頼れる存在になるために①
翌日。部活動の時間となり、部室に行ってみたのだが…
「…あれ。沙良しかいない?」
「うん。先輩から何の連絡ももらってないんだよね」
部室に誰かが欠けている、というのは珍しい話でもないんだけど、先輩が2人ともいないのは初めてな気がする。スマホで連絡を…とも思ったんだけど、バスジャック事件の時に捨てられて以来、まだおニューのスマホを確保できていない。
「まぁ気長に待とうよ。ほら大志、座って」
沙良の言う通り、待っていればくるだろう。それに…久々に沙良と2人きりという状況が生まれた。少しの間静寂が生まれる。…今しかない、か。
「沙良さ。最近僕のこと避けてるよね」
近日の違和感を沙良にぶつける。完全に避けられているわけではない。けれど…うん。やっぱりどう考えてもおかしい。あの沙良が、僕を避けるなんて。
「そんなことない…ってのはウソだね。なんていうか…私と大志が一緒にいるのを見られるとちょっとまずい状況なんだよ、今」
そんな気はしていた。沙良は僕といる時、常に人の目を気にしていたから。誰もいない部室くらいでないと、以前のようにお話をしてくれない。だから僕が気になってるのは、『何がまずい状況なのか』という部分だ。
「…あぁ大丈夫、安心して。私がなんとかするから」
「なんとかできなかったから、僕を避けるなんて選択をしてるんじゃないの?」
きっと沙良の選択は、できれば選びたく無かったものであるはずだ。僕のことが大好きで、僕が吐き出す息を吸って呼吸しなければ死ぬんじゃないかってくらいべったりだった沙良が、こうも距離を取っている。
「……こっちはこっちでなんとかするよ。大志に迷惑はかけられない」
「いいんだよ、迷惑をかけても。…ってか散々迷惑はかけられてるし。別ベクトルだけど。だから話してほしい」
「…ごめん」
いつもの笑顔で沙良が謝罪する。……けれど僕は沙良のその言葉を、違う形で捉えてしまった。
「そっか。僕ってそんな頼りない?」
僕が頼れる男だったら、沙良は真っ先に相談をしてくれるはずだ。…けれど僕が頼りないから、沙良は1人でなんとかしようとしているんだ。僕はお荷物だから、助けてもらうどころか逆に邪魔になってしまうって。
そりゃそう、といえばそうだ。だって沙良は完璧超人。1人でなんでも出来てしまう。けれど僕は…何も持たない、ただの一般人なわけだし。…でも、それでも…沙良は僕にとって大切な幼馴染だから。
「そんなことないよ」
沙良のその言葉は同情にしか聞こえなくて。困っている女の子1人助けられない不甲斐ない自分が嫌になって。
「…先輩たち、探してくるよ」
「あ、私も行くよ」
「いいって。…僕、これくらいしか出来ないから。…こんな時くらい頼ってあげてよ」
皮肉を残して部室を出る。すぐさま後悔した。沙良を相手に、僕はなんて口を、と。部室を出る際の沙良の表情が脳裏にこびりついて、罪悪感でいっぱいになる。
…一旦頭を冷やそう。
*
思えば、前のバスジャックの時だってそうだ。結局僕は囮にしかなれなくて、全部沙良に任せてしまった。それが合理的だったのはわかっている。けれど…男である僕が、女の子の沙良に守られるなんて、これだけ恥ずかしいことはない。
僕が困った時は、沙良がすっ飛んできてくれる。そして僕は、そんな沙良に頼りっぱなしだ。……このままでいいわけがないだろ、僕。
「あぁ、もう…クソッ」
1人になると考えなくてもいいことまで考えてしまう。脳をリフレッシュしようとしても、僕の思考は凝り固まったままだ。
…先輩たちを探そう。その事だけ考えていれば、余計なことは考えなくて済む。確か先輩たちは3年…2組だったろうか。3年生のクラスはこっちだから…
「……は…うだ?」
「はっ……な……とけ」
空き教室から声が聞こえてきた。男子生徒2人の話し声だろうか。やけに気になって、扉に近づき耳を澄ましてみる。
「…で、どうよ辻くん。新しい女の攻略は」
「あ〜…あと一歩ってとこだな」
辻くんの声だ。『新しい女』という単語が気になって、そっと中を覗いてみる。辻くんはしきりにスマホを操作してどこかに電話をかけている。
「で、今はなにしてんの?」
「沙良ちゃんの最終段階の準備だ。だってのにあのバカ…出ねーじゃねーかよ」
イラついた様子で椅子を蹴り上げる辻くん。椅子はまっすぐ教室後方に飛んでいき、凄まじい音を立てて背面黒板にぶち当たった。黒板の一部分が剥げてしまったが、2人はそんなこと気にも留めてない。
「お?その沙良ちゃんに電話?」
「いや。薬師丸大志ってやつだ。沙良ちゃんと幼馴染らしい」
名前を呼ばれたのでびくりと身体が震えてしまった。サッカー部のグループから僕を呼び出しているのだろうが、僕は現在スマホが無いので出られない。
「は?なんで?」
「沙良ちゃんを正面突破で攻略するのは無理ゲーだ。情報を何も出さないからつけいる隙もない。だから一枚噛もうとな」
「はは、いつもみたいに暴力でわからせればいいのに」
「…そのつもりだったが。あの女はヤベェ。おそらくだが…俺でも敵わん」
「はぁ?辻くんでも?冗談っしょ」
男がおどけたように言ったが、辻くんの目がマジであることに気づき、言葉を控えた。…辻くんは沙良を手に入れようとして、それで僕を呼ぼうとしている。一体…どういうことだ?
「力で敵わねーなら別の手を使えばいい。そのための布石が、こいつだ」
「…というと?」
「こんな話は知ってるか?あるところに最強の武士がいた。決闘は100戦100勝。生半可な連中では数秒も経たずに斬り伏せられ、腕の立つ武士であっても傷をつけることすら叶わない。…だが、そんな最強武士でも負ける日が来たんだ。どうやって負けたと思う?」
「さぁ…?どうやっても勝てないんだろ?」
「答え合わせだ。その武士の妻と娘が攫われ、返してほしければ決闘で負けろ、と告げられたんだ。おまけと言わんばかりに、決闘当日、決闘相手に家族の刈り取られた耳を渡された」
「……それって。脅しってこと?」
「あぁ。武士にとって、家族は命よりも大切なものだった。家族が助かるならと、その武士は首を差し出したんだ。大事なものを守るためなら、人は全てをかなぐり捨てられる。はっ!泣けるだろ?」
「…えっと?つまりその武士が沙良ちゃんで…?」
「攫われた家族が薬師丸大志、ってことだな。どういうわけか沙良ちゃん、大志くんのことを心から大事にしてるみたいでな。全く口を聞いてくれないのに、大志くんの話をする時だけ目を輝かせてた」
「はっは〜ん?読めたぜ。つまりその大志ってやつをボコボコにして沙良ちゃんの前に突き出すわけだな?」
「んで、これ以上大志くんを傷つけられたくなかったら…分かるよな?って流れだな」
「辻くん…狡猾ぅ!」
全身が震える。辻くんに対してではない。僕自身に対してだ。
僕のせいで、沙良が傷付けられようとしている。僕が頼りないから、辻くんに利用されそうになっている。僕が…僕が…僕が。僕という存在が…沙良の邪魔になっている。
…沙良はこの展開を予測していた、のだろうか。だから僕から距離を取っていた。僕らが親密な仲であると気づかせないように。沙良の唯一の弱点である僕を、辻くんから遠ざけるために。
…あぁ、クソ。この状況も僕のせいだ。屋上で馬鹿正直に僕と沙良の関係を話したから。だから辻くんは僕を餌にして、沙良を誘き寄せようとしている。
…どこまでも使えないじゃないか、僕は。
「んでもいいの?んな形で晴れて付き合えても、沙良ちゃんは恨みをもってるっしょ」
「あ?別にいーよ。『あの常盤沙良の彼氏』ってステータスが手に入れば。俺の株は鰻登りだ。ヤったらすぐ捨てる」
「あぁいつもの辻くんだ」
「やるだけやったら大学の先輩にでも売るわ。JKしか好まないキッツイ先輩がいるんだよな」
「あはは、その前に俺にもマワしてくれよ?」
「あぁ。お手伝いのお駄賃代わりにくれてやるよ」
そんな言葉を聞いてもなお足がすくむほど、僕は臆病じゃないんだ。
「いや〜お待たせしました辻くん!」
勢いよく扉を開け、辻くんと対面する。辻くんは驚いた様子だったけど、僕であることに気づくとにんまりと笑いながら肩を組んできた。
「んだよお前。先輩からの電話には1コールで出ろよな?」
「ははっ、すみません!辻くんにお呼ばれしたなら何よりも先に直接お伺いしようと!」
「へぇ…。で、だな。ちょっとお願いがあるんだけど。俺らにボコられてくんね?」
相変わらず脈絡がない。けれど、悪行のかぎりを尽くす辻くんだからで納得してしまうセリフ。
「ひっひぃぃぃ…!いやですいやです!あ、あのっ…み、貢ぎ物を持ってきたので何卒お許しいただけないでしょうか!」
ぱきぽき、と拳を鳴らす辻くんだが、貢ぎ物というワードを耳にしてその動きを止める。もらえるもんはもらっとくか、というスタンスなのだろう、即座に暴力に出ることはないようだ。
「貢ぎ物、ねぇ。金か?」
「いえ、お金じゃないんですけど」
ごそごそ、とポケットをいじる僕。
…沙良が僕以外の恋人を見つけるのは好ましい話だ。それは、僕が晴れて沙良から解放されることにつながるから。…だから、たとえ相手が誰であっても、僕よりも釣り合う相手なら、健全なお付き合いをするのなら応援したい。
けれど辻くん。……お前はダメだ。沙良を道具みたいに使って捨てるのなら、沙良の心に一生の傷をつけようとするのなら僕が許さない。阻止させてもらう。
僕は勢いよく脚を振り上げた。照準は辻くんの股の下…股間。
この状況は沙良が回避しようとしていたものなのに、僕が作り出してしまった。ならその全責任は僕が取るべきだ。僕が…片付けるべきだ。相手は辻くん?そんなこと関係ない。僕が沙良を守る。僕が……頼れる存在になるために。
「貢ぎ物は……僕の金的だこの野郎!!」
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