生と死と時の狭間の男子達
神美
第1話 消えたクラスメート
この男子高校での校則は二つだけ。
一つが制服着用。真紅色のジャケット、ネクタイ、白いワイシャツ、きなり色のズボン。
ここまでなら守るのは全く問題はない。
でももう一つの校則は毎年、毎学期と言ってもいいほど違反した生徒の退学者を出している。
もう一つの校則は“恋愛禁止”だ。
「……あいつ、やっぱり?」
二学期、アルバイトに明け暮れた夏休みが終わり、久しぶりの登校と朝のHRが終わった後。
エアコンの効いた教室内にある一つの空席を見て、周囲の生徒達が声を潜めて話をしている。
まだ着席したままのワタルも赤茶色の整えた短髪を指でかきながら、斜め前にある空席を見つめた。
そこには気のいい同級生が一学期にはいたのだ。なのに今は、その存在を消されたかのように椅子と机がきれいな状態で置かれている。
「あぁ、二年の先輩とデキていたらしいな」
「じゃあその先輩も?」
「だろうなぁ」
クラスメートの会話だけで何があったのか想像つく。
校則違反、制服ではない、もう一つの方のだ。
それは入学式の日にも優しそうな中年の校長が校則として述べたことだ。
『この高校は他の高校に比べて校則は少ないでしょう。ですが皆さんの成長を停滞させないためにも、恋愛だけは厳しく禁止しています。在校している間は恋愛よりも勉学、運動に皆さんには励んでいただきたい。校則違反は然るべき処分もあります』
その然るべき処分とは。
退学という、処分重めのもの。
最初は厳重注意ぐらいかなとか侮っていたので、一学期が始まって早々に他クラスの一年生が退学になった時は、あらためてその校則の厳しさを多くの者が痛感したものだ。
校則違反はダメだ。そうは思うものの、多感な年代に『恋愛禁止』は抑制が厳しいのも現実だ。校内じゃなければいいのでは? と校外で恋愛をした生徒もいたらしいが結局は退学になってしまったという。
男子校だろうが、人を好きになるのに理由はない。惹かれる人がいれば当然、相手に興味を抱いてしまうのは仕方がないこと。
だからこそ違反とわかっていても身を投じてしまう、それを禁止……だなんて。
さびしい青春だなと思いながら。ワタルは息をつき、座っている椅子の前足を上げて天を仰いだ。
すると己の真上に――高めの位置から自分を見下ろす無感情の目と、無表情の顔があった。
「だぁぁっ、ケイちゃん!?」
驚いたワタルは椅子ごと後ろにひっくり返りそうになった――が、間一髪でバランスを立て直す。
そしてしっかりと全部の椅子の足が床についたのを確認してから、まだ自分を見下ろしている、その人物を見上げた。
銀色ともグレーっぽいとも言える色の薄く、毛先がはねた短髪。同じように薄い色をしていて、見ていると引き込まれそうな、きれいな湖面のような瞳。目鼻立ちもスッとして、白い半袖ワイシャツを着こなすモデルスタイルも素晴らしい、完璧なイケメンの類。
彼の名前はケイ。仲が良いクラスメートの一人で、ワタルは「ケイちゃん」と親しみを込めて呼んでいる。
けれど感情が乏しいのか、表情が表に出ることがないので何を考えているのかがわかりにくい。
それでも一学期という約三ヶ月間観察をしていると、彼から喜怒哀楽の感情は多少なりともにじみ出ているというのが、ワタルにはわかる、わかるようになったのだ。
「もー、ケイちゃん、近くにいるなら声かけてくれよ。二学期早々から魂抜けるって」
「……ごめん、ワタル。久しぶり」
ケイは笑いもせず、聞いていて心地よいぐらいの低い声でそう言った。
常にローテンションの彼だが今の感情としては怒っているわけではない、驚かせたことを反省しているのだ、と思う。
「まぁ、いいけどね。ケイちゃん、やっぱり夏休みは勉強づけだったのか?」
気を取り直して。ワタルは端整な友人の顔を見ながら笑い、夏休みのことをたずねた。
大学へ進学したいと希望を抱くケイは常に勉学に勤しんでいて、この夏休みも一緒に遊べなかった。成績優秀だがそこは難点だ。
でも勉強で行き詰まっている時には、いつも丁寧に勉強を教えてくれる。しかもそれがとてもわかりやすいので、ワタルにとって神様のように崇めてもいいぐらい、ケイは感謝すべき存在なのだ。
「ケイちゃんと遊びたかったけどなぁ、夏休み」
ワタルの笑みにつられたのか、ケイは珍しく――非常に珍しく、かすかに口角を上げた。
「あぁ、夏休み……何回も誘ってくれたのに悪かった……今度は行く」
「えっ、あっ……お、おう」
予想外の彼の笑みにワタルの心臓は大きく弾む――笑ったよ、笑ったよ、ケイちゃんが。
二学期早々、そんな新発見にドキドキしているとワタルの肩に勢いよく何かが乗っかってきた。途端に耳元が騒々しくなる。
「ワッタルーッ、やっと会えたねぇ! ねぇ、放課後、暇? 一緒にさぁ、お茶して帰ろうよっ、ねっ?」
「んなっ、重いっ! 離せよ、コウタ!」
肩に重みを乗せる人物に抗議すると、彼は「えぇー」と文句を言い、さらに首筋に腕を絡みつけてきた。
このオーバーなスキンシップと、早口でまくし立ててくる人物。
名前はコウタと言い、仲が良いクラスメートのもう一人だ。耳下まである明るい金髪、細めフレームの眼鏡、その下にある髪と同じ色の瞳。自分と並ぶ小柄で細身な体格。一見すると小リスのようで「かわいい」という分類の男子なのだが、騒々しいのが玉にキズ。
だがケイに並ぶほど優れた学力を持ち、数学なら学校で一番ではないかというぐらい数式や解読を得意としている。
そのためかは不明だが。彼は人の感情を察する、心理の解読的なものができたりするので。彼を敵に回すと心を読まれ、秘密をバラされるかもしれないという妙な強迫観念を周囲は持っていたりする。
自分はあまり気にしていない、うるさいけど楽しい奴だと思っている。
コウタは首にまとわりついたまま、ワタルの耳に息がかかる距離で、
「ワタル、ダメだよ。ケイに惹かれたりしたら……ねっ、退学になっちゃうよ」と言った。
甘い声音で図星をつかれ、ワタルはくすぐったいやら恥ずかしいやらで「だぁぁっ!」と声を上げ、首からコウタを振り払う。
コウタは毎度こんな感じだ。不必要すぎるほどの接近をしてくるから、緊張や困惑で心臓がいつもバクバクになってしまう。
でも指摘しても直そうとはしない、小悪魔のような性格。
「もーっ、朝から――うわっ!」
ワタルが文句を述べようとした時、言葉を遮るように、もう一人の見慣れた男子がニュッと横から顔を出した。
ワタルはまた椅子ごとひっくり返りそうになった。
「な、なんなんだぁ、シドウまでっ!」
傾いた椅子はシドウと呼んだ男子の手によって押さえられ、転倒は免れた。
しかしホッとする間なんてなく、今度はワタルの目と鼻の先に、彼の水色の――氷のような瞳がズイッと迫ってきたもので。
ワタルの息は瞬時に止まった。
「あはは〜いやぁ、ワタルが朝っぱらから変な二人に絡まれているからさぁ、助けに来ちゃったわけよ」
「う、シ、シドウ、か、顔が――」
近い、離れて、そう言おうとしたら。
それがわかっているシドウはさらに調子に乗り、数センチというところまで顔を近づけ、笑みを浮かべる。
首筋までの長さがある黒い無造作ヘアに右耳だけの銀のチェーンのピアス。少しツリ目できつそうな印象と、かっこいいビジュアル系な印象を持つ彼だが。実態は転じて運動嫌いでオカルトに詳しくて適当な性格というギャップを持っている。
しかもコウタ以上にスキンシップのレベルが高く、唇が触れそうだったり身体のきわどい部分を平気で触ってきたりするもので。自分的にはシドウはかっこいい半面、かなりの変態なのではないかというイメージを持っている――確かめたことはない、怖いから。
ワタルは目の前で、目をキラキラさせて状況を楽しんでいるシドウの顔面を、手の平で押し返した。
「もういいからっ! 三人でいっぺんに出てこなくても」
二学期もこの四人で、また騒がしくなりそうだな、と。ワタルは肩をすくめながら、ふと教室の後ろを見やる。
教室の端に置かれた時刻を知るための茶色い木の質感を持つ古風な柱時計。
それが一学期と変わらずに動き続けている、と思ったのだが。
あれ、なんか、形が変わった……買い替えたのかな。
よく見れば柱時計の種類が変わっている。
けれど気にするほどのことじゃない、と。
ワタルはすぐに視線を前に戻していた。
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