第8話 理事長室を探せ
あっちへ行ったり、こっちへ行ったり。
校舎内をこんなに歩き続けたのは入学当初の学校探検ぶりか。あの時に意識して、この教室はなんの部屋で、あの教室は何で使ってと、気にしておけばよかったなぁ、と後悔する。
「あぁ、歩いても歩いても理事長室みたいな場所がないんだけど」
教室のある校舎は三階建てで、一般的な学校のように階ごとに階段は二箇所、学年の教室が五クラス、その他に各授業で使う部屋が多数ある。
しかしこの学校ではさらに三階建ての別棟があり、そちらは部活動で使う部室やら会議室やら情報処理室やら。自分達があまり使うことのない部屋があるものだから探索は後回しにしたものの、やはり本校舎には目的の場所はない、という結論に至った。
「やっぱり別棟か……なっ、ケイちゃん」
他の生徒は部活やそれぞれの活動に行っているせいか、人気のない廊下を歩いていたワタルは後ろを振り向き、ケイにたずねた。
「あぁ……でも向こうは、広いから大変だ」
そうだよなぁ、と。ワタルはため息をつく。放課後に学校にいられる時間は限られている。
もう一方で理事長室を探しているシドウ、コウタのペアは何か進展があっただろうか。みんな自分とペアを組みたいと言っていて、結局ジャンケンで分けた結果のコンビ――ケンカしてなければいいけれど。
「ケイちゃんも時間はまだ大丈夫?」
ワタルの問いに、ケイはうなずきながらズボンのポケットから懐中時計を出して時間確認をした。
懐中時計というところが、これまたケイをかっこ良く見せているポイントだ。全体が銀色でチェーンのついた懐中時計。ケイがずっと身に着けている物だが、彼はアンティークな物が好きらしい――と、時間がないのだった。
「仕方ない、チャチャッと別棟を探しに行ってみようか」
観念して別棟へ移動しようと決めた時、日の傾きのせいで薄暗くなってきた廊下の向こうから、こちらへ向かってくる足音を先に、暗がりから浮かび上がるように赤い二つの光が現れた。
それは今日初めて出会ったというのに、今日何度も目で追うように見てしまい――見ると怖い気もするのに夢中になってしまう不可思議な光、そしてそれを持つ凄みのある存在。
「アサキ」
目の前に現れたアサキは悠然としていた。ワタルを見て微笑を浮かべると「何かわかった?」と話を促してきた。
背後にいるケイが、アサキが変な行動を起こさないかと身構えたことをワタルは雰囲気で察する。大丈夫だよ、と意味を込めて下げていた手の平を開いて見せると、ケイの雰囲気が和らいだ気がした。
ワタルは自分達が今、何をしているのかをアサキに話した。理事長室探索を始める前に彼に話さなかったのは、ケイを含めた三人が嫌がったからだ。ワタルはアサキを嫌いではないのだが、三人はどうも毛嫌いしているようでなかなか打ち解けようとしない。
アサキの方はそれを察してはいるのだろうが全く気にはしていないようだ。
「なるほどな、理事長室……それならオレ、わかるぜ」
アサキのその一言にワタルはポカンとしてしまった。
そうしている間にアサキはスッと来た方向へ歩き出していたので、ワタル達も急いで彼の後へと続いた。
アサキは迷う様子もなく、目的地がわかっているかのように足を進めていく。廊下を通り、角を曲がり、向かった先はやはり校舎外にある別棟で――渡り廊下を使って別棟へ入るとさらに階段を上り、先を歩く。
ちなみに別棟は本校舎より少し古いらしく、授業でも多くは使わない場所だ。見た目にはとてもきれいなのだが年代のせいか、湿った匂いが濃い気がする。またエアコンは点いていないのに暑いこの時期でも空気が冷たく感じる。
それにしても、なぜ?
前を行く広い背中を見ながら、ワタルはアサキに疑心を抱いてしまった。
編入初日の彼がこんなことを知っているはずはないのに。一緒に秘密を探ろうとは言っていたけれど、実はアサキは知っているのではないか? この学校のことを色々と……。
アサキが足を止めたのは三階の窓のない薄暗い廊下を抜けた先にある突き当たりの部屋だった。入口である両開きで焦茶色の扉は他の教室とは明らかな違いがあり、ここが簡単に入ることのない部屋だと、見ただけでわかる。
アサキは両扉の丸い金属取手に手をかけ、扉を押し開いた。室内は赤い絨毯が敷き詰められ、奥にはバルコニーへと繋がる大きなガラス扉がある。その手前には二メートルほどの木製デスクがあり、両側の壁には多くの本やファイルを詰めた書棚が並んでいる。
整然とした室内、塵や埃もない棚やデスク。さっきまでの湿気の匂いではない乾いた空気。学校の中とは思えない別世界のような気がして、ワタルは視線をあちこちに動かした。
「だ、誰もいない、か……アサキ、急に開けるなよ。理事長がいたらどうするつもりなんだよ」
躊躇もなく扉を開けたアサキだったが何も気にしてはいなかったようだ。堂々と絨毯を踏みしめて室内に入ると、書棚にあったファイルを眺め出している。
やれやれと思いながら、ワタルもその隣に立ち、ファイルの背表紙を眺める。そこには学校の規定や運営についてなど、自分には難しい内容のファイルばかりが並んでいた。
「ワタル、もっと古いのだ。そうだろ?」
アサキの言葉に、ワタルはハッと顔を上げる。眺めていたファイルの西暦を見てみると学校が新たに創立した年のものしか、ここには置いていないことに気づかされた。知りたいのは創立前だ。
アサキは室内を見渡すと室内に置かれた立派なデスクを指差す。そして座り心地の良さそうなデスクチェアの方へ移動すると、デスクの内側にあった三つの引き出しを見つけて微笑を浮かべた。
「人の目に触れさせたくないものは見えない位置に隠すもんだからな」
引き出しに手を伸ばしたアサキに対し、ワタルは咄嗟に声を上げた。
「ちょっと、アサキっ。そこまで見たらマズくない? 理事長に見られたら俺達みんな退学に――」
アサキは伸ばしていた手をそのまま停止し、ワタルに視線を向けた。
「ここまで来て何言ってんだよ。ワタルだって気になるだろ? この学校の秘密」
「そりゃ、気になるけどっ」
でも少々気が引ける。別に秘密が気になるだけで悪いことをしでかすつもりではないのだが。それでも学校が何かを隠しているということは、世間には知られたくないことがあるということだ。
それを明かしたら、知ってしまったら。一体どんなことになってしまうのだろう。
ワタルが不安に唇を引き結んでいると、背後にいたケイが肩に手を置いた。
「大丈夫、ワタルのことは、俺が守る」
予想外のそんな言葉が呟かれ、ワタルの心臓は大きく弾んだ。
ケイちゃん……いやその、そこまで言わせるつもりはなかったんだけど、嬉しいけど。
あぁ、でも格好悪いよな、一度探すって決めたんだから、怖気づいていたら情けないよな。
なんとか自分の気持ちを奮い立たせていると、アサキがワタルを一瞥してから引き出しに手をかけた。重い木の板がズズッと動く音が室内に響く。
中を見たアサキは「これか」と呟き、ファイルの一つを手に取っていた。理事長の大きな木製デスクの上にB5の青い背表紙のファイルがゆっくりと置かれる。
「新たな創立よりも前、本当の創立から学校が休校になるまで……その記録が残っている」
中を見てもいないのに、なぜわかるのか。アサキへの疑問も深まりつつ、ワタルとケイもファイルを見つめる。
古びたファイル、少し乾いたような匂いもする。部分的に破れた背表紙が年季の入ったことを語っている。
ワタルは一度深呼吸をしてからファイルへと手を伸ばした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます