第27話 それぞれが願う

 座り込んだままのケイは自分の手の中にあり、時を刻み始めた懐中時計を見ながら。真実の切なさに深く息をついた。


「……俺が目を覚ますと、俺は学校にいた。壊れた懐中時計を握って、誰もいない学校に、一人でたたずんでいたな……」


 そこから記憶は曖昧になった。どれぐらいの時間が経ったのかもわからず。何か変化の訪れを待つだけ。

 けれど懐中時計は壊れたままだとなんだか気持ち悪いと思って。いつだかわからないが修理をした。


「俺が悪いんだ」


 タクは申し訳なさそうに頭を下げた。


「ケイちゃんを、死なせたくなかった。ケイちゃん、きっと俺の後を追ってきてしまいそうな気がしたから……だから俺は、時計に願った、呪いとも言えるかもしれない……ケイちゃんに生きていてもらいたくて。ずっと学校の中に閉じ込めてしまったから」


「そうか……」


 今思えば、と。ケイは目を閉じる。

 学校の中にずっと一人だったのは。学校が休校していたからもあるが、自分で自分の存在をどこかで否定して、消してしまったのかもしれない。タクを助けられなかった、タツミのことも含めて。そんな無力な自分に存在価値はないと。

 死んでいないけど、死んだように。

 抜け殻のように。進まぬ時を過ごしていた。


 でも、今はもう大丈夫。俺は、俺だ。もう俺はここに存在しているんだ……。


 目を開けたケイは自分の手の平を見つめ、指を動かしながら、生きていることを感じた。


「ケイちゃん、ケイちゃんは死んではいないから。これからは時を自由に生きられる。俺みたいな死んだ存在はもう動かせないけど。これからは自由だ。ワタルと、生きてやってよ」


「ワタル?……なぁ、タク、ワタルは――」


 ケイが言い切る前に、タクは首を横に振った。


「彼がタツミの生まれ変わりかどうか、それはわからない。だって調べようがないから。でもワタルは、タツミによく似ているな。だからかも、止められた学校がワタルの存在に反応して、時を動かそうとした。曲がったものを直そうとして、全てが動き出したのかもしれない」


 でも生まれ変わりだったら嬉しいな。そんなタクの呟きは兄として弟のことを思う気持ちが込められている。


「だからワタルとケイちゃんが一緒にいてくれるのは俺は嬉しい。大丈夫、ワタルも、もうじき解放されるから……あとはあの二人か」


「――タク?」


 スゥッと闇に溶けるように、タクが目の前から消えてしまった。

 ケイは立ち上がると周囲を見回す。すっかり暗さにも視界が慣れたので、いつの間にかスマホのライトがなくても、どこに何があるか、室内の様子も見ることができる。


「タク、どこだ」


 タクの気配を探っていると、すぐ後ろから冷たい空気を感じ、ケイは振り返った。

 そこには懐かしい顔が――ワタルにも似ている、あの時の同級生であるタクが赤いジャケットの制服姿で立っていた。


「……アサキやナオキに会うなら、この姿の方がいいよね……」


 タクは自分の手や腕を眺め、自分の身体に変なところはないかと確認しているようだ。

 ほら、俺は飛び降りて死んだからさ、と。彼がにこやかに言ってきたことには、ケイは何も返せなかった。


「なぁ、ケイちゃんは今、幸せ?」


 突然の問い。微笑したタクは首を傾げながらケイを見つめている。


「……あぁ」


 迷わずに答える。幸せか、なんて本当はまだわからないけれど。自分にはワタルがいる。自分を助けてくれたタクもいる。ワタル救出に協力してくれるシドウやコウタもいる。

 不幸せな要素なんて、ないから。


「よかった」


 微笑を、タクは満面の笑みに変えた。

 そしてまた、スゥッと闇に消えると

「じゃあ、あの二人も助けてくるから」

 そう言って、消えてしまった。


「タク?」


 今度は室内にはいない。気配もない。

 冷たい風だけが動き、ケイの頬をなでる――風が痛いような気がした。


 まさか、助けてくるって。


 タクにより、人生を大きく変えてしまった二人。アサキとナオキ。彼らがタクと再会し、再び時を歩む――なんてことは、そう簡単にはいかない気がする。

 時が狂った者を助ける、その方法は。

 背筋がゾッとして、思わず息が止まった。


 タクを止めなくては。

 どっちに行けばいい、理事長室か、職員室か。職員室はここから場所が遠い。行って間に合うだろうか。


 暗い中で苦悩していると、どこからか声が聞こえた。


『ケイちゃん! 理事長のところへ行って! 小田野は俺がなんとかするから』


 その声はタク、ではなくワタルだ。

 ワタルの気配はないのに声だけが響く、室内ではなく、頭の中に響いている感じ。


「ワタル? 大丈夫なのかっ」


『なんとかなっ、話は全部聞いた。理事長のこと、小田野のこと、タクとタツミのこと……ケイちゃん、タクはさ、みんなのことが好きだったんだ。恋愛感情だけの意味じゃなく、みんなが大好きだった。だからタクはみんなに愛された。だから一人で無理して、苦しめてしまった自分がとても許せないんだ』


 ワタルの言葉を聞き、ケイは「そうだな」と答える。わかっている、タクは良い奴だ。


『……ケイちゃんは時が動き、幸せになったと、タクは判断した。けれど理事長や小田野は、狂わされた時の中でずっと孤独だ。ただ時が動き出したとしてもその悲しみはもう拭えない。タクはそれを助けようと――いや、まずは行かないとなっ。ケイちゃん、また後でっ!』


 ワタルの声が途絶える。

 ケイはうなずき「後でな」と返し、教室を飛び出す。向かうは理事長室。


 ワタル、よかった。

 お前が無事でよかった。

 またお前に会って、今度こそ、俺は大切な人を守れるようになりたい。

 お前とこの時の中を生きていきたい。


 ケイは駆けながら願っていた。

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