第20話 暗闇に堕ちる

 急に来たな、とアサキは不敵に笑う。

 ワタルはアサキの前に立ち、他三人はそれを囲むようにしながら、アサキを見つめ――いや見張っていた。


「オレが知っていることは全部お前に伝えたよ」


「いや、俺はアサキからタクは恋人だったことしか聞いていないから。タクのためにも、俺は真実を突き止めたいんだ」


 スマホのライトに照らされたアサキはいぶかしむように目を細めた。


「なんでタクのため? あいつはもう死んでしまったんだ」


「確かにタクは死んでいる、でも消えたわけじゃないんだ」


 ワタルはアサキにタクの魂が学校内にいることを話した。子供の姿でいること、悲しそうな表情をしていること、そして懐中時計のことも。


 黙って事情を聞いていたアサキは話が終わると「ふーん」と軽い返事をした。


「なるほど……じゃあオレをここに閉じ込めたのはそのガキってわけか」


 トゲのある言い方にワタルは目を丸くした。


「数日前、オレの目の前を通って、オレをここに誘い込んで、鍵をかけやがったんだ。それが奇妙な力が働いてんのか、鍵もドアもビクともしやがらねぇ……そいつがタクだったのか」


 アサキはイラついたように拳を握りしめると自分の太腿を叩いた。冷えた空気に、ピリつくようなものが混じった気がする。


「なんでだ? あいつは昔からわからねぇ、人の誕生日前に勝手に死んだかと思えば、今度はオレの邪魔をしやがる。あいつは恋人だったんだぜ? なのになんで何も言わない、オレに頼らない、邪魔ばかりするんだよっ」


 アサキが一歩踏み出すと周囲を固めていた三人も一歩踏み出し、牽制するように身構える。

 赤い瞳は鈍く光り、獲物をにらむようにワタルを捉えていた。


「オレの誕生日前の、午後四時三十二分……あいつが飛び降りた時刻。用事があったオレはあいつと下校せずに自宅に帰り、電話であいつのことを聞いた……あいつは何も書き置きもせずに、一人でこの世からいなくなったんだ」


 ライトに照らされたアサキの影が、アサキの動きに合わせてゆらりと揺れる。


「警察も学校もその理由を調べたがわからなかった。オレも調べたが何も……何もできないまま、時だけが無情に過ぎる。自分の時は動いていないのに、周りだけは動き続けていく。虚しい……胸の中が空っぽのまま、ずっと――でも」


 アサキは左手をワタルに向かって差し出した。その姿は先程の理事長の姿とかぶり、ワタルは今のアサキと理事長を交互に思い浮かべる――やはり同じだ。


「オレはずっと待っていた。オレの心を熱くさせてくれる存在……お前がタクに似ているからじゃない。純粋に、素直にオレを見てくれる存在……ワタル、だからお前がいい。お前と一緒にいたい」


 アサキの笑みを見て、ワタルは背筋がスゥッと冷えるのと同時にタクを不憫に思った。


 もしタクが死ぬ前に、何があったかをアサキに相談していたら。

 アサキに素直に、助けを求めていたら。

 全ては起きなかったのではないかな……。


「ワタル、お前も時が止まったんだろ」


「だから、なんだ」


「だ、か、ら。時が止まったままなら、お前とずっと一緒にいられるだろ――っ」


 アサキの動きは素早かった。影が消えたかと思いきや、ワタルが動くよりも速くアサキは迫り、ワタルの首は彼の左腕に押さえ込まれてしまう。

 スマホを落としたせいでライトは天井を向き、それぞれの姿が朧気になる。


「ワタル!」


 三人が叫ぶ。アサキが油断していた三人を見据えて楽しげに笑っている中、ワタルはまたもや訪れたこの状況に、疑問を投げずにはいられない。


「ア、アサキ……! お前と、理事長って一体なんの関係があるんだよっ……!」


 ワタルの首をきっちりガードしたまま、アサキは「理事長だぁ?」と気だるそうに答えた。


「理事長は、お前と似ているっ、姿も雰囲気も、ちょっとした仕草も……何か関係があるんだろっ」


「あぁ、理事長ならオレの伯父だ。けれどそれは昔の理事長。学校が休校になる前のな……今の理事長は――」


「……今の、理事長は……?」


「……気になるなら自分で調べるんだな。もっとも、ワタルのことはもう離さないから、調べるっていうことはもうできないんだけどな」


 アサキはワタルの耳元に口を近づけ、ささやく――一緒に行こう、と。


 その言葉の刹那、ワタルは何が起こったのかわからなかった。

 視界が急に真っ暗になり、身体がふわりと浮いたような気がした。


 遠くの方で三人の叫び声がする。心配をする声が。

 それは遠退き、やがて聞こえなくなる。


「アサキ、――アサキっ! 何してるんだよ」


 暗闇の中、ワタルは叫ぶ。何がなんだかわからないが、身体は横になり、足は地につかず、手は振り回しても何にも当たらない。

 アサキがいるはずなのに側にいるという感覚もない……だが声はする。


「ワタル、これからはオレと一緒にいよう。時が流れない同士、ずっと一緒にいられるんだ。ワタルだって、オレを意識していないわけでもないだろ」


 暗闇でもアサキの声がハッキリと聞こえる。近くにいるような気がするのに、手足をバタつかせても彼には当たらない。


「か、勝手なことを言うな――漆原アサキ……!」


 ワタルは彼の本名を口にした。

 懐中時計に刻まれたA.U……漆原アサキ。

 先程も自分で言っていた、過去の理事長は伯父である、と。


「確かに、確かにお前はカッコいいし、見惚れる部分はたくさんあるよ! でもな、お前はタクを想ってきたはずだ! ずっとタクをっ」


 タクはきっと言いたかったはずだ。言いたかったけれど秘密を言えずに迷っていたはずだ。

 だから未練が残り、まだ学校の中にいるのだ。タクにはアサキが必要なんだ。


 ワタルは暗闇の中、怖いという気持ちを表に出さないために話し続ける。


「タクはアサキと話したがってる。でもお前が憎しみを出すから――」


「違うな」


 一刀両断するようなアサキの返答に、ワタルの言葉が止まる。


「残念だけどワタル、オレはアサキであるが本当の、本人じゃない……ただの捨てられたクズなんだよ。哀れな塊でしかないんだよ」


 ワタルは絶句する。

 アサキは、アサキではない……?


「あのガキが話したいなら、とうに話しているはずだ。あいつがオレを閉じ込めたのが証拠だ……全てを解決したいなら、本物に目をつけなきゃ。でもワタルは、もうここから出られない、オレが出さないから。ずっと一緒にいよう、ワタル、愛してるから」


「アサキ――!」


 ワタルは叫ぶ、叫びは暗闇に吸い込まれる。

 アサキからの返事はない。ただアサキに包まれているような感覚はある……これがずっと一緒、ということなのか。


 闇に触れ、ワタルは気づいた。

 違ったんだ、アサキは――『これ』は時が止まった存在ではないんだ。

 本当のアサキという人物が過去に――おそらくタクが死んだ運命の日に、本当のアサキが捨てた、タクへの悲しみと憎しみの思い。


 それがなんらかのきっかけでアサキとして形をなし、悲しみと憎しみを埋めるために動いてしまったんだ。

 きっかけはわからない、自分が現れたからか。タクが動いたからか。

 理事長が動いたからか。


 ……理事長? 漆原理事長?


 シドウが言っていた。理事長とアサキには関係があるんだけど説明ができない、と。


「もしかしたら、本当の……!」


 みんな、助けてくれ。

 怖い、まだ消えたくない、俺は生きたい。

 タクのことも、みんなのことも……俺は助けたい! 助けたいのに何もできないなんて。

 そんなのは嫌だ!


 ワタルは三人に訴えた。暗闇の中、三人の名前を呼び続けた。

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