第31話 笑顔で別れてから

「ねぇねぇ、シドウ。ワタルとケイって、くっつくと思う? 僕はね、ありだとは思うんだけど――」


「あぁ、なるほどねぇ……でもワタルって意外と積極的だから――」


「おいっ、二人とも! 聞こえてるからっ」


 前を歩くコウタとシドウのとんでもない会話に、ワタルはたまらずツッコミを入れた。いくらこんな時間で学校に誰もいないからと言って、そんな大音声で言われたらこっちが恥ずかしい。


 コウタは一瞬ワタルを見やると、手を口に当てて、またヒソヒソ話を再開した。


「ワタルって照れ屋で、ちょっとくっついたりするとすぐ赤くなるじゃない。でもケイは天然もあるから、知らずしらずにさ――」


「わぁお、無意識で? 俺、のぞき見してたいなぁ」


 ワタルはもう一度、二人に向かって「やめろ」と叫んだ。二人はケタケタと意地悪そうに笑っている。

 ケイは――隣を歩きながら、ボーッと前を見ているだけだ。


 三人とも自分の思うがままに振る舞い、ふざけ、楽しんでいる。廊下を歩く様子はまるで次の授業に向かっている学校の一コマみたいだ。

 それがすごく楽しい――大好きだ、こんな形。


 ずっと続けば……その希望は、もういい。捨てているわけではない。二人が新たな時を歩めるように、見送らなければならないのだ。もう泣き言も後ろ向きな考えもするべきじゃない。


 ワタル達はなんだかんだと騒ぎながら玄関 までやってくると全員で靴を履き替え、正門に向かった。

 こんな時間ということもあって正門はさすがに閉じられていた。だが端にはほんの少し人がなんとか通れる隙間がある。

 コウタとシドウはその隙間から抜け出ると、正門を隔ててワタルと向き合った。


「なんか、変な感じっ」


 コウタは笑みを浮かべながら眼鏡の真ん中を指で押し上げた。

 そんな仕草を見るのもこれで最後だ。


「俺達、まだ半年ぐらいしかいなかったのにもう退学? コウタが悪いことばっかりするから、やだねぇ」


 なんだよ、と言い返すコウタをからかい、シドウも楽しそうに笑うと、得意の高身長を活かして正門の上から手を伸ばし、ワタルの頭をワシャワシャとなでた。

 その様子にコウタが「あっ、ずるい! ワタルに触るなんて」と抗議の声を上げるが、シドウは「へっへ〜」と飄々としている。

 こんな言い合いもこれで最後。


「なぁ、二人はこれからどうなるんだ? あの世ってやつに行くのか?」


 ワタルは普通の態度を装い、聞いてみた。声が震えそうなのと、笑顔を崩してしまいそうなのを頑張って広角を上げて、笑顔を維持する。


 シドウはまだワタルの頭をポンポンとなでながら首を傾げ、ピアスを揺らした。


「どうなんだろうねぇ、誰も行って帰ってきた人はいないし。痛くて苦しいところじゃなかった俺はいいんだけどね」


「何言ってんの、僕はすぐ生まれ変わってまたワタルに会うんだっ。でないとワタルと年の差が開いちゃうからね。あ、でもちょっと年食ったワタルも魅力的かもしれない。危なっかしい大人が相手……うんっ、それもいいかも〜」


 コウタの能天気な未来予想図を聞き、ワタルもシドウも苦笑いを浮かべる。

 生まれ変わる、か。でもそうなったらとても嬉しい。また二人に会えて、どんな形であれこうやってバカみたいな会話ができたなら。


「でもでもぉ、コウタくん、その時までにワタルが結婚とかしちゃってたらどうするのよ?」


「そんなもん決まってる、奪う、相手を追い詰める、別れさせる」


 そういうことするんじゃないの、と。シドウは呆れながらたしなめていた。


 みんなで苦笑いととぼけ笑いと無表情と。そんな時を過ごした後で、四人ではぁと息をついた。


 そしてシドウはワタルの頭から手を離すと空を見上げ、肩を残念そうにすくめながら

「じゃあ、そろそろ行きますかねぇ」

 そう言いながら今度はコウタの肩に悪友よろしく腕を回した。


「げぇ、やめてよ。シドウと一緒なんてホントに最悪なんだけど……じゃあさ、シドウ。僕とどっちが先に生まれ変わるか競争しようよ。勝ったらワタルをゲットできるっての」


 含み笑いを浮かべるコウタの誘いに、シドウは「いいねぇ」と乗ってきた。

 だがそんなところで今まで黙っていたケイがポツリと一言。


「俺もいるから」


 その一言にシドウとコウタは「うっ」となった。予想外の難敵がいた、と言わんばかりに。


「……でも」「……まぁ」


 二人で言う。


「仕方ないけど、あきらめない」


 ワタルは深呼吸して、二人を見た。

 愛しい二人――また会える日まで。


「コウタ、シドウ。色々ありがとう、俺、二人のことが大好きだ」


 ワタルの言葉に、二人は顔を見合わせて笑った。


「さっ、ワタル……名残惜しくなっちゃうから。ワタル達はまた学校に入りな。俺達の方は振り向かずにね、気をつけて帰るんだよ」


「ワタル、またね!」


 ワタルは二人を見てうなずき、ケイと視線を合わせてから正門に背を向け、校舎へと歩き出す。後ろからケイは何も言わず、静かについてくる――きっとケイも二人を想ってくれているのだ。


「あ……」


 ワタルは歩きながら感じた。背後から二人の気配が今消えたのを。あんなににぎやかだったせいか、消えてしまうと、後ろにいた太陽がなくなったような寒さを感じた。

 まだ夏なのに、寒いわけないのに。


 あぁ、やっぱりさびしいな。でも振り返らない……二人とも、ありがとう。


 玄関に戻ったワタルは目を閉じ、今の今までにぎやかだった余韻を思い描きながらこれからのことを考えた。

 明日からどうなるのかな、とか。

 この後、家に帰ってからどう過ごそうかな、とか。

 普段はなんでもないことなのに、今は想像もつかない。

 ……自分は今まで通りに過ごせるのかな。


 そんなことを考えていると、銀の瞳の人物が身を屈めてのぞき込んできた。


「ワタル、大丈夫?」


 その瞳を見ていると安心した。合わせて胸が高鳴った。

 そして思う、ケイちゃんはこの後、どうするのか。


「ケイちゃん、あのさ」


 ワタルはあることを思いついてしまった。それを口にしようとしたところで、本当に言ってもいいのかなと躊躇してしまう。

 でも、彼はずっと外に出なかった。

 彼は家はどこで、家族はどうしているんだろう。長年彼がいなくて大騒ぎにはならなかったのだろうか。


 聞いてみたいことがたくさんある。

 あと、自分は……彼と一緒にいたい。


「ケイちゃん、あの――もしよかったら、このまま俺の家に来てくれないか? さすがに、俺、なんだか気持ちの整理がつかないから……ケイちゃんが側にいてくれたら、話聞いてくれたら落ち着くかもな、と思って……」


 言った、言ってしまった。これって変に思われたりしないだろうか。それともやっぱり変かな……いや、ただ家に来て話をしようと言っているだけだから。変には取られないと思う。

 それにケイだって、きっとこの後どうするかなんて考えていないだろうから。


 ケイは身を屈めた状態で止まっていた。何があったのか理解できていないのか、ただ単純な無表情でいるだけなのか。

 ケイは瞬きをするだけで何も言わない。


 あぁ、しまった……今に限ってケイの表情が読めない。一体どんな感情で今いるのだろう、いつもならわかるのに、自分が緊張と困惑をしているせいか気持ちを察することができない。


 どうしよう、と。ワタルが唇を引き結びながら待っていると。ケイはうなずいた。


「……あぁ、行く」


 ケイはなんの感慨もないのか、抑揚のない返事をした。よかったのか、悪かったのか。

 よくわかんない……困った。


 自分で誘っておいて支離滅裂だが。ともかく今夜はケイと一緒にいることができる。

 そんな展開に大きな緊張と大きな嬉しさが混在している、自分の気持ちがあった。

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