ヤバい部活動紹介
「…で、結局大志くんは1枚しかパンフレットを配れずにのこのこ部室にやってきたと」
「使えないわね」
「来てもいないアンタらに言われたくないわ!」
見事なまでの撃沈。あの後必死にパンフレットを配ろうとしたんだけど…どうやら本当にたまたま、通学する全生徒が僕のことを嫌っていたようで。暴言につぐ暴言、さらにまた暴言を受け、僕は盛大にノックアウトしてしまったわけである。
「……はぁ。肉体的苦痛は沙良のおかげで耐性がついてるけど、精神的苦痛はまだキツイよなぁ」
「えへへ」
「沙良。褒めてないよ」
「うん。わかってるよ?」
「じゃあなんで嬉しそうな顔をしたの!?」
結局、パンフはほぼ全て沙良が配り切った。どうせならたくさん刷っておこうと200枚くらい用意したんだけど、まさか1日で全部配り切るとは。げに恐ろしきや沙良のカリスマ性…
「で、どうするんですかこの後は。認知度だけ高まっても入ってくれる子がいなくちゃ意味がないですよ」
「むっふふ〜ん。その辺については私も対策してるよ。ほら、パンフのここ見てみて」
「えぇっと…『毎日部活動紹介実施中!』これってつまり…」
「うん!少しでも興味を持ってくれた子向けに見学をしてもらおうとね!」
「へぇ…」
「あ、今『杏先輩にしては賢い作戦だ』って思った?」
「はい」
「即答なんだ」
杏先輩にしては賢い作戦だ(強調)。まずは存在を知ってもらい、そして活動内容を知ってもらう。だから早めに部室に集まって掃除をしようなんて言い出したのか。
……まぁ主に掃除してたのは僕だけなんだけど。杏先輩は椅子にふんぞり返って指示を出してくるし、黛先輩は床を掃除するフリをしてこっちに秘部を見せてこようとしてたから戦力外通告を出したし、沙良は「頑張ってる大志を見るのが好きだから」って逃げやがったし。
「…噂をすれば、ね」
コンコン、と扉がノックされる。沙良が開けると、奥から男子生徒が大量に入ってきた。
–––うお、ガチで常盤さんいるじゃん!
–––おいおい、あっちは成宮先輩!?
–––向こうの赤髪の人も顔面偏差値高いぞ…!
大半が沙良目的なんだろうけど、副産物というにはレベルが高すぎる杏先輩、黛先輩をみてざわざわとどよめく生徒たち。全員が男子生徒だ、驚くほどに…ってわけでもないか、朝の勧誘活動を鑑みると。
「うぇるかむ見学者たち!全員入って入って、部室は広いからね〜!」
ぞろぞろと20人近くの生徒が部室内へ。一気に賑やかになったな。このまま部活動紹介って流れに……ってちょっと待て。
部活動を紹介するってことは…『死の体験』も紹介するということだ。パンフレットには『やりたいことはしたい』と嘘はついてない理論でゴリ押してるけど…沙良目的で集まった彼らが死の体験をみてなお部に入ろうとは思わないはず。
……それに。沙良目的ってなってくると僕も黙ってはいられないんだけど…い、一応幼馴染なんだから。
「えぇっと、まずは部室の設備を紹介するべきだね」
僕の心配など知る由もなく、話を進めてしまう杏先輩。本当に大丈夫なのか…?
「部室内はクーラー完備!あたしは夏の時期は部活をするというか涼みに部室に来ているよ!」
部室内が笑いに包まれる。杏先輩は人の心を掴むのが上手い。見てくれは可愛い女の子だし、初対面でもグイグイいけるくらいコミュ力がある。こういう役なんかはぴったりだ。その間に黛先輩が冷蔵庫のジュースを取り出し、人数分の紙コップに注ぎ注いでいく
「これは薬師丸の分ね」
「あ、ありがとうございます」
僕にもコップを渡してくれる黛先輩。とりあえず僕は部員としてここに立っとけばいいのかな。手持ち無沙汰になりジュースを飲もうとして…慌てて口を遠ざける。
「ちょ、ちょっと黛先輩。なんで僕のだけ血糊が入ってるんですか」
「??好きなんじゃないの?いつも口にしてるじゃない」
「口にしてるというか口に入れられてるというか…。よく見てくださいこれ。飲み物の色してないじゃないですか」
「今あなたはすべてのトマトジュースファンを敵に回したわ。夜道の一人歩きには気をつけなさい」
「…はぁ」
「後ろには気を配りなさいよ。おそらく私が居るから」
「ああトマトジュースファンだこの人」
…いや確かに色にてるけどさ。めちゃくちゃデジャヴを感じるな、このやりとり。
「とにかく、持つだけ持っときなさい。」
「え、ちょっと…」
僕に無理やり紙コップを押し付ける黛先輩普通にいらない。そんなやりとりをしているうちにも杏先輩の説明は続く。
「パンフレットにも書いてあったと思うけど、私たちのモットーは『学園のためにやりたいことはしたい!』。生徒の相談や先生の雑用なんかをはじめとする奉仕活動をしたり、部員のやりたいこと、つまりしたい事を叶えるために、部室にはゲームや漫画を完備!最新刊や最新作もしっかりと購入してるよ!部室内はやることさえやってくれれば基本自由!ソファで寝るのもよし!部員同士楽しくお話しするのもよし!自分が一番楽しいと思う過ごし方をしてね!」
どうやら『死の体験』という活動内容を隠しつつ、部活の紹介をするようだ。確かにそれさえ説明しなければ学生にとって理想的な環境だし、入部させてしまえばこっちのもんだ。とにかく部員が欲しい今にぴったりの作戦だろう。…でも、死に魅力を感じる生徒を求めてるんじゃないのか?このやり方だと、入部後に大変なことになりそうだ。折角入部してもらっても、死の体験を目の当たりにして逃げちゃったり。
…それとも、もう完全にボランティア部に切り替えるか。…いや、杏先輩がそんな選択をするわけがないか。
「ね、ねぇ沙良。ちゃんと真実を話した方がいいんじゃないかな」
「うん。もう少し待ってね」
この中だと相対的にまとも枠(というか一部を除けばかなりまともなんだけど)入る沙良に相談してみるのだが…返ってきたのは具体性のないセリフ。このやり方は違う気がすると思ってるのは僕だけだろうか。
–––質問でーす。常盤先輩とデートしたいっていうのもアリですか?やりたいことはしたい、ですもんね?
「…っあはは。入部してくれたら考えてあげてもいいかな?」
ワァーッと湧く男子生徒たち。そして沙良は僕を振り返り「違う、本当に違うからね」と目で訴えてきた。沙良の僕への愛は僕が1番分かってるから、本当にデートをすることはないと分かってるけど…彼の発言が癪に触る。本当にただ、沙良目的できただけじゃないか。こっちは全力で『死』に触れ合おうとしてるのに、生半可な覚悟で入部してほしくない。
……あぁ。なんか僕の思考がどんどん杏先輩に寄ってきてるなぁ。
セクハラまがいの発言を沙良が堪えたのだから僕がキレて台無しにするわけには行けない。グッと抑える。そうとも知らず男子生徒たちは俺は常盤先輩派だとか断然成宮先輩派だ、赤髪の先輩こそ至高だとかしょうもないことを言い合う。…流石にちょっと釘を刺しておくか。
「はーいはい、みんな一旦黙ってくださ–––」
–––お前が黙れよ。
–––会話に入ってくんな。
–––全員でボコすぞ。
…っこわい!人が怖いよ…!
「はーいはい、私も沙良ちゃんも、こっちの柚木ちゃんも可愛いのは知ってるから落ち着いてね?んで大志くんがブサイクなことも知ってるから怒りをおさえて」
「僕に味方はいないのか」
「大丈夫大志。私は大志の味方だよ」
「うん沙良。本当に胸に響くんだけどこの場で言っちゃうと…」
–––何常盤さんと話してんだお前。
–––あーヤバい。心の底から殺したい。
–––全員でボコすのは無しだ。俺がお前をボコボコにする。他のやつにやらせてたまるか。
「ほら、めちゃくちゃ殺気立つから」
平然と武器を取り出す彼ら。今にも僕にとびかかろう、というタイミングで、杏先輩がパンパンと手を叩いた。
「はいはい、大志くんをボコすのは後にして」
「後でボコされるくらいなら今ボコされたいですけどね」
「なるほど?大志くんは嫌いなものから先に食べるタイプだね」
「確定で嫌なことが起きるなら先に済ませておきたいだけですよ」
「ふ〜ん。大志くんとこれ以上喋ってると脳が腐りそうだし話広げてあげるのはこの辺にしとくか」
「あんま言うなよ、マジで」
人はメンタルをやられ続けると敬語を使う余裕がなくなるらしい。…今日の杏先輩は一段と手厳しい。けれど…それはおそらく、男子生徒の矛先が僕に向けられるのを避けるためだと思う。沙良同様、僕が杏先輩と話しているとまたもや男子生徒が殺気立つ。だから、あえて僕を落としに落とすことで「杏先輩は僕が気に入らない」から毒を吐いてくる、と捉えるようになる。男子生徒の溜飲も下がるということだ。
…まぁ、杏先輩の本心は分からないけど。そういうことにしておかないと僕は精神が崩壊してその場で全裸になって逆立ちで校歌を歌ってしまうだろう。現に今ズボンのチャックに手が伸びているから。
「で、話を戻すけど…今日のうちに入部してくれるって子はいるかな?」
見事に全員が挙手をする。かなり腑に落ちないがこれで部員は20人超。廃部は回避できそうだ。
「んじゃ、入部届け配って行くからクラスと名前だけ書いてくれる?顧問の森田先生に届けて受理されたら晴れてみんなもしたい部員!ようこそしたい部へ!」
杏先輩が入部届けを取り出し1人ずつ手渡していく。…本当にこれでいいのだろうか。いくら部員が必要とはいえ…こんな下心丸出しのやつらが入部してくるのはなんか…
「ゲホッゴホッ。あー、ごめんごめん。喉の調子が悪くてね」
突然咳をしだす杏先輩。同じように黛先輩も咳き込む。どうしたんだろう?
「大丈夫で…」
心配になり駆け寄ろうとするも杏先輩が僕にしか見えないようにウインクをしてくる。…いやなんの合図か分かんないんですけど。そんな以心伝心的な合図出されても困る。
「ガホォッ!…ゲフッ!」
「どうしたんですか?」
咳の止まらない黛先輩に駆け寄る1人の男子生徒。そのまま黛先輩の背中をさする。
「あんまり無理しない…うぇ?」
男子生徒の腑抜けた声。途端に男子生徒たちの悲鳴が響き渡る。
「せ、先輩!?血が…。」
ポタ、ポタと口元を押さえた手からこぼれ落ちるほどの血が。ここで僕は全てを悟る。活動が始まった、と。
そんなことはつゆ知らず、男子生徒たちは見るからにパニックになっている様子。
「ごめ"ん…大丈夫だがら…」
「ぜ、全然大丈夫に見えないっすよ!」
黛先輩がごばぁと血を噴きだし倒れる。倒れゆく最中に向けられた視線は僕の手元。…あぁ、そういうことか。僕は黛先輩のところに駆け寄る。
「大丈夫ですかっ!?…誰でもいいから救急車を!」
しかし部室内は阿鼻叫喚。おまけと言わんばかりに沙良も血を噴き出して倒れ、誰も僕の声など耳に届いていない。
「みんな!いったん落ち着いてください!大丈夫ですから!」
ブンブンと両手を振り注目を集める。少し冷静になったのか荒い息ながら落ち着こうとする男子生徒。
「…ありがとうございます。何が原因でこうなってるかわからない以上、あまり動かない方がいいです。とにかく落ち着いてっ!?」
バッと口元を押さえるフリをして紙コップの血糊を口に含む。このために黛先輩は僕に渡したのだろう。
「ガバァッ!?」
大量に血糊を噴きだし倒れる。口をすぼめながら放出すると広範囲に出せるよ。みんなも血糊を噴く時は意識してやってみよう!
僕が死んだことにより先程よりもパニック状態に陥る部室。…僕が性格悪いのかもしれないけど、その様子を見て少しだけスッキリした。
最後は杏先輩だ。なんとか生き残ってるようだがもう虫の息。コヒュー、コヒューとおかしな呼吸になっている。這いつくばりながら匍匐前進の要領で少しずつ進んでいき、先程沙良をデートに誘おうとした男子生徒の胸元にすがりよる。
「…たずっ…たずげで…」
そのまま天井に血を噴き出す。もはや美しい。すがられた男子生徒が顔を真っ青にしながら逃げ出す。それに続くように男子生徒が我先にと逃げ、最後にはすべての生徒がいなくなってしまった。
「したい部に入れるのは死ぬ覚悟があるやつだけだ…。何これかっこよくない!?」
「肝っ玉の小さいやつらね。目の前で人が3、4人死んでも冷静でいなさいよ」
「いや冷徹すぎでしょ。絶対殺し屋ですよそいつ」
「…ふぅ。うまくいきましたね」
少しして、むくり、としたい部員が起き上がる。
「と、いうわけで今回は『大量の部員を獲得したしたい部に嫉妬した廃部寸前の他の部活動からしたい部のみに効く毒を仕込まれ死』を体験してもらいました!いやー、久々に死を初めて見る人の前で体験させてもらえたよ!今回は沙良ちゃんに感謝だね!ご苦労ご苦労!」
口周りと制服を真っ赤に染めた杏先輩が満面の笑みで言う。僕の読みどおり、やはり先輩は新入部員候補を利用し死の体験をしたかったのだ。
「…というかいいんですか?折角の新入部員獲得のチャンスだったのに。彼らもう来てくれませんよ」
「う〜ん…1人くらいは耐性のある子がいると思ったんだけどなぁ」
「いるわけないでしょ。期待しすぎです」
「いずれにせよ、死の体験に関しては知られることになってたし。時間の問題よ」
「…それよりもですよ。したい部の異常性、結構な人数に知れ渡っちゃいましたけど」
部の真の活動内容は秘匿されている。僕も入部当初は耳にタコができるくらい言い聞かされた…言ったら僕が気狂ったやつだと思われるしよっぽど言うつもりはないけど。
「大丈夫大丈夫。結構なトラウマは植え付けといたから人には話さないよ」
「悪役みたいなセリフ」
まぁそもそも僕らケロッとしてるし。常盤さんと成宮先輩が死んでたんだ!な〜んて言い広めても、平然と生きてるんだから、むしろ言いふらした彼の方が立場が悪くなるだろうし。
…ってか、今ので今日一日の勧誘活動が全てパーになったんだけど。またスタート地点に戻ったんだけど。
「したい部の異常性がネックになってきましたね。設備や部員は完璧で超魅力的なのはいいんですけど、肝心の活動内容が万人受けしないんじゃ集まりませんよ」
「だね。一流カレー味のうんこを食べてって言ってるようなもんだし」
「多分その例えは違うし死の体験をうんこ呼ばわりしてます」
「まぁ死体にはうんこと同じくらいハエがたかるしね」
「……え?もしかして上手いこと言ったと思ってます?」
ドヤ顔の杏先輩を尻目に、血糊だらけになった部室の掃除を始める。…相変わらず、誰も手伝ってくれないなぁ。
とりあえず、明日以降も勧誘活動。友人も誘ってみたりしよう。ということで話はまとまった。……これはこれで不安になってきたな。
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