第13話 ボクも死んでいた

 それは、その言葉の意味は。


「ワタルと出会った、あの入学式の日。その翌日、ボクはさっきみたいなヤツらに、他校のヤツらだけど、下校中に捕まった。誰もいない、暗い、倉庫みたいな場所まで引っ張られて、数人がかりでね、乱暴されたわけ」


 ワタルを抱きしめたまま、コウタは笑っているような口調で語る。


「ショックだったよ、一言で言えばね。全部言うなら……怖くて悲しくて辛くて、この世の全てが憎いって感じた。汚された自分の身体も触りたくないって思うほど汚く感じた……別に自分が清らかだとは思ってないけどさ」


 だからコウタは、タクがどういう思いで自殺をしたのか、を考えたのか。自分で死ぬというのが、どれほどに覚悟がいるものかを。かすかな希望があれば思いとどまることができるのに、それもできない状況がどんなものなのかを自分に教えてくれたのか。


「たまらなく嫌で。ボクは家族が持っていた睡眠薬を使った。飲んだ後はとっても気持ち良かった……何も考えないまま寝たら、もう全てが終わっているんだから」


 そんな、悲しすぎる。

 ワタルは冷たい沼に落とされたような気分で、コウタを抱きしめ返した。


「じゃ、じゃあ……今、ここにいるコウタはなんなんだよ? ずっと一緒に勉強もしてきて、帰りにいつも喫茶店に寄って。俺とこうして話をしているお前は、なんなんだよ」


 温もりはないけど、抱きしめることはできる。息づかいだって感じるのに。


「ボクは死んでいる、その事実は変えられない。でもボクのかすかな希望を叶えようと協力してくれたヤツがいるんだ。そいつのおかげでボクは、抜け出たボクの身体に、ほんの少しの間だけ滞在している。でもこの身体を使えるのは一年ぐらいって言われていたから、あと半年ぐらいかな、さびしいね」


 さらっと。コウタは勉強を教えるように答える。事実だから仕方ない、もう決まっているから変えることはできない。


「ボクはね、ワタル。キミとの約束を守りたいから、もう一度戻ってきたんだ。初めて会った日、喫茶店に一緒に行って……また行こうってキミが言ってくれたから。なんでもない遊びの約束だけどボクは嬉しかった。でも生憎……ボクはそれを忘れていた。傷ついた後、その言葉を思い出すことができなかったんだ」


 コウタは身体を離すとワタルの両肩に手を置いた。その表情は微笑を浮かべているが、さびしいような、残念なような。眉間にしわを寄せながら片方の手で眼鏡の真ん中を持ち上げた。


「思い出すことができれば、ボクは自殺なんてしなかったかも……まぁ、今さらどうしようもないんだけどね。ボクは残されたこの時間がとても楽しいからいい。ボクの時間もアイツらみたいに、別の意味で止まったけれど、動き出すことはもうできないけれど。ワタルがいるから。残された時間はワタルのために生きたい」


 コウタは全てを受け入れている、それがわかると、胸の中が切なくて重苦しい気分になったが、潔いコウタをかっこいいとも思った。


 本当にかっこいい……。

 そしてできれば、ずっと一緒に過ごせる存在でいてほしかった。まだまだ学校生活を楽しんで、いつか卒業して。バカみたいに騒いで。

 ずっとそうしたかったなぁ……でもあと半年しか、できないんだ。


 ワタルの目尻から涙があふれてしまう。どうにもできないから悔しい、決められた別れが――まだほんの少しは時間があるとはいえ悲しい。


「……なんで、コウタも……こんな俺を気に入ってくれてるんだよぉ……」


 声を震わせながら、ワタルは己を卑下する。

 そんな言葉を聞いたコウタは愉快そうに笑った。


「あはは、何言ってんの! ワタルはかわいいもの! それにワタルは素直だ。その素直さがたまらないんだ。だからみんなワタルに夢中なんだよ。素直に人と向き合うって、簡単だけど難しいんだ、みんなプライドもあったりするから――あっ、でもワタルがアサキとかシドウとかケイと、もし付き合ったりとかしたら、それはムカつくから祟ってやる」


 面白おかしく、コウタは笑う。自殺をしてしまった彼だけど心底明るくてイタズラ好きで、にぎやかなヤツなんだとわかる。

 それゆえ傷つき、落ち込んだ自分を許せなかったのかもしれない。


 タクも、同じなのだろうか。

 黙ってアサキに何も言わずに、どれだけ苦しんだのだろう。


 ワタルは気持ちを静めるために大きく深呼吸をした。笑うコウタの前では泣くまい、なるべく、そうすることにした。


「……それにしてもコウタ、あんなに強かったんだな。プロ格闘家だった?」


「まっさかー、ボクはか弱い男の子だよ。でもね、この身体の便利なところは限界がないところだね。自分が強いって思えば強くなれるんだ。今のボクだったら敵なしだね。でも人間ってさ、自分で強いと思えば強いもんだよ」


 コウタは右手を握りしめる。


「この身体で、ワタルの願いを叶えてあげるから、頼りにしてよね? ……あとまだ時間はあるから、落ち着いたら喫茶店寄って甘いの食べよっ……って、この身体でも物は食べれるのが不思議」


「はは、わかったよ」


 そんないつもの約束を交わしていると、授業開始を知らせるチャイムが鳴ってしまった。

 二人で「あっ」と顔を見合わせ、何も言わずに笑ってダッシュした。


 確実に定められた期間しかない、半年もないかもしれないけれど。

 今の時を一緒に過ごしたいから。






 大変だ、大変だ。


 放課後になってそう騒いでいたのは教室に飛び込んできたクラスメートの一人だ。各々が帰りの準備や部活に行く準備をしている中、みんながその生徒に注目する。


「あいつが、あいつがいたんだっ! たまたま部活の用事で隣町に行ってたんだけど、外をフラッとあいつが歩いていたんだよっ!」


 生徒が言う『あいつ』とは。

 昨日の二学期開始の初日から姿を消してしまったクラスメートのこと。今はアサキが席を使っている、突然消えた生徒のことだ。


「俺、声かけたんだよっ。そしたら――そうしたら、あいつ何も答えねぇんだよ。何もわからなくなってんだ、記憶がなくなっているみたいにさっ。自分がどこの誰かもわからなくて、家族も突然いなくなったから実は捜索願出していたらしいんだ」


 だが彼が発見したことにより――発見して様子がおかしいと近くの交番に行ってみた時、そのへんの事実が発覚したらしい。

 彼は無事に家族の元へ帰り、そして病院へ行った。やはり記憶がないらしい、記憶喪失。しかも自分のことすら覚えていないレベルの。


 そのことはクラス中に動揺を与えた。不安に騒ぎ出す生徒も出てしまったため、騒ぎを聞きつけた小田野が慌てて他の教員達も連れ、全員に帰るよう促し、学校の情報発信であるスクールメールを通じて生徒達の家族へも知らせた。


 突然の失踪、でも学校側は退学処分を下した後のことだから関与していないという。

 記憶喪失。退学をくらったからって、そこまでの事態にはならないだろう。


 一体何が?

 わからないが翌日、学校は騒動について教員達が会議をするため、学校は休校となった。


 家にいながらワタルはコウタやケイ、シドウにアサキのことが気になった。


 失踪した生徒のように一部の記憶がない、二十三年前の事件に関わるケイ。


 今年度の入学の翌日に自殺し、残りの時間が限られた不可思議な存在であるコウタ。


 見えないモノが見えてしまうシドウ。


 アサキ……理事長と同じ髪色と瞳を持つ謎の男子。


 マスカレードマスクで素顔を隠した理事長。


 自殺した原因は謎で、彼が亡くなって以降、何かが起こり続けている……タク、自分によく似ているという存在。彼が全ての始まり。


 謎ばかりが募っていく。

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