第18話 懐中時計
数分間、心のおもむくままに泣きじゃくってしまった。
情けない……ワタルの抱く気持ちはそれでしかない。いくら悲しいとは言え、ボロボロ涙を流しすぎではないか。
でもまぁ、自分の素直な部分がいいとシドウも言ってくれたわけだから……素直な感情表現ということにしておこう、とワタルは気を取り直した。
「……さて、シドウ、こっからどうする? この部屋、抜け道とかあるのかな」
相変わらず柱時計が並ぶだけの室内。シドウの手がいつの間にか腰を触り、引き寄せようとしているのを身体に力を入れて阻止していると「じきに助けが来るさ」とシドウは余裕だった。
「それよりワタル、俺さっき柱時計の中を調べたら面白い物を見つけちゃった」
なになに、とシドウに近寄ると。彼は軽い金属音を立てる物を手に忍ばせ、差し出してきた。長い金属チェーンがチャリッと音を立てるそれは――時計?
チェーンのついた、銀縁の懐中時計。年代物なのか、銀色がくすんだそれは針を動かすことなく、時を止めていた。
「……見たことがある」
ワタルは見覚えのある懐中時計をジッと眺めた。誰かが持っていた気がする。持っていたらかっこいい人物がいたはずだ。
それを思い出したワタルは「あっ」と声を上げた。
「ケイちゃん! ケイちゃんが同じ物を持っていたっ」
うろ覚えだが特徴はよく似ていると思う。でもなぜケイちゃんが持っていた物と同じ物が、柱時計の中に隠されていたのだろう。
「俺も持ち主まではわからなかったんだなぁ。でも何か関係があるよ〜、ほら、こことか」
シドウは落とさないように気を使いながら懐中時計をひっくり返して裏を見せた。なめらかな銀色の表面には二つのアルファベットが刻まれている。
「……A.Uへ? これはイニシャル?」
「だろうねぇ」
二人でイニシャルを見つめながら首を傾げる。Uという名字、Aという名前……ん? Aなら『あ』、Uなら『う』しかないじゃないか。
「……アサキ?」
これが二十三年前のことが関係あり、さらにタクが関係しているなら。それに繋がるのはアサキしかいない。
でもアサキの名字は知らなかった。
「ワタル、あのさ……」
急に、シドウが申し訳なさそうに声を落とした。
「ごめん、俺はこれのイニシャルが誰なのかと、あと理事長の正体についても、実はわかっている。でも理事長については俺もどう説明したらいいかわからないんだ」
「えっ……そ、そうなんだ」
シドウの告白にワタルは驚いた――が、だから先程のシドウと理事長のやり取りにも納得ができた。シドウは理事長のことを何か知っているように話をしていたから。
「だから、とりあえずはこれを持つはずだった当人と話をしようか。ワタルの予想はあっているからね。そして……理事長の正体、真実には自力でたどり着いて欲しいと思う。そのために俺はサポートするから」
珍しく真剣にシドウが話をするので、ワタルは「わかった」としか返事ができなかった。
理事長の秘密……一体タク達と何が関係しているのだろう。
それも気になったが。ワタルはシドウを見ていたら全く別のことも気になってしまった。
「シドウ、あの……コウタは……コウタは、あと半年ぐらいって言っていた……シドウは、いつまで、なんだ? ずっと一緒にはいられないのか?」
何が、とまでは言わなかった、言いたくなかった。コウタと同じく死んだ存在であるとも、過ごせる時が決まっているとも。彼も同じだということ……そこは今は、深く考えたくないのだ。
シドウはそんな自分の考えがわかるのか、いつもみたいに陽気に笑った。
「そうねぇ、ワタルがキスでもしてくれて、愛してくれたら生涯いるかもよ?」
「……またそうやってふざける」
「違うってばぁ、だって愛の力は偉大なんだから、なんでもできちゃうんだから、ねっ? よければ試してみてよ?」
そう言いながらシドウは顔を近づけてきた。薄暗い中に二人きり、しかも触れられるぐらいに至近距離。恋人同士だったらどうにでもなってしまいそうなシチュエーションだ。
「……ほ、本当に……すればシドウはいてくれるのか?」
間近で揺れる黒髪とチェーンのピアス。
「うん」という、子供みたいな返事。
ワタルは膝の上に置いた手に力を入れる。
自分は、シドウとずっといたいと思う。けれどそれは……恋愛じゃないかもしれない、親友としてじゃないかな。わからない、わからないんだ、自分のことだけど。
でもシドウがいてくれるなら、そうしたい。彼が本当にいてくれるなら……。
自分の心と葛藤し、自分の鼓動の大きさに戸惑いを感じていた時だった。
ガラガラガラガラ、と大きめな音を立てて出入り口であるスライドドアが突然開き、ワタルは椅子から飛び上がった。
「ワタル! 大丈夫っ!? シドウにイタズラされていないっ?」
室内に飛び込んできたのは小柄な身体、にぎやかな話し方、慌ただしい素振りを見せる存在。
彼は瞬時にワタルとシドウの間に割り込むと、いつものようにワタルの腕にしがみついてきた。
「ワタル! 心配したよっ、やっぱりシドウなんかとペアにしちゃダメだったんだよ! ワタル、襲われてなかった? 汚されてない?」
相変わらず元気いっぱいのコウタは腕に頬ずりをしながら、ワタルの安否を気づかってきた。
そんなコウタの後からはケイが遅れて入ってくるが、同じく「大丈夫か?」とたずねながらシドウを鋭い目つきで睨んでいる。
「コウタ、ケイ、なんでここが?」
こんな場所に偶然訪れるわけがない。コウタの背中をポンポンと叩きながら、ワタルは二人が来た理由をたずねる。
理由を答えてくれたのは無邪気を装って笑うコウタだ。
「うん? あぁ〜あのね、シドウが教えてくれたんだよ――シドウ、僕とは……なんていうかな、テレパシーみたいな? で簡単に会話ができるんだよね」
これはまた不思議な事態だとワタルは目を丸くした。
「その様子だと、ワタルもシドウのことはわかっているでしょ? まぁ、そんなもん同士だからさ……でもシドウのヤツ、ワタルがどこでどうしていて、ピンチだ! しか伝えてこないからさ! てっきりワタルがシドウに何かされてるんじゃないかと」
なるほど、とワタルは思いながら「そしたら自分から伝えないでしょ」とコウタにツッコミを入れておいた。
コウタは「確かにっ!」と楽しそうに笑いながら、またワタルの腕にスリスリと頬ずりしていた。
「まぁ、そんな感じよワタル。でももうちょいだったのになぁ……残念」
シドウがそんなことを呟くと、コウタは笑みを顔に貼りつけたまま「何が?」と答えによっては許さないというオーラを出し始める。
感動の再会? も瞬時に終わり、ワタルは殺伐とした他三人もなだめながら、もう一人の鍵となる人物を探すことにした。
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