したい部廃部の危機

ヤバい学園規則

「え〜、大会が始まる部活動も多いと思いますが、我が校の代表として…」


ここ八橋学園では、それなりの頻度で全校集会が行われる。部活動が際限なく発足しているため、大会への激励や成果報告が時期問わずに行われるためなのかな。


…とはいえ。だるいものはだるい。夏に向けてどんどん気温は高くなり、湿気もムシムシと…ムシムシどころかビチャビチャレベルで高くなっている今、エアコンもない体育館で数十分間座りっぱなしというのはかなり骨が折れる。


必死に欠伸を噛み殺していると、ちょいちょい、と髪を引っ張られた。


「…っふふ。大志。寝癖ついてるよ」


後方から僕の髪をいじる彼女は常盤沙良。僕の幼馴染であり、完璧超人かつ病的なほど僕のことを愛している女の子だ。彼女の奇行に関しては、これまでの日々を振り返っていただければ幸いである。


髪を手で押さえる僕。なおったかな…?と手を離してみるも、みょんみょんと揺れる寝癖。それを見て、小さく沙良が笑った。……後でちゃんとなおしておこう。


余談だが、全校集会はクラスごと、男女別名簿順で並ばされる。僕は『薬師丸』だから1番後ろであり、沙良は女子列の中盤あたりに座っているはずなのだが…なぜ当然のように僕の後ろにいるんだ。んでなぜ誰も指摘しないんだ。優等生は何をしても優等生なのか。


「…えー、続きまして。学園長代理のご挨拶です」


ツッコミが無限に溢れてしまいそうになるので、意識を全校集会に向ける。前方の舞台に立っているのは確か…副学園長だ。


「ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが。学園長は現在体調を崩され入院をしております。副学園長の私が学園長の代理として皆様を支えていきますので、どうぞよろしくお願いします」


学園長さん、入院してるんだ。式典の時くらいしか学園長を見ないけど、いかにも優しそうなおじさん、という感じだ。いかなる部活動でも設立を許可するという懐のデカさを有しているし、学園のためにさまざまな施策を投じてくれる。それに対して副学園長はキッチリとした人、というか…かなりの頻度で学園長と衝突していると聞く。学園の運営方針が真逆に近い。


ここ八橋学園は端的に言ってしまえば今風の高校だ。髪色や髪型は自由だし、体育祭や文化祭など、基本的にどの高校にもある行事に加え、ハロウィン仮想大会やクリスマスパーティーなどのイベントも盛り沢山。生徒の自主性を重んじており、生徒発案であればそれなりになんでもできる。そんな校風を創り上げたのが今の学園長。


それに対し、古き良き学園を目指している副学園長。学生の本分は勉強だと朝学や補習を積極的に取り入れて、生活指導や進学指導を徹底しようとしている。あわよくば学園長の座を狙っているという噂も。噂でしかないんだけど、それも納得してしまえるほど副学園長は圧があり、少しだけ怖い。


「学園長から、学園の事は全て私に任せる、というお言葉をいただきました。これを機に、様々な改革を実施したいと考えております」


ざわり、とどよめきが起こる。学園長と副学園長の確執は学園中に知れ渡っている。それはつまり、学園長がいない隙に学園を自分色にそめあげようとしているのではないか?


「まず第一に。半数以上の部活動を廃部にしようと考えております」


そして、その予感は的中してしまって。多くの学生から悲鳴に似た不満の声が上がる。しかし副学園長が手を上げ、体育館は水を打ったように静かになる。


「現在当学園には100近い部活動が存在しております。これは他校と比べると桁違いに多い数字であり、我が校の財政を酷く圧迫している。部活動に充てる費用を削減し、浮いた費用を勉学に関する福祉に投資し、皆様の更なる成長を応援していきます」


冷静に考えれば当たり前の話だ。部活動が増えれば増えるほど、部費や部室棟の増築、維持費など様々なところでお金が飛んでいく。副学園長はあくまで、よくある進学校を目指しているのだ。


「その一環として。まずは部員数5人以下の部活は強制的に廃部とします。期日は来月末。それまでに部員が定数まで集まらなかった場合、部室棟を明け渡していただきます」


ふんふん、なるほど。僕の所属するしたい部は部員数4。つまりあと1人集めないと、来月末には廃部となる、と。なんだ、あと1人か。沙良や杏先輩の友人なんかにお願いして、したい部に籍さえ置いてくれれば…


「なお、部活動のかけもちは禁止とします」


…………あれ。ヤバくない?



「…まずい、まずいまずいまずい」


「…あっ…あの…大志くん…」


「元々この学園は部活動強制参加だ。それだけなら良かったんだ。…かけもち禁止。この新規則がヤバい」


「えっ…大志くん?ほら、あたしをみてよ…」


「これってつまり、よほどのことがない限り新たな部員は期待できないってことになる。強制的に全校生徒何かしらの部活動に入ってるんだから、もう募集する対象生徒がいないんだ」


「大志く〜ん?ほら、血ぃ…血ぃ出てるよあたし。…ま、まだまだ足りないってこと?それじゃ…えいっ。えへへ、これでもっとたくさん血が…あっ…なんか止まらなっ…」


「それすなわち、もう詰んでるってこと。したい部に残された時間は1ヶ月とちょっと」


「た、助けて大志くん…!止まらないよあたしの血!このままじゃ死んじゃう!……注目されたかっただけなの!本当に死のうなんて思ってない!興味を引きたかっただけなのぉ!」


おっと。僕が杏先輩の訴えを全スルーしてると思われそうなのでここで補足をしていくと、現在杏先輩は『人に構ってほしい、気づいてほしいという承認欲求が振り切った結果リスカに走り、思わずやりすぎて死んでしまう女子中学生』という死の体験をしているので、僕のこの対応は正解なのである。死に至るその瞬間でも誰からも目を向けられず死んでいく…その感覚を味わいたいらしい。


紹介が遅れてしまった。手首から血を流し、顔を真っ白にしてびくりびくりと身体を揺らしている彼女は成宮杏先輩。したい部創設者であり部長。最も美しい死を追い求め年がら年中『死の体験』をしている変人だ。


「…う〜ん。やっぱりリスカをする人の心理が読めないなぁ。死ぬためにやってるんならちまちま手首なんて切らずにちゃちゃっと死んだ方がいいのに」


「痛みを感じる自分に『生きてる』って思えるからじゃないですか?」


模範的な回答をしてあげたけど、首を傾げる杏先輩。それもそうか、彼女は人が死ぬために生きていると思い込んでいるんだから。


「って、そんなことどうでもいいんですよ」


「は?今君『死の体験』をそんなこと呼ばわりした?パーで引っ叩いてグーで殴ってチョキでしばくよ?」


「フル暴力ジャンケンしてる場合じゃないですって。このままだとしたい部廃部の危機ですよ」


「あ〜知ってる知ってる。副学園長が言ってたヤツね」


「めちゃくちゃ楽観的に言ってますけど…事の重大さ分かってます?」


「分かってる分かってる。つまり副学園長を拷問なり洗脳なりして廃部云々を全部撤回させればいいんでしょ?」


「それは最終手段です」


「ああ最終とはいえ手段として考えてるんだ。一応法には触れてると思うんだけど」


案の定全く分かってない様子なので、かくかくしかじかで〜と全て説明する。ようやく現実を見た杏先輩は、おろおろとその場で右往左往をした。


「…え、それってぺきに詰んでる遺跡?マジぴえん味が深見沢なんですけど!ありえんてぃー!」


「テンパるとJK口調になるタイプ?」


「ヤバいヤバいヤバいって!なんとかしてよ大志くぅん!」


「ちょ、抱きついてこないでくださいよ!それを皆で考えようって話です!」


「お待たせ…って。どういう状況よ」


「大志?2人で何してたの?」


タイミング良く、残りの部員である沙良と黛先輩がやってくる。僕からパッと離れた杏先輩は、黛先輩に泣きついた。


「柚木ちゃぁん!副学園長の話聞いた!?」


「ああ、それね。私思った事あるんだけど」


「っ何か思いついたんですか!」


「体育館の舞台に演壇ってあるじゃない?あそこでお偉いさんが話をするわけだけど、あれって下半身は見えなくなってるでしょ」


「あーなんか嫌な予感してます僕」


「あそこでスカートパンツ全部脱いだらきっと気持ちいいわよね、きっと」


「舞台袖から見られちゃうんじゃない?」


「えぇそこでマジレスですか?」


「あ、たしかに。てへっ」


無表情でコツンと頭を叩く黛先輩。黛先輩は重度の露出癖を持っている。ただ『見られる事』ではなく『見られてしまいそうな事』に興奮を覚えるタイプなので、おおっぴろげにするわけではない。見えるか、見えないか…そのぎりぎりを攻めることに人生をかけている。……こんなこと説明させないでくれ。


「ともかくっ!会議を始めるよ!議題は『したい部廃部を回避するためには』!」


杏先輩の一言で、したい部部員が大きな円机を囲むように座る。僕とて、色々はあったけどやっぱりしたい部が無くなるのは嫌だ。


「あ、まず私からいいですか?1つ案があるんですけど」


最初に声を上げたのは沙良。優等生かつ完璧超人の彼女だ、きっと名案なのだろう。


「私たちって結構危機的状況に立たされてますよね。部員を集めなくちゃいけないのに、部活動強制参加、かけもち禁止のせいで『無所属の生徒』って条件を満たしている生徒がいない」


「時期が時期だから、もう皆部活に入ってるんだよね」


「でも、この状況を打破する方法が一つだけあるんです。転校生を用意するんですよ。で、その転校生にしたい部に入ってもらう」


確かにそれなら無所属の生徒が1人出来ることになる。けれど…


「そんな都合よく転校生ってくるもんなの?」


転校生って一大イベントにされるくらいにはレアリティが高い。学生生活で一度は遭遇するかどうか、くらいだと思う。


「うん大丈夫。パパに転校生を連れてくるようお願いしとくから」


「ストップ沙良。その案は無しだ」


あまりにも力技すぎる。沙良は日本を支える常盤財閥代表取締役の一人娘。さらに、彼女の父は娘を溺愛しているので、お願いしたら本当に転校生を用意できてしまう。僕と同年代くらいの学生1人を振り回してしまう。


「う〜ん…あたしも、したい部部員はきちんと死に魅力を感じてくれる子を探してるからなぁ」


「んな学生いないんで誰も入部してくれませんね」


「でもあんだけイヤイヤ言ってた大志くんは自分の意志で活動を続けてくれてるじゃん。意外と近くにそういう考えを持っているはずなんだよ」


「…あれ今僕論破された?」


活動を通じて僕の考えが変化したことは否定できないので、僕からは何も言えない。


「というか。私思ったんだけど」


「また露出関連の話ですか」


「私も真面目に考えているわよ。部活動数と生徒数を逆算して、少なく見積もっても70くらいの部活動は部員数5人未満よね」


「ほとんどは僕らと同じ状況ってことですね」


「よね。でも無所属部員はいない。…ってなると、引き抜きが活発に行われることになると思うんだけど」


確かに。部活動の変更は許可されている。ってなってくると、僕らに残された道は『他の部活動に所属している生徒の引き抜き』ってことになる。でもそれって…


「部活動同士の廃部を賭けた引き抜き合いが行われますね」


前提として、すでに部員数が足りている部活動は、サッカー部や野球部といったどこの高校にも普通にある部活動。そういう人たちって部活に青春を捧げてるわけだから、引き抜きは困難だと考えられる。ってなると、マイナーな部活から引き抜くのが得策だ。


部員数が満たない部活から引き抜く、ってことは、その部を廃部に追いやるということだ。もちろん、全部活が僕らみたいに「廃部を回避するぞ!」ってスタンスではない可能性はある。とりあえずてきとーに部に所属しておこう、部を創設しておこう、って人もいるはず。けれど、愛着ある部を簡単に捨てようとは思わないはずだ。


「えっと…ちなみに聞くんだけど、皆は引き抜かれたりしないよね?」


「私は杏と一緒ならどこへでも」


「私も大志と一緒ならどこへでも」


「…ってことは大志くんがキーパーソンになるんだけど」


「どうでしょう。ここより高待遇な部活があればそっちに行く可能性も–––」


「あ、沙良ちゃん。部の倉庫にアイアンメイデンがあるから大志くんぶち込んでおいて」


「行かない行かない僕は永久名誉したい部員ですって!当然のように拷問器具常備しないでくださいよ!」


「…あ、そっか。そうなんだ…」


「杏先輩ぃ!?なんでちょっと残念そうなの!?ぶちこみたいの!?」


僕はまだまだこの部を理解しきれていないみたいだ。


「ひとまず方針は定まったね。聞き込みをして、今の部に不満を持っている子を探す。適正があればしたい部に勧誘してみるって感じで」


「まぁ現状それしか手段ないですもんね」


「最悪大志くんみたいに無理矢理入部してもらえばいいんだけど」


「これ以上被害者を増やすのはやめてください」


革新的なアイデアは出なかった。僕らの地道で草の根を分けるような部員探しが始まったのであった。

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