第11話 仮面の人

『明日、理事長の話があるらしいよ』


 昨日の理事長室での捜索後、合流したシドウがそう言っていた。普段なんの校務かは知らないが生徒の前、教員の前すらも滅多に姿を見せないという謎多き存在。

 そして事件の真相を知るだろう唯一の人物。

 それが今日、姿を現す。


 朝、ワタルはいつものように登校し、教室に入る。すると素早い足並みでいつもの三人が姿を現した。


 席の横に荷物を引っかけながらワタルが挨拶をすると早速コウタは腕にしがみつき、シドウは顔を近づけて「おはよ」と言ってきた。


 ケイはと言うと、ふらっとワタルの横についたかと思えば「昨夜は楽しかった」なんて言ったもんだから。コウタとシドウが「夜に何をしたんだ!」と大騒ぎになってしまった。


 そんなこんなでHRの時間になり、予鈴ですでに教卓についていた小田野がにこやかに挨拶をする。

 ふと斜め前の席を見ると、昨日からその席を使っているはずの生徒がまだ着席をしていなかった。


「あれ、今朝はまだアサキがいないな、遅刻かな……まぁ、行方はちょっと後にしておいて。まず皆さんに理事長先生から挨拶がありますので前のテレビを見て下さいね」


 小田野は教卓の横、壁に設置された液晶テレビの電源を入れる。クラス中の生徒がテレビに視線を向けている中、無音の時が訪れ、なんの変哲もない理事長の挨拶が行われる――かと思われたのだが。


 ワタルだけではない。教室にいた全員がテレビを見てどよめいた。

 中継で繋がった先はワタル達が昨日忍び込んだ理事長室の壁や絵画が映っており、デスクを前に座っている紺色のスーツ姿の人物は理事長で間違いはないのだろう、が――。


『皆さん、おはようございます』


 低音ながら人を惹きつけるような声が響く。

 その声にもハッとさせられるものがあるが、テレビに集中する全員が凝視しているのは、理事長の出で立ちだ。

 そういえば昨日、小田野が理事長について「一度見たら忘れないインパクトがある」と言っていたのを思い出した。


 なるほどこういうことか、確かに忘れようがない。

 目元と額半分を隠す銀色のマスカレードマスクをした理事長だなんて。


 マスクの隙間からは二つの赤い光――赤い瞳が見えており、見つめる生徒全員を惹きつけていた。


『初めてお会いする方も多いでしょう、私が理事長を務めている漆原です。あまりお会いする機会は少ないでしょうが、どうぞよろしくお願いします』


 理事長はデスク上に置いた両手の指を組み合わせた。


『さて……皆さんには日頃、勉強やスポーツ、校内行事など様々なことに積極的に励まれていると思います。それはこれからもぜひ継続をしてもらいたい……だが一点だけ、皆さんにあらためて周知をしてもらいたいことがあります』


 ワタルはチラッと周囲に目を向ける。クラスメートは全員、普段真面目に授業を聞かないような奴でさえ、理事長に注目をしている。


 教卓前に立った小田野はというと。テレビを見ながら、しきりに身体の前に持ってきていた手の親指と人差し指をこすり合わせている様子が不自然な感じがして気になった。落ち着かないような、イラ立っているような。

 小田野は理事長が嫌いだったりするのだろうか、そんな印象を受けた。


『皆さんには、今一度校則を守るように徹底してもらいたいと思います。この学校に入った以上、校則は必ず遵守してもらわなければなりません。ちょっとぐらいならバレないだろう、などという軽率な行動……それを見抜くのは容易いことです。違反した者には退学処分をくだしています。皆さんの中に、クラスメートで突如としていなくなった者もいるでしょう。その者達は然るべき処分を受けた者達です』


 ワタルは二学期早々に消えた生徒を思い返し、湧き上がった緊張に喉を鳴らした。


『皆さんにはしっかりこの学校を卒業してほしい。卒業して成長して社会の一員となってほしい……だからこそ、今一度校則を守るように……私の話は以上です。では引き続き、勉学に励んで下さい』


 プツンと言う物音と共にテレビ画面が真っ黒に変わる。

 緊張に押し殺されそうになっていたクラスメートは解放された安心感で、みんな息をついた。


 仮面の理事長。その姿、声。全ての威圧感が半端ないと思った。

 だが、あらためて校則のことを言うということは、それだけ重大なことなのだろう。


 校則違反をする――生徒が誰かに恋愛感情を抱くと、その生徒の時が止まってしまうから。それが表沙汰にならないように対処もしないといけないから。


「はぁーい、じゃあみんな一時間目始めるから準備してくれ!」


 小田野が肩回しをしながら授業を促した。






「あれはね、宣告だよ、宣戦布告ってやつ」


 休み時間に、先に口を開いたのは着席しているワタルの目の前で、ワタルの机に突っ伏したコウタだった。


「じゃなきゃ理事長が現れて、意味ありげに校則の再度通告なんてしないからね。理事長サイドで何かあったんだよ、しかも理事長も予想外のこととかね」


 得意の情報分析でコウタは考察を述べていく。コウタいわく、今回のテレビ演説は昨日、理事長室に忍び込んだ者への忠告であり、よからぬことをすればただじゃおかない、ということを意味しているというのである。


 漆原理事長……一体、何者だろう。


 休み時間は十五分しかないのだが、コウタに「行ってみよっか」と誘われたのはやはり理事長室だ。なかなか現れない理事長が今日はいるのだから接触しないわけはないよ、とコウタは楽しげに笑った。


 しかし理事長室に向かったのだが――昨日、理事長室に入ったはずであるのに。別棟の昨日行った場所には、あの両開きの扉が見当たらず。

 ワタルとコウタは首を傾げた。


「おかしいな……昨日、ここだったんじゃないかな、理事長室。それとも違う?」


 ドアがあった場所は白い壁だ。触ったらひっくり返るわけでも、壁が通り抜けられるわけでもない。

 コウタもペタペタと壁を触りながら「ますます怪しいじゃん」と理事長への不信感を示した。


「ねぇ、ワタルさ、さっきの理事長を見て何か感じなかった?」


 壁に手を当てながらコウタが聞いてくる。 

 そう言われて理事長を思い描くが「マスクが気になった」としか言えない。


 コウタは苦笑いしながら「髪と目だよ」と言った。


 髪と目? ワタルはもう一度思い出す。

 マスカレードマスクの隙間から覗いたのは赤い二つの瞳だった。

 髪は……実はマスクに気を取られて見ていなかった。


「理事長、青い髪色してたんだよ」


 コウタの言葉を聞き、ワタルは息を飲んだ。


 青い髪と赤い瞳。

 別にそれは特段珍しいというわけではない。

 だがそう言われて思いつく人物が、今のところ一人しか思い浮かばない。


「……何か関係あるのか?」


 昨日出会ったばかりの男子生徒と、滅多に姿を見せないのに今日現れた仮面の理事長。

 共通点を持つ二人。


「ボクはあると思うよ。理事長、素顔を見せなかったしね」


 コウタがそう言うということは、そうなのだろう。

 ワタルは事の不可思議さに、深いため息を吐いた。

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