ヤバい部活、ヤバい部員、そしてヤバい僕

「え〜、それじゃ!大志くんのしたい部復帰を祈って…かんぱーい!」


「「「かんぱーい!!」」」


辻くん事件から数日。僕たちしたい部は、部室で大志復活お祝いパーティーを開いていた。パーティーといっても、机の上に並べられているのは沢山のお菓子とジュース。


「…にしてもよ。薬師丸、相当な怪我だったのよね?それが…数日で治るもんなの?」


「なんなんすかね。僕も僕が怖いっす」


あの後、応急処置を済ませた沙良が救急車を呼ぼうとするのを折れたはずの腕で止めるくらいには復活し、保健室に行くまでに全身の打撲が回復。顔中の傷もみるみるうちに塞がり、保健室につくころには擦り傷だけが残っていた。


…やっぱり鍛えられてるんだろうか。複数回折った骨はすぐくっつくって言うし。同じ理論で、毎日のように沙良に痛めつけられてる僕は復活がめちゃくちゃ早い、みたいな。


ちなみにだが。あの日先輩方を探しに行った僕だけど、2人は2人でクラスの子に落とし物の捜索を頼まれていたらしい。だから探しても見つからなかったわけだ。


「…杏先輩。本当にいいんですか、僕全然お金出しますよ?」


お菓子代及びジュース代は全て杏先輩が出してくれた。ひとつひとつは安いんだろうけど、4人でも食べきれそうにないほどの量。それなりの出費だと思うんだけど…


「もちろん!最近めちゃめちゃバタバタしてたし、たまにはこういうのもね!臨時収入も入ったし!」


「出た臨時収入。……もっかい聞きますけど、パパ活とかじゃないですよね?」


「うんにゃ、援交」


「どっちも同じようなもんですよ」


「待ちなさい薬師丸。その発言は争いの火種となり得るわ」


杏先輩…流石に冗談だと思いたいけど、こうも繰り返されると怪しくなってくるな。


「…あれ、ティッシュティッシュ…」


「沙良。新品のティッシュはテレビ台の下だよ」


「あ、そうだったんだ。ありがと」


「あーいいよいいよ。僕が取ってくる」


「そう?…っふふ、よっ!頼れる男!」


「……腑に落ちない」


あの事件以降、しきりに沙良は『頼れる』というワードを口にする。あえてからかうことであの時の不甲斐ない僕の姿を払拭してくれようとしてるんだろうけど…ちょっと露骨すぎる。


「むむむ?な〜んか2人また仲良くなってない?」


「そう?これ以上仲良くなるなんてことあるのかしら」


「これは負けてられないね!あたしも行くよっ!」


「あなたは自重しなさい」


先輩ズは先輩ズでなんかやってるし。


ともあれ、だ。ようやく僕にも平穏が訪れた。辻くんのいない今、沙良は以前のように僕と接してくれるし。そうなると『いつ結婚するのイベ』も息を吹き返したんだけど、なんか懐かしく感じて涙出そうになったもん、僕。住めば都的な。


杏先輩も機嫌を持ち直してくれたし、黛先輩は……まぁ彼女の猫モードは僕に被害があるわけじゃないし。目の上のたんこぶが消え、ようやくスタート地点に戻れた。


……そう。スタート地点だ。色々あって忘れそうになったけど、僕は自分の意志でこの部活に入部したわけではない。可能なら他の部活を選びたいと思っている。沙良の脅威から逃れられるかつ、『死の体験』なんてない普通の部活動に。


…そりゃ、多少は杏先輩、黛先輩に申し訳なさはある。けれど…僕は何より自分の命を大切にしたい。真の平穏を追い求めたい。


そのためには…あの写真が邪魔だ。ばら撒かれたら僕の学園生活が終わる、とても凝視できないあの写真が。どうにかしてなんとかできないものか。


「あ、大志くん。例の写真さ、全部削除しといたから」


「そうですか。ありがとうございます」


う〜ん…パソコンに入ってる写真データをどうにかする必要があるな。パスワードは杏先輩しか知らないけど…どうせ『sitai4444』とかだろう。データを削除すれば、複製されることはない。だから杏先輩は全て削除してくれたのだろう。いやーよかったよか








?????????


「え、先輩。今なんて言いました?」


「君の気持ち悪い写真、なんかウイルスに感染しそうだし私のパソコン腐り落ちそうだから全部消しといたよって」


「そこまで言ってなかったでしょうが。え、いいんですか?」


「うん。その必要がなくなったから。おめでとう大志くん!これでこの部に君を縛り付けるものはなくなった!」


杏先輩と両手でハイタッチ。…その必要がなくなったって。いやいや本当にいいのか?僕としたい部を繋いでいたのはあの写真だけだ。写真がばら撒かれる恐れがないのなら、僕は本当に喜んでこの部を…


「薬師丸。はい」


黛先輩が退部届を手渡してきた。え何僕急にいらない子?それはそれでショックではあるんだけど?これまで築いた関係は全部作り物だったってこと?本心は早く辞めねーかなコイツって思ってたってこと?んなクラスカースト2軍あたりの女子高生みたいな陰湿さ…ああこの人たち女子高生だった!普段の行動が常軌を逸脱しすぎてて忘れてたや!


「ほら大志くん。あとはその退部届に名前を書くだけだよ」


…そうだ。現在の僕の目標はしたい部を抜けることだ。こんな部に何ヶ月もいたら気が狂ってしまう。この日を求めて僕は四苦八苦してきたんだ。


ペンを握りしめる。あとは名前を書くだけ。書く…だけ…


「どしたの大志くん」


「いや、その…なんか」


ペンはぴくりとも動かない。おかしい。脳は名前を書けと指令を出しているのに、どこかでその指令が遮断されている。冷静になれ、僕。こんな異常な部活を辞められるんだぞ?なのになぜ…どうして…


「ふふん。君は書けないんじゃない。書かないんだ」


「いやいや、何を言って…」


「おめでとう大志くん。ウェルカムこちらの世界。君は活動を通じて、死に魅力を感じている」


「魅力なんて…」


「感じていない、と言い切れるかい?思い出してみてよ、バスジャック事件のあの瞬間を」


…くそっ。くそくそくそくそくそっ!なんだこの人心が読めるのか!?


「…βに撃たれ、αに刺された時。…君は死を意識したはずだ。あぁ、僕はもう死ぬと。君は恐怖したはずだ。同時に、ある感情を感じ取った。その感情とは。君の口から言ってみてよ」


…あぁ!調子が狂う!なんなんだ一体!何が言いたいんだ!あの時僕が抱いた感情?そんなもん決まってるだろ!


「………気持ちいいと、そう思いました」


僕は…あの瞬間、快感を感じてしまった。人が死に至る時、絶頂の200倍の快感を得ることができるという。ドーパミンがどうだとか、楽になれると身体が気づいたからだとか、色々と考察はされてるけど原因は分からない。


認めよう。確かに僕はあの時死ぬと思った。その瞬間。今までにない快感を味わった。そして…その快感をもう一度味わいたいと思っている。僕は…死の中毒になっている。口では拒否をするけど、身体が求めてしまっている。身体は正直だなぁ、というやつだ。だから僕は、退部届を出せないでいる。もっとしたい部で死に触れ合いたいと思っている。杏先輩は最も美しい死を求め、僕は最も気持ちいい死を求めてしまっている。


「…杏先輩」


ニマニマと杏先輩が笑っている。あぁもう…そんな笑顔見せられたら…


「僕をめちゃくちゃにした責任とってくださいよ」


僕は退部届をビリビリに破いて放り投げた。途端に杏先輩は両手を広げ僕に飛びついてくる。僕も待ち構えるように足に力を入れたんだけど、割って入ってきた沙良の拳をくらいその場に崩れ落ちる。……だから、なぜ僕を?


「ほぉらね!大志くんは素質があったんだ!そしてそれを見抜いた私が何よりすごい!」


「べっ…別に死にたいとは思ってないんだからねっ!ただちょっと…積極的に部活に参加しようと思っただけなんだから!本当にただそれだけなんだからね!」


「…薬師丸。あなたは筋金入りの変人だわ。だからこそ聞いておきたいことがあるんだけど。露出に興味はない?」


「そっちに関しては微塵も魅力を感じてませんよ!」


「良かった良かった、平和に終わって。ところで大志。いつ結婚してくれるの?」


「えぇ沙良さんこのタイミングでぶっ込んできます!?」


部室内で追いかけっこが始まる。逃げるのは僕で、追うのは別ベクトルでヤバい方々。死にたがり先輩、露出癖先輩、そして僕のことが大好きな幼馴染。


そんな彼女たちが集まったのだから当たり前かもしれないが、したい部の活動は異常だ。活動内容は耳を疑うものであるし、毎日のように制服は血糊だらけになる。唐突にスカートの中身を覗かせてきたり、ズボンどころかパンツも下げられそうになったり。脈絡もなく求婚をされ、言葉を濁すと普通に暴力をふられる。まともな精神力の持ち主では数日も持たずに逃げ出すだろう。


…けれど。どこかでこの時間を楽しみにしている自分がいて。僕の求める普通の学園生活とはかけ離れているけど…こういうのも、別に無しではないんじゃないかと思い始めている。学生である今しか出来ない事だろうし、そういう視点から見ればこれも青春。知らず知らずのうちに、僕は諦めていた青春を謳歌していた。…いやまぁ、密かに求めていたものとは違うわけだけど。


…まぁ。3人に好き放題言ってたりする僕なんだけど。もしかして1番ヤバいのはこの部室に居心地の良さを感じている僕なのかも––––


「失礼しますよー」


「あ。森田先生」


がらり、と部室の扉が開いた。むぅ。僕が締めにかかっているというのに横槍が入ってしまった。森田先生…確かしたい部の顧問の先生だ。放任主義なのか、部活に来たことは一度も無かったけど、一体何のようだろう。


「えぇっとですねー、少し気になることがありまして」


「なんですか?」


「はい。この部活の部費の使い道について、ですね」


なぜか応対をしている杏先輩の笑顔が固まった。


「部費がねぇ、無断で使用されている疑惑があるんですよ。使用する場合は用途と領収書を合わせて提出してもらう手筈なんですけど」


「ぶ、部費〜?ぶひぶひって豚かーい!って!あはは!」


「成宮さん。あなたが部長でしょう?何か理由を知っていたりしますか?」


「………」


「おや、お菓子パーティーですか。良いですねぇ、楽しそうで。…ところでこれらのお菓子購入費はどこから出てるんですか?」


「……あ、杏先輩!杏先輩が買ってくれたんですよ!なので僕たちは無関係ですし、杏先輩に聞いてください!」


「あ!裏切ったな!」


めちゃくちゃきな臭い匂いがする。唐突に羽振りがいい杏先輩。今回もそうだし、課外活動の時だってそうだ。『臨時収入が入った』と彼女は言っていたけど…考えてみればおかしい話だ。この学園はバイト禁止。生徒に収入はない。けれど、杏先輩はどこかからお金を引っ張り出して豪遊していて。それって部費から出てたりするのでは…?


「待ってくださいね先生!今説明を…うぐっ…がはっ!」


森田先生には見えない角度で血糊を含んだ杏先輩は、勢いよくそれを噴き出してぶっ倒れる。つまり、説明を放棄したわけで…


「あーずるい!逃げて死にましたよこの人!」


「パワーワードすぎね。全く、杏に代わって私が説明を…ぐわぁー」


「ちょっとめんどくさいからって死ぬのやめてください!」


「仕方ないね、ここは私が…きゃーやーらーれーたー」


「沙良ぁ!?誰にやられたの!?勝手に1人で倒れたようにしか見えないんだけど!?んで森田先生はなぜ平然としているんだ!人が死んでんだぞ!」


「…この年になってくるとねぇ、これくらいじゃ驚かなくなっちゃうんですよ」


「怖い!僕は何よりも老化が怖いです![」


…し、しまった!ツッコミを入れたせいで僕だけ死に遅れた!?え、ええい!こうなったら僕も死んで全部有耶無耶に…


「…薬師丸。薬師丸」


血糊を吐いて倒れている黛先輩が、僕に1枚の書類を手渡してくる。なんだ、この書類。どこか見覚えが…


「…したい部における部費管理の契約書?」


「読みなさい」


あぁ、思い出した。いつぞや黛先輩に署名をお願いされたやつだ。確かあの時は…初めて黛先輩の露出癖を知っちゃったから集中できなくて、まともに読まずにサインしたんだった。


「えっと…したい部(以降、これを甲とする)、薬師丸大志(以降、これをブスとする)は、互いにおける…」


なんで僕文面でもブス呼ばわりされなくちゃいけないんだよ。


「…もっと下」


「はぁ。てか自分で読んでくださいよ。えっと…部費を紛失、または盗難された場合、その全責任はブスにあり、ブスが不足分を補填するものとする……は?」


ちょ、ちょちょちょっと待て。これってつまり…部費を僕が立て替えるってこと?僕何もしてないのに?


「なるほど。しっかり薬師丸くんのサインも残っている。君もこの契約書に同意をしたとみていいですね?」


「…ち、ちがうんですよ先生!今回は間違いなく杏先輩が犯人で!」


「いいえ、契約書が絶対です。ひとまず職員室まで行きましょうか」


「ま、待ってくださいって!いや力強っ…どこからそんなパワーを…た、助けて!沙良!杏先輩!…黛先輩!!」


僕の悲痛な訴えが微塵も聞こえてないのか、3人は何事もなかったように立ち上がり、いぇーいとハイタッチをしている。…あ、あいつらぁ!!


「ち、ちなみにですけど、部費はいくらくらい無くなったんですか?」


「………口に出すのもおぞましいくらいですかね」


「おい杏先輩いい!!絶対許しませんからね僕は…!!」


杏先輩はパチンとウィンクをしてきた。どういう意味だよそれはマジで。抵抗虚しく、僕はずるずると引きずられるように森田先生に連れていかれる。


「ふぅ!危機は乗り越えたね!」


「部費、余りはあとどれくらいあるのよ。私もちょっとやりたいことがあるんだけど」


「いってらっしゃーい、大志」


……絶対辞めてやる!こんな部活!!

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