第6話 アサキの告白
今日は実に妙な日だ、とワタルは思った。
普通なら入学式を終えてクラスメートと再会を喜び、一学期同様の授業をこなしていくだけだというのに。
なのにこの午前はなんだったのか。
編入生がきた、これだけならいい。
けれどその後に編入生から告白され、動揺をしている間には仲のいいケイ、コウタ、シドウの三人が妙に心配をしてくるやら、いつも以上に胸を騒がす話をしてくるやら。
何か変だ、自分の気持ちも変だ。
落ち着かない、頬が熱くなる、混乱する。
どうしたらいいのだろう。
でもとりあえず、学園には校則があるのだからそれは守らなくてはならない。せっかく入ったばかりのアサキが退学処分になってしまうのは気分のいいことではないから。
昼休みに入り、ワタルは「よし」と気合いを入れて席から立ち上がった。
本当なら今から昼食タイムで――自分と昼食を食べようと各席で準備をしていたいつもの三人が、動き出した自分を懸念した表情で見ているのが、ワタルにも遠目でわかっていた。
ワタルの足は、すぐ近くに座る、斜め前の男子の元へ向かう。見慣れない存在、でも存在感のあるその男子に近づくのは緊張が走り、足がもつれそうになった。
「アサキ、ちょっといいかな?」
ワタルの呼びかけに青い髪はすぐに反応を見せた。
「お昼前に悪い、ちょっと話がしたいんだ」
アサキは無言のまま、小さくうなずく。
ケイ、コウタ、シドウが終始見つめる中、ワタルはアサキを連れて教室を出た。
二人きりで静かに話せるところはどこか。思いついたのは、昼食時間帯はまだ誰もいないだろう図書室。
階段を上がってすぐにあるスライドドアを開けると、数多にある紙の濃い匂いが漂っていた。
予想通りに誰もいない。入ってすぐにある貸出カウンターも無人、立ち並ぶ本棚の間にも人はいない。ならば絶好の、話しづらいことを話すチャンスだ。
ワタルはアサキが図書室に入ったのを確認するとドアを閉め、窓際の日が当たる場所に行った。本棚の間では薄暗いから、アサキと二人きりでいるのがより落ち着かなくなると思ったからだ――別に意識しなければいいんだろうけど。
お互いに横からの日差しを受けながら向き合い、ワタルはアサキを見上げる。
赤い瞳はやはり注目してしまう。
「アサキ、さっきの話だけど……本気じゃないよな?」
冗談であったら、ほんのジョークであったら。なんだぁ、脅かすなよと言って笑い飛ばせる。だからあえて「あれは冗談だよな」という事実を決定づけようとしてみた。
しかし自分を見つめるアサキの表情は、笑いもせず怒りもせず、呆れもせず。ただ真っ直ぐに赤い瞳を向けている。
そして口を開く。冗談じゃない、と。
ワタルの希望とは反する答えだった。
「オレはお前が好きだ、冗談なんかじゃない、本気だ」
「ちょ、ちょ、ちょっと待て――それ以上言うなって」
前進して迫ってきそうな勢いに、ワタルは両手を前で広げた。
「だけど、アサキだって聞いているだろ? この学校は恋愛禁止なんだ。バレたら退学だぞ。現に一学期からもう数名は退学くらってるんだ」
何も言わず、知らされず消えてしまったクラスメート。それを見てきたからワタルもその校則の厳しさを知っている。ちょっとでもそんな気持ちを抱いていたら、それだけで退学になってしまうのだろう。お互いにせっかく入学したのに、それは嫌だ。
「だからさ、その……嫌ではないんだけど、俺もちゃんと学校は卒業したいし。アサキの気持ちには応えてやれない、悪いけど、ごめん」
ワタルは髪をかきながら頭を下げる。正直言えば、アサキみたいなかっこいい奴が告白をしてくれるなんて嬉しいに決まっている。
けれどやはり初対面ではあるし、何より校則は順守しなければならない。
ワタルはもう一度「ごめんな」と震えそうな唇に力を入れて呟く。これであきらめてくれるだろうか、でも友達ではいてほしいな。
ワタルがそう思っていると、アサキは微動だにしないまま直立をしていた――のだが。
ふぅっと静かに息を吐くと、身体の両脇に垂らしていた両手を握りしめたのが見えた。
「……ではなんで、そんな校則があると思う? ワタルは予想がつくか?」
突然の問い。ワタルは「へ?」と疑問の声を上げながら、下げた頭を上げてアサキを見上げた。
「そんな校則がなんのためにあるんだ? だって恋愛だって、オレ達が人生を楽しむために必要なものじゃないか」
「そうだろうけど、校則で決まってるし。理由なんてわからないけど風紀を乱さないためとかじゃないのか? 勉強に身が入らなくなるとか」
ワタルが思いついたもっともらしいことを言うと、アサキは「風紀ねぇ」と口にしながら、かすかに口角を上げた。
「他の学校なら知らない……だがこの学校なら別の理由がある」
別の理由、そんなのがあるのか。
そしてアサキは編入初日であるのに、なぜそんなことを言うのだろう。
「アサキは何を知っているんだ?」
「オレは何も知らない、興味ないから。だけどお前に真実を見せてやることはできる」
アサキは左手を伸ばし、ワタルに差し出した。
「そうしたらお前と一緒になれる……だからワタル、オレとこの学校の秘密を探ろうぜ」
ワタルは言葉を失いながら、差し出された左手とアサキの瞳を交互に見つめる。
アサキが冗談を言っているようには見えない、けれど秘密なんて本当に存在するのか。
アサキはそれを知ってどうするというのか。
秘密を探り、校則を変えろと校長を脅すとか? そんなバカな。では自分と恋愛したいから? それもおかしい、彼がそこまで自分を贔屓する理由がわからない。
ワタルは眉をひそめ、アサキを見つめ――少しの時間が経過してから、アサキの左手を両手でつかまえた。
「わかった、アサキ。なんだかよくわからないけど、何かが隠されているんなら探さない手はないよな……でも勘違いするな。俺は……その、アサキの告白を受け入れるためじゃないから、まだ……それはできないから」
アサキが刺激した好奇心というもの……それが働き、ワタルはアサキに協力することを決めた。
それに気になるといえば気になる。この学校が恋愛禁止の理由、それが本当に深い理由があるのなら。それを違反して退学処分にされた者の行方も。
そしてアサキのこと――不思議すぎる、この編入生についても。彼が調べたいと言う学校の秘密を探っていけば、彼の秘密もおのずとわかってくるのでは。
お前って素直だな、と。アサキは笑っていた。
「アサキ、まずはどうすればいいんだ?」
怖いくらいの己の好奇心。自分でも不気味だと思う心の高鳴りに当惑しながらも、ワタルはアサキの瞳を見返していた。
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