ヒロインが全員ヤバいラブコメ

素質が無い

僕と異常な学園生活

ヤバいブロローグ

思うに、高校生活を充実させるには2年生をいかに過ごすかが重要だ。1年生の頃のような右も左もわからない手探り感も無いし、3年生のように最高学年だからと教師から束縛されたり、受験とかいう鬱イベントもない。腹の内を明かせる友人ができて、異性の友人なんかもできて…そして仲を深め、友人よりワンランク上の関係になったり。ともかく、晴れて進級し、2年生となった今が大きなしがらみもない最も自由といえる期間であり、一生に一度の青春というやつを謳歌するのに絶好の機会。


部活においてもそうだ。言い方はアレだけど、もうすぐ先輩は引退し自分達が主役の時代が来る。すでに試合に出場できる実力を持つ同期の彼らはアピールを続け、そうでない彼らは爪を研ぎその時を待つ。先輩の背を追いながら、後輩の脅威に備える。なんというか、凄くワクワクするというか、あぁ部活やってるなぁって、そんな感じ。







それなのに、なぜ。


なぜ僕、薬師丸大志はグラウンドの隅っこでせこせことタオル片手にサッカーボールを磨いているのだろう。


「薬師丸!これも頼む!」


「よっしゃ!ばっちこい!」


同期の有望株から受け取ったボールに水噴きスプレーで全体を軽く湿らせ、乾いたタオルで泥を落とす。ここで重要なのは掌全体を使って汚れを削ぎ落とすイメージをすること。爪を立てて擦っちゃうのはボールを悪くしちゃうためNG。ボールを長期間使うためにはそれ相応の手間が必要なのだ。


え?やけに詳しいなって?そりゃもちろん、僕は部活に来ては毎日のようにボールを磨いているから。ボール磨き技術に関しては他の追随を許さないだろう。


「って、そうじゃなーい!!」


雄叫びを上げつつタオルをスパァンと地面に投げつける。猿でもわかるボール拭き術を意気揚々と語っている場合ではないんだ!同期は皆1年生の頃やっていた体力作り中心のトレーニングからグラウンドを使った実践練習にうつり始めたというのに、なぜ僕だけこんな雑用を?トレーニングですらないじゃないか。


はは〜んあれか?まず僕はボールを大事にする事から始めろってことか?ふざけるなこっちはボールの拭きすぎで腱鞘炎になりかけてるんだぞ!夢の中でもボール磨きしてるんだぞ!学校の備品であるボールにそれぞれ名前つけたりしてるんだぞ!雨の日に泥だらけの泥団子みたいになったボールに「あぁ…雄太郎…怖かったろう?」って優しく撫でるくらい大切にしとるわ!


…ってなんだよボールの拭きすぎで腱鞘炎って!まさか腱鞘炎自体もこんな理由で生じるとは思ってないわ!絶対困惑しとるわ!自らの存在意義を見つめ直しとるわ!


「なんて…騒いでも仕方ないか。泣いても喚いても今この場には僕しかいないわけだし…」


活気あふれるグラウンド内では誰も僕を見ちゃいない。当たり前か、彼らはサッカーをしに来てるのだから。端っこでボールを弄る変人を見にきているわけではない。あぁ、凄いキラキラしてるなぁ、彼ら…


「はぁ……なぜ僕は練習に参加させてもらえないんだ」


「う〜ん…大志が下手だからじゃないかな」


と思っていたら。僕の独り言を拾う声が一つ。驚きのあまり全身がびくりとしてしまうが、靖子(ボール)だけは離さない。振り返ってみると


「沙良…僕の背後には立つなっていったよな?」


「えっと…ずっと後ろに居たのに気づかない方がアレだと思うな」


幼少期からの幼馴染兼我らが八橋学園サッカー部のマネージャーである常盤沙良が困ったような笑顔を見せてきた。キョロキョロと周りを確認しながらやってきた彼女は、僕の真後ろに立ち、どうやら僕に用があるみたいで、みょんみょんと髪を弄ってくる。ふふ…大して身体を動かしてないから汗による不快感のないサラサラヘアーのままだろう?


「というか僕が下手だって?なんの根拠があってそんな戯言を」


「大志が『なんの根拠があってそんな戯言を』って発言すること自体が戯言だと思うから一度戯言の意味を辞書で調べてきなよ」


「凄いな、一言で3回も戯言って単語が出てきたよ。世界が戯言で埋め尽くされる日もそう遠くないのかもしれないね」


「あはは、ここ日本の腐り切った社会を見るに、その世界はもう訪れてると思うな」


「哲学的だなぁ」


なんの話してんの?って会話も平然と出来るのが幼馴染という関係の良いところだと思っている。


「って、話逸らしたな。僕のどこがヘタクソだっていうのさ」


「どちらかというと大志が脱線させたと思うけど…でも、そうだなぁ…大志ってリフティング何回できたっけ?」


「6回。でも入部したての頃は2回だったんだ。著しい成長だと自負している」


「精度の高いシュートを打ちたい時はどうすればいい?」


「え、シュートはつま先で蹴る一択だろ?それ以外に何が…あ、野球の話?投手の利き腕方向に曲がる変化球のシュートを打つってこと?そうだなぁ、野球はからっきしだけど…変化量を読んで合わせに行けば打てるんじゃないかな」


「ヒールパスってどんな技か分かる?」


「馬鹿にしてるのか?ヒールとは回復、つまり受け手の体力が回復するパスを出すことだ。試合終盤の疲れが出てきたタイミングで使用すると大きく効果を発揮…おい、僕に哀れみの目を向けるな。はっ!?まさか引っかけ問題だな!この場合のヒールは悪役という意味の方なのか!?」


「もしかして、本気で答えてる?」


「本気だよ。それ以外になくない?」


「いじわるな神様にサッカーに関する知識や技術だけを奪われたって言われた方がまだ信じるよねって」


「んなピンポイントな嫌がらせする神様がいてたまるか」


こうも馬鹿にされると男が廃る。仕方ない。沙良に僕の本気のリフティングを見せるとしよう。何をする気だと困惑した様子の沙良を尻目に立ち上がり、ぐっぐっと身体を伸ばし軽く準備体操。うん、いい感じだ。智久(ボール)を拾い上げ膝の上の数センチ上にセット。ここから智久を落とせば確実にリフティングの回数を1回分稼ぐ事ができる。僕が発明した技だ、全国の運動下手の方々に朗報。これはノーベル賞不可避かもしれない。


さて、ボールを離して…あとは運を天に任せて腿上げをするだけ!1.2.3あぁどこにいく智久!ま、まぁ久々だし最初はね?今のは無かったことにしてもう一度…ボールを落として1.2智久ぁ!ほぉーんわかった分かった今日智久はそっちの気分ね。もっと早く言ってくれよもう。さて、気を取り直して、1……


と転がっていってしまう智久。「……()」と言わんばかりの視線を送ってくる沙良。


「沙良、あの……見ないで…」


「全部見せられた後に言われても」


ふ、ふん!今日は調子が悪かっただけだ!智久もまだ僕に適応しきってないみたいだしね!僕と相性ぴったりの巴(ボール)だったら日が暮れて夜が明けるまでリフティングできたもん!本当だもん!


「…というか沙良。マネージャーの仕事はいいのか?」


「うん。ボール磨きしてこいって言われた」


「え、僕の仕事なんだけど…はっ!?もしかして僕もようやく練習に混ぜてもらえるって事!?」


「ううん、大志は草むしりでもさせとけって中山先生が」


「あのクソ顧問…是が非でも僕をグラウンドに入れないつもりだな?」


というか、グラウンドに草とか生えてるはずないんだけど。校舎周りをやれって事?ボランティアの人だと思われてる?


大きくため息をつき、大河(ボール)…いや、これは美空(ボール)か。美空を抱き上げ体操座り。


「草むしり、やらないでいいの?」


「いいんじゃないかな。してもしなくても気づかれなさそうだし」


「それよりも、私とお話した方が有意義って?」


「その説も少なからずあるのかもしれない」


と言うと、沙良は目を丸くしていたが、すぐさま破顔させ僕の隣に座る。そして僕と肩が触れ合うように座り直し、もたれかかりながらフンフンと鼻歌を歌いゴシゴシとボールを磨き始める。その荒い磨き方にプロである僕は少し思うところはあるんだけど、田中(ボール)も沙良本人も嬉しそうにしているからいいか、と手の上で美空を転がす。完璧を求めすぎるのも良くないからね。


「ふんふふーん…実は私も大志とお話しようと思ってたんだよね」


「はは、この時間のルーティンみたいになってるね」


どういうわけか、本当にどういうわけか部活中かなり暇な僕はサッカー部の練習なんかを観察してるんだけど、意外とマネージャーってやる事がなさそう。というのも、うちのマネージャーは各学年2人の計6人。部員数もそう多くない上、強豪校ってわけでもないのにマネージャーの数だけは一丁前だから、仕事を分担するとあまりがち。だからこそ、効率良く仕事をこなし手隙になった沙良は毎日このタイミングで僕の元にやってくる。


「サッカー部、辞めようとは思わないの?」


「どうだろう。今はそこまで考えてないなぁ」


「試合に出られないのに?」


「まぁ、それも一興ってことで」


「ふ〜ん。私としては試合に出て活躍する大志が見たいんだけど」


「毎日そのセリフを言ってくれたらやる気が出るかもしれない」


「ん、分かった。毎日言う」


お話を、ということで沙良から質問攻めに。僕はそれを話半分に聞きながら答えるだけ。


こういう雰囲気いいよなぁ、と少しだけ思ったり。変に踏み込みすぎないけど、相手の事を大事に思っていて、その本心を冗談みたいに言い合う距離感。部活中、皆が練習に集中しており、誰も僕たちなんて見ていない2人だけの空間、心を許した幼馴染との談笑。きっと明日になると忘れちゃうような会話内容だけど、今の僕の心はすごく穏やか。これはこれで青春というか、僕の求める充実した学園生活とは少し違う楽しみ方というか。こんな日がずっと続くといいな、なんて。


そうして程よい心地よさに身を任せていると、ふと、沙良がことんと膝を抱えた腕の上に頭を乗せ、含みのある笑いを見せながら上目遣いでこんなことを聞いてきた。普段と変わらぬ調子で、いつものような声色で……


「それで、いつ私と結婚してくれるの?」

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