第24話 タクとケイ
よく笑う、笑顔のかわいい男子だった。
そんな彼に出会ったのは高校に入ったばかりの初日のこと。
初めてのクラス、環境、自分の座席。
慣れない全てに戸惑い、人付き合いが得意ではない自分は黙って席に座って、黒板をジッと眺めているだけだった。
そんな時だ、隣の席に座るなり、無邪気な丸い瞳をこちらに向けている生徒の存在に気づいたのは。
「わぁ、はじめまして、俺はタク。タクって気軽に呼んでくれていいから。お前、すげぇ背高いし、めちゃくちゃカッコいいな。名前は?」
「……ケイ」
「ケイ? ほー、じゃあケイちゃんって呼ぶかな、なんとなく。ちゃん付けの方が早く仲良く慣れそうだし? よろしくケイちゃんっ」
明るくて、警戒心が全くない、屈託なく笑うタク。あまり積極的に周囲と関わらない自分は彼の性格に救われた。
タクはどんな奴とも仲良くできた。男子校でありながら、そんな彼を好きだというクラスメートは何人もいた。自分も含めて、みんなその笑顔に惹かれたのだ。
だがタクには入学してから半年ぐらいで恋人ができた。名前は――
「あ、ナオキ! 一緒に帰ろうっ!」
クラスで一番の秀才、ナオキ。彼もまた穏やかな性格で人当たりもよく、その高い学力で勉強苦手のクラスメートを何人も助けてきた救世主のような男子だ。
タクにはナオキから告白をしたのだという。仲睦まじく、暖かい日当たりが似合うような二人組。
そんな二人を見ながらケイはタクを想いながらも、ただ見守れればいいような気持ちで過ごしていた。
しかしそうでない人物もいた。
「タク、今日は一緒に帰ろうぜっ」
「あっ、アサキ。あぁ、いいよ」
ナオキがいない隙を見ては、彼はタクに声をかけていた。青い髪、赤い瞳が特徴があってかっこよく、けれど尖った性格が少し素行の悪い印象を与える生徒。
彼はアサキといい、伯父が理事長をしていることから「何をしても許されるヤツ」と周囲から羨ましがられるような、憎まれるような。でも憎まれても気にしていない強気な性格をしている。
彼もまたタクに好意を抱いているというのはその積極的な物言いから誰もがわかっていた。
それは恋人であるナオキも察していた。
「アサキ、タクは僕の恋人なんだからな」
「んなことわかってるけど、別にたまに帰ったり話したりするのは関係ないだろ。それともそんなことも許容できないほど心が狭いのか?」
「うるさいな、出来が悪いくせに、偉そうに言うな」
普段穏やかなナオキも、アサキに対しては言い方や態度にトゲがあった。聞けば二人は小学校からの付き合いがあり、二人とも成績が均衡していて何かと張り合うことが多かったらしい。
それでもほんのわずかにナオキの方が実力があるらしく、学力テストでも運動テストでも、ナオキが一位でアサキはいつも二位であったという。それでもアサキは全く気にしていないらしいが。
だから二人が、タクを巡ってよく衝突をしているのは多くの者が見ていた。
一年生の時はずっとそんな感じが続き、変化が起きたのは二年に上がり、夏休みを終えた二学期早々のことだった。
「……ケイちゃん、俺ね、ナオキとは夏休みの間に別れちゃったんだ」
昼休みに二人で屋上にいた時、突然タクがそんなことを言い出した。
どうかしたのか、とケイはその理由を静かに問う。
タクにいつもの明るい様子はなく、表情は夏の日差しに似合わず、暗く沈んでいた。
「俺……アサキが好きになったんだ」
それは意外というべきか、けれど恋愛としては時折あることともいうべきか。
一年間、ずっと仲が良いように見えたタクとナオキであったのに。
「アサキがさ、俺に告白してきたんだ。それはずっと前からで、俺はナオキがいるから断ってきたんだけど……」
時を追うごとに、アサキの方に惹かれてしまった。いつまでも待つと言ってくれたことも嬉しさがある反面、申し訳なさもあり。
タクは自分自身の心を考えたのだという。
自分は誰が好きなのか。
「ひどいと思う、ナオキだってとても良い奴だ、ちょっと束縛が強いなって思う時はあるけど。でもそれも俺を好きだから、と思っている。そんなナオキも大切なんだけど心はアサキを気にしている……そんな俺に、ナオキといる資格はもうないと思ったから、だから別れた」
「……ナオキは大丈夫だったのか?」
タクは首を横に振った。
「怒ってた、当たり前だよな。なんで、とか。理由をたくさん聞かれた。けど、アサキが好きになった、なんて言えないだろ? あの二人はあんな仲だし……」
確かに、そんなことを言えばナオキは許さないだろう。穏やかなナオキもアサキに対してだけは敵意を剥き出しているから。
でも、と。ケイは立ったまま、日差しに熱された屋上の床を見て考え――呟く。
「……秘密にしても、いずれはバレてしまう……それに心なんて、時と共に変化し、動くものだ」
その言葉を聞いたタクはケイを見上げた後で、申し訳なさそうに苦笑いをした。
「ケイちゃんの考えって、誰も悪い気がしないよね……神様みたいだ、みんなが救われる。でもそれに甘えちゃいそうだ……」
タクは泣きそうに言葉をこぼす。いつもは明るい彼がそんなふうになるのは、とても辛いからじゃないだろうか。
そんなに、辛いのか。ナオキを捨て、アサキの方を選ぶのが。ナオキには悪いが幸せを選ぶのも時としては、あることだと思う。
それがそんなに、タクを苦しめるのか……?
タク、それは本当にお前の選択なのか?
自分には彼に言葉をかけてやるしかできないから。
「……いいんじゃないか、甘えられる時は甘えて。助けてほしい時は助けを求めて。好きなら好きって、好きな奴に言えばいい……」
「……そうだな、そんなふうに、素直に感情を伝えられるのが、いいよな……うん、そうだよな」
タクは大きくうなずくと、ケイに「ありがとう」と言い、青空を仰ぐ。
太陽の日差しから急いで逃れようとするかのように、二羽の小鳥が空を横切る。
タクは「暑そう、鳥」と眩しそうに呟く。
「双子かなぁ」
「かもしれないな……」
「いいよな、兄弟仲良く、元気に飛べるって」
タクのうらやましそうな呟きは、心の底からうらやましがっているように聞こえた。
あと少しで懐中時計は直る。
自分が同じ懐中時計を持っていたからよかった、修理は簡単だ。パーツを交換するだけだから。
過去、二十三年前に授業でよく使った教室の床に座りながら、スマホのライトを頼りに懐中時計を解体し、ケイは作業を進める。心の中で思っているのはタクのこと。
そしてワタルの無事。
「タク……」
これを直したら、お前は来るのか。
あの時、お前のことを何が一番苦しめたのかを教えてくれるのか。
あの屋上でのことから数日後、お前はいつものように明るい口調で言っていた――今思えば無理やりに笑っていたのかもしれない。
『この前、アサキに返事をしたんだ。そしたらさ、アサキの誕生日が、なんと数日後だって言うんだよ! 俺、何あげようかすげぇ悩んでてさ……』
悩んだ末、自分の大事にしている懐中時計をあげるのだとタクは言った。その懐中時計は両親が自分が生まれた時に購入した思い出の品だという。
その大事な物が今、この手にあるなんて。
傷をつけないよう、慎重に。落とせば暗闇に飲み込まれてしまう小さな部品を入れ替えていく。
そんなケイの脳裏に、ある言葉がよみがえった。
『特注だから、この世に二つしかないんだ!』
ケイは開いた懐中時計を手にしたまま、動きを止めた。
「なんだって……」
それは自分の記憶に問う言葉。
二つしかない? その懐中時計は?
じゃあこの手にある二つは。なぜ貴重な二つがここにあるんだ。
そもそも、自分はなぜ懐中時計を持っていたんだ?
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