ヤバい勧誘活動
翌日。早朝から僕と沙良は通学し、校舎へと続く並木道に並んで立っていた。部員の勧誘をするためだ。以前杏先輩が作成したパンフレットを、登校してきた生徒に片っ端から渡していく。興味をもってくれた生徒に部活移籍を打診する、って形かな。
部員全員で勧誘活動を…って流れのはずなんだけど、時間になっても先輩2人がこない。とりあえず始めとく?と沙良と話していると、ようやく買った僕のおにゅーのスマホが鳴った。杏先輩からのメッセージだ。
『おっはよー!君がこの文章を読んでいるということは、私は死んでしまったのでしょうwww(←ジョークね、ジョーク笑)えーっとねぇ、頑張って勧誘しようと思ったんだけど、布団から出られないや!てへっ!ぺろっ!てなわけで、寝起きで機嫌の悪い私はイライラしながらこの文を打っています!てめーらで勝手に頑張ってろ馬鹿がよ』
こわっ。情緒どうなってんだこの人。この文面で4つくらいの人格が出現してるぞ。ってそうじゃない。あんた部長だろ。来いよ。…あれ。まだメッセージ続いてる。
『P.S. ←このP.S.って古いよね(笑)』
どうでもいいわ。流石に許せない。電話をかけよう。1コール、2コール、3コールでようやく電話に出る杏先輩。
「杏先輩。何やってるんですか早く学校に–––」
『シネ』
……切られた。聞き間違いじゃなければ僕は最上級の暴言を吐かれたわけなんだけど。なんでこっちに100%の正義があるのに傷つかなくちゃいけないんだ。
「…沙良。杏先輩に電話かけて」
「うん、分かった」
せっかくだしこの気持ちを沙良にもお裾分けしよう。何の疑いもなく電話をかける沙良。
「あ、成宮先輩。おはようございます。えっと、勧誘は……あ、そうなんですか?……いえいえ、大丈夫です。……あはは、そんなに謝らないでくださいよ。……はい、こっちでやっておきますね」
「…杏先輩、なんて?」
「なんか朝限定で体調が悪いんだって。すごく申し訳なさそうにしてたし許してあげようよ」
「おかしい。僕の時と対応が1080度違うぞ」
あとで説教しておこう。とりあえず杏先輩は来る気がない。んじゃ、黛先輩は?次は黛先輩に電話をかける。彼女は1コールで出てくれた。
「黛先輩。勧誘の時間なんですけどまだ来ないんですか?」
『…薬師丸。こんな話は知ってる?』
「言い訳ですね。聞きましょう」
『早起きは三文の徳、なんてことわざがあるけど科学的には徳どころか害しかないことが証明されたのよ』
「話を飛躍させる。言い訳の常套句ですね」
『青年期である私たちに適した起床時間は9時。活動開始時間は11時とされている。おかしいわね。日本のどこを探しても登校時間が11時なんていう高校は1つもないわ』
「とりあえず来る気がないってことはわかったんでもう大丈夫ですよ」
『なぜそこまでして勉強しなければならないのか。それは日本が未だに時代遅れの学歴主義を謳っているから。学才が無くても活躍ができる事例はそこら中にあるにも関わらず、頭のかたいお偉いさんの耳には届いていない様子。そんな腐った日本は変えなければならない。私が総理大臣にでもなってこの世の中を変えたいところなのだけれど、未だにこの国は男女差別が厳しい、女の私が国のトップになることは不可能に近いわ。だから薬師丸。私の意思は貴方が継いで。あなたならできるわ』
「うおすごっ。でっかい耳くそ取れた。家宝にするレベル」
『それとあれよ。私全身が複雑骨折したのよ』
「全身が。複雑骨折」
『えぇ。地球に降り注ぐ隕石を止めようとしてね。両手でぐぬおおおってやってなんとか止められたんだけど、その結果–––』
うるさかったので電話を切った。よくもまぁポンポンと戯言が出るもんだ。
「てなわけで沙良。2人で頑張ろっか」
「うん。っふふ、もう楽しくなってきたね」
「スーパーポジティブだなぁ。…にしても」
–––DIY部です!あなたのお家の家具、ハンドメイドしませんか!
–––正座部です!私たちと一緒に正座に青春を捧げましょう!
–––電柱数え部です!日本に何本電柱があるのか気になりませんか!
「…どの部も考えることは一緒、かぁ」
並木道には部員を求め勧誘活動をする部で埋め尽くされていた。生徒がやってくると一斉に集まり、無理そうだと気づくと蜘蛛の巣を散らすように元の位置に戻る。本当に…争奪戦って感じだ。
–––ほっ、本当に!?本当にうちの部に来てくれる!?
–––あ、はい。ノリで今の部入ったんですけど、やっぱなんか違うなぁって感じで。退部しようかなぁと思ってたんで。
–––〜〜っありがとう!それじゃ早速移籍届を…あ、今所属してる部を聞いてもいい?
–––あ、YouTube投稿動画の1コメを取ろう部です。
–––うんうん、それじゃ、私たち漫画配信サイトの1コメを取ろう部に移籍って形で…
…だが。確かに効果はあるようで。先ほどからちょくちょく部員を獲得している部がある。やっぱり、部活動強制参加のため仕方なく何かしらの部に入っている生徒もいるようだ。狙い目はそこだろう。
「よしっ。僕たちもやるか。部の存続のために」
「だね。したい部でーす!『学園のためにやりたいことはしたい!』をモットーに人助けをしています!」
他の部に負けないように勧誘をする。ちなみに、したい部の本当の活動内容である『死の体験』はギリギリまで隠していく作戦だ。じゃないと部員が集まらない。
*
–––と、常盤さん!パンフレット1枚もらっていいですか?
「うん、ありがと〜。良かったら部室にも見学にきてね」
–––おぅふ…ぜ、絶対行きます!
–––常盤さん!よかったら勧誘活動お手伝いしましょうか?俺クラスのやつにパンフ配ってきますよ!
「あ、本当?助かるよ」
–––常盤さん!
–––あ、沙良ちゃーん!
–––どぅふっ、常盤沙良殿〜!
…ある程度予想できたことではあるんだけど。沙良の周りには人だかりができている。そりゃ、学園トップクラスの美女とお話しできる機会があれば積極的に動くよなぁ、うんうん。
…に対し、僕は。
「あっ、あの…したい部に…」
–––は?話しかけないでくれない?見て分からないかな、こっちは忙しいんだけど。おまわりさーん!この人が私の時間を奪ってきます!時間泥棒でーす!
「…あ、よければしたい部に…」
–––口くさっ。公害レベルだろお前。息吹きかけたらその辺の草木腐りそう。おまわりさーん!この人大気汚染防止法に違反してまーす!
「…し、したい部に…」
–––本当にお願いだから死んでくれ。
言い過ぎだろどいつもこいつも。僕が何したって言うんだ。んで多分僕口臭いわ。中山先生にも言われたし。
とまぁ、こんな具合に。話しかけた分だけ警察を呼ばれる始末。早々にメンタルをやられ、木陰で膝を抱えて泣いた。
「…よし。私の分のパンフレットははけたかな。大志の分も配ってくるね」
「あ、ありがとう。あの沙良…僕って口臭いかな?」
「………さぁて、もうひと頑張りだ!」
「やめてよ!せめて肯定か否定かはしてよ!話逸らされるとより一層ガチっぽくなるだろ!」
僕から逃げるように勧誘活動を再開し、すぐさま人の輪を作る沙良。僕が悪いのか、沙良が出来すぎてるのか。…両方かな。…僕の何が悪いんだろう。
……はぁ。とんでもないくらい自己肯定感が低下してる。もう少しだけここで泣いておこう。
「ねぇ、ちょっと」
「ああはい。ウジムシ大志です。何か御用でしょうか」
「…う、ウジムシ?珍しい苗字ね」
体操座りをして丸くなっていると、1人の女の子に話しかけられた。……これでまた警察呼ばれたりしないだろうか。なんでアンタみたいなのが生きてんの?おまわりさーん!社会に何も貢献しないのにのうのうと生きていけると思い込んでいる世界の穀潰しがいまーす!みたいな…
「ウジムシ。1枚パンフレットもらっていい?」
「えっ、いいんですか僕ので。僕が触ってるんで何か汚いし多分何かの菌に感染してますよ」
「こわっ。どんな菌よ」
「軽く死ぬ奴っす」
「軽く死ぬ!?」
あぁ…なんか…人と会話しただけで感動するなんて。先ほどとは違う涙が出てきそうだ。恐る恐る、僕に話しかけてくれた心優しい女の子を見上げてみる。
身長は小さめ。中学生と間違えてしまいそうだ。桃色の髪はツインテールで縛られており、八重歯が顔を覗かせている。真っ赤な瞳は彼女に強気な印象を持たせている。…っと、あんま見るとまた視姦されてまーすとか言われそうだな。これくらいにしとこう。
「ってそんなわけないでしょ。パンフ、1枚もらうわよ?」
「あぁはい。アルコールで消毒しときますね」
「まだ言ってる…ってほんとにやる馬鹿がどこにいんのよ!あーもうパンフビチャビチャになっちゃったじゃない!」
ぷりぷりとした様子で僕の元を去っていく彼女。…なぜ沙良の方に行かず僕の方に来たんだろう?同性だし沙良の方が話しかけやすいと思うんだけど。
…って待てよ?なぁんだ!僕もパンフレット配れるじゃん!それも異性の子相手に!急に自己肯定感高まってきた!きっと今までの人たちがたまたま僕のことを異常に嫌ってただけなんだろう!
沙良ばかりに任せてられない!僕も積極的に配っていくぞ!
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