第19話 誕生日プレゼント

 柱時計の部屋を出たところで、ケイがワタルの腕をつかんできた。手首に急にきた他人の体温に、ワタルの鼓動は高鳴ってしまった。


「な、なに、ケイちゃん」


 慣れた人物とはいえ急に触れられるのはやはり緊張してしまう……いや、コウタやシドウの接近はしょっちゅうだからか、あまり緊張はしないのだけど。


「ワタル、俺、思い出したことがある。この別棟……昔の本校舎なんだ、学年の教室とか職員室とか、本当はこっちにあった。今の本校舎は……学校が再開する直前に建てられたものだ」


 そうなんだ、と。ワタル達は新たな情報にそれぞれが納得した。だから理事長室だけはこんな離れた場所に残っているのか。

 では理事長にとって都合が悪いものは、こちら側にある確率が高いのではないか。


「あ、そういえばケイちゃん、懐中時計を持っていたよな? ちょっと見せてくれない?」


 ワタルに促され、ケイはズボンのポケットから懐中時計を出してみせた。

 銀色のフォルム――それは使われているせいか、さっき柱時計の中から見つかった物よりも光沢があり、きれいだ。裏側を見せてもらったが刻まれた文字はなく、銀色の傷一つない表面が指を滑らせてくれる。


「ケイちゃん、これを見て」


 ワタルはケイにもう一つの懐中時計を見せた。二つを並べるとその見た目は全く一緒で、文字盤の数字の形や針の形、全てが統一していた。

 唯一違うのはケイのは時が刻まれ、カチコチと音が鳴っていることだ。


 ケイの目が見開き「これは」と二つを見比べる。


「これは今の部屋にあった柱時計の中にあったんだ」


「これは……うぅ……」


 ケイは苦しげにうめき、右手で両目を覆う。

 何かを思い出している様子を見守りながら、ワタルはケイの言葉を待った。


「……そうだ、これは……タクのだ」


 その答えにワタルは「えっ」と、止まった懐中時計の方を見た。だって裏側にはイニシャルがあるのに、タクでは合わないではないか。

 混乱するワタルをよそに、ケイは続けた。


「これはタクの持ち物で間違いない。タクが見せてくれたから……でも、俺は、なんで同じ懐中時計を持っているんだろう……ごめん、いつ手に入れたかはわからない」


 ケイは自分の懐中時計を大事そうに握りしめる。


「でも……その懐中時計はタクの大事な物。タクはプレゼントをするつもりだったんだ」


 ケイのその言葉で、ワタルは気づかされた。


「もしかしてA……アサキに?」


「そう、あいつが死んでしまった翌日はアサキの誕生日だった……タクは自分が一番大切にしている物を贈りたいと言っていた。だから名前を刻んで贈ろうとしていたんだ」


 その望みは叶わなかったけれど。

 それを思うとタクが不憫でならないし、そんな準備をしていた人物が自殺をするなんて、よほどのことが、起きてしまったのではないかと思う。


「ケイちゃん、アサキってそのことは知らないのか? タクが死んだ後って、あいつはどうしたんだ」


 ケイは銀髪をゆっくりと左右に振った。そのことについてはわからない、とそれで物語っている。


「やっぱり本人に聞くしかないか……アサキ、一体どこにいるんだろう」


 ワタルはタクの懐中時計をズボンのポケットにしまい、息をついた。もう空の夕日が完全に暮れつつある今、早く切り上げなければならないが、この時を逃してはいけないかもしれない。

 なにせ自分は時が止まった状態、それを理事長にはもう知られている……これを解決しなければ明日から普通に学校には通えないだろう。


 とりあえず両親に心配をかけてはいけないから、と。ワタルは『友達の家で勉強するから遅くなる』とメールをしておいた。これならあと二、三時間は大丈夫だろう。


 そんなワタルの様子を見てシドウとコウタが「真面目だねぇ」と茶化してきたので、そこは軽くあしらっておいた――こんなやり取り、普通なことだけど、これからもずっとできたらいいのに、と心の中で望んでしまうと、やっぱりさびしくなってしまった。


「ワタル」


 自分の様子に気がついたのか、シドウは幸せそうに笑っていた、隣のコウタも。


「大丈夫、事態はきっと良い方向に進むから」


「そうだよ、ワタル。ボクが手伝うんだから」


 そんな二人の言葉に、ワタルは胸の中が温かくあるのを感じながらうなづく。

 そしてケイに視線を向けると、彼も無表情だったが力強くうなずいた。


「……ワタル、一つだけ思い当たる場所がある。この校舎の一階の端に、過去のニ年の教室がある。タクや俺、アサキの使っていた教室だ、もしかしたら――」


 そういう場所には足を運んでみるに限る。

 ワタル達は一階に降り、一番端にある教室へと向かう。この時間だとこの別棟を使う生徒もいないのか、廊下も各教室も電気がついていなくて暗さを保っている。


 ただでさえ、なぜか空気がひんやりとする別棟だ。暗くなってしまうと不気味な場所でしかない。他の三人がいなかったら絶対に歩けないなとワタルは思いながら、スマホのライトを頼りに目的の教室にたどり着いた。


「……あれ、鍵がかかっている」


 教室に入るためのスライドドアに手をかけたが、ドアはびくともしない。ドアの取手の部分には鍵穴もある、やはり鍵がかかっているようだ。


「よし、ここは俺がなんとかしてあげるよ」


 そう言って前に出たのは「待ってました」とばかりに両手を広げ、両手の指をワキワキと動かしているシドウだ。


 シドウは鍵穴の中に細い棒状の物を差し込み、鍵穴に耳を近づけながら棒を動かし始めたので、ワタルは作業ができるようにスマホで照らしてあげた。


 そんな様子を見ていたコウタが「これは俗にピッキングと言います」とふざけた調子で言った。


「シドウのことだから、生前のぞきとかで使っていたんだよ、きっと。やだやだ怖いなぁ」


「何言ってんだよ、俺はワタルの裸しか興味ないからね。他はのぞいてません」


 会話に気になる点を感じながらも、ワタルはシドウの作業を見守る。

 するとほどなくして鍵が重たい音を響かせ、閉め切っていたスライドドアがガタッと動いた。


「ようし、開きましたよ、さっ、ワタル」


 シドウがどうぞ、と手で合図する。

 ワタルは取手に手をかけ、スライドドアを開け放つ。


 中から、この時期とは思えない冷えた空気が流れてくる。まるで冷蔵庫の中みたいだ。

 室内は教室の後ろ側に重なった机と椅子が並び、整然としていた。全く換気がされていなかったのか、カビ臭いような匂いも漂う。


 だがその中に、見知った出で立ちの生徒が立っていた。


「ワタルか、やっと開けてくれたんだな」


 ここに来るのはわかっていた、と言わんばかりの男子は「やれやれ」と首を左右に倒してストレッチを始める。

 そんな男子の名前を呼ぶと、ワタルは単刀直入にたずねた。


「アサキ、お前の知っていることを教えてもらいに来た、全ての真実を合わせるんだ」

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