ヤバい部活動探し①
世の中にはそれはそれとして理論というものがある。それまでの話を置いておいて、他の話題に転じる時に用いる用語だ。沙良は全てを無かったことにできる魔法の言葉か何かだと思っているようだが。
確かに僕は朝、沙良に助けてもらった。辻くんに反抗していたらどうなっていたか、というのはあまり考えたくない。僕は彼女に感謝するべきだし、事実感謝している。
けれど、それはそれとして……
「沙良…僕を女子トイレに連れ込むのは違うと思うなぁ…」
本当に、一瞬の隙をつかれた。退屈な授業も終わって昼休みに入り、いつものように友人とトイレに向かった。豆タンクな僕は友人を置いて先にトイレから出て、今日のお昼はなんだろなぁなんて考えながら伸びをしていると、音もなくやってきた沙良が僕を脇から担ぎ上げ女子トイレへ。悲鳴を上げる間もない美しい手際で、トイレの鏡前に蔓延り数ミリ単位で前髪をいじる女子の死角をするすると抜けながら個室に叩き込まれた。
…校内は安全だと錯覚していた。沙良がいる場所が安全なわけがない。
へぇ〜、個室便所は男子トイレも女子トイレも変わらないんだぁ。初めて入ったから新鮮だぁ。
「しーっ、大志。大声出しちゃダメだよ?」
「うん。出したら社会的に死ぬからね僕」
男である僕が女子トイレに入っているのも問題だし、個室に女の子の沙良と共にいるというのも問題。視界の端には謎の小さめな黒いゴミ箱があり、色々と察して直視できず天を見上げる。
「ふふ、2人きりだね」
「すごい、すごいよ沙良。僕は今身をもって『身の毛もよだつ』を体感してる」
お互い外の女子達にバレないように声量を抑えて話しているから余計に恐怖心が増す。毎度おなじみ例のイベントが始まる。とはいえここは女子トイレ。大声もあげられないから、あまり派手な事はできないと思うんだけど…
「よし、大志。ここに四つん這いになって」
本題に入ると言わんばかりに手を叩いた沙良が便器のすぐそばを指差す。反抗してもキリが無いので言われるがまま四つん這いになるのだが、目の前には便器、そしてその中に張られた水。
…え?いやいや………え?
「うん、良い子。それじゃ…いつ結婚してくれるの?」
「き、気が向いたら、かな」
「そう。それじゃ、一旦、ね?」
言うが早いか、沙良がおもむろに僕の頭を掴み思い切り便器の中に押し込んでくる。まさかとは思うけど……水攻め?それも、女子トイレの便器で?何そのハード目なえっちビデオでも見ないような展開は。
「ストストストップ沙良……僕に便器の水に顔面を埋めたいという特殊な性癖はないんだ…!」
「まぁまぁ。やってみると意外と快感かもしれないよ?」
「君は僕をどういう人間だと思っていて、どうしたいんだ…!ちょ、待ってマジで…」
すでに僕の首から上はすっぽりと便器の中に入っており、唇を突き出すと届きそうな距離に透明な水が。ただの水って事は分かってるんだけど…掃除の時間は6限後。つまりそこその時間掃除されておらず、この便器を使用した女の子も少なくはないわけで…場所が場所なだけにこれをただの水として見ることができない!
「ぐぐぬぬぬ…何か無いか何か無いか……!?ハッ!?」
名案が浮かび、すぐさま実行。なんとか腕を伸ばしトイレのレバーに触れると、便器の水が奥へと流されていく!
「ははっ!さぁどうする沙良!これで一旦水が無くなって……うん、また張られるよね」
ただトイレの水を流しただけ。何やってるんだ僕。
「ふふ、人って焦るとよく分からない行動しちゃうんだね」
「いいや?僕は焦るとよくわからない行動をする人のモノマネをしているだけで至って冷静だよ」
「そっか。なら良いよね」
「何が!?何が『なら』で何が『良いよね』!?」
再度力を入れてくる沙良の腕を便器の蓋を持ってなんとか耐える。けれどそんなの気休めにすらならなくて。必死に顔を逸らそうとするんだけど、全体重を頭にかけてくる沙良の力に抗えず。
そして–––––
「沙良…!沙良ぁ……!!」
この場合、衛生面を考慮すると和式のトイレじゃなくて良かったとプラスに考えるべきだろうか。
*
「えらい目にあった……」
何かこう、人としての尊厳を失われた気がする。呼吸ができない苦しみよりも何か他の苦しみが勝っていた。現代で拷問をするってなったらきっとああいうことをするんだろうなと。
ふらふらになりながら教室に入ると、僕の席に座り早くも弁当を頬張っている男子が1人。
「…お、大志。どこ行ってたんだよ、急にいなくなっちゃったから」
「ごめん凛。…本当にいろいろ、色々あってさ」
彼は小山内凛太郎。僕がこの学園に入学して初めての友人だ。黒髪の短髪に眼鏡という風貌からガリ勉くんと見られがちだが、眼鏡を外してみるとおぉ…!ってなるくらいには整った顔立ちをしている。本当に、なぜ凛ほどの男に女の子が寄ってこないか分からないレベル。
「…なんだ、顔でも洗ってたのか?」
「え?どうして?」
「前髪が濡れてるからさ。あぁ、眠気覚ましか?眠そうにしてたしなお前」
「……なんでだろうなぁ」
もう思い出させないでくれ。これは記憶の奥底に封印しておく。
「なんでもいいが…先食べてるぞ」
「僕も食べよっと。って、凛が僕の席にいるせいで座る場所がないんだけど…」
「床で食え」
「ははーんこれがイジメか」
……本当に彼は僕の友人だろうかと不安になるが、気の許した相手には普通に毒を吐くのが小山内凛太郎という男。逆に初対面に近い相手には当たり障りない態度で接しているので、これが信頼の証だったりする。僕が沙良から逃げるため、常日頃一緒にいてもらうようお願いしている、まぁベストフレンドと行っても差し支えない。
「さてと、いただきまーす」
仕方がないので膝立ちの状態でお弁当を広げる。今日の献立は…オムライスか。ケチャップを用い達筆な字で『愛してる』と書かれている。あぁ…そういえば朝沙良が僕の家に来てたな。お弁当も作っていてくれたのか。
「…え、いやお前大志…どういう家庭環境?」
何気なくオムライスを覗き込んだ凛がそう言いながら僕から距離を取ろうとする。家族愛にしてもこのケチャップ文字はいきすぎている、誤解、これは誤解だ。
「いや違うんだ。これは…そう、兄さんが書いたんだよ」
凛は僕と沙良が幼馴染ということ、毎日一緒に登校していることくらいは知っている。だからこそ、正直に沙良が作ったと答えてしまうと変に茶化されそうだし、母が作ったんだ!と言ってもヤバい家庭だと思われそうだから、咄嗟に兄が作ったことにしたけど、それはそれで問題だな。これには凛もドン引きしたような目を…
「あぁ、そういうことか」
「待て。納得するのは違うだろ」
することはなく、なら話は終わりだなと弁当をがっつく。凛は何度か僕の家に来ているので兄の事は認知しているが、彼の中で僕の兄はどんな評価になっているのか気になってしまう。
「…む、オムライスかと思ってたけどオムそばだ」
「へぇ〜うまそうじゃん」
「…あげないよ?」
「欲しいとは言ってねーよこのウンコバエが。ハエらしくうんこでも食っとけ主食うんこなんだからお前は」
「そんな言う?ていうか食事中ね」
僕のメンタル向上に凛が一役買っている部分もあると思う。流石に本心から暴言を吐いているわけでは……おそらく多分きっとないだろう。
僕もオムそばに手をつける。うん、美味しい。すでに母の作る料理より美味しい気がする。花嫁修行で料理も練習してるとは言ってたけど……ほんと、なんでもできるなぁ沙良は。
「あ、そういえばお前は知ってるか?『図書室のイバラ姫』の話」
「…この学園って定期的に異名がつく生徒出てくるよね」
確か沙良もその完璧な容姿と性格から異名がついていた。確か…『全知全能の天使』だったかな。彼女の表の部分だけ見ればぴったりの異名だ。
「今回のはかなり謎多き人物だぞ。なんでもその女子生徒は図書室でしか存在が確認できてないんだ。目撃者によるとすこぶる美人だそうだが、どうにも近寄り難い雰囲気で…」
いかにも高校生らしい会話だ。平和、本当に平和な昼休みの一幕。何も起きない、何も進まない。ずっとこうだったら良いんだけどなぁ。あっという間にお弁当を食べ終えた僕がペットボトルのお茶をあおっていると、凛が鞄からおにぎりを取り出し頬張る。よく食べるなぁ、ほんと。これが身体を作っている運動部なら分かるけど、凛は新聞部だってのに何をそんなに…って
「忘れてた。部活どうしよう…」
中山先生から1週間以内に次の部を決めるようにと言われていたんだった。言われた、というか、部員から伝言という形で間接的に伝えられたんだけど。顔も見たくないし話もしたくないということだろうか。涙ちょちょぎれ。
というか、1週間ってすごくシビアだと思うんだけど、これが当たり前なのか、先生が僕相手だからそう言っているのかは分からない。が、おそらく後者だあのクソが。
「あぁ、サッカー部辞めたんだっけ?まぁ正解だよ。お前全般的に球技苦手じゃん」
「何だとっ?」
「体育のソフトボールの時はイキって投手やるとか言い出して6者連続四球出してたし」
「逆に6人四球を出したところで交代を申し出た判断力を褒めてほしいな」
「むしろ判断力なさすぎだろ。もっと早めに気づけ。サッカーに関しても未だに俺の方が上手いだろうし」
「あぁん!?リフティング何回できんだ言ってみろおぉん!?」
「15回くらいはいけるだろ」
「凄いな凛は。この僕より上手いなんてサッカーの才能があるんじゃないか?」
「みみっちいなぁ、お前のプライド」
僕は決して運動音痴というわけではなく。球技があまり得意でなく、その競技に慣れるまで時間がかかるというだけ。本当にそれだけなんだから!
「…で、部活どうすんの?」
「そこなんだよなぁ。楽そうなところがいいんだけど、なんかいいとこ知らない?」
加えて、沙良と2人きりにならないところ。沙良が僕と同じ部に入部するのはほぼ規定事項であり、結構諦めてる。凛は部で培った情報量から情報屋としての名も高い。彼が監修し毎朝掲示板にのせている『八橋新聞』は、掲示板の前に軽い行列ができるほど人気だ。先ほどの図書室のイバラ姫とやらに関しても、新聞部が率先して調査をしているのだろう。学園のことは彼に聞くのが1番だ。
「楽、かどうかは分からんが。この学園、結構部活動数多いんだよ」
「あ、そうなの?」
「ていうのも、部活動強制参加って制度がある代わり、部の創設の条件が緩いんだよな。今年もぽんぽん部が新設されてるし、聞いたことのないようなこの学園にしかない部活もある。新しく部に入るなら部員少なめのところがいいと思うぜ。というか、メジャーな部活はこの時期はもう部員を募集してないだろうし」
そういえば、つい先日学園の部室棟が増設されてたな。部活動強制っていうのは今の時代に相応しくないとは思うけど、学園側も文部両道を掲げてるため引くに引けない。部活動に積極的でない生徒の不満を最小限に抑えるため、自分達の好きな部を作ってどうぞ、だから部活には入ろうねって感じなのかな。
「ちなみに、珍しい部活ってどんなの?」
セパタクローみたいなマイナーなスポーツだとか、高校の部活ではあまり見ない漫研とかのことかな?いや、一時期流行った競技かるた部だとか、はたまた占い部なんていうのもあるかもしれない。
「まずはチョーク投げ部だな」
「んぶふっ!」
飲んでいたお茶を噴き出しかけた。想像の斜め上どころか真上を行ってる。
「チョークって…黒板に文字を書くときに使うあれ?」
「あぁ。生徒役を20人席に座らせ、プレイヤーは教壇に立ち、眠ったり集中してない生徒を見極めてチョークを投げ、当たったら1ポイントのポイント制。モグラ叩きみたいな感じだな、生徒側も寝たふりみたいなフェイントを入れる。生徒を上手く見極める洞察力、正確にチョークを当てるコントロールが必要となってくる」
「意外と競技性があって困惑しちゃったよ」
「1分間の制限時間内で得たポイントで競う。当然この学園にしかないから地区予選どころか全国大会なんてのもないが、合計ポイントが10ポイントだと白のチョーク、20だと赤のチョーク、30だと黄、50だと蛍光色のチョークが贈呈されるらしい」
「凝ってるなぁ、柔道の階級位みたい。確かに蛍光色のチョークって先生もほとんど使わないし特別感あるね」
誰がどんな志を持ってそんな部を作ったのか知らないが、どうやら本当に部の創設のハードルは低いみたいだ。
「他には、黒板落とし部とか」
「イタズラを部に昇華しちゃったかぁ」
「スリッパ投げ部とかだな」
「投げちゃうんだそれは。足に装着して飛ばすとかじゃなくて」
スリッパである必要性はいずこへ…。もはやなんでもありだな。これだけあってなぜ帰宅部が無いんだ、率先して作られそうだけど。
「あと個人的に気になってるのは…したい部だな」
「したい部?」
「朝に部員勧誘のパンフレットを配っててさ。我らが成宮先輩が」
「成宮先輩って、あの?」
「そ。あの成宮先輩」
成宮…確か名前は
「あぶなぁ!?」
強烈な殺気を感じ首を横に捻らせると、先程まで僕の頭があった場所を刃を向けたハサミが通過した。この心臓が握りつぶされる恐怖感…イタズラでは済まされない所業…沙良だな!?
沙良の方を見てみると、友人と談笑しているようだが、横目でチラリと僕の方を見て視線が交錯し、怒ったようにつーんとそっぽを向いてしまう。…僕が何を考えているかまで分かっているのか…!
というか、今のは別に沙良の控えめなそれを馬鹿にしたわけではないのだが?被害妄想激しすぎるあぶなぁ!?2本目!?2本目のハサミ!?学校生活でいらないだろ2本も!両手に装着して『カニ!』ってやる以外の用途が見当たらないぞ!
「で、だ。したい部のパンフレットがこれだ」
「ねぇ僕今大怪我しかけたんだけど。凛も見てたよね?もっと僕に興味持ってよ」
「昼休みは長くはない。時間が惜しい」
「人の心をお母さんの子宮に忘れてきちゃったのかな」
「人の心?よく分からんけど、いらなそうだったから捨ててきた」
「自発的に捨てちゃったかぁ」
催促するようにひらひらと揺らすA4サイズのパンフレットを受け取ってみると、手書きの可愛らしい字で部の説明なんかが書いてある。ところどころウサギや猫の絵が描いてあってポップな印象を受けるけど、成宮先輩作なのかな?人伝に聞いた情報しかないけど、可愛げのある彼女らしい。
「『学園のためにやりたい事はなんでもしたい!』をモットーにしてるらしいが…実態は謎に包まれてる。したい部に入部しようとしてたやつに話を聞いたんだが、一気に顔を青ざめさせたかと思うと逃げちまってな。なんつーか…ヤバいところなのかもしれん」
「そんなに恐ろしいところだったの?」
「明確には分からん。だがあの様子は只事じゃなさそうだ。そもそも考えてみてくれ。あの成宮先輩が入部してるんだぞ?」
「って事は…下品な男が寄ってくるはずだ、ってこと?」
そのとおり、と凛が指を鳴らす。憧れの人と同じ部に所属したい。男なら誰もが考えると思うし、それが成宮先輩なら尚更のはず。モットーから学園お助け部みたいなものだと思うから、少し面倒くさそうな気はする。それでも成宮先輩となら…ってなりそうだけど。
「部員を募集するって事は部員が足りてないって事。俺の情報だとしたい部の部員は成宮先輩も入れて2人だけ。その人も女だ。成宮先輩と仲のいい地味めの先輩らしい」
「ふ〜ん。謎多き女の子2人だけのしたい部、か」
「ま、俺が知ってるのはこの程度だな。とにかく選択肢は山ほどあるんだから、お前が何をやりたいかを考えて入る部を選べよ。なんか目標とかないのか?」
目標、目標かぁ…普通の学園生活を送る、ってのは目標ではあるんだけど、堂々と人に宣言するものでもないし。何か無いかと周りを見渡すと、教室の壁に突き刺さりクラスメイトが何事かと集まっているハサミが目に入った。その次に僕の身体中の絆創膏。そして植え付けられたトラウマの数々。うん。
「死なない事かな」
「志低すぎだろ」
「じゃあできる限り生きたい」
「言い方変えただけだな」
普通の高校生だったら学園生活内で死なないなんて当たり前だけど、僕の場合はそうじゃないんだ。僕は普通の高校生だけど、僕の周りに1人ヤバい子がいるから。まさかそれを凛にぶちまけることなんてできっこないから、なんとも無い笑顔で返すと、きーんこーんかーんこーんとチャイムが鳴った。
「っと、予鈴だ。ともかく、部に入るなら早い方がいいんだから今日の放課後にでも回ってみろよ」
「おい待て。おにぎりの包装紙を僕の机に置いてくな」
「情報代だ。受け取ってくれ」
「それはどっちかというと情報を貰った僕のセリフだし立ち上がるならついでに捨てていってよ…」
放課後かぁ。帰ってもやる事ないし、色々と覗いてみようかな。
ちらり、と沙良を見てみると、クラスメイトのポスター作りの手伝いをしているようで、ハサミを使って画用紙を切っていた。
………え?3本目?
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