第4話 コウタの想い
「まったく、さっきのはなんだったのかなぁ。今日会ったばかりなのに普通、あんなこと言わないよねぇ……あっ、でも一目惚れってやつをしたら、そうでもないか」
一人で怒り、一人で納得しているコウタは、次に教室での授業で使う教材の入ったダンボール箱を両手で抱え、廊下を歩きながらまだ文句を続けた。
「でもなぁ、相手がダメなんだよ。ワタルだよ、ワタル……ふん、恋愛がバレて編入初日で退学処分でもくらえばいいのに……あっ、ワタルと恋愛になるのはダメだから、やっぱりダメ」
日直であるコウタの荷物運びを手伝い、同じくダンボール箱を両手で運ぶワタルは、隣を歩くコウタの文句に「相変わらずよくしゃべる奴だなぁ」と思いながら苦笑した。
コウタが気に食わないでいるのは、今さっきもケイが気をやっていたアサキの一件だ。
確かに驚きの出来事であり、アサキとは
あの時から会話のタイミングをつかめないでいるが――みんなそこまで怒ることかな、と自分が関わることではあるが疑問に思ってしまう。
「ワタル……もしかして、気になってる?」
ずっと口を閉じていた自分が気になったのか、コウタが抱えたダンボール箱の上で口を尖らせながらたずねてきた。
「あいつのこと、気になってる?」
「えっ、なんだよ。違うって別に……」
ワタルが否定すると、コウタは「ふーん」と、ふてくされたように言った。
「……確かにさぁ、あのアサキって奴はかっこいいよ? 背だって高い、雰囲気は悪っぽいけどそれがいい。相手を見据える悪魔みたいな赤い目も素敵〜ってなるよね」
コウタは、ふぅっと息をつくと足を止めた。そんな彼に合わせてワタルも足を止め、後ろへと振り返る。
コウタは目を伏せ、ダンボール箱の表面をさびしそうに見つめていた。
「ワタルは……かっこいい人が好き、なんだよね」
「なんだよ、それ」
「ワタル、初めて会った時に、ボクのことをなんて言ったか覚えてる?」
突然のコウタの問い。ワタルは首を傾げたものの、まだ数ヵ月前のことだと思い、記憶をたどることにした。
初めての教室、初めての高校生活。
楽しむためには、やはり友達を作ること。
教室中央の席を指定されたワタルは隣の席に座り、静かに本を読んでいる一人の生徒を横目で見つめた。
眼鏡をかけた金髪の男子。真剣に本を読むその姿はすごく頭が良さそうだと感じる。見た目は自分と同じで背は160センチぐらいというところ。顔は愛らしさが漂ってはいるが、鋭く相手を射抜きそうな金の瞳は愛らしいとはまた違う、純金の鋭利なナイフのようだ。
そんな彼をさり気なく見ていただけなのだが。見ていたら自然と、思いもよらない言葉が自分の口から出ていた。
「……かっこいい」
他の生徒達の話し声が響く教室。その言葉は静かでなければ聞こえない微量のテレビぐらいの音量であったはずなのに。
隣で本に向けられていた視線が、パッとこちらを向く。ワタルはしまった、と内心で焦る。
最初は笑みもなく、軽く口を尖らせて、 彼は何も言わなかった。
けれど数回瞬きをした後、彼は金色の瞳を細め、本を閉じて笑った。
「……キミはこの辺の人? おいしいお店とか知ってる?」
唐突にそんなことを言われ、ワタルは戸惑いながらもうなずいた。そう言うということは、この生徒はこの辺には詳しくはないということだ。離れた中学から、ここを選んで進学して来たのだろうか。
だってこんな目立つ容姿の人物に出会っていたら忘れようがない。
「えへへ……ね、よかったらさ、帰りにボクとお茶して帰らない? キミのこと、色々知りたいな。あっ、ボクのことも聞いてくれていいからね」
さっきまでの人と距離を置くような刺々しいオーラはどこへやら。コウタと名乗る美少年は、それはそれはよくしゃべる明るい性格をしていた。
やはり中学はここから離れた場所にあったので、この土地には馴染みがないということ。勉強が得意だが、心理学が実は好きということ。
中学時は結構、男女共にモテて大変だったという自慢話も聞いた。
「ワタルは? ワタルはどんな中学生だった? 恋人とかいる?」
学校帰りに寄った喫茶店で、コーヒーのカップを片手で持ったまま、コウタは次から次へと質問をぶつけてきた。
それだけ自分のことを知ろうとしてくれるのは嬉しいが、まだ話し始めたばかりの関係だというのに、ずいぶん積極的というか――ズケズケ臆さずに聞いてくるな、とワタルも冷たい紅茶を飲みながら思った。
自分はごく普通の中学で、ごく普通の成績を修めてきたこと。部活は特にやってこなかったこと。恋人はいないこと……なんだかパッとしない経歴だなと自分でそう思いながら。
結局はコウタの質問にワタルは答えていく。
「じゃあね、じゃあね――」
質問に答えると、また次の質問をコウタはしてくる。本当によくしゃべる、にぎやかな奴。
けれどうるさいとか嫌だとかいう嫌悪感は抱かなかった。なぜならコウタがとても楽しそうに、頬をかすかに赤くしながら話をしていたからだ。
夢中になっている、そんな様子――見ている方が嬉しくなる。だからつい、また質問に答えてしまう。
「ワタル、ねぇ、次に聞きたいのはねー」
真向かいにテーブルを挟んで座ったコウタが、テーブルに置いた手に、自らの手を重ねて
くる――恥ずかしい、でも温かい、優しい手。
そんな嬉し恥ずかしさを感じながら味わう、楽しいひととき。
ちなみに帰りに寄った喫茶店は「また行こうね」と言われ、その後も頻繁に通うことになるとは、この時は思いもしなかった。
「ワタル、ボクをかっこいいって言ってくれたんだよねぇ」
コウタは嬉しそうにほほ笑み、持っていたダンボール箱の上に顔を乗っけていた。
そう言えばそうだったなぁ、と思いつつ。ワタルは容姿がかわいらしいコウタには確かに垣間見えるかっこいい部分があることを実感している。
さっきのアサキに対する態度だって、ちょっと怖い面もあったが、かっこよかったと思う。もし彼が恋人であり、そんな態度で守ってくれたりしたら嬉しいに違いない。
ワタルが勝手な想像に一人でうなずいていると、コウタはフフッと笑っていた。
「……ボクってさ、こんな容姿じゃない? だからどこにいてもかわいいとかは言われるんだけど、かっこいいとは言われたことなくてさ。だからワタルがそう言ってくれた時、ボク嬉しくてたまらなかったんだ」
心底嬉しいと言わんばかりに、コウタは爪先を立ったり戻したりして身体を弾ませている。
何気なく発した言葉にこんなに喜んでくれているとは思いもしなかった、のだが。
「……かわいいのってさぁ、いいことばかりじゃないんだよね……かわいいからって、みんな周りの奴、調子に乗る時があるからね……そんなの、イヤだよね」
突然、異様にコウタの声のトーンが低くなった。顔は笑っているのに――いや、よく見ると笑みを張りつけたようになっている。それは見ていると血の気が引くような怖さがある。
さっきまでただ無邪気にほほ笑んでいたはずなのに。でも今いるのは、笑みを浮かべながら、心はどこかへ。張りついた笑みはその裏に何かを隠しているような。
そんなコウタに対し、ワタルは胸の中が冷たくなるのを感じた。
明るく、よくしゃべるコウタ。けれど彼に関して知らないことはまだまだあり、コウタには何かがある、そう思わざるをえない。
でも今は知ることはできないだろう。
それは自分にいつか、話してくれるものだろうか。こんなに慕ってくれているのなら、彼のことをもっと教えてくれるだろうか。
ワタルは親しくなった友人を見て思う。
「……あっ、ワタル! 早くこれ持ってこ」
再び笑顔になり、コウタは軽やかに廊下を走り出していた。
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