第9話 学校の秘密

 ワタル達は自然と息を潜めながら、ファイルの中身に目を通していく。

 そこには学校の歴史、学校の目的、歴代に関わった教員達の名前など、学校に関することがずらりと書かれている。


 しかし、それはワタル達に関わることではなく、ただ退屈な学校の成り立ちについて書かれているだけに過ぎない。


「特に何もなさそうだなぁ」


 ハズレのファイルか。そう思ったワタルがファイルを閉じようとした時、横にいたアサキの手が伸びてきて、ファイルの間に挟まった。


 アサキは「ここ」と何かを示し、閉じかけたファイルを再び開く。

 するとそこには物騒な言葉が書かれていて、ワタルは三度ほど瞬きをしてから、もう一度そこに目を落とした。


「……死亡した生徒、自殺……?」


 思わず胸を押さえたくなる言葉だった。

 後ろにいたケイが、何を思ったのか小さくうめいたので「大丈夫?」と声をかけると、戸惑いがちに「あぁ」とケイは答えた。


 ケイのことも気になるが、ワタルは文章を読み進めていく。少し黄ばんで変色し、穴開けして閉じられた紙は数十枚あり、この学校で起きた事件の一部始終が細かに記録されていた。


 今からニ十三年前のこと。当時十七歳だった男子生徒が突然命を落とした。原因は不明、生徒は屋上から飛び降り、地面に叩きつけられた――もちろん即死だった。


 成績も良く、素行も問題のなかったという生徒。いじめという事実も確認できていないことから、なぜ生徒が命を捨てたのか、誰もわからなかった。


 だがその生徒が死亡した後、在校している生徒達に異変が起きた。


「……生徒の一部が成長せず、時を止めた……」


 一年経過しても二年経過しても、一部の生徒達は身長も体重も変わらないまま。見た目で判断できた決定的な理由は傷が治らなかったことだ。

 ただの擦り傷であるのに、その生徒の傷は数日経っても治ることがなく、傷もそのままに、容姿も成長せず――まさに時が止まったのだ。


 こんな不可思議な事情を公にするわけにはいかず、成長を止めた生徒達は秘密裏に『対処』をした。


 そして時間を費やし、この現象を引き起こす理由を突き止めることができた。この原因への対処は青春を謳歌する生徒達には辛いかもしれないし、なぜこれが理由になったのかも不明だ。しかし何らかの不思議な力であることは否定できないだろう。


 生徒の成長を止め、これ以上の犠牲を出すわけにはいかない。

 この原因へ対処をするために今後しばらく、本校は休校とする。


「なんだ、これ……自殺とか成長を止めるとか、何……?」


 ワタルは口に手を当て、気味悪さに身震いした。書いてあることが事実であるのか、とても信じ難いことではあるが、理事長室にある情報なのだから嘘とも言えない。


 見動きができないワタルの横で、アサキが言った。


「その自殺した生徒は、オレの恋人だった」


 ワタルはファイルからアサキへと視線を移した。が、言葉は出なかった。


「タク……恋人……大好きだった。でもある日、あいつは飛び降りて死んだ、オレを一人にした」


「ま、待ってよ」


 やっとのことでワタルは動き、アサキの腕をつかんだ。思考が混乱して、それしか行動が取れなかった。


「何言ってんだよアサキ。じゃあお前は、なんなんだよ?」


「オレの時は動いていない」


「……時……時?」


 ワタルは耳を疑い、言葉を繰り返す。

 そして思いついた、ファイルに書かれた不可思議な事件のことを。


「成長が、時が止まったってことなのかっ?

アサキは、この頃からずっと……?」


 時が止まり、成長ができない。それはずっと若い身体のまま。老いない、ケガも治らない、何も進まない。

 そんなことが本当にあるのか。いや、実際に起きてきたことなのか。その原因は、この死んだ生徒と関係があるのか。そして成長を止めたという生徒達に行われた対処とは。


「ワタル、オレを、助けてくれないか?」


 アサキは真顔で言った。


「オレを助けられるのはお前しかいない。だからオレ、こっそり学校の情報操作してお前のクラスに忍び込んだんだ。クラスメートとして近づけば協力してくれると思ったから」


 よくそんなことができたな、と。ワタルは開いた口が塞がらないまま、アサキの腕をつかんだ指に力を入れた。


「……本当に? アサキが知っていたのはこれなのか? この学校は、その事件が原因で休校になった。学校の再開は今から数年前で……再び生徒達に被害がないように、決まりを作ってから今日までやってきたのか?」


 それが恋愛禁止という校則。


「でもそれが本当に成長を止める原因なのか? ここの恋愛禁止の校則違反は確かに退学処分とか、ちょっと厳しいなって感じるけどさ……なんでそれぐらいで、そんな」


「ワタル、オレにもわからないんだよ。ただわかるのはタクの死がきっかけでこんなことになっちまったってこと。オレもずっとこのままで、事件以降、恋に身を投じた生徒達も同じように時が止まるってこと――」


 アサキは悲しそうに目を伏せ、ふぅと小さな息を吐いた。


「タクが関係していても、オレにはわからない。タクがなぜ死んだのかも……でも一つだけ……ワタル、お前はタクに、似ているんだ」


 顔も声も仕草も。そう言うとアサキは腕をつかんでいたワタルの手の上に、自身の手を重ねた。少し冷えた手の平が愛おしそうに自分の手を包んでくれる。

 そんな行動にワタルの鼓動は高鳴る。


 だから、俺のことを?


 疑問に思ったが、そこは聞かなかった。頭が混乱しているから何がなんだかわからない。

 どうしたらアサキの時を動かせるのか。

 なぜこの学校はそんなことになってしまったのか。恋愛をした生徒達は一体どうなってしまったのか。

 急に怖くなる、今いる場所が、環境が。アサキの一挙一動に動揺する自分が。


「ワタル」


 そんな時、背後からもう一人の人物が自分の名前を呼んだ。彼の手が自分の肩をつかみ、後ろへと身体を引かれる。


 するとアサキの手が離れ――アサキは急に現れた人物を、憎いものを見るように目を細めた。


「ケ、ケイちゃん」


 ワタルは自分の身体を引き寄せた人物の顔を見上げる。今まで静かに成り行きを見ていたケイだったが、ここにきて表情にはまた怒りが宿っていた。


「ワタルに手を出すな」


 鋭い一言。それを聞いた自分の心臓がドクンとする。ケイがハッキリと言い切るなんて。


 アサキがハッと驚いたように息を飲んだ。


「……思い出した、お前……お前もあの時にいたヤツじゃないか……なんで忘れていたんだ」


 アサキの赤い瞳がケイを捉える。


「そうだ、タクの側にお前もいた。タクに気安く話しかけていたよな……ワタル、そいつもオレと同じ時代の人間だ」


 ワタルはアサキを一瞥し、ケイを見た。

 ケイは否定もしない状態でアサキを睨み返していた。


「なっ、えっ?……ケイちゃん、も? だってケイちゃんは俺と同じ日に入学してきたぞ。ケイちゃんは――」


 違和感は何もなかった。ごく普通のクラスメートで大好きな親友の一人で。頭が良くてかっこ良くて。ちょっと気配が薄くて、たまに幽霊みたいなところはあるけど。

 そんな彼が、ニ十三年前の事件が起きた時の人間? 嘘だろ、なにそれ。


 頭の中が真っ白になりかけているのに、さらに追い打ちをかけるようにアサキは言った。


「そいつ、生きている気がしないぜ」

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