ヤバい帰宅道

成宮先輩、黛先輩、そして沙良に見守られながら入部届を書き終える。非常にポジティブに考えるなら、今日のうちに入部する部が決まり、大志部の創設を阻止できた。それだけで本日の目標は達成できたといっていい。尚、入部した部のヤバさからは目を背けるものとする。


僕は不備がないかと用紙を確認した後ペンでとんとんと机を打ちつけ、入部届を対面に座る成宮先輩に滑らせた。


「…はい。書きましたよ」


「うーむご苦労大志くん!それじゃ…沙良ちゃん!入部届を顧問の先生に届けてくれるかな?顧問は森田先生ね、初老の!沙良ちゃんの入部届も一緒に渡してきて!」


「分かりました。行ってきますね」


僕の入部届を隅々まで確認した成宮先輩が沙良に手渡す。受け取った沙良はぺこりと一礼し部室を去っていった。


「…まぁ分かってたけど、やっぱり沙良も入部するんですね」


「うん!『大志を入部させるなら私も部に入れてください』ってさ。私としてはどっちも入部してもらおうと思ってたけど」


「薄々感じてたんですけど…なんというか、是が非でも入部させてやる!みたいな雰囲気ありますよね、ここ。部員に困ってるんですか?」


僕たちは『入部希望者』だった。あくまで希望をしているというだけで、状況によっては入部しないという判断ができるはずなのに、あれよあれよという間に入部する流れになっていた。恥ずかしい写真を撮って脅しの材料とするほどだ、何か事情があるのかな?と思ったんだけど…


「うんにゃ、今は部員に困ってないよ。私の考え、ひいては部の活動内容が一般的ではないことは理解してるから、共感してくれそうな同志は是非入部してほしいってだけ」


「なるほど。先輩は僕がこの部の活動に共感してると言いたいんですね」


「……そーんな嫌な顔しないでって!沙良ちゃんは理解を示してくれたし、君も中々素質があると思うよ?」


「褒められてるのにあんまり嬉しくないのが不思議です。僕のどこに素質があるっていうんですか」


「ほら、大志くんの『たいし』って名前を入れ替えてみて」


「たいし…いたし…したい…あ、死体」


「ふふん、そういう事」


「すげー頭悪い発想で仲間だと思われちゃったんだ僕」


「あはは、まぁ部費とかを考えると部員数が多いに越したことはないし、な〜んか学園できな臭い動きがあったから、喉から手が出るほど部員が欲しい!ってことはないけど、それなりに人数が欲しいなって感じかな」


何か含みのある言い方をされたが、僕にはあまり関係のないことだろう。僕が入部させられた理由を聞いて即座に退部したくなってきたけど、あの写真がある以上その選択は取れない。かりそめの『普通の学園生活』のために、この部に身を置く他ない。


「…ねぇ。君はさ」


「はい?」


「…あたしの事をどう思ってる?…いや、どう思った?」


突然投げかけられた疑問。僕がしばらく固まっていると、成宮先輩はなーんでもない!と下手くそな口笛を吹く。少しだけ先輩が怯えてる気がしたのは気のせいだろうか。


…まぁ、活動内容はアレすぎるけど、3年のマドンナ成宮先輩、その成宮先輩に引けを取らない黛先輩、そして2年のマドンナ沙良と、部員だけを見れば男子生徒の夢が詰まった部活だ。僕が必死にそう思い込もうとしてるのが可哀想ってだけで。


「…薬師丸。どう考えてもあなたの制服が乾きそうにないわ。ジャージとか持ってる?」


自身の制服を洗濯していた黛先輩が僕の制服も乾かしてくれていたんだけど…案の定数時間では乾かなかったようだ。


「あ、持ってます。今日は体育があったので」


「そう。なら今日はジャージで帰ることね。部室で干しておくから明日の朝にでも取りにきなさい」


「え〜?あたしとしては大志くんは園児の格好をしたまま学園内を闊歩した後帰宅して欲しいんだけど」


「良いわね。天才飛び級幼稚園児みたいな」


「この格好を全校生徒に見られたら僕がこの部にいる理由がなくなりますよ」


現状僕とこの部を繋ぎ止めているのはあの写真。写真を見せるまでもなく僕のこの格好が学園に広まれば、その効力はなくなる。…いっそのことそうしてやろうか。肉を切らせて骨を断つ作戦だ。この場合、肉も切られて骨も持っていかれそうだけど。成宮先輩もそれが分かったのか「あはは、ごめんごめん」とぺろっと舌を出す。


「…にしても。ほーんとうに仲良いよね、沙良ちゃんと大志くん」


「仲良いって表現していいのか分からないですけど」


「あは、沙良ちゃんから色々と話を聞いたけど、私でも少し『うん?』ってなっちゃったからね」


「そうかしら?好きなモノに一直線!って意味では杏も常盤もそこまで変わらないと思うけど」


成宮先輩は『死に魅力を感じている』という異常な考えを持っているけど、沙良は沙良で『病的なほど僕の事が好き』というこれまた異常な考えを持っている。異常な考えを持つ者同士喧嘩になったりしないか心配だ。まぁ、どちらもその辺は上手くやりそうだし、黛先輩の言うようにシンパシーを感じているかもしれない。


…あれ。沙良は人前では僕に対する強い愛を見せることはない。それは優等生である彼女がそういった裏の一面を見せてしまうと色々と不利益が生じてしまうからだ。しかしながら、沙良は成宮先輩と黛先輩に僕への想いを見せてしまっており、先輩方もそんな沙良に対してドン引きしている、という印象はない。


…つまり、この部室内…先輩たちの前なら沙良は裏の一面を見せる事ができ、平然とあのイベントを起こしてしまうということになる。あれれ、おっかしいなぁ。これってもしかして詰んでる?普通の学園生活を求めて奔走したというのに、どんどん普通から離れていってないか?


「で、どうなの大志くんは!沙良ちゃんのことどう思ってるの?」


「それじゃあ僕は帰りますね」


「あ、逃げたわね」


意外と恋バナが好きなのか、シュババッと僕の元にやってきた黛先輩を尻目にスモックの上からジャージを羽織り鞄をひったくる。そっち系の話は個人的にしたくないからこの辺でお暇させてもらおう。


「ふーんだ、いいもん!毎日同じ話題振っちゃうもんね!」


「あぁ薬師丸。明日の放課後も部室に来なさい。本格的に活動を始めていくわよ」


「行きません、って言ったらどうなります?」


「明日からあなたのあだ名は『たいしくん(5さい)』になるわ」


「ばら撒かれるんだろうなぁ、僕の写真」


つまり絶対に来いってことなんだろう。もうどうにでもなれだ。


僕が部室を出ようとすると、同じタイミングで沙良が帰ってくる。


「無事入部届受理されました…あれ、大志もう帰るの?」


「うん。一緒に帰ろうか」


「ふふ、だね。それじゃ、先輩方。明日からよろしくお願いします」


テキパキと荷物をまとめ、僕の隣に立つ沙良。2人で仲良くお辞儀して部室を去る。


「……柚木ちゃん。あの2人、アレで付き合ってないってマジ?」


「マジ、なんでしょうね」


「…それじゃ柚木ちゃん。あたしたちも帰ろっか。もちろん2人きりで」


「…やめなさい。あの2人を見た後だと意味深だわ」


背後からニヤニヤと声が聞こえてきたが全スルー。別に一緒に帰るくらい誰だってするでしょ、幼馴染なんだから。



帰り道。いつものように人通りの多い道を沙良と歩く。足取り重い僕に対して、沙良はスキップでもするかのように軽やかに僕の後ろを歩いている。


「…それにしても、大変な部活に入っちゃったなぁ」


「そーぉ?私は明日から楽しみだけどな。大志と一緒だから」


「っぼ、僕も楽しみだなぁ!なんたって沙良と一緒だからね!」


「顔真っ赤。無理しなくていいのに。わざわざ言わなくても分かってるからさ」


相変わらずなんともないように恥ずかしいセリフを吐いてくる沙良。どうにも沙良のこうした発言は慣れない。照れというのは慣れないものだ。


明日からしたい部で活動かぁ。沙良と、成宮先輩と黛先輩と…って、嫌なこと思い出しちゃった。


「あの、沙良…今日のお仕置きはできれば軽めにしていただきたいな〜って」


「ん?なんのこと?」


「は、ほら成宮先輩と黛先輩と…こう、身体的接触をしちゃったわけじゃん?でもあれは不可抗力だったわけでさ。だから…ね?」


成宮先輩からはゴシゴシと髪を拭かれ、黛先輩は向こうからとはいえ間接キスをしてしまった。その時のお仕置きはまだ済んでおらず、おそらくこの後例のイベントと同時に実行されるだろう。ああも女の子と触れ合ったのは久々。だから割と死ぬ覚悟はできてるし、遺書くらいは書かせてほしいんだけど…


「あぁ、そういうこと。別にいいんじゃない?あれくらい」


「……」


「ふぁ。どうひたのたいひ(どうしたの大志)。いひなりほっへなんへつまんへきへ(いきなりほっぺなんてつまんできて)」


「この沙良の偽物め。あの嫉妬の女王沙良が僕が女の子と触れ合ったのに許すわけないだろうが。化けの皮を剥いだでやる!本物の沙良を返せ!」


「ほんものだよ、ほんもの」


「嘘をつくな!どうやら変装技術は類い稀ないようだが…本物の沙良はもっとトチ狂ってる!沙良を舐めるなよ!」


「一旦落ち着い、て!(ドゴォン)」


「ふぐぅ…」


沙良から強烈なボディーブローをもらいへなへなとその場に座り込む僕。前言撤回。これは本物の沙良だ。ただのパンチなのにドゴォンなんて衝撃音を発することができるのは沙良しかいない。この痛みは身体が覚えている。思っていた反応と180度超えて900度違ったため偽物を疑ってしまった。


「…じゃ、じゃあ、一体どういう風の吹き回し?前までだったら絶対にお仕置きされてたと思うんだけど」


「えぇ?聞いちゃう?そっかそっか、なら答えようかな」


「何でちょっと嬉しそうなのさ」


「んー?まぁ、結論から言えば。私はもう少し大志の女性関係への束縛を緩めよっかなって。普通にお話をする、友達として触れ合うだけなら許してあげようかなって」


「…やっぱり偽物か!?っあいやごめんなさい本物です僕の知ってる幼馴染の沙良さんですだから拳を振り上げないでぶたないで」


すごいな、人間って恐怖を感じると頭で考えるより先に謝罪の言葉が出るや。


「私さ、ちょっとだけ不安だったんだ。この調子だと、大志が私以外の、別の女に靡いちゃうんじゃないかって。今日会ったのは学園でも…ううん、全国で見てもトップレベルに可愛い先輩方。大志の気持ちが先輩方に傾いちゃうかも!って思ったりしたんだけど…大志はいつも通りだった」


「ん?というと?」


「だからね…」


沙良が僕の前に回り込む。両手に持った鞄を背中…というより、後ろの腰あたりに回し、少し前屈みになって上目遣いで僕を見てくる。そして毎日顔を合わせている僕でも久しく見てない、100点満点の笑顔を見せてくれた。


「現状大志の1番は私のままなんだな〜って。あの2人を前にしても、大志は私を見てくれた。『死の体験』の時も私のことを想ってくれて、さっきだって2人に目もくれず私と帰ろうって。それだけと言われればそれだけなんだけど、なんだかすっごく嬉しくて」


沙良の言葉を頭でまとめる。まとめて、咀嚼し、『あのバチくそ可愛い成宮先輩、黛先輩と出会っても、僕は沙良の事が1番好き』だという事を言いたいのだと気付き…


「なっ…う、自惚れるのも大概にしなさいこらーっ!!」


と恥ずかしさを吹き飛ばす声量で言い返す。顔のみならず身体中熱くなってきた。その顔を隠すように、子供みたいに手足を振り回し沙良に攻撃をする僕。ぽかぽかと擬音が出ていそうなそれを、沙良は満更でもなさそうに受け止める。


「あれ。間違ってた?私の考察」


「…知らんわー!勝手に人の心を読もうとするなー!」


「ふふ、否定はしない、と。まぁ、そんなわけでね。ちょっとやそっとじゃ大志の私への想いは揺るがなさそうだから、あれくらいの接触は許してあげよっかな〜って。…というか、元々大志の下心が無い接触なら許してあげてたからね?」


「勝手にしなさいもう!そもそも今までの沙良のせいで僕は女の子と関係を保ててないんだ!そりゃ、こうして1番話したりする沙良が1番…その…そう思うのも仕方ないでしょ!それに先輩方とは今日初めて会ったばかりだから!これから魅力に気づいて沙良の上を行くかもだからね!もっと危機感を持ちなさいバカちんが!」


「…そうだね。だから私は『現状』って言ったんだよ」


へ?それってつまり…僕が成宮先輩だとか黛先輩に気持ちが傾く可能性があるってこと?そんな事起こり得るのか?…どうだろう。僕ですら分からないかもしれない。


「…だからさ。私は早急に大志と約束がしたいんだ。残念ながら今現在大志は誰のものでもない。けど、大志を私のモノにしちゃえばどうとでもできちゃう。というわけでさ、大志」


おっと、強烈に嫌な予感がしてきた。火照っていた身体が急速に冷えていく。体内温度の変化の振れ幅が大きすぎて身体の末端が痺れてきたほどだ。


慌てて周りを見渡す。僕が失神してしまったこともあり、帰宅時間はいつもより遅くなってしまっている。日も落ちかけており、当然道を行く人も少なくなる。現在、僕たちの周りには誰もいない。つまり…


「…いつ、私と結婚してくれるの?」


ここまで予想が的中して残念なことはない。…そりゃそっか、女の子との触れ合いの制限が緩和されたとはいえ、沙良の基本方針は変わっていない。早いとこ僕と婚約を結び、幸せ(この幸せに僕の意志は含まれていないものとする)な結婚生活を送るということ。束縛が緩くなっただけで、やる事は何一つ変わらない。


なるほど、少しだけ沙良の事が分かった気がする。こうして高校生の段階で結婚を迫ってくるのも、他の女の子に僕を取られないためなのだ。付き合うどころか婚約まで結んでいる僕を奪おうとする女の子はいない。ならあとは僕を沙良以外見ないように調教すれば、晴れていつぞや述べていた結婚生活…沙良の願いは叶う事になる。凄まじい独占力だ。


「もう一度だけ言うよ?いつ、私と結婚してくれるの?」


「えぁっと…時が満ちたら」


「その時はいつ満ちるの?」


「……」


「……」


数秒後、「答えて」「早く」「大志」と連呼する沙良の声と、その沙良に頭をむんずと掴まれ、乱暴に地面に身体を叩きつけられた僕の悲鳴が帰宅道にこだました。

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