きをする時。この時点で僕にとっては恐ろしい力ではあるんだけど、彼女なりに大分手加減をしてくれている。


リミッター2は、沙良や僕が危険な目に遭いそうな時。バスジャック事件の時の沙良がこれに該当する。この状態の沙良は「殺さない程度に痛めつける」と、これまた手加減をしている。


リミッター3は、僕が悪意によって傷つけられた時。これはもうリミッターではない。100%の全力をぶつけてくる。こうなってしまった沙良はもう止められない。手加減を忘れ息の根を止めにかかる。


「待て待て待てって沙良ちゃん!ほらいいのか!大志くんが…ぼべらっ!?」


そして現在の沙良は、このリミッター3に該当してしまっていて。辻くんのモノとは比べ物にならない災害レベルの蹴りを、僕を盾にする辻くんの僅かな隙間をつき、辻くんだけを蹴り飛ばす。黒板に突き刺さったと思ったら、そのままつらぬき隣の教室へ。その教室の黒板にぶつかったところでようやく勢いが止まり、べたり、と床に突っ伏した辻くんは動かなくなった。


「…大志」


「はっ…ひゃい」


数年ぶりのリミッター解除状態の沙良を目撃した僕はすっかり腰を抜かしてしまった。唇が乾き、まともな応対ができない。


「…大志はあの男の人に私が突き飛ばされたのを見たよね?」


「はい」


「じゃあ、私の反撃は正当防衛といえるよね」


「いやっ…過剰すぎな…正当防衛です」


「なら良かった」


いつもの調子に戻った沙良は、これまたいつものように僕の怪我の応急処置をしてくれる。


「…全身の打撲。腕は…あぁ、骨やられちゃってるね。顔も…何針か縫わなくちゃ」


「…沙良っ…」


沙良の顔を見ていると、涙が流れてくる。


「痛かったよね。ごめんね、遅くなって。あぁほら、泣かないで。もう大丈夫だから」


「違う。僕が…ごめん」


「…どうして?」


「…また沙良に助けてもらった」


とめどなく涙が溢れるが、これは全身が痛いからとか、安藤したからとかではない。ただ、僕自身への失望から。結果として沙良を救うことができたけど、僕は全く活躍していない。ただ、辻くんと男にボコボコにされて、颯爽とやってきてくれた沙良が全てを解決した。いつもの展開だ。


「…そりゃ助けるよ。幼馴染なんだもん」


「でもっ…僕は…全く沙良の力になれなくて…頼ってばっかりだ」


沙良はいつも僕を助けてくれる。でも僕は、どんな形であっても沙良に貢献できていない。今回だって僕1人でなんとかすると自惚れて、独断で辻くんに挑んで、見るも無惨な返り討ちにあう。身の程知らずで、1人じゃ何もできず、女の子に頼りきり。それが僕だ。


「あのね、大志」


けれど、沙良は…


「人に頼ることって悪いことなのかな」


そんな僕だと認めないでいてくれた。


「人に頼ることは良いことだよ。私たちはどうあがいても1人で生きてはいけないし、1人で壁を乗り越えられないんだから。頼れる人がいるから、今の大志がいる」


「でも沙良は…誰にも頼らないじゃないか」


「ううん。私も大志に頼ってるよ」


そういうと彼女は、100点満点の笑顔を見せてくれた。


「私さ、自分で言うのもなんだけど、それなりになんでも出来て。無理難題も押し付けられたりするんだ。『君ならできるでしょ?』って。そんなわけないんだよ。私も人間なんだから、無理なものは無理なんだよ。でも…誰も助けてくれないんだ。私に出来ないはずがないって、根拠もなく決めつけて」


秀才ならではの悩みというやつだろうか。「沙良は天才だからできるはずだ」と、特別扱いをされる。そしてさまざまな仕事や業務を依頼され、頼られる。優しい沙良はその全てを受け入れている。誰も面倒くさがって押し付けているわけではない。沙良に任せた方が効率的で、自分がやるよりも良い結果を得られると思い込んでいるのだ。沙良にだって出来ないことはあると知らずに。


「でもさ。大志が言ってくれるんだよ。『僕に頼って』って。大志だけは、私を心配してくれる。寄り添える存在がいてくれる。私を『完璧超人』ではなく『ただの沙良』として接してくれる。そんな大志に…大志っていう存在自体に、私は頼ってるんだ。私は1人じゃないんだって。それは…あの頃から変わらないよ」


僕は今でも、沙良は完璧超人だと思っている。けれど沙良は…完璧超人なだけの普通の女の子だ。僕は沙良を生まれながらの『天才』と評価したことはない。人並みに悩み、人並みに苦しみ、人並みに出来ないことだってあるけど、人並み以上に努力をして人並み以上に成長している。彼女は生まれつき完璧超人だったわけではない。間違いを繰り返して学習して、その上で結果を出し、完璧超人とされているのだ。それは幼馴染である僕が1番分かっている。


だから、僕は沙良を沙良として見ている。


「…なら、もっと頼ってくれてもいいんだけど」


「その時が来たら、ね。今回は私1人で解決できそうだったから。それに……大志を巻き込んじゃいそうだったし。私は私よりもなによりも、大志を優先してるから」


「…やっぱり完璧超人じゃん」


「…っふふ、幻滅した?」


返答する代わりに、僕は沙良に身体を委ねた。沙良は黙って僕の頭を撫でる。沙良は僕を頼ってくれている。一般的な頼るとは少し意味合いが違ってくるだろうけど……僕のちっぽけな自尊心が、少しだけ報われた気がした。


後で聞いた話だけど、沙良は毎日のように辻くんに言い寄られていたらしい。流石にしつこいから、どうにかして成敗しようとしたんだけど、相手は狡猾な辻くん。辻くんだけを悪者にして…という状況を模索していたらしい。そこで、今までの辻くんの悪行を集め、弱みを握ろうとした。沙良は沙良なりに情報を集め、それでもやはり明確な証拠は掴めそうにない、というところで、僕が介入してきた、と。


結果として沙良は『辻くんにボコされた僕を救うため』という大義名分を掲げて辻くんを成敗し、もう1人の男に対しても『突き飛ばされた正当防衛』という形で被害者となり、非は辻くんたちにある、という状況を生み出した。もちろんやりすぎであることには変わりないが『女に負けた』という辻くんの弱みを獲得した。以降辻くんが沙良に近づくことはない……と思いたい。


「大志が頑張ってくれたおかげで事が早く終わったんだよ。ありがとう」


沙良はしきりにそう言ってくれた。ペラペラな慰め…を沙良が僕に吐くわけがないから、きっとこれは本心なのだろう。








そんな言葉一つで救われてしまう僕は、やっぱり沙良に頼りきりだ。


…けれど、沙良が唯一頼ってくれる男として…もう少しだけ、彼女の隣に居たいと思う。

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