第21話 もう一人いた

 ワタルが消えてしまった。

 ケイはどうすべきかを考える。

 ワタルなら、きっと――。


「理事長か……」


 ケイはボソッと呟くと、ワタルのスマホを拾い上げようと、床に手を伸ばした。

 するとスマホにくっつくようにある物が落ちているのに気がつく。


 それは銀色のフォルムをした、時を止めた懐中時計。タクが愛する人に贈ろうとしていた物。


 タク……自分にとっても愛しい人だった人物の名前を心で呟き、ケイは懐中時計とスマホを拾う。タクのことも、ワタルのことも。今度こそ救う、ワタルの未来を繋げる。


 ケイは静かに決意すると点灯したままのスマホのライトで側に立っていたコウタとシドウを照らした。


「……理事長を探す」


 そしてタクを理事長と合わすことができれば。アサキからワタルを取り戻せるだろう。


 コウタもシドウも同意とばかりにうなずいていた。


「ボク達、初めて意見が一致したんじゃない? まぁ全てはワタルのため、なんだけど。あんなヤツにワタルは渡せないよね」


「だね……でもあの『アサキ』は、なんなんだろうねぇ。理事長とおんなじ感じがするのに、性格は真逆というか、冷徹な理事長に足りないのがあの『アサキ』みたいな?」


 シドウの考察に、コウタは「本人に会えばわかるでしょ」と言って、先に廊下へと出ていってしまった。

 シドウも「そうですねぇ」と言いながら黒髪を手でかき上げ、ケイを見つめる。


「なんにしろ、死んでいる俺達じゃワタルを守るのが難しいからね。不本意だけど、お前に任せる部分は、任せるから」


 ケイはうなずく。始めからなんとなくわかってはいた。この二人は異質な存在だと。

 でもワタルに害をなす存在ではないから行動を共にしてきた。ワタルも、今のワタルなら、二人の秘密は周知しているだろう。


 しかし、あの二人の力が予想以上に消耗しているのはきっと知らない。彼らに残された時間はおそらく残り少ない。

 その前にワタルを助け出さなければ。


 コウタに続き、ケイとシドウが向かったのは理事長室だ。理事長がいるとしたらそこしかいない、そして今なら理事長はそこで待っているような気がするのだ。


 階段を上がりながら、ケイは何気なくポケットに入れていた自分の懐中時計に手を伸ばした。文字盤を見ると、時刻は六時過ぎているのだが、秒針が動いていない。多分ゼンマイの巻き上げが切れたのだろう。


 懐中時計はリューズというゼンマイを巻く作業を一日一回はやらないと動かない。


 時が止まってしまう。


 それを考えた時、ケイの階段を上がる足は途中で止まる。先を歩いていたコウタ、後ろにいたシドウが同時に「どうした?」と声を上げた。


 ケイは暗い天井を見つめたまま、頭に思い浮かんだことを言葉にする。


「タクが死んだ時から全ての時は止まった。タクの懐中時計も、タクと同じように誰かに想いを寄せる人も。四時三十二分……タクが死んだ時間に――だが一つ妙なことがわかった」


 前後からコウタとシドウの「へえ」やら「ほぉ」という感心の声が上がる。


「タクの懐中時計、リューズ……ゼンマイを巻く部品が壊れているんだ。これがもし、タクと共に飛び降りて地面に叩きつけられたとしたら、もっと損傷がひどいと思う。リューズだけなんて変だ。タクは大事な懐中時計は肌見離さず持っていたのに」


 シドウは「ふむふむ」と言いながら「それが意味するところは?」と話を促す。


「タクは死ぬ前に時計を手放した……もしくは時計をなくしている。時を止めた人物が他にいるのかもしれない」


 なぜだ。なぜタクの懐中時計は持っていかれた。持っていって得をする人物がいるのか。


 ケイの頭の中に、唐突に、とある記憶がよみがえる。

 乱れた映像のように最初はボヤケていたそれは徐々に鮮明になり、二人の人物が現れる。


 一人は赤茶色の柔らかな髪がなびく人物、小柄な体格が愛らしいのはワタル――ではなく、彼はタクだ。

 懐かしいその姿を思い出し、ケイの頬はほころぶ。タク――今でも大切なことは変わらない。


 そしてもう一人の人物は。

 黒髪のショートヘア。真面目そうだがほほえむ感じは人当たりの良さそうな印象を与える男子。勉強が、特に国語が得意だった。


 彼もまた自分やタクのクラスメートであるが、自分達とは一年生からの付き合いであるから、関わりは一年ぐらいでしかない。


 けれどアサキとは小学校からの付き合いだという話は聞いている。お互いに頭が良く、運動もでき、アサキと彼はいつも張り合ってきて、彼の方がいつも優位に立っていた。


 そんな彼だが、アサキが側にいると緊張感なのか気持ちが落ち着かなくなるのか、手の親指と人差し指を胸の前でこすり合わせる変な癖を持っていて。それを見かける機会は結構多かった。だから印象深い、記憶に残りやすい男子だ。


 彼の名前は、ナオキ――小田野ナオキ。


『小田野』……頭の中に、その言葉が浮かぶ。


 ケイは音が鳴るほど息を飲み、遠くを見つめながら目を見開いた。その驚いた様子を前にいるコウタが珍しいものを見るようにジッと見ている。


 思い出してしまった。

 自分の記憶はなぜ断片的なんだろうか、飛び降りた後遺症なのか。もっと早く思い出せれば。今さらそれを口惜しく感じてしまう。


 昔のクラスメートはもう一人いた。しかもそれは今の時にも関わる重要な人物だった。

 記憶に残る、真面目そうだが優しさを表に出す男子は間違いない、担任の小田野だ。


 けれどなぜ小田野が? なぜあの時から今まで存在しているのか……いや、成長して教員となり、この学校に赴任したとしてもおかしくはないが。それをあの理事長が許すだろうか。タクのことを知る、人物が。


 ケイはよみがえった記憶についてコウタとシドウに話した。

 二人は「小田野!?」と声に出して驚いていた。


「……小田野ナオキ、優秀なクラスメート。あいつもタクと親しかった。でもアサキのことは毛嫌いしているようだった、ライバル視していたんだ、ずっと一緒だったし」


 シドウは「なるほど」と後ろで納得すると「じゃあ小田野にも話を聞かないとかな」と現在できる選択肢を増やしてきた。


 理事長か小田野か。


 ケイは「もう一つ」と二人に述べた。


「タクの懐中時計……これを直す。そうすればタクは……話をしてくれる気がする」


「根拠あるの、それ?」


 コウタの鋭い問いに対し、ケイは首を横に振る。根拠はない。ただタクは全てを避けているし、アサキすら避けているから。彼に繋がるのはこれしかないのだ。


 ケイの正直な答えを聞くとコウタはフフッと愉快そうに笑った。


「ケイはさ、嘘つけないヤツだよね、ホント。でもケイの考え、直感、それはキライじゃない。だから信じてあげるよ、アンタがワタルを大好きだって言うのも嘘じゃないしね」


「あらら、コウタがそんなふうに人をほめるなんて珍しい。今夜は嵐がくるねぇ」


「ある意味、嵐が起こるかもよ!」


 前後二人のやり取りを聞き、ケイも微笑を浮かべる。

 この二人がいればワタルを救うことができる、それは確信が持てる。


 三人はやることを分担した。

 懐中時計の修理は扱いが慣れているケイ、理事長の元へは話術に長けたコウタ、癖のありそうな小田野の元へはシドウ。


 頼ってくれたワタルのため、三人は動き出した。

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