ヤバい幼馴染
「いつ私と結婚してくれるの?」
う〜ん??おっとぉ???
どうしちゃったんだ沙良。急に話が飛んだぞ?where is 話の脈絡!?い、いや僕の聞き間違いかもしれない。私とcake onしてくれるのって言ったんだろう!急に英語の授業始まったよこらーっつってね!
「いつ、私と、結婚、して、くれるの?」
あぁ、聞こえてないのかと文節で切って言ってくれた。すごく分かりやすいと同時に僕の聞き間違えでは無かったみたいだ。
………………さて。
「どうだろうねぇ」
「今、答えて。私は今聞きたいの」
「僕は今答えたくないかな。困った、意見がわかれてしまった」
「そう…いじわる」
HAHAHAとアメリカンなノリで陽気に笑ったところ、凍えるような声で沙良が立ち上がり、背後から僕の首に手を回して抱きついてくる。彼女の体温を文字通り肌で感じ、女の子の甘い香りが僕の鼻腔をくすぐるもんだから、またもや身体がびくりとはねる。その拍子に美空がてんてんと僕の手を離れ、グラウンド内に入ってしまう。
部員がすっ転んで怪我しないようすぐさま回収しないといけないんだけど、僕の脳と全ての神経は後ろにいる彼女に夢中になって動く事ができなかった。沙良がさらに身体を密着させ、形のいい唇を僕の耳に寄せてくる。
ダメだよ、沙良…!僕の言い方が悪かったかもしれないけど、そんな力業で…
公衆の面前、僕らの学舎でこんな不埒な…不埒な…!
「いつ、私と結婚してくれるの?言わないと…分かるよね?」
パチン、と僕の首元でバタフライナイフが開かれた。死角であるというのになぜバタフライナイフだと分かったかというと、僕はこの状況にデジャヴを…というか、毎日のようにこうしてナイフを突きつけられているからである。ナイフはそのまま僕の首筋に当てられて、鋭利なそれが僕の皮膚を破ろうとする感覚、金属の冷えた感触に対して生温かい沙良の吐息は僕を心底震え上がらせるには充分で。人にナイフを当てるなんて、沙良は本当に不埒(意味:道理に外れた不届き者)だね。
「こらこら、当たってる。当たってるよ沙良」
「ふふ、当ててるの」
「え、えぇーー!?そ、それってぇ!?」
素っ頓狂な声をあげる僕。側から見れば僕は背後から女の子である沙良に抱かれている。そんな状況で『当たっている』なんて言ったら『まさか胸が…!?』と邪推されてしまうかもしれないが、僕の言う当たっているはナイフが首に当たっているという意味で沙良の言う当てているもナイフを当てているという意味だ。なんたって僕たちは幼馴染、以心伝心の関係だから彼女が何を言っているのか手にとるように分かるのさっ。
というか、そもそも沙良には当てるだけの胸が……
「あっ…さらっ…首っ…締めっ…」
「もう。今変なこと考えてたでしょ?」
きっと背後では沙良が可愛らしく頬を膨らませているんだろうけど、僕にそれを見る余裕がないというかそんな状況じゃない。視界が遠のきはじめ、最後の力を振り絞り沙良の手を素早くタップすると仕方ないなぁと呟き少しだけ緩めてくれた。
あの、まだ苦しいです。嗚咽さえさせてくれない力加減。なんだろうこの発言の可愛さに対する行動のえげつなさ。クソほど無邪気な笑顔でアリを踏み潰す小学生と似た何かを感じる。
「それで。いつ結婚してくれるの?」
「その件に関しては持ち帰って検討しようと熟考する方面で…」
「持ち帰らないで、検討しないで、熟考しないで。…大志が言ってくれたんだよ?僕と結婚しようって。男に二言はない、が大志の座右の銘だよね?」
「いや、僕の座右の銘は男に二言はない。けど三言はあるかもなぁ、だよ。それとその結婚しよう発言は僕たちが小学生でまだ結婚の重さが分かっていない頃の話だ」
小学生の頃、公園のブランコで僕は沙良に求婚した…らしい。正直、僕としてはあまり覚えてないのだけど、沙良が事細かにその時の状況を説明してくるから鮮明にその光景が思い浮かんでくる。
ただ、ほら、小さい頃って割と躊躇いなく異性に好きとか結婚しようとか言っちゃうじゃん?僕の親戚は5歳にして保育園で異性とカーテンの裏に隠れながらベロチューしたらしいし。距離感がバグってるんだよあの頃の僕たちは。だから僕のこれも若気の至りみたいなもので、発言自体を忘れていてもおかしくないし、覚えていたとしても笑い話で済ますはずなんだけど…どうやら沙良はばっちりと覚えていて、さらには本気にしてしまったらしい。
さて、ここからどうしようか。とりあえず少しでも時間を稼ぐか…?
「け、結婚結婚言うけどさ。…一応参考までに、沙良は僕とどんな結婚生活を送りたいの?」
明らかにナイフが僕の首…頸動脈に照準を捉えていたから、何か言わなければと咄嗟に出た質問だったけど、言ってから後悔した。沙良がくぐもるように笑いながらするりと首を伸ばして僕の頬に自身の頬を寄せ、愛くるしくて愛くるしくてたまらないというようにゆっくり、ゆっくりとすり寄せ、そして–––
「ただ、大志と一緒にいたい。夜眠る時も朝起きる時も、お出かけする時もお風呂もトイレ中もずっとずっとずっと四六時中一緒にいたい。あなたが大事だから、大志が一人でどこかに行くって言うなら、アキレス腱を切ってでも止める。腱ってね、一度切っちゃうと2度と元には戻らないんだって。歩けなくなっちゃうんだ。でも大丈夫、大志には私がいるから。私が抱っこして運んであげる。あぁでも、私女の子だから男の子の大志を運べるか不安だなぁ…あぁ!大志の足を腿の辺りから切り落としちゃえばいいか!どちらにせよ歩けなくなるのならなるべく大志を軽くした方がいいよね!…いやダメダメダメ。大志のために尽くすって決めたんだから、私が楽をしようとしちゃダメだよね。今からもっともっと身体を鍛えておこうね。全部ぜーんぶ私が、私だけが大志をお世話してあげるからね?それと、私は大志だけを見てるから、大志も私だけを見てほしい。他の女は見ないでほしい。でも、大志も男の子だからね。魔がさしちゃうこともあるかなって。だから別に怒ったりはしないけれど…私以外を見ちゃう悪い目はくりぬいちゃってもいいと思うんだ、えへへ。あぁ安心して、くり抜いた目はホルマリン漬けにして私だけを見られるように離さず持っておくから。夜眠る時も枕元に置いて、大志に見守られながら…って、それじゃあ緊張して寝られないか、ふふっ。目も無い歩けもしない大志。でも、何がどうなっても、私はあなたを愛している。もし私が記憶喪失になって全ての記憶を失っても大志だけは覚えてるって断言できる。それで、っふふ、私と大志の愛を悪意を持って引き裂こうとする奴は…誰であれ許せないし、許さない。簡単にいうと息の根を止めるって事だよ、分かるかなぁ?私と大志が離れ離れにならないと世界が終わるって言われても、私は人類全てを犠牲にしてもあなたに添い遂げる。私は世界を敵にする。それだけの覚悟が私にはあるんだ。貴方の魅力は貴方の存在そのもの。貴方のつま先から頭の先っぽまで、ううん、貴方の立つこの大地から貴方の吐く息まで全部全部ぜーんぶ、大好きです」
「ははっ!ははっ………」
教科書の朗読をするように淡々と、それでいて所々熱の入る言い草にひきつった笑いしか出てこない。『どんな結婚生活を送りたい?』という質問に紆余曲折を経て『あなたが大好きです』で締めくくるあたり沙良は国語が苦手なようだ。『子供は何人欲しくてね〜』なんて可愛らしい返答が来るとほんの少しだけ期待していたのだが、宝くじで5000兆円当ててしまうくらいあり得ないだろう。
ふむ。僕自身急展開すぎて混乱してしまったため、一度常盤沙良という人物についてまとめよう。
こほん、端的に言うと沙良は僕の事が好きだ。それも大大大だいだい(以下省略)好きだ。具体的に言うと、小学生の頃の僕の発言を高校2年生にもなって信じて、毎日求婚してくるくらい、高校受験でわざわざ僕の学力にレベルを合わせてこの学園に入学するくらい、僕を追ってサッカー部のマネージャーになるくらい、僕と結ばれるためには手段を選ばないくらい、僕が他の女の子と遊ぼうとすると拉致監禁して阻止するくらい僕の事が好きだ。…前半から後半への愛の重さの変貌を見ていただければ、彼女がどんな女の子かは察していただけるだろう。
ともあれ。彼女の歪な愛を正すのは幼馴染であり、彼女をこうしてしまった僕の仕事。なんとか説得してせめて求婚は控えて欲しいのだが…
「そもそも結婚っていうけど、まだ僕はその年齢に達してないわけで」
「だから今、私と結婚するっていう言質が欲しい。大志が18歳になるまで一緒に暮らして、新婚生活の予行練習をしておいて、18歳になったその時に結婚するの」
一緒に暮らす(監禁)。物は言いようである。どうやら考えを変える気はさらさらない様子。沙良だけにさらさらないってね(爆笑満点大笑い)!
「いや、流石に時期尚早だよ。僕が手に職つけていない状態で…」
「大丈夫。パパが大志を雇ってくれるから。パパも歓迎してるって」
「くっ…」
何より厄介なのが、彼女の父親も愛娘と僕との結婚に肯定的であるという事。日本で知らない人はいないあの常盤財閥代表取締役の、可愛い可愛い1人娘。沙良が望むことならなんでもやるのが彼女の父だ。この前会った時、『いつお義父さんと呼んでくれるんだい?』とウキウキしながら言われた。だから僕は彼を名前+さん付けで呼ぶようにしたんだけど『ふむ…それはそれでアリだな』と満足げに頷かれてしまったのですでに逃げ場がない。
彼女の父が雇ってくれるということは、僕は常盤財閥の一員という全国の意識の高い就活生の目標を何の苦労もなく達成できてしまうわけだけど…沙良の狂気っぷりはそれを差し引いても余りある、というかその利点を殺しきっている。
誤解がないよう言っておくが、沙良は平常時は完璧超人だ。模試では学年はもちろん全国でも一位を取っているし、日焼けを知らない真っ白な肌、背中まで伸ばされた絹のような黒髪、宝石のような紫紺の瞳、愛嬌しかない笑顔は男子の目を釘付けにする。学級委員長も務めており、行事には全力で取り組み、クラスのカーストトップの人から休み時間に突っ伏せて時間を潰すような人まで分け隔てなく接する事ができる、教師からも生徒からも信頼の厚い稀有な存在。才色兼備が服を着て歩いているようなものだ。ただ一つ、唯一欠点を挙げるとするならば僕を病的なまでに愛している事だ。
「…それが無ければ本当に可愛いんだけどなぁ」
いやまぁ、見方によっては僕には勿体無いくらいの女の子である沙良に好かれてるのだからそれだけで幸せなのかもしれないけど…その辺りは…うん、僕にも色々あるのだ。
「え?なんか言った?」
「いや?沙良は可愛いなってさ」
「えっ!?もう大志ったら!!」
「いだいいだいいだい!当たってる!当たってるよ沙良!」
「当ててるの!今日だけのサービスだからね!」
「胸じゃなくてナイフの方!!というか胸はもう当たってるもんだと…あっ…さらっ…首っ…締めっ…」
「人のコンプレックスをイジるのは良くないよね」
「ちがっ…胸の大きさは十人十色っ…それもまた個性だからっ…」
「そっか、そうだよね。私が気にしすぎてるだけかな」
「そうそう!ただ僕は大きい方が好きってだけあ死ぬ死ぬ死ぬ…こぽぽぽぽ…」
慣れとは恐ろしいもので、朝昼晩毎日のようにこうして生殺与奪の権を握られると軽口の一つくらい平然と叩けてしまう。処世術みたいなものだ、そうでもしてないと自分を保てない。冷や汗は止まらないんだけどね。
とはいえその軽口によって僕は物理的に傷ついており、鋭い痛みを感じなんとか首筋に手を触れるとナイフによる血が出ていた。ムッとしつつその手を沙良に見せつけるとようやくロックを解放してテキパキと救急箱から絆創膏を取り出してくれる。
「え、なんか凄いマネージャーっぽい」
「正真正銘マネージャーです。でも、この救急箱は大志専用だよ。膝小僧を擦りむいちゃった大志と全身が血まみれで今にも死にそうな人がいたら私は迷わず大志を選ぶから。大志が怪我をしたらすぐに駆けつけるからね」
「嬉しいなぁ、せめて救急車は呼んであげてほしいけど」
「え?擦りむいたくらいで救急車なんてそんな…」
「血みどろの人のためにね!?もっと僕以外の人に興味を持とう!」
助けが必要な人を無視したらなんか罪に問われるんじゃなかったっけ?あの沙良がその事を知らないとは思えないから…それでも尚僕を助けようとするのか。もうね、嬉しいより先に怖いが勝つよ?
「ところで、僕の怪我の9割が沙良によるものって気づいてる?」
「またまた、ご冗談を」
「うん。僕も冗談であって欲しいよ。これじゃ命がいくつあっても足りないや」
「大丈夫だよ。人間って案外頑丈なんだよ?」
「そういう事を言いたいんじゃないんだけどな」
頑丈だからって何をしてもいいと思うなよ。
「いや本当に。例えば…人間って体内の血の30%を失わない限り失血死する事はないんだって。30%だよ、30%。ほぼ三分の一。だから大志が他の女と遊んだりしてお仕置きが必要になった場合、失血量を29%までに留めておけば死ぬ事はないよね。この説を立証させるために実験しなくちゃ」
「またまた、ご冗談を」
「……?」
「なんて純粋無垢な目をしやがる!」
僕の首元には絆創膏が貼られ、これで良し、と言うように沙良がポンとそこを触れる。とりあえずの措置はすんだみたいだけど、沙良はそのまま流れで傷口をぐりぐりと押してきた。普通に馬鹿だと思う、あんまり女の子にこういう事言いたくないけどさ。
とはいえ、いつぞやは山奥に連れ去られ沙良の望む答えを出すまで軟禁されたり、明らかヤバめの色をした薬を飲まされそうになった事もあるので、今日の沙良は大分優しいようだ。今日のように彼女が喜ぶ事を言って上機嫌をキープさせたまま『いつ結婚するのイベント』まで持っていくのが得策とみた。最近の僕の趣味はこのイベントの効率化、最適化、そして怪我率を下げることだ。ゲームかよって思われちゃうかもしれないけど、そうした心持ちでいないと心がやられる。それにこういったことを考えなきゃ普通に死ねるからね。
「さて、気を取り直して」
「待って。僕は気を取り直せていないよ」
「それを決めるのは立場が上である私だと思うんだ」
「横暴の化身かな?こうも短時間で何回も脅されちゃたまったもんじゃないよ」
「脅迫じゃないよ。お願いだよ」
「それを決めるのは受け手である僕だと思うんだ」
「…ふふ、変なこと言うんだね」
「正論で殴られると適当言ってゴリ押そうとする癖やめた方がいいよ」
「私のことはなんでも知ってるんだね。嬉しい」
「うん、額縁に入れて飾っておきたいくらい、恥じらいが見て取れる微笑ましい笑顔だ。けどこっちにナイフを向けてるせいでギリで恐怖が勝つ」
と、ここで部活の終わりを告げるチャイム…僕にとって救いを告げるベルが鳴り、部員が片付けやグラウンド整備に入るため散り散りに。当然、僕たちの方に視線を向ける部員もいるわけだが…同時にすくっと沙良が立ち上がり「ほら、なにしてるの?呆けちゃって、変な大志」と何事も無かったように手を差し伸ばしてくる。…小狡い。こうして周りに気づかれないように凶行に及ぶのだ。それか、3秒前まで自分が何してたかみたいな記憶が無くなってるか。
どちらにせよ、一旦は窮地を乗り越えただろうとほっとしながら沙良の手を取ると凄まじい勢いで引っ張られ、彼女の顔が目と鼻の先に。唇を突き出せばキスができそうだ。相変わらず、整った顔立ちをしているなぁ。
「時間切れ、か。続きは夜、大志の部屋でね?」
「凄く魅力的な提案に聞こえちゃうな。とりあえず僕は家の全ての扉の施錠をするよ」
「大丈夫。お義母さんに入れてもらうから」
「確かに僕の母さんは沙良と仲がいいからすんなりと入れてもらえるだろうね。はは、詰んだなこりゃ」
沙良の外堀を埋める能力は凄まじい。銀も金も飛車もすでに沙良の手中にあり、残りは王である僕だけだ。
2人でふふふと笑い合う。僕は誇張抜きで泣き出しそうな笑いだけどね。そんな僕たちをみて、部員の僕を睨む目が一層鋭くなる。沙良は全男子生徒の憧れの存在だが、なぜそんな彼女が補欠以下の雑用係の僕と…?って感じなんだろうけど。僕ら、一応小さい頃からの付き合いだし、雰囲気だけはいいからなぁ、雰囲気だけは。
ただでさえボール磨き要員という、いてもいなくても変わらない僕が、学園のマドンナである沙良と仲睦まじげに話してるとなると部員の皆の僕に対する評価は地についていることだろう。この前なんてなにもしてないのにサッカー部キャプテンである辻くんに「調子に乗るなよ」と吐き捨てられたもん。沙良の話だと、彼はよく沙良をデートに誘ってる(全て断ってるが)らしいので、まぁ嫉妬みたいなものなのかな。
いたたた、首元の傷がじくじくと痛み始めた。沙良と会うたびに傷が増えている気がする。はぁ……よーし!もう耐えられないぞぉ!!
学園生活を充実なんてさせなくていい。僕にとってはたいそれた要望だと言うことはこれでもかってくらい分からされた。ただせめて…どうか僕に…僕に…普通の学園生活を送らせてくれ!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます