第7話 誰なら知っているか
教室に戻って昼食を食べ終わり、ワタルは席周辺に集まっていたいつもの三人に、先程のアサキの話を打ち明けた。アサキには「あの仲間には話していいよな」と聞いて、一応許可はもらっている――アサキは、あまりいい顔はしていなかったが。
ワタルが話し終えると、三人は――ケイは常時無表情なので変わらないが、他二人はいぶかしむように唇を結び、腕組みをしていた。
「そんなのあるぅ? あいつが自分の都合のためにそんなことしてるとしか、ボクは思いつかないけど……要はワタルと恋人同士になりたい、とかなんでしょ」
そこまで話してはいなかったのに、コウタは不機嫌全開といった感じで仏頂面をしながら話を全て察したようだ――さすが、人の心理に敏感な奴。
一方のシドウは「ふーん」と言いながら教室の天井をチラッと仰ぎ見ると、
「でも俺もこの学校には得体の知れない何かがあるって気がしてたから。やっぱり何かがあるんじゃないかなぁ」
見えないモノが見えてしまうというシドウのその言葉に、ワタルは背筋が寒くなる。先程の階段での件もあるから、シドウの予感はあながちハズレてもいないだろう。
ワタルは肩を少しだけゾクッと弾ませてから三人に向かって言った。
「とりあえず学校にそんな校則があるのは、やっぱり過去に何かあったからだと思うんだよな。校則って言ったら知ってるのは先生だろ」
ワタルの言葉に、まず反応したのはコウタだった。眼鏡の下にある金色の瞳がパッと見開いた。
「小田野? ……あんまり頼りがいないけどな」
軽く毒づいたのは気にしないとして。一番自分達が会話をしやすいのは担任の小田野であることに間違いはない。真面目だがのほほんとした部分もあり、生徒達から好かれている先生でもある。知っていることは教えてくれるかもしれない。
「ワタルの意見なら俺も賛成。聞いてみる価値はあるんじゃないかな? んじゃ事情聴取は言い出しっぺのコウタ、行ってらっしゃいねぇ」
シドウがそう言うと、コウタから「えぇー」と不満の声がもれる。
しかしケイも頭を上下させて何度もうなずいているものだから、その様子を見てあきらめたのか、大きなため息をついた。
「まっ、確かにね。お化けと変態じゃ話を聞き出すことはできないよね、ボクがやるよ」
ケイとシドウ、二人が目線を合わせて急に黙る。お化けと変態――それは誰のことなのかなぁ、と考えているような顔だ。
コウタは口が悪い、非常に悪い。仲はいいが二人を小馬鹿にしているふうもある彼はケイのことをお化け、シドウのことを変態と時折呼んでいる。
どっちも否定はできないんだけどね、と。ワタルは小さく苦笑いを浮かべながら三人を見つめていた。
「あ、きたきた」
ほんの少しして。コウタが開いたままの教室のドアの方向を指差す。
そこには話題の中心人物である小田野が教室に入ってくると次の授業で使うのか、人数分のプリントを教卓で整えていた。ちなみに小田野は国語教科の担当である。
「んじゃ、行ってきまーす」
コウタは小悪魔のようにニッコリとした表情を瞬時に作り出し、軽快な動きで小田野の元へと向かった。
ワタルと他二人は、その様子をバレないように盗み見ながら、耳をそばだてることにする。
急に目の前に現れたコウタを前に、小田野はプリントの束をトントンと教卓で揃えながら「おっ、コウタ、どうした?」と笑みで応えた。
「小田野先生っ、ボクずっと気になっていたんですけどぉっ、なんでこの学校って恋愛禁止なんですか?」
コウタの素直な物言いに、小田野は「あー」と困ったように笑った――が、それは聞かれるだろうな、という承知していたような様子も伺える。きっと自分達以外にもそれを気にする生徒はやはり多いのだと思う。
「それはねー……と言っても正確なところまでは僕もわからないんだよ。僕が赴任した当初からそうだったし。多分わかる人はいないんじゃないかな。まぁ、時と場合によっては勉学の足枷にはなってしまうからね、そのためだよ」
小田野の話を聞き、ワタルは一人でふんふんとうなずいた。やっぱり勉学の邪魔になるというのが一番の理由なのかもしれない。
そう思ったのだが、コウタは違うようだった。
「小田野先生って、いつから赴任してきたんですか?」
「僕? そうだなぁ、もう六年は経つかなぁ」
「へぇ、わりと長いんですねぇ」
コウタは楽しげに会話を続けている。彼のことだから、何気ない会話で何かを探ろうとしているのだろう。
「小田野先生、創立からいるってことですか? ベテランですもんねぇ」
「なぁに言ってるんだよ……あっ、でもね、創立六年とは、うたってはいるけど。実はこの学校は長い間休校していたこともあるんだよ。だから正確には結構古いよ」
おっ、新事実。とシドウが呟く。ケイも隣でうなずいている。
「そうだったんですか? 知らなかったぁ、学校はそんなに古くはないのになぁ」
「見た目にはね。新たに始める時にちゃんと改装もしたからね」
コウタが「へぇ〜」と、わざとらしい感動を見せている中、学校がかつて休校していたという事実にワタルは着目した。
休校した、ということは。やはりきっかけがあるのだろう。洞察鋭いコウタもそこまで読めているはずだ。そこをうまく聞き出せるだろうか。
コウタの動向を注目していた時、ワタルの予想とは裏腹に、小田野が予想外の言葉を発した。
「昔の学校のことについては、実は教職員も知らされていないんだよ。みんな新たな創立からだから、知っている先生もいないしね」
小田野はトントンしていたプリントを、教卓に寝かせた。
「理事長ぐらいかなぁ」
ポツリとした呟きに、コウタの整えた眉が上下した。
理事長。学校で一番偉い人。何かしらの式典がないとまず会うことはないだろう人物。けれどまだ会ったこともなければ写真を見たこともない。おそらく一年生の誰もが会ったことはないだろう。
ワタルが話の進展に緊張していると、コウタは一瞬こちらに視線を向けた。その自信に満ちた瞳は『任せて』と語っていた。
「理事長先生って会ったことないですね、どんな人なんだろう。会ってみたいなぁ」
甘えるようなコウタの仕草。それを見ていると本当にそう思っているのか、とツッコミを入れたくなってしまう。
だが小田野は気にしていないのか、冗談を笑い飛ばすようにのほほんとしていた。
「あはは、それは難しいなぁ。理事長は僕でも年に一回見かけるぐらいだからね。色々忙しいのか、なかなかお会いできないし……でもね」
小田野は意味深げに、言葉を一度区切った。
「一度会ったら絶対に忘れないぐらいのインパクトはあるよ」
その言葉に、コウタは口角を上げたまま目を丸くし、ケイとシドウは固まる。
ワタルも内心で「なにそれ」と呟き、そのインパクトというものを、考えてみた――が、わかるはずもない。なんだろ、インパクトとは。
一同のそんな興味と疑問に気づかない小田野は「そろそろ授業になるぞ〜」とコウタの帰還を促した。
コウタはまだ物足りないという表情をしていたが小田野に礼を述べて、ワタル達の元に戻ろうと一歩を、踏み出す――その時。
「あっ、コウタ」
小田野の声。振り返るコウタ。
「理事長室には秘密がいっぱいかもな、入れないけど」
小田野のその言葉が終わると同時に、授業開始を知らせるチャイムが鳴った。
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